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(1)住処

 翌日の朝。

 儀一ぎいちたちがヌジィに案内されたのは、村外れにある廃屋はいおくだった。


「跡継ぎがいないまま家主が亡くなり、そのまま数年間、放置されておっての」


 いずれは解体して、木材は薪に、石材は他の家などで再利用される予定だったらしい。


「少しいたんでおるが、まあ、雨風あめかぜくらいはしのげるじゃろうて」

「ありがとうございます」


 表情と仕草の両方で、儀一とねねが感謝の意を伝えた。

 昨日の“村会議”の結果、儀一たちはカロン村での滞在を許可された。住居として空家を貸してくれることになったのだが、人が住める状態まで整えるのは大変そうだ。


「どれ、応援を頼んでこようかの」


 ヌジィが立ち去ると、儀一が感心したように周囲を見渡した。


「石垣が、立派だなぁ」

「村の近くに、石の採掘場があるらしいですよ」


 道すがらヌジィの話を聞いていたのは、ねねである。

 彼女には翻訳の特殊能力があり、バシュヌーン語を聞き取ることができる。


「へぇ、どうりで。どの家も石垣がすごいと思った」


 壊れかけた門扉を押し開く。

 庭も広い。敷地内の雑草は伸び放題だ。腰痛が治っていなければ、暗然たる気持ちになっていただろう。

 草を踏みつけながら、玄関までたどり着く。


「この感じだと、中もかなり……」


 そこで、儀一は気づいた。


「うん? どうしたんだい、みんな?」


 子供たちが妙におとなしい。

 つい先ほどまで、やれ引越しだ、新しい家だとはしゃいでいたはずなのに。


「あの、おっちゃん」

「うん」

「あのさ、その……」


 らしくもなく言いよどんだれんの代わりに、蒼空そらが聞いてきた。


「おじさん。本当に、ここに住むんですか?」

「そうだよ」


 家の材質は、柱が木、壁は石と土、屋根は瓦。外から見ると、柱は変色し、壁にはひびが入り、瓦は割れている。そして家全体がどす黒い紫色のつる植物で覆われていた。


「おんぼろ」


 結愛ゆあが正直すぎる感想を口にした。


「み、みんな、だいじょうぶよ」


 子供たちのモチベーションを高めようと、ねねが微笑みながら励ました。


「頑張って掃除すれば、きっとすてきな家になるわ。お庭も草むしりをして、いっぱいお花を植えたら――」

「お化け、出そう」


 ぽつりと呟いたのは、さくらである。

 さくらの頭の上に乗っていた水の精霊ムンクが、ぷるりと震えて同意する。

 ねねの微笑みが固まった。


「お化けなんか出ません」


 断言してから、切羽詰ったような顔で儀一に詰め寄る。


「そうですよね! 儀一さん、絶対に出ませんよね?」


 ここは“ミルナーゼ”という異世界だ。

 魔物もいるし、魔法という不思議な力も存在する。お化けや幽霊がいないとは断言できない。

 だがここはあえて、期待されている答えを口にすべきだろう。


「あー、出ないと思います」


 くるりと振り返ると、ねねは子供たちに向かってにこりと微笑んだ。 


「ほら出ません。この話は、おしまいです」


 オークたちに襲われた時、命を投げ出してまで子供たちを守ろうとしたねねだが、お化けは苦手なようである。

 玄関の扉を開けると、埃っぽい空気が流れてきた。


「真っ暗。朝なのに」


 少し怖がるように、結愛ゆあが儀一のほうに身を寄せる。


「田舎の古い家は、だいたいこんな感じだよ。家というよりも、くらかな?」


 床にはタイルが敷き詰められているようだ。

 儀一は土足のまま家の中に入ると、窓を探した。戸板が二枚、蝶番ちょうつがいで留められているだけ。その蝶番も壊れているようだ。

 外に向かって押し開くと、耳障りな軋み音がした。 

 光の筋に、埃の粒子が舞い上がる。

 少しだけ明るくなり、部屋の中の様子がおおよそ分かるようになった。

 床の上は埃だらけで、土の塊や枯れ草、木材の切れ端などが散乱していた。足の踏み場もない状態だ。

 部屋の数は五つ。儀一はすべての窓を開けると、咳き込みながら玄関を出た。


「ふぅ。こいつは、掃除と修理が大変そうだ」


 シャツの袖口のボタンを外して腕まくりをする。


「村の人が手伝いに来てくれるみたいだけど、その前にできるだけやってしまおうか」


 大掃除をする時には、段取りが大切である。

 人が住めるようにするためには、屋内から片付けなくてはならない。

 儀一は薄汚れた部屋の壁に手をついた。


「召喚。ベラ・ルーチェ東山一〇二号室」


 ブォンという効果音とともに、黒いドアが出現した。

 これまで儀一たちを何度も助けてくれた召喚魔法だ。彼は生前所有していたマンションを、十二時間だけ召喚することができる。

