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(2)火炎球

 届けられたのは、食器類と鍋や包丁といった調理器具、薪がひと束、ランプと油の入った壺。尖った石と小さな金属の板、そして――


「これは、何でしょうか?」


 蒼空が手にしたのは、キノコを乾燥させたような謎の物体である。


「たぶん、火口ほくちじゃないかな」

「ほくち?」

「最初に火をつけるやつ。火打石で鉄を叩くと火花が散って、それを火口に当てると、火種ひだね――炎の元になるんだよ」


 その他には、ごわごわしたシーツが数枚と、ブロック状にまとめられたわらが三十個ほど。

 寝室にブロック藁を並べて、シーツを被せてみる。

 藁ベッドの完成だ。


「いっちばーん!」


 蓮がダイブしたが、誰も続かなかった。

 シーツの色が黄ばんでいたからだ。


「あれ?」


 蓮がすんすんと匂いを嗅ぐ。


「っ――くっさあっ!」


 驚いて飛び上がり、そのままベッドから転がり落ちた。

 その姿を見て、他の子供たちは笑い転げたが、自分たちがこのベッドを使うことに気づいて、泣き出しそうな顔になった。


「だいじょうぶだよ。洗剤を使ってきちんと洗えば、色も匂いも落ちるから」


 ベッドのサイズ合わせを済ませると、儀一はシーツをまとめてマンション内の浴槽に入れた。

 少しお湯を溜めて、洗剤を加える。


「はい、蓮君と蒼空君で足踏み」


 少年たちにとって、楽しい仕事だった。


「いっち、にー、いっち、にー」


 儀一の号令に合わせて、ばしゃばしゃと足踏みをする。

 何度かお湯を換えると、シーツは見違えるようにきれいになった。

 乾かす場所がないが問題はない。マンションが消えると同時に水分も消えて、一気に乾くからだ。洗濯が終わったシーツは、とりあえず浴槽の中で水に浸しておく。

 儀一たちに与えられた家の間取りは、玄関と炊事場が一体となった大部屋がひとつに、小部屋が四つ。炊事場にはかまどと調理台があるだけ。シンクはない。

 そもそも水道が存在しないのだ。


「火、つきそうですか?」


 少しでも現地の生活に慣れるべきだと考えたねねが、初めての火おこしに挑戦していた。

 火花は出るものの、なかなか火種がつかないようだ。


「ねね先生、がんばっ」

「次、さくらもやる!」


 さすがに子供に任せることはできない。


「力もいりそうですし、最初は僕が――」

「いえ、だいじょうぶです。きっと、火をつけてみせますから!」


 これは自分の仕事とばかりに、ねねは譲らなかった。

 手を怪我しないか心配しつつその様子を見守っていた儀一だったが、何気なく薪を手に取ると、表情をくもらせた。


「駄目ですね」

「え?」


 薪は重く、断面がかすかに湿っている。


「これ、生木なまきです」






 新鮮な樹木は大量の水分を含んでおり、燃えにくい素材だ。

 薪として使うには、しっかりと乾燥させる必要がある。しかし儀一たちに配られた薪には、そういった処理がなされていないようだ。

 これでは火がつきにくいし、火がついたとしても大量の煙が出て目や喉を傷めてしまう。


「浴室乾燥だと、時間がかかるだろうし」


 儀一はしばし考え込んでから、結愛に目をやった。


「火の魔法を使えば、一気に乾かせるかな?」


 結愛は目を輝かせたが、すぐにしゅんとなった。


「でもおじさま。ぜんぶ燃えちゃうかも」


 魔法レベルが五であり、魔力拡張というパッシブスキルを取得している結愛の火属性魔法は、かなり強力である。


「普通にやったら、だめだろうね」


 しかし酸素の少ない場所で熱を加えてやれば、水分だけ蒸発させることができるのではないか。

 そう考えた儀一は、蓮に光刃剣ライトセイバーを出してもらい、庭の片隅に穴を掘った。薪を一本入れて、土をかぶせる。


