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(6)カミ子

 村長であるヌジィに事情を話して、カミ子の身柄については、儀一が預かることになった。

 というよりも、それ以外に選択肢がなかった。

 無関係だと主張しても村人たちを困らせるだけだし、追い払ったらカミ子が癇癪かんしゃくを起こしそうだ。


「いやぁ、山田さん、久しぶりだね。ぶりぶり、いえい! それにしても、よくボクがボクだって分かったねぇ。性別まで変えたっていうのにさ。通じてる? 心が通じ合っちゃってる?」


 村長宅から北の外れにある儀一たちの家へ向かう道すがら、カミ子は鬱陶うっとうしいくらいのテンションでしゃべり倒した。

 疲労困憊ひろうこんぱいした様子で倒れていたのは、演技だったようだ。

 金髪碧眼きんぱつへきがんで、日本語を話し、自分のことを“ボク”と言う。そんな女性はまずいない。しかも異世界転生に関わっているとするならば、これはもう偶然ではないだろう。

 顔の造形が驚くほど整っているし、きらきらと輝く純白のドレスもセンスが同じ。

 そして、とってつけたような名前。

 自分たちを異世界転生させた、気まぐれな神様だ。 


「ねー、神様って、女の子だったの?」


 物怖じしないさくらが聞くと、神様は「ふふん、カミ子でいいよ」と鷹揚おうように許可を出して、それから金色の髪をかき上げた。


「もともと神に性別なんてないんだよ。女の子の身体を作ったのは、ひとえに山田さんを驚かすためさ。それに美人の女の子だと、いろいろ得をするからね」

「とく?」

「屋台とかで買い物をした時に、店の人がおまけしてくれる」


 何とも俗な理由である。

 この神様は我侭わがままで子供のような性格をしているが、基本的に嘘をつかないのではないかと儀一は考えていた。


「しかし神様、女の子の身体を作ったとおっしゃいましたが、それは人間として転生したということですか?」

「うん、近いね」


 基本的に神は、“ミルナーゼ”においてその力を使うことを禁止されている。ただ、抜け道のひとつとして、自らが構築した“特殊能力システム”を異世界転生者たちに適用させることで、“オークの森”でのサバイバルを、よりドラマチックに演出しようと試みたのである。


「ボクの場合も、君たちと同じ手順をたどっている」


 “ミルナーゼ”の外で人間用の身体を作り、そこに自らの精神たましいを写し、特殊能力システムを組み込んだ上で、転生した。

 これならば、神々の協定を破ったことにはならない。


「だから今のボクは、君たちと同じような力しか出せないんだ。いやぁ、この身体アバター、不安で不安で仕方がない。外環境を把握する機能が、五感だけしかないなんて。これは実にスリリングな体験だね、山田さん!」


 わけの分からない理由で興奮しているようである。

 家に到着すると、カミ子は儀一にパーティ登録するよう要求してきた。儀一が召喚するマンションには、パーティメンバーしか入ることができないからだ。


「パーティメンバーは、最大で六名じゃないんですか?」


 状態盤ステータスプレートに表示される“枠”が、六人分しかなかったので、儀一はそう推測していたのだが、


「ま、いいからいいから。プレートを出してみたまえよ」


 儀一が「ステータス、オープン」とキーワードを呟くと、右手をかざした位置に半透明な板、状態盤ステータスプレートが出現した。

 いつの間にか、デュアル画面になっている。


「システムっていうのは、バージョンアップされるものなのさ」


 パーティ登録申請が承認されると、右側の画面いっぱいにカミ子の情報が表示された。

 画像も全身像が映っており、なやましげなポーズをとりながら、くるくる回転している。

 左側には儀一たち六人分。右側にはカミ子ひとり分。明らかに不自然なGUIグラフィカルユーザインタフェースだった。


「ひとりだけ、ずっりぃ!」

「これはひどい」


 蓮と蒼空が文句を言うと、


「悪いけど、仕様だから」


 すげなく仕事を断るSEシステムエンジニアのような台詞を、カミ子は口にした。

 マンション内のリビングに入って、ねねが全員分のお茶を用意する。

 時刻は十六時。マンションが消えるまで、あと四時間ほど。


「それで神様、今回のご用向きはなんですか?」


 そもそもカミ子が儀一たちを“ミルナーゼ”に異世界転生させたのは、神々による寄り合いの中で披露ひろうするドキュメンタリー番組を制作するためだった。

 その目的は達成されたはずだ。


「もう上映会は終わったんですか?」

「まだだよ」


 番組制作のために用意していた時間には、まだ余裕があるのだという。数年間をかけて、すべての異世界転生者たちの行動をモニタリングする予定だったらしい。


「このまま時間を“飛ばして”もいいんだけどさ。君たちと知り合えたのも、何かの縁だからね。実際に“ミルナーゼ”を体感し、人間たちとともに生活してみるのも、また一興ではないかと思ったのさ」


 もっともらしくカミ子は言った。

 暇ができたから遊びにきたということだろうと、儀一は推測した。

 はた迷惑な話である。

 

