第2章 プロローグ
★10月8日、カドカワBOOKS 様より書籍化されました。
※第一章から、特殊能力の分類は変更されています。
書籍の方に準じる形となっています。
【登場人物】
○山田 儀一
元公務員、精神年齢42歳、肉体年齢20歳
存在レベル:10
≪特殊能力≫
◆召喚魔法(ベラ・ルーチェ東山一〇二号室)
種別:特殊魔法
魔法レベル:1
◆鑑定
種別:タレント
技能レベル:1
○二宮 ねね
元保育士、精神年齢22歳、肉体年齢20歳
存在レベル:10
≪特殊能力≫
◆翻訳
種別:タレント
◆解読
種別:タレント
◆暗記
種別:タレント
○一条 蓮
元小学一年生、6歳
存在レベル:10
≪特殊能力≫
◆光属性魔法(光撃、光刃剣、護光円盾)
種別:属性魔法
魔法レベル:5
◆片手剣(一閃)
種別:アクティブスキル
スキルレベル:1
○南井 蒼空
元小学一年生、6歳
存在レベル:10
≪特殊能力≫
◆風属性魔法(空斬、風打槌、烈風竜巻)
種別:属性魔法
魔法レベル:5
◆空間魔法(四次元収納袋)
種別:特殊魔法
魔法レベル:1
○如月 結愛
元小学一年生、6歳
存在レベル:10
◆火属性魔法(発火、火炎球、炎塵爆破)
種別:属性魔法
魔法レベル:5
◆魔力拡張
種別:パッシブスキル
○峰野 さくら
元小学一年生、6歳
存在レベル:10
◆精霊魔法(波乙女、地住人、火蜥蜴、風妖精)
種別:特殊魔法
魔法レベル:8
◆手品(魔法帽子)
種別:タレント
技能レベル:1
カロン村には、村の共同施設である寄り合い所があった。
立派な石垣に囲まれており、庭は広く、つるべ式の大井戸が設置されている。人が住む場所ではないので、建物の間取りはごく簡素なもの。五十人くらいが入れる大部屋がひとつあり、そこに今、三十人ほどの村人たちが集まっていた。
村の運営に関わる重要事項について話し合う“村会議”に参加できるのは、各家につきひとりだけ。
通常であれば、一家の大黒柱たる男衆が集まるところだが、彼らのほとんどは今、出稼ぎで村を出払っており、今回集まったのは老人や主婦たちが多かった。
すでに定刻を過ぎている。東に浮かぶ太陽の光は陰りをみせ、空が暗くなるとともに、西に浮かぶ月の輪郭が強まりつつあった。
「顔を見ない家もあるが、夕食の支度で忙しいのだろう。そろそろ始めようかの」
“村会議”の議長は、村長である。
名前はヌジィ。六十をとうに過ぎた老人で、枯れ枝のように痩せている。
「ドランがいないみたいだが、いいんですかい? へそを曲げるかもしれませんぜ」
話の腰を折ったのは、木こりのイゴッソだ。
歳は三十半ば。働き盛りの彼が村に残っているわけは、他に木こりがいないからである。
「あやつは鼠狩りに出かけとる。二、三日は戻ってこんよ」
ドランはヌジィの孫だった。
年齢は二十歳で、村の中ではひと際身体が大きく、力も強い。
各家ひとりが原則の村会議だが、議長である村長は除外される。そして、本来出席すべきドランの父親は、出稼ぎをする男たちの監督役として、村を離れていた。
自己顕示欲の強いドランは、家の代表として“村会議”に出ることを強く望んでおり、そのことを知っているイゴッソが揶揄したのである。
「それに、ことは急を要するからの」
疲れたようにため息をついて、ヌジィが話し始めた。
「みなも知っての通り。つい先日、行商人のマギーさんが村に来てくださった。まずは村を代表して、礼を言いたい」
ヌジィの隣には小柄な中年の男がいて、恐縮したように頭を下げた。
「この度はお騒がせをしまして、申し訳ございませんでした」
行商人のマギーは、年に二回ほどカロン村を訪れる。油や紙、古着、薬といったの生活必需品を届けてくれるのだ。
むろん商売のためではあるが、辺境の村では交易手段そのものが貴重である。
だが今回、彼は物資の他に驚くべき情報を持ち込んできた。
それは二日前のこと。