「よし、結愛君。この中に、発火パイロキネシスを撃ってくれるかい」

「うん」


 結愛は、杖の先を土に向かって突き出した。


発火パイロキネシス!」


 ぼっという音がして、土の表面から煙が出た。

 土の温度を確かめながら、儀一が薪を掘り出す。まだ少し湿っていたようだ。再び土をかけて、結愛が発火パイロキネシスを使う。


「うん」


 儀一は満足そうに頷いた。


「焦げてもいないし、うまい具合に乾燥している。これなら使えそうだ」

「ほんとう?」


 儀一の役に立てたことに、結愛は喜んだ。

 ちらりと蒼空の方を見て、ふふんと笑う。

 結愛は蒼空のことを、密かにライバル視していたのである。

 六歳の子供ながら驚くほど人の機微きびに聡いこの少女は、蒼空が儀一に対して、自分と同じような気持ちを抱いていることを見抜いていた。

 自分たちを助けてくれた儀一の役に立ちたい。

 そして、いっぱい褒められたい。

 好敵手ライバルが同年代の少年というのはいささか気になるところだが、負けるわけにはいかなかった。


「それじゃあ結愛君。他の薪も同じように乾かしてくれるかな」

「まかせて、おじさま!」


 土の中に埋められた薪の数は、二十本以上。発火パイロキネシスでは、何発も撃たなくてはならないだろう。

 ここで、結愛は気づいた。

 もっと強い火の魔法、たとえば魔法レベル三で覚えた火炎球ファイアボールならどうだろうか。

 一度で乾かすことができたなら、儀一が何度も土を掘り返して薪の状態を確かめる必要もなくなる。

 そうしたら、もっと褒められるかもしれない。

 結愛は気合を入れて、杖を突き出した。


火炎球ファイアボール!」

「――え?」


 土の表面が一気に赤く染まり、炎が噴き出した。

 予想外の事態に茫然としていた結愛は、横から衝撃を受けた。

 儀一が結愛を抱きかかえ、炎から庇うようにして、地面に倒れこんだのである。

 炎は数秒間吹き上がり、それから鎮火した。

 音と熱が消え、焦げ臭い匂いが漂う。


「ゆ、結愛ちゃん! 儀一さんっ!」


 ねねが叫んで駆け寄ってくる。

 恐怖で硬直していた結愛の身体が、かすかに震え出す。

 その背中を、儀一がとんとんと叩いた。


「結愛君、だいじょうぶ?」


 それは普段と変わりない、どこか間延びしたような、優しげな声だった。


「お、おじさま」

「心配ないよ。平気だから」


 勝手なことをして、迷惑をかけた。 

 早く、謝らなくちゃ――

 そう考えた、はずなのに。

 緊張から一気に解き放たれた結愛の心に、熱いものが込み上げてきて、すべてを飲み込んでいく。


「――っ」


 悔しさと後悔、そして安堵。

 様々な気持ちがごちゃまぜになり、ようやく開いた口からは、嗚咽おえつまじりの声しか出なかった。





 東の太陽が暗くなってくると、マンションに入って、夕食とお風呂、歯磨きを済ませる。それからライターでランプに火をつけた。

 マンションが消えると、予想通りシーツも乾いていた。急いでベッドメイキングをして、子供たちを寝かしつける。

 初めての藁ベッドだが、野宿の経験がある子供たちはそれほど気にはならなかったようだ。今日は一日大掃除で動き回ったこともあり、すぐに眠ってしまう。

 薄暗いランプの炎が、テーブルの上で揺れていた。


「儀一さん、本当に火傷やけどしてませんか?」


 心配そうにねねが聞いてきた。

 子供たちがいたので、やせ我慢をしたのではないかと思われたようだ。


「ええ、それはだいじょうぶなんですが」


 お昼の失敗で、結愛はすっかりしょげ返ってしまった。

 もちろん儀一は怒らなかった。きちんと指示を出さなかった自分にも落ち度があったからである。

 それに子供を叱る時には、明確な目的が必要なのではないかと、儀一は考えていた。

 それは、まったく無自覚な子供に対して、やってはいけないことをしたのだと自覚させること。

