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「さむ~いっ!」


 外に出た瞬間、カミ子は叫んだ。

 それもそのはず、彼女が着ているのは派手な純白のドレスで、防寒性など皆無かいむなのだから。

 寒い寒いと連呼しながら、マンションの中に戻ってくる。


「ちょっと山田さん、人間って恒温こうおん動物だったよね?」

「そのはずですけど」

「身体がさ、ぜんっぜんあったまらないんだけど。こんなんで生きていけるの?」

「寒くなったら着込むんですよ。収納ボックスの中に半纏はんてんがありますので、出しましょうか?」


 午後八時までであれば、マンション内の服を着て、そのまま外出することも可能だ。


「それって白い? キラキラ光ってる?」

「茶色だったかな? 無地です。ああそれと、ラクダの股引ももひきもありますよ。これは祖父の形見で、本物です」

「……いらない」


 儀一たちはマンション内のリビングで出かける準備をしていた。

 ねねがおにぎりを作り、儀一がその手伝いをしている。子供たちは着替えと歯磨きで、わいわいと忙しい。

 おにぎりをラップで包みながら、儀一が言った。


「今日はちょっと冷えるみたいですね。ここ二、三日、収穫量も落ちてきましたし、キノコ狩りは終わりにしようと思います」

「え? もういいの?」

「はい、とりあえずは」


 “オークの森”でのキノコ狩りは、計十日間実施した。獲得したジュエマラスキノコは、すでに二百個を超えている。


「神様のおかげで、想定以上の成果を上げることができました。しばらくは、ゆっくりと――」

「ご褒美っ」


 カミ子は両手を差し出した。

 山田さんは戦友だ、借りを返したいなどと口にしながら、きらきらと期待に満ちた目で対価を要求してきたカミ子に、儀一は一瞬、言葉に詰まる。


「えっと、カロン村で手に入るものなら」

「う~ん。それなら、お酒がいいね」


 儀一とねねは顔を見合わせた。


「いやぁ、酔いどれっていうの? 内臓に負担をかけてまで楽しむってのがさ、刹那せつな的というか、いかにも人間っぽいよね。それと、千鳥足ちどりあし? あれは一度やってみたい。ネクタイを頭に巻いて、こう、ふらふらと。ほら、折り詰めの寿司を指先でつまんでるでしょ。ボクの考察では、あれがバランサーの役割を果てしてると思うんだ」