カロン村に向かって、アズール川沿いの街道を地場車で走っていたマギーは、川岸の向こう側に、オークの大群を発見したのだ。
その数、なんと数百体。
けたたましい雄叫びを上げながら、オークの集団は川に向かって突進してきた。
自分が狙われると思い恐怖にかられたマギーは、愛馬に鞭を入れて全速力で逃げ出したのである。
この情報がもたらされたカロン村は、大騒ぎになった。
すぐさま厳戒態勢が敷かれ、状況を把握するため現地に人を出そうとしていたところに、奇妙な一団が現れた。
オークではない。人間である。
若い男がひとりと若い女がひとり。そして子供が四人。
彼らはみな、色鮮やかな服を身に着けていた。
「名前は、ギーチ、ネネ。それから……子供たちは何といったかな?」
ヌジィが首を傾げて、代わりにマギーが答えた。
「レン君、ソラ君、ユアちゃん、サクラちゃんですね」
彼らは王国の公用語であるバシュヌーン語を話すことができなかった。どうやら異国人らしい。しかしネネという女性だけは、こちらの話を理解することができるようだ。
ヌジィは自宅に案内して、事情を聞くことにした。
「彼らは、“オークの森”から逃げてきたらしい」
ざわざわと村人たちが騒ぎ始めた。
「じゃあ、マギーさんが言っていた件と、関係があるってこと?」
発言したのはタチアナという主婦である。
年は二十代半ばで、少し気が強いが面倒見のよい性格をしてる。
「そういうことになるの」
ヌジィは肯定した。
「どういう経緯かは知らんが、異国人たちは“オークの森”に迷い込み、アズール川まで逃げてきた。その後をオークたちが追いかけていたようじゃ」
「どうやって川を渡ったの? 川向こうには舟もないのに」
「それがの」
ヌジィはしばし沈黙し、吐息をつく。
「精霊の力を借りた、らしい」
再び村人たちが騒ぎ出した。
“ミルナーゼ”において、魔法という力は比較的身近な存在である。おもな使い手として、冒険者と呼ばれる戦闘集団がいるからだ。彼らは様々な武具や魔法を使って、魔物たちを倒す。
冒険者でなくても魔法を使える者はいるし、都会では私塾などで学ぶこともできる。
だが、精霊魔法を行使できる人間は、ほとんどいなかった。
「サクラという子供が、精霊を呼び出すことができる。わしも実際に見せてもらったが、いやはや、腰を抜かすかと思うたわ」
「その子まさか、エルフ?」
「いや、人間じゃ。耳も尖っておらん」
森の妖精であるエルフは、長い寿命を持つ種族として知られていた。その特徴は、耳の先が尖っていること。そして精霊魔法が得意であること。個体数が少なく、人間の前には滅多に姿を現さないが、おとぎ話の中では有名な存在だ。
“オークの森”に迷い込んだ異国人たちは、精霊の力を借りてアズール川を渡った。
そしてオークの集団は、川を渡ることができなかった。
「その後、異国人たちは街道を歩いて、村にたどり着いたらしい。他に行くあてがなく、ここに滞在することを望んでおる」
彼らの証言を裏付ける証拠、らしきものはあった。
オークたちの動向を確認するため、マギーの案内で村人たちがアズール川に向かったところ、とある地点を境にして、下流の方にだけ洪水が起こったような形跡が見つかったのだ。
「それで、オークたちはいたの?」
タチアナの問いかけに、マギーは首を振った。
「いませんでした。あそこは見渡す限りの平地ですから、オークの集団がいれば、見落とすはずがありません。これは想像ですが、諦めて森に帰ったのではないでしょうか」
その話を聞いて、村人たちは安堵した。
しかし、ぼやかずにはいられなかったようだ。
「まったく、なんという年だ。悪いことばかりが起こりおる」
老人たちがため息をつき、主婦たちも同調した。
今年は冷夏と大嵐による日照不足で、主食となるガラ麦がほとんど実らなかった。村の蓄えをすべて放出したとしても、冬を越せるかどうか分からない。食い扶持を減らし金を稼ぐために、男衆が出稼ぎに出ざるを得なかったのだ。
