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(16)お使い

 その日の夜、村長宅に来客があった。

 木こりのイゴッソである。

 三十代半ばの中年で、最近は村の中でも存在感をなくしており、ふてくされている。

 異国人に対して強い不信感を持っており、非難したり嘲笑したりする発言が目立つ。それは明らかに自分の仕事を取られたことに対する逆恨みでしかなく、そもそも人望がないので、誰にも共感してもらえない。

 つい先日、酒場の店主であるジューヌまで怒らせて、しばらく出入り禁止になったそうだ。


「イゴッソや、もう一杯どうかの?」

「へへっ、こいつはすいやせん」


 そんなイゴッソを、ヌジィはもてなしていた。

 日頃の仕事ぶりをねぎらい、やはり一番信用できるのはこの村で生まれ育った人間だと励まして、それから――

 儀一がどのようにして薪や炭を作っているのかを聞いた。


「あいつら怪しいんで、木陰から観察したんですが」


 上機嫌になったイゴッソは、得意げにぺらぺらとしゃべり始めた。


「ふむ、魔法か。ひょっとすると、子供たち全員が魔法使いかのう」

「木を切る小僧と、倒す小僧、そして乾かす小娘。もうひとりの小娘は、頭の上に変なのを乗せてたな」


 おそらくさくらが呼び出した水の精霊だろうと、ヌジィは見当をつけた。


「とにかく、魔法を使って“シェモンの森”の木を切り倒すなんざ、木こりの風上にも置けませんぜ、村長」

「まあ、そうじゃな」


 実際のところ、斧を使おうが魔法を使おうが、薪や炭を作ってくれるならば、方法などどうでもいい。怠け者の木こりよりはよほど役に立つ。しかしヌジィはイゴッソに同調して、さらに酒を注いでやる。


「あやつは、あくまでも臨時の木こりじゃ。またお前さんの力が必要になってくる。今のうちに、しっかりと英気を養っておくことじゃな」

「へへ、もちろんでさ」


 千鳥足でイゴッソが帰っていくと、ヌジィは孫たちを呼んだ。

 ドランとモゼである。


「どうじゃ、異国人たちについて、何か分かったか?」

「う~ん」


 モゼが儀一との会話の内容を報告した。


「ギーチさん、おじいちゃんに感謝してるって言ってたわ。この村に住まわせてもらったから、恩を返したいって。まあ、いい人なんじゃない? いい人すぎて、騙されるタイプ?」

「ふむ」

「だから、見てるとちょっと苛々(いらいら)するのよね。せっかくいい商品を出してるのに、欲がないっていうか。商売っ気がないっていうか」

「店の売り物を、何と交換していた?」

「お金が多かったわ。あと、塩とか」

「干物に使うためだの」


 ここにきてヌジィが儀一たちの情報を集め始めたのにはわけがある。

 “オークの森”から逃げてきたという異国人に、ヌジィは同情などしていなかった。ただ、彼らがジュエマラスキノコを所持していたことで、交換条件としてこの村に滞在することを許可したのである。

 おにぎりについては、それほどの量を提供できるはずもないだろうし、まったく期待していなかった。

 会話すらままならない。幼い子供を四人も抱えている。どうせ生活に行き詰まり、こちらを頼ってくるだろう。

 そこで金や食料や物資を貸し与えて、上下関係を確立するつもりでいたのだ。

 だから、何年も人の住んでいない家をそのままの状態で明け渡し、ろくな支援も行わなかった。ガラ麦や塩、薪の配給の受け方すら教えなかった。

 そのままのたれ死んでもおかしくない状況だったはず。

 それが今や――

 実孫のドランとその取り巻きが、カミ子ともめごとを起こして“村会議”に訴えた時、ヌジィは密かに好機と捉えていた。

 儀一たちを追い詰め、最後にフォローすることで、大きな貸しを作ろうと考えたのである。

 だが結果はうまく切り抜けられ、逆に力を与えることになってしまった。

 力とは、村の中での立場だ。

 村人たちの、信任でもある。

 そういう意味では、自ら力を放り投げてしまったイゴッソなどは、ものの役にも立たない。近いうちに木こりの家系を取り替える必要が出てくるだろうと、ヌジィは考えていた。

 異国人の子供は魔法が使える。そして精霊を呼び出せる。短期間で大量の薪と炭を作り、魚の干物まで朝市に出してきた。しかもおにぎりの提供はまだ続いている。

 儀一たちはただものではない。

 ひょっとすると、この村を劇的に変化させられるほどの富をもたらす、そんな力を持っているのではないか。

 