 折り詰めの寿司に、そんな機能などない。


「アルコールは、あまりお勧めできませんが」


 翌朝、二日酔いになって人間の身体に文句を言うカミ子の姿が、ありありと目に浮かぶようだった。

 だが、こういう時のカミ子は意固地いこじになる。


「とにかく酒! ボクはね、山田さん。人間活動を楽しむために、わざわざ身体アバターまで作ってこの世界に転生してきたんだよ。まずは、飲食いんしょくでしょ!」


 儀一はねねに聞いた。


「朝市に出ていましたか?」

「見たことはありませんが、酒場の店長さんは、おにぎりを食べにいらっしゃいますよ。今度お会いした時に、魚と交換してもらえるか聞いてみます」

「さすがは二宮さん。お酒に合う料理も頼むよ」

「はい」


 内心儀一は、やれやれと呟いた。

 “オークの森”でのキノコ狩りをやめたのは、寒さのために収穫量が落ちたこともあるが、他にも理由があった。

 昨夜、ねねがドランの件を報告してきたのである。

 弟のブッキを使ってねねを誘い出し、襲おうとしたこと。

 結愛が火の魔法を使って守ってくれたこと。

 そしてドランに、今後一切関わらないで欲しいとお願いしたこと。

 ドランには以前から言い寄られていたそうで、早めに報告ができなかったことを、彼女はしきりに謝ってきた。

 謝るのは自分の方だと儀一は言った。

 ドランは最初から異世界人である自分たちに敵意を持っており、そのことを隠そうともしなかった。

 カミ子に水属性魔法で叩きのめされ、“村会議”では、逆に不名誉な疑惑まで押しつけられた。

 このままおとなしく引き下がるはずがない。

 しかし儀一は、ドランの恨みの矛先ほこさきが、自分かカミ子に向けられるだろうと考えていたのである。

 少し考えれば分かることだった。

 ねねとドランの行動範囲は、寄り合い所で重なっている。トラブルが発生する可能性は十分に予測できたはず。

 それなのに、注意を払わなかった。

 冬になると“オークの森”のキノコは枯れてしまう。今のうちに収穫しなければと、つい目先の利益を優先させてしまったのだ。

 そして、ねねが悩んでいることにも気づけなかった。

 これは大反省である。

 “オークの森”でのキノコ狩りは中止し、しばらくはいっしょに行動する。

 儀一の決断を聞いて、ねねは瞳を潤ませながら喜んだ。

 しっかり者とはいえ、彼女はまだ二十二歳。

 日本であれば、社会人一年目の新人である。

 やはり、心細かったのだろう。

 

「じゃあ山田さん、二宮さん。ボクは二度寝するから、お酒の件、よろしくね」


 堂々と宣言してから、カミ子は寝室に入っていった。また引きこもりの自堕落な生活へ戻るのだろう。

 おにぎりが完成すると、子供たちとともに寄り合い所へ向かう。

 幸いなことに、ドランたちの姿はなかった。


「おー、めずらしく旦那がいるぞ」

「あら、ほんとね……」


 昼前にやってきたタチアナとトゥーリは、冷たい視線を儀一に向けてきた。


「ねねさんから、聞きました。靴を作っていただけるそうで。ありがとうございます」


 ねねに寂しい思いをさせながら、金髪美女と二人きりで遊び回っている色男。そんなふうに思われているとはつゆとも知らず、儀一はバシュヌーン語を使って礼を述べた。

 やや緊張した様子で、ねねが説明する。


「タチアナ、トゥーリ、実は……」


 ねねは昨日のドランたちの件を、二人に話した。

 これは儀一が強く勧めたことである。

 いくら手を引くことを約束させたとはいえ、ドランの気が変わることも考えられる。その時には、ねねだけでなく子供たちにも危険が及ぶ可能性があるのだ。

 いくら魔法があるとはいえ、不意打ちには弱い。

 自分たちで身を守ることも大切だが、ここはねねと交流のある主婦たちに事情を話して、ドランたちに注意を払ってもらうべきだろう。


「あんの、クソがきがぁ!」


 話を聞いたタチアナが豹変ひょうへんした。


「タ、タチアナ?」

「ちょっと、家から木刀とってくる」


 慌てたようにねねは止めた。

 ドランは自分たちに手を出さないと約束してくれた。今後、同じことが起きなければいいのだ。タチアナとドランが争うことはない。


「甘いわね、ネネ」


 トゥーリは表情を消し、ぞっとするほど冷たい声を出した。


「ああいうやからは、きっちりしめないと。村の守護者たる勇者様も、お嘆きになるわ」


 だが、タチアナよりは冷静のようだ。


「とはいえ、“村会議”にかけたとしても、ドランたちを村から追放することはできないでしょう。本人が認めたとしても、よくて謹慎きんしんってところかしら? 村長と対立することになるし、ドランの恨みも深まるかもしれない。それは、ネネとしても望むところではないのよね?」

「は、はい。そうです!」


 こくこくと、ねねは頷いた。

 寄り合い所では、稽古にきたドランたちと接触する可能性がある。

 とりあえず、おにぎり屋の場所を移したいという意向を、ねねが伝えた。

 少し落ち着いたのか、タチアナが思案する。


「それなら、あそこしかないね」


 その場所とは、村の南側にある石材置き場だった。

 広さは十分だし、道具類を保管している小屋もある。それに、ドワーフのランボは力持ちで、ああ見えて正義感が強い。

 何かがあったとしても、ねねたちを守ってくれるだろう。


「というわけなんだ。じいちゃん、頼んだよ」


 タチアナの要請に、ランボはひげを震わせた。


「なんでじゃ!」

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