 マンション内から持ち出したものは、掃除用具一式と、軍手、ゴム手袋、そしてマスク。


「まずは、部屋の中に散らかっているゴミを、ぜんぶ外に出そう。怪我をしないように気をつけて」






 とりあえず、部屋の中を空にする。

 幸か不幸か家具類が少ないので、すぐに完了した。

 次に掃き掃除である。大量の埃が舞うので、ねねと子供たちを屋外に退避させ、儀一がヘルメットとゴーグルとマスクをつけて、一気に実行した。

 だが、掃き掃除だけでは不十分だ。バケツと洗面器、鍋を使って、マンション内から水を運ぶ。壁や床に直接水をまき、一気に汚れを洗い流していく。

 子供たちはこの作業が楽しいらしく、嬉々として水を運んだ。

 最後にたわしとスポンジで壁や床を磨き、さらに水で洗い流す。頑固な汚れについては、洗剤も使う。

 部屋の中を乾かしている間に、屋外の作業に移る。

 腰の高さほどもある雑草が、庭一面を覆っていた。

 マンション内にかまはない。だが、手作業の草むしりはどれだけ時間がかかるか分からない。

 ここで儀一が提案した。


「蒼空君の魔法を試してみようか」

「ぼくの、ですか?」


 蒼空は小枝を加工した杖を取り出すと、雑草だらけの地面に向かって魔法を放った。


風斬エアスラッシュ!」


 目に見えない複数の風の刃が、弧を描くように放たれる。それらは広範囲に渡って、雑草を根こそぎ刈り取った。


「おお~」


 蓮が感心したように声を上げた。


「そら君、すごーい」


 さくらも目を丸くする。


「これは使えるね。ありがとう、蒼空君」

「い、いえ。ぼくは、みんなのお役に立てるなら」


 儀一に頭を撫でられて、蒼空は真っ赤になった。

 その様子をじっと見つめていたのは結愛である。


「おじさま、あたしもお手伝いする!」


 火属性の魔法でも雑草は燃やせるはず。


「う~ん。草や枝が燃えて、家に飛び火する可能性もあるし。結愛君の出番はまた今度かな」


 風魔法だけではきれいにならない。地面のあちこちに刃物で切りつけたような跡があるし、雑草も残っている。

 ここで活躍したのが蓮の光属性魔法だった。


「いでよ、光刃剣ライトセイバー!」


 生み出された光の剣は、残念ながら本来の用途――武器として使われることは少ない。


「こうやって、地面を撫でるように」


 しかも儀一に右手を掴まれ、操られるのだ。

 刃物は危ないというのが、その理由だった。

 剣先を軽く地面につけて左右に動かす。ただそれだけで、残った雑草が地面ごと掘り返されていく。


「やっぱり便利な工具けんだね」

「いっつも、かっこわるい」


 地味な作業に蓮が口を尖らせたが、刈り取った草を運んでいた結愛が「ぜーたくいわないの!」と、不機嫌そうに黙らせた。


「ねぇ、ぎーちおじちゃん。ムンクちゃんもお手伝いしたいって」


 さくらが精霊の意思を伝えてきた。

 水の精霊であるムンクは、空中を移動することができる。しかも意外と器用であり、ちょっとした作業もこなせるようだ。


「じゃあ、壁や屋根の上に生えているつるを落としてくれるかな」


 家全体を覆っている紫色の蔓植物は、壁の割れ目や屋根の瓦に絡みついている。下から強引に引っ張ると、家が傷つく恐れがあった。

 ムンクは屋根の上に飛び立ち、二本の触手を使って、次々と蔓を剥ぎ取っていく。


「ムンクちゃん、こっちにもあるよ!」


 さくらが家の周囲を駆け回ってぴょんぴょん飛び跳ねる。それに応えるたように、ムンクもうねうねと触手を動かした。

 唯一の家具であるテーブルと椅子を水拭きして、一番大きな部屋に配置する。大掃除は順調に進み、お昼前くらいには、ほぼすべての工程が完了した。


「儀一さん、お客様みたいです」


 ヌジィが応援を呼んでくれたのだろう。儀一とねねが門の所に向かうと、そこには奇妙な動物がいた。

 馬に似ているが、首が短く、ずんぐりとした体格をしている、背中が平べったく、足が六本もある。その動物には荷車が繋がれており、中年の男が荷物を降ろしていた。


「ありがとうございます」


 儀一とねねはそろって頭を下げた。

 男の名前はイゴッソ。村で唯一の木こりだった。

 儀一が作業を手伝おうとすると、「邪魔をするな」と威嚇された。そのまま無言で荷物を降ろし終えると、男は馬のような動物の背中に乗って、胡坐あぐらをかいた。

 独特の騎乗方法である。


「オレは、村長に言われて荷物を運んだだけだ。あとは、あんたたちで勝手にやりな」


 そう言い残して、中年男は去っていった。

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