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(19)魅了

 世良徹は慎重さと大胆さを兼ね備えた男であり、恐怖による人心掌握に長けていた。

 その本質はというと、サディストである。

 とことん相手を追い込み、傷つけ、もろみにくい本性を曝け出させてから、意のままに操る。

 その過程がたまらなく好きなのだ。

 儀一とねねが現れた時、世良が苦々しく思ったのは、拓也の心情の変化だった。

 せっかく仕込んだというのに、顔色が戻り、息を吹き返している。

 案外、ずぶとい人間なのかもしれない。

 “オークの森”で出会った時、拓也は杉本という同級生と共に行動していた。世良は友好的な態度で接し、聞き取りを行うと、彼らの特殊能力を問答無用で奪いとった。

 平和ぼけした堅気の人間は、唐突な攻撃に弱い。

 茫然自失の状態から立ち直った二人は、血相を変えて抗議してきたが、柔道の有段者でありパッシブスキルの身体能力向上を取得していた正志が、完膚なきまで叩きのめした。

 近頃の若者は、血を見ただけですぐに怖じ気ずく。

 喧嘩すらしたことがないのだろう。

 世良は拓也と杉本にじゃんけんをさせて、負けた方をオークをおびき寄せる囮役として使った。そして逃げ遅れた杉本を、オークもろとも吹き飛ばした。

 拓也が生き残った理由は、ただ、じゃんけんに勝ったから。

 そのせいで友人が死んだともいえる。

 奇跡的に“オークの森”を抜けてウィージ村にたどりついた時、拓也は壊れかけていた。ひとりだけ生き残った罪悪感にさいなまれていた。

 それでも世良は手を抜かない。

 下手に知識を与えると、行動の選択肢を与えることになる。余計なことを考えて、逃げ出したり逆らったりもする。

 だから世良は村人たちを従わせたあとも、拓也にだけはバシュヌーン語の勉強をさせなかった。自分たちに頼らなくては生きていけない状況を意図的に作り出し、完全に木偶人形でくにんぎょうに仕立て上げたのだ。

 しかし拓也は、生前の知り合いである儀一と出会っただけで、自分を取り戻しかけていた。

 世良としては、ここで拓也を失うわけにはいかなかった。

 現状、ウィージ村の人間は、全員敵である。

 毒殺を恐れた世良は、食事をとる順番を決めていた。また、睡眠時間もローテーションを組み、拓也には玄関の見張りと食料の運搬役をやらせた。これは襲撃と不意打ちに備えた措置である。

