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 ムンクはこちら側の一番の切り札――つまり、ジョーカーだ。

 川沿いに歩くことから、いつでも召喚することができる。 

 使いどころを慎重に見極める必要があった。

 長距離の移動については、グーは欠かせない存在となっていた。

 三人まで搭乗可能なため、二交代制にすれば、ほとんど休憩なしでも移動し続けることが可能だ。

 そういった意味では、戦闘で巨人化し行動時間を使い切ってしまうのはおしい。

 であるならば、最初にグーを呼び出して移動しつつ、オークが姿を現したときには、川からムンクを呼び出して撃退してもらうのがベスト。

 

「そんなにうまく、いくのかな?」


 ほうきでグーの足跡を消しながら、儀一はひとりごちた。

 昨日見つけた小川は、幾つかの支流と合流し、大きな流れとなっていた。

 川幅は約三メートルになっている。

 ただ、水の流れが速く澄み切っているので、魚がいない。

 そもそも、魚と呼べる生き物がいるのかどうかさえ分からない。

 見つかったのは、全身に刺のついた蛍光色のヒトデのような生き物くらいだ。

 とても食べる気にはならない。ちなみに子供たちは“とげちゃん”と呼ぶことにしたようだ。

 歩いている時もグーに乗っている時も、蓮はずっと小川を観察していた。 

 とにかく活躍したいと考えているのだろう。

 蒼空と結愛は遠距離からの魔法攻撃でオークたちを攻撃した。さくらは精霊を呼び出して、今も有効活用している。

 同級生たちに差をつけられていると、本人は思い込んでいるのだ。

 焦り、苦しみ。そして自身が持て余すほどの負けん気。

 出世を諦めてしまった自分が、とうの昔に無くしてしまったもの。

 抗うのか、妥協するのか。

 今後の人格形成にも関わってくる、小さな選択肢のうちのひとつ。

 よわい六歳にして、蓮はすでに突きつけられているのだ。

 大人にできることは、慰めることではない。

 突き放すことでもない。

 それと悟られないように、環境を整えてやることだと儀一は考えていた。

 魚をとったくらいで気が晴れるとは思えないが、このままひとり鬱屈うっくつとしているