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(4)魔法練習

「いいかい、蒼空君。しっかりと角度をイメージして。三、二、一、ゼロ」

風打槌エアハンマー!」


 蒼空が杖を振り下ろすと、巨大な空気の塊が地面の上に、斜め方向に叩きつけられた。

 鈍く重い轟音とともに、落ち葉や小石が吹き飛ばされる。その直後、空気の塊は地面の上を滑って、蒼空や儀一がいるのとは反対側に衝撃波を発生させた。


「おお~、すっげー」


 興奮したのは蓮である。

 家の敷地内、石垣に囲まれた庭には、儀一と四人の子供たちが集まっていた。

 時刻は午後三時時過ぎ。寄り合い所のおにぎり屋を撤収し、戻ってきたところである。

 ちなみに、全員がこの国の標準的な普段着を身に着けていた。

 やや生地が厚くごわごわしているが、ゆったりとしていて丈夫である。色は白とベージュと薄い茶色。ちなみにファスナーなどの金属製品はついていない。

 儀一の指導のもと、子供たちは魔法の訓練をしていた。 

 課題は、「悪い人に襲われた時の対処法」である。

 この世界には、子供たちをさらおうとする悪党がいるかもしれない。そんな時むやみやたらと魔法を使ってしまえば、相手を傷つけるだけでなく、殺してしまうかもしれない。

 いわゆる過剰防衛となってしまう。

 ゆえに、なるべく相手を傷つけずに無力化させる方法を、事前に習得しておく必要がある。

 儀一は子供たちにそう説明したが、これはカロン村の人々への防衛策の一環でもあった。


「はい、キメ台詞ぜりふ

「今のは手加減をしました。次は、当てます」


 儀一がぱんと手を叩くと、蒼空は家の門の所までダッシュした。


「はい、おっけー」


 と、ここまでが訓練である。

 もちろん本番ではバシュヌーン語を使う必要があるのだが、まだ覚えていないので仕方がない。


「一度地面に“反射”すれば、少し威力が落ちるからね。相手を吹き飛ばすくらいで済むかもしれない。絶対絶命の時には当てるしかないけれど、余裕がある時には、こうやって相手を驚かすこと」

「はい!」


 六歳の子供に暴力とおどしの方法を教えることに対して、儀一は少なからず後ろめたい気持を抱えていた。

 しかし、子供たちが発作的に魔法を使って、仮に殺人を犯してしまえば、相手が悪人であったとしても、決して拭えない心の傷を負うことになるだろう。

 それに、相手が罪のない人間だった場合は、この世界の治安機構を敵に回すことになりかねない。


「次、オレやるー」


 蓮が手を上げて進み出た。


「蓮君の魔法は接近用だから、不意をつくこと」

「分かってるって」


 地面に立てたくいを相手に見立てる。


「いくぜ!」


 蓮はごく普通に歩みを進めていたが、突然、片手を目に当てて泣きじゃくりだした。

 まるで迷子になって途方に暮れた子供のよう。

 そのままとぼとぼと杭の前にくると、


光撃ライトインパクト!」


 突然叫んで、杭に蹴りを入れた。

 蓮の足、すねの部分から強烈な光が放たれて、杭がずんと傾く。


「おっちゃん、どう?」

「バッチグーだね」

「? なに、それ」


 大河でオークキングを騙し討ちした時もそうだが、蓮の泣き真似は実に堂に入ったものだった。

 これは自分でも引っかかってしまうかもしれないなと、儀一は密かに感心したが、見学していた蒼空、結愛、さくらの評価は微妙らしい。

 魔法が手や杖の先から出るわけではないことを、儀一はこの訓練で解明していた。どうやら集中した身体の部位から出せるようである。


「はい! 次、さくらがやる」


 さくらの場合、土の精霊グーによる逃走が可能である。手品の鳩爆弾クルックボムという目くらましを使って、逃げ出すという練習を重ねてきた。

 だが今回は、攻撃にも挑戦するらしい。


「ムンクちゃん、ぱーんち!」


 さくらの頭の上にのっていた水の精霊、ムンクの二本の触手――その先端が球状に変化して、ぐいんと伸びた。

 蓮が傾けた木の杭に打ちつけられる。

 派手な音を立てて、杭が折れた。

 地面に転がった杭を、さらに触手が追撃する。

 バキッ、ガキッ、グシャッ、ドガッ。

 茫然ぼうぜんとしているうちに、杭は文字通り木っ端微塵となった。

 これが人間だったならば――


「え~と」


 儀一は情報盤ステータスプレートでさくらの特殊能力ウィンドウを確認した。ムンクの継続時間に変化はなかった。精霊たちはさくらのお願いにより、八十秒間だけ特別な力を出せる行動時間アクションタイムに切り替わるのだが、今のは通常行動のようだ。