 結愛の場合、こちらが諭すまでもなく十分すぎるくらい落ち込んでいたし、次に同じことをするほど忘れっぽい性格でもない。

 だが、結愛の様子を見ていると、逆に叱られたかったのではないかとも思えてくる。

 自分で自分を許せないのであれば、無理にでも叱ってそれでおしまいにすれば、気が晴れたのではないか。

 そのあたりの子供の心理を、儀一は元保育士であるねねに聞いてみることにした。

 ねねは少し考え込んだ。


「保育園では、基本的に子供を叱ったりしないんです」


 子供のしつけについては、それぞれの家庭でのやり方や考え方がある。子供の自由な想像力を伸ばすために、絶対に叱らないで欲しいと注文をつけてくる親もいるのだ。


「でも。儀一さんが結愛ちゃんのことを、そこまで考えてくれているんですから」


 何かを確信したかのように、ねねは微笑んだ。


「どういう対応をとったとしても、気持ちは通じると思います」


 心が通じ合っていれば、やり方はそれほど問題ではない。結愛はきっと分かってくれるし、くじけたりもしないと、ねねは請け負った。

 それは物事の効率と安定性を重視して、然るべき時期に的確に対応するという儀一の手法とは、まったく異なる考え方だった。

 ああ、だからと、儀一は思った。

 彼女は無条件に、子供たちを抱きしめることができる。

 万の言葉を尽くすよりも大きな安心感を、子供たちに与えることができるのだと。


「そうですね」


 仕事でもそうだが、相談できる相手がいるというのは、それだけで心強いもの。


「僕も、結愛君を信じることにします」

「はい」


 がらにもなく照れくさくなって、儀一は話題を変えた。


「明日から、カロン村の人たちにおにぎりを配布します」

「はい」


 先ほどとは打って変わって、ねねは少し不安そうな表情になった。

 昼前に荷物を運んできたイゴッソの、そっけない態度を思い返したのだろう。自分たちが決して歓迎されているわけではないという事実を、嫌でも認識せざるを得ない反応だった。


「村人たちの信頼を得ることは大切ですが、万が一ということもあります。特にねねさんの場合、身を守る特殊能力がありません。くれぐれも、気をつけてください」


 “オークの森”を脱出した直後、存在レベルが十に上がったことで、儀一たちは特殊能力をひとつ取得する権利を得ていた。

 今後どのような能力が必要になるか予測が難しいこともあって、儀一と子供たちはまだ選択していなかったが、ねねだけは先に取得していた。

 その能力は、タレントの暗記。

 効果は、記憶力の向上。

 儀一としては、身を守る手段として光属性魔法を取得してもらいたかったのだが、ねねは早くこの世界の言葉や文字を覚えて、子供たちに教えたいと考えたのである。

 暗記の他にねねが取得している特殊能力は、翻訳と解読。

 異なる言語を聞き取り、文字を理解することができる。この世界での生活に適応するための能力編成だ。

 今後は儀一とねねがふた手に分かれて行動するパターンも増えてくるだろう。

 決してひとりにはならず、子供たちといっしょに行動すること。

 それだけを確認して、話を終えた。

 ランプの油を無駄にすることはできない。夜の長話は贅沢なのだ。

 そして翌朝。

 少し早めに目が覚めた儀一は、家の外に出て庭の様子を確認したが、ふと焼け焦げた地面が目についた。

 それは結愛が火炎球ファイアボールで燃やした部分だった。

 少し掘り起こして見ると、白っぽい塊が出てきた。 

 薪の成れの果てだ。

 灰にでもなったのだろうと思ったが、それにしてはしっかりと原型をとどめている。木目まで残っているようだ。

 ふたつ手にとって、叩き合わせる。

 キンッと、甲高い音が響いた。

 それは土の中、かなりの高温で焼成しょうせいされた、見事な木炭であった。

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