「一般的に、ですが。人間が生きていくためには、働いてお金を稼ぐ必要がありまして」

「働く? 働くってなに?」


 これはだめかもしれないと儀一は思った。






 カミ子は無一文だった。

 持ち物はラメ入りの派手な純白のドレスが一着のみ。律儀にも、儀一たち異世界転生者とまったく同じ条件でやってきたようだ。


「“しばり”を入れたほうが、ゲーム的には盛り上がるからね。もちろん死んだらおしまいさ。この肉体は朽ち果て、ボクは“ミルナーゼ”から退場する。いやぁ、命ってはかないね」


 カミ子が使えるかどうかを判断するために、儀一はヒアリングを行った。


「バシュヌーン語はしゃべれますか?」

「うん、人並みに」

「“ミルナーゼ”の情報については?」

「一般的な知識はあるけれど、詳しいことは調べられない。今のボクは、種族記トライブレコードへのアクセス権を失ってるからね」

「トライブレコード?」

「たとえば、人間という種族全体の、社会活動に関するあらゆる情報をまとめたもの。すべての真理が詰まっている虎の巻さ。ちなみに山田さんが使ってる鑑定にも、種族記トライブレコードへの一部アクセス権が付与ふよされているんだよ」


 儀一が取得した特殊能力、タレントの鑑定を使うと、手に持っているものの情報が状態盤ステータスプレートに表示される。

 てっきりあの文章テキストは、神様自身が作成したのではないかと思っていたのだが、


「そんな面倒くさいことするわけないじゃん。基本、ありものの使い回しさ」


 残念ながらカミ子は、この世界のアドバイザー的な役割は担えないようである。

 料理、洗濯、掃除といった生活関連の技能はない。

 力は弱く、持久力もない。

 性格的にみて、根気もないだろう。


「ようするに、君たちと同じってことだね?」


 カミ子は得意げに笑った。

 あえて不自由さを楽しむという感覚は、分からないわけではないが、相手に迷惑をかけないという前提条件が抜けているらしい。

 だが、言葉が分かるというのは大きなアドバンテージだ。


「先ほど状態盤ステータスプレートに表示されていましたが、神様の存在レベルは十なんですね」

「ふふん、魔法レベルもカンストしてるよ」


 存在レベルが上がると、魔力の総量が上がる。また、五レベルごとに新たな特殊能力を取得することができる。

 そして魔法レベルが上がると、魔法の威力が増したり、魔力の消費量が減ったり、継続時間が延びたりする。

 カミ子が取得している特殊能力は、三つ。

 属性魔法の水属性魔法、タレントの魔力拡張、感覚機能向上だった。

 水属性魔法については、儀一は大きな関心を持っていた。

 水を作り出す魔法があることを、以前聞いていたからである。

 その魔法を見る機会は、すぐに訪れることになる。

 夕食後、マンションが消えて、カミ子の寝る場所が問題になったのだが、カミ子は「心配はいらないよ」と言って、家の広間で水属性魔法を使ったのだ。


創湧水クリエイトウォーター


 それは魔法レベル三で覚える魔法だった。

 カミ子がかざした手の位置に透明な水のたまが生まれて、一気に膨れ上がった。

 水の量は百リットル以上あるだろうか。


「水を作るといっても、無から生み出すわけじゃないんだ。地下や空気中、あるいは空の上から、水分を集めてくる」


 子供たちが驚きの声を上げた。


「ただ、このままだと崩れちゃうからね。操水キャストウォーター


 続いて、魔法レベル一で最初に覚える魔法。

 集まった水が、ぐねぐねとうごめく。


「この魔法で水を“しばる”と、移動させたり、粘土みたいに自由に形を変えたりすることができる」


 寝心地のよさそうなベッドが形作られた。

 まさにウォーターベッドだ。

 

「よっと」


 カミ子はベッドの上に飛び乗った。

 子供たちも興味津々といった様子で群がってくる。

 

「神様、この水は飲料水としても使えますか?」


 儀一の問いに、カミ子は「もちろん」と答えた。

 有機物をほとんど含まない衛生的な水だという。

 これは使えると、儀一は考えた。

 今はまだマンションがあるので、飲み水などの生活用水には困らないが、将来、子供たちが独り立ちした時には、この魔法が必要になってくるかもしれない。

 しかし、魔法が必ずしも万能ではないことを、儀一は知ることになる。

 翌日の朝。

 ねねが寝室に駆け込んできた。


「ぎ、儀一さん――カミ子さんが!」


 広間に向かうと、床の上が水浸しになっており、ずぶ濡れになったカミ子が白目をむいて倒れていた。

 とあることに気づいて、儀一は状態盤ステータスプレートを確認した。

 カミ子の特殊能力ウィンドウを開くと、魔力量を現す円の色が黒くなっていた。

 いくら存在レベルが十であり、使った魔法がレベル一のものとはいえ、十時間近くも使い続ければ魔力は枯渇こかつする。

 魔力切れで、カミ子は気絶したのだ。

 

「神様、だいじょうぶですか?」


 揺り動かすと、反応があった。


「がはっ!」


 のどの奥に詰まっていた水を吐き出し、がたがたと震える。


「な、なにこれ? さ、寒い! いや――暑い?」


 カミ子は生まれて初めて風邪をひき、三日間、儀一がつきっきりで看病をするはめになった。

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