そこに「オーク現る!」の凶報が入ったのである。
川一本を隔てて“オークの森”と隣接しているカロン村の人々にとって、オークという魔物は、心の奥底に染みついて決してぬぐえない、根源的な恐怖だった。
子供の頃から悪さをすると「オークが川を渡ってきて、さらいにくるぞ!」と脅されて育ってきたのだから、仕方のないことだろう。
「しかし、その異国人ってのも怪しいな。ひょっとして、オークたちが化けてるんじゃねぇのか? ははっ」
イゴッソの下手な冗談に笑い返す者はいなかった。
再びヌジィがため息をつく。
「問題は、異国人たちを村に招き入れるかどうかじゃ。それが、今回の議題でもある」
男衆が出払っている今、余計な揉め事は持ち込みたくないというのが、村人たちの本音だった。しかし、子供を四人も連れた異国人を追い払うというのも、心情的には苦しい。
老人たちは否定的、主婦たちはやや同情的。
しかし今の村の状況では、六人もの人間を食べさせられるだけの余裕はなかった。
天秤が否定的な方向へ傾きかけたところで、ヌジィが発言した。
「ああ、言い忘れておったが」
異国人たちは“オークの森”で、キノコを大量に収穫したらしい。その中には、王国内で高く取引されているジュエマラスキノコがあった。
「滞在を許可してくれるならば、それらを村に提供するという。みなも知っての通り、今年は凶作で男手もない。何もかもが不足しておる。せっかくマギーさんが来てくれたというのに、冬を越すための物資を買うこともできん」
だが、ジュエマラスキノコがあれば、話は別だ。
「マギーさんや。換金額は、どれくらいだったかの?」
行商人が口にした金額は、集まった村人たちの予想を上回るものだった。
「それから、もうひとつ」
ヌジィは一度大部屋を出て、再び戻ってきた。
その後ろには見知らぬ四人の子供たちがいた。
年は五、六歳くらい。二人が男の子で、二人が女の子だ。色鮮やかな仕立てのよい服を身に着けている。
全員が木製の盆を抱えており、その上には奇妙な物体が並べられていた。
白い三角形の塊で、透明な膜のようなもので包まれている。
「みなひとつづつ、とってくれんか」
誰に教え込まれたのか、子供たちはとびきりの笑顔をふりまきながら、村人たちの前に盆を差し出した。
そこまでされてはいらないとは言えない。
戸惑いながらも、全員がひとつづつ、奇妙な物体を手に取った。
ほんのりと温かい。
全員に行き渡ったところで、ヌジィが説明した。
「それは異国の食べ物で、“オニギリ”というらしい。ああ、透明な膜は食べられんから、剥ぎ取らんといかんぞ」
ヌジィの隣にきた子供たちが、お手本を見せるかのように、透明な膜――ラップを剥ぎ取って、おにぎりを口にした。
そして再び、とびきりの笑顔を見せる。
そこまでされては食べざるを得ない。おそるおそる口にすると、多くの者が奇妙な顔をした。
「ん、なにこれ? ガラ麦じゃないわね」
「塩からい! これ、塩入ってるわ」
「柔らかいが、少し喉にひっかかるのぅ」
「確かに。なんか、ねばついてるな」
「それよりも、この透明な膜はなんじゃ?」
口々に感想を言い合いながらも、全員が完食したようだ。
「彼らは、この“オニギリ”という食べ物を、定期的に提供してくれるそうだ。見たこともない食べ物じゃが、穀物には違いない。ひょっとすると、全員が飢え死にすることなく、冬を越せるかもしれん。そのことを踏まえて、もう一度検討してくれんかの」
ヌジィが目配せをすると、子供のひとりが「せーの」と合図をして、
「よろしくお願いします!」
みんなそろって頭を下げた。
たどたどしいバシュヌーン語である。
明らかに練習した形跡が見受けられたが、閉鎖的な心情を持つ村人たちでさえ思わず心がほころんでしまうほどの、それは実に微笑ましい姿であった。