「あ、そうだ。おじいちゃんにお願いがあるんだった」


 モゼは儀一がウィージ村に魚の干物を届けようとしていることを伝えた。


「だから、許可が欲しいんだって」

「ほう」


 ヌジィは警戒するような目つきになった。

 儀一の狙いを図りかねたからである。

 単純に考えるならば、金を稼ぐためだろうが、儀一は魚の干物を格安で売るつもりだという。

 だとするならば、本当に人助けが目的なのか。


「まあ、よかろう」


 ヌジィは鷹揚に頷いた。


「え、いいの?」


 今日は機嫌がよいのかしらとモゼは思ったが、これは見当違いであった。

 ヌジィとしては、他に選択肢がなかったのだ。

 儀一の申し出を断るためには、少なくともウィージ村出身の者たちを納得させる理由が必要になる。

 協力しなかった場合、ねねと仲のよい主婦たち――タチアナやトゥーリなどから、村中に広まる可能性もあった。

 気になるのは儀一の狙いだが、モゼの話では底抜けのお人好しで、村長である自分に感謝しているらしい。

 となれば、純粋に他の村を助けたいと考えたのかもしれない。

 間違いなくウィージ村の村長は喜ぶはずだ。

 村同士の関係において、ここで貸しを作っておくことは、長期的に見ても損ではない。

 それに、儀一はモゼに感謝するだろう。

 今後の展開も楽しみになる。

 ヌジィはもうひとりの孫に視線をやった。


「ドラン、お前の方はどうじゃ? ネネはものにできそうなのか?」

「――っ」


 一瞬、ドランは言葉に詰まった。


「あいつら、寄り合い所にこねぇし、会えてもいねぇよ」

「朝市には来てるわよ。お兄ちゃんも来ればいいじゃない」

「うるせぇ!」


 内心モゼはほくそ笑んでいた。

 兄のドランがネネを襲って返り討ちにあったらしいことを、彼女は噂で知っていたのである。

 おそらくそのせいで、おにぎり屋の場所が石材置き場に変わったことも。


「モゼ、お前はどうじゃ?」

「う~ん、どうかなぁ」


 ヌジィは孫たちに、儀一とねねを籠絡ろうらくするよう指示を出していた。

 ふたりとも結婚適齢期であることだし、こちらの家に取り込んでしまえば、あとはどうにでもなると考えたのである。


「正直、あんまり好みじゃないんだけど」


 モゼは自信ありげな笑みを浮かべた。


「少なくとも、ネネには負けないわ。腰が細いし、お尻も小さい。あんな身体じゃ、たくさん子供を産めるはずないもん」


 女の価値は、愛嬌とお尻の大きさである。辺境の田舎になるほど、その傾向は強まっていく。将来の成長を加味すれば、自分がねねに負けるはずがないとモゼは考えた。


「ふん、お前なんかがネネに勝てるかよ」


 ぼそりとドランが呟く。


「女心が分からないお兄ちゃんにだけは、言われたくないわ。猪みたいに突進することしかできないんだから」

「んだと?」

「あの噂、ばらしてもいいの?」

「くっ」

「それとね」


 モゼは勝ち誇ったように鼻で笑った。


「私は十四歳よ。あんなおばさんに負けるはずがないわ!」


 モゼは知らなかった。

 精神年齢四十二歳の儀一からすれば、自分が完全に子供であることを。

 しかも儀一は、モゼとの出会いが唐突で、会話の内容も不自然だったことから、村長が自分たちの情報を集めるために、孫娘を送り込んできたのだろうと察知していた。

 ようするに、中学生の“お使い”である。

 儀一はモゼを使って逆にヌジィに情報を伝え、自分たちに対する警戒心を解くとともに、周辺地域の情報を探ろうとしていたのだ。

 人助けという側面がないわけではないが、それはあくまでも副次的な要素に過ぎない。

 今のところ朝市での商売は順調だがここは、ほとんど流通のない辺境の村である。通貨の独占はあらぬ噂を呼ぶことになるだろう。妬みや疑いの元になるかもしれない。

 しかし、隣村であれば問題はない。

 それに、商売を通して名前と顔を売っておけば、何らかの事情でカロン村を出なくてはならない状況に陥った時の避難場所になるかもしれない。

 そして、もうひとつ。

 これはねねにも子供たちにも伝えてはいなかったが、自分たちのように、“オークの森”を抜けた異世界転生者たちについての情報収集という目的もあった。

 結局のところ。

 寒い中、足しげく朝市やおにぎり屋に通ったモゼの行動は、まったく実を結ぶことなく、兄のドランと同様、これまで積み上げてきた自信を打ち砕かれることになる。

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