 部下でも仲間でもない拓也ではあるが、いなくなれば誰かが代わりを務めなくてはならない。


『山田儀一、やつの特殊能力を探ってこい。二宮ねねとかいう女のもだ』


 世良の狙いは、儀一とねねの特殊能力の奪うだけでなく、彼らと拓也を引き離すことにもあったのである。






 翌日。

 いつものように拓也は玄関前に座って、ぼんやりと草木を眺めていた。


「……タクヤ」


 気づけば、マーニが目の前にいた。

 腕に抱えたバスケットの中には、パンと魚が入っている。

 鶏肉や鼠の肉が出たことはあったが、魚は初めてだ。干物を焼いたものらしい。


「あなた、いつも暗い顔しているのね。泣きたいのはこっちなんだけど」


 言葉の意味は分からない。しかし表情を見るに、呆れられているようだ。

 今日は勉強はなしである。


「マーニ、いらない」


 拍子抜けしたような少女からバスケットを受け取ると、拓也はいつものように「ごめん」と謝った。

 朝からずっと、拓也は悩んでいた。

 間もなく儀一が来る。

 拓也にとっては平和だった日常を思い起こさせてくれた人だ。冷静で仕事のできる大人という印象だった。

 その彼を裏切るようにと、拓也は命じられていた。

 世良の持つ強奪のタレントは、相手の特殊能力を奪うことができる。

 奪うことができる特殊能力の数は、存在レベルと同数らしい。

 世良たちの会話を聞く限りでは、存在レベルは三。

 自分の光属性魔法、杉本の時間魔法、そして召喚魔法の爆弾。

 すでに枠は埋まっているはずだ。

 だから儀一とねねのどちらかが、拓也が所有していた光属性魔法よりも有用な特殊能力を持っていれば、不用品という形で戻って来る。

 そのはずである。

 だが……。

 儀一は小学生の子供を四人も連れているという。こんな嘘をつくはずもないので、おそらく本当のことなのだろう。子供たちを守るためには、特殊能力が必要なはずだ。

 それを奪ってしまったら、どうなるか。


「いっそのこと、使えない能力だったら」


 現状維持のまま。

 これならば問題はない。


「もし、使える能力だったら」


 凍える身体がぶるりと震えた。

 罪悪感のためではない。

 拓也は思いついたのだ。

 世良は新たな特殊能力を奪う前に、拓也に光属性魔法を返すはず。そのわずかな隙をついて、世良たちを倒せないだろうか。

 世良の手下である正志の特殊能力は、パッシブスキルの身体能力強化だ。筋力、持久力、反射神経などが軒並み向上しているという。

 そしてアンリは、タレントの魅了。異性をとりこにする能力である。ウィージ村には年頃の男性はほとんどおらず、活躍する機会がなかった上に、自分たちにも影響を及ぼすということで、現在は世良から使用を禁じられていた。

 拓也の存在レベルは二。

 光撃ライトインパクトを七、八発撃てるはず。

 ふいをつけば、三人を倒せるのではないか。

 だが、失敗すれば殺されるだろう。

 正志やアンリの態度を見ていれば分かる。世良は裏切り者を絶対に許さない。自分は殺される。しかも楽な死に方ではないはずだ。

 生きながらにして、地獄を見ることになるだろう。


「……っ」


 身体と精神こころに刻み込まれた恐怖。ひょっとしたら自分の特殊能力が戻ってくるかもしれないという希望と打算。儀一に対して申し訳なく思う気持ち。なるようになれという自暴自棄な考え。そして、ほんのわずかばかり顔をのぞかせた、戦うための勇気。

 複雑な感情の狭間で、拓也の心は激しく揺れていた。






「浅見君、だいじょうぶかい?」


 気がつけば、儀一がいた。


「顔色が、良くないみたいだけど」

「いえ、だいじょうぶです!」


 相手に不審がられる態度をとるな。

 これは世良に厳命されたことである。


「あれ、二宮さんは?」

「彼女は留守番だよ。うちには子供が四人もいるからね」

「そうですか」


 儀一はひとりで来たようだ。

 この状況は世良も想定していた。昨日は女がいたから、こちらの人数だけを確認してすぐに退散したのではないか、とのことだ。

 二宮ねねがいなくても、作戦は続行される。


「世良さんたちが中で待っています。どうぞ」


 部屋のテーブルには椅子が四つしかない。

 儀一の正面に世良、左右に拓也とアンリ。威圧させないようにとの配慮から、大男の正志はひとり壁際のソファーに座る。

 無害そうな笑顔と紳士的な態度で、世良は儀一を歓迎した。

 互いに“オークの森”を抜け、今は異世界の村で不自由な生活をしている。

 自分たちは、多くの困難を乗り越えた仲間だ。


「これまでの経緯について情報交換といきたいところですが、あの森でのことは思い出したくもないでしょう。まずは、村での生活と仲間たちについてお話しませんか?」

「そうですね」


 儀一はカロン村という村にいるらしい。村長や村人たちの好意で家を貸してもらい、木こりとして働いているらしい。


「今年はガラ麦の収穫が壊滅的で、働き盛りの男の人たちは、遥か西の町へ出稼ぎに行っているそうです。魔物の攻撃を防ぐためのとりでの建設があるとか。僕がお世話になっているカロン村では、木こりがひとりしかいませんでした。ですから、臨時として雇ってくれたんです」


 アンリが目を輝かせた。


「山田さんは、木こりなんだ」

「はい」

「すごいわぁ。でも、大変そう」

「いえ、僕はそれほど。子供たちが手伝ってくれていますので」

「ふふ、謙遜してるのね」


 おかしいと拓也は思った。

 アンリの声を聞いているだけで、心が乱れる。彼女の視線が向けられている儀一のことすら妬ましく感じる。

 この感覚は、以前にも感じたことがあった。

 あれは確か“オークの森”で初めて世良たちに出会った時。

 好みのタイプでもないアンリのことが、とても魅力的な女性に思えたのだ。

 拓也は確信した。

 アンリは世良から禁止されている特殊能力――タレントの魅了を使っている。

 おそらく、儀一を油断させるために。


「あ、あのっ!」


 反射的に、拓也は立ち上がっていた。


「浅見君。話の途中に、どうしたね?」


 世良の表情は穏やかだったが、目だけは笑っていなかった。


「そ、その! 山田さんを、案内したいんです。僕たちが住んでいる、ウィージ村を……」


 これは当初から計画されていた行動だった。

 アンリの魅了については聞かされていなかった。だから多少不自然なタイミングであったとしても、言動的にはおかしくないはずだ。


「そうですね。浅見君とはゆっくり話をしたいと思っていたんです。世良さん、お願いしてもいいですか?」


 儀一の要求に、世良は表面上――快く頷いた。

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