「……」


 恐る恐るといったように、さくらが儀一を見上げた。

 ムンクが怒られると考えたのだろう。その心情を察知したのか、ムンクもまた、ぶるりと緊張したように震えた。


「悪く、ないね」


 さくらが、次いでムンクがほっとしたように力を抜く。

 これまでの観察により、儀一は精霊という存在の行動原理について、少しだけ理解していた。

 おそらく精霊にとって、人間の倫理観念などまったく意味のない代物なのだろう。相手を怪我をさせないように無力化する、その意味すら分からないのではないのか。

 親切で小鳥を捕ってきた猫を叱りつけるのは、人間の身勝手というもの。

 ようは、きちんと力加減を学習させればよいのだ。


「いつもさくら君を守ってくれてありがとう。でも次は、もう少し力を抜いてくれると嬉しいな」


 そう言って儀一は、ムンクをぽむぽむと撫でた。

 最後に残ったのは結愛である。

 儀一は庭の中央に、目印となる石をひとつ置いた。


「結愛君は、火炎球ファイアボールを撃ってみようか」


 先日、木炭を作った時には、あわや大惨事となるところだったが、最初から用心していれば問題ない。

 儀一としては、火炎球ファイアボールの効果範囲を把握しておきたかったのだが、


「いい」


 結愛はぶんぶんと首を振った。


「また、今度にする」

「え~!」


 蓮が抗議の声を上げた。


「いいじゃん。見せてよ」

「うっさい」

「まあまあ」


 儀一が二人を仲裁して、さてどうしたものかと考えていると、家の方からねねの声が聞こえた。


「みんな、ご飯ですよ~」

「お、は~いっ! いこうぜ、蒼空」

「うん」


 ころりと頭を切り替えて、蓮がダッシュする。


「ビリのやつは、食事抜き~」

「え~!」


 そんなことは絶対ないのだが、蒼空とさくらが焦ったように走り出す。


「さ、結愛君、いこうか」

「……うん」


 どことなく元気のない結愛といっしょに、儀一は食欲をそそる匂いが立ち込める我が家へと向かった。





 魔木炭まもくたんの代わりに行商人のマギーから食料を仕入れたおかげで、食卓の景色は一変した。

 具体的には、肉である。

 しかも猪肉ししにくっぽい謎の肉などではない。マギーによると、マウマウ牛の肩肉を干したものらしい。

 ねねはそれを水で戻して炒め物にした。野草やキノコでかさを増やしているが、やはり味が違う。

 そして、子供たちの食いつきが違う。

 質素な服を着ていることもあって、みんなでちゃぶ台を囲んでいると、戦後の貧しい食卓の風景を連想してしまう儀一だったが、ねねはにこにこと嬉しそうだ。


「明日も、トゥーリさんの家にお食事を届けにいこうと思います」


 今日、ねねはタチアナに案内されて、トゥーリという女性におにぎりを届けにいった。


「とても理性的な方でした」


 トゥーリはタチアナの幼なじみで、ともに年齢は二十代半ばくらい。

 ただ、夏場に身体の調子を崩したらしく、床に臥せっていることが多いという。

 ねねがおにぎりを渡すと、トゥーリは素直に感謝の言葉を述べた。

 凶作で緊急事態に陥っているカロン村では、主食であるガラ麦を食糧庫に集約し、村人たちに配給していた。

 だが、これを脱穀してパンにしたり麦粥にするのは労力がかかる。


「ガラ麦も、収獲したばかりだというのに、満足な量は配給されないみたいです」


 トゥーリは長時間歩く体力もないらしい。

 だから明日もおにぎりを届けたいと、ねねは言った。


「それから、できれば。タチアナさんにお願いして、その他にも困ってらっしゃる方を紹介していただこうと思うんです」


 タチアナの話では、怪しげな異国人に食料を恵んでもらうことに対して、抵抗を感じている人が多いのだという。

 しかし、タチアナに案内してもらって、ねねが運ぶのであれば、相手も受け取り安くなるだろう。

 儀一はふむと考え込んだ。

 確かにこれは、村人たちの信頼を得るチャンスでもある。

 この世界に関する情報も、得やすくなるはずだ。

 問題は、ねねの身の安全だが……。

 子供たちをひとりかふたり、護衛役ボディガードとしてつけるしかないだろう。

 この村に魔法を使える人間はいないらしい。

 戦闘力に限れば、子供たちの方が断然上だ。

 それにねねがいれば、無茶なこともしないだろう。

 儀一は決断した。


「分かりました。ねねさんに、お任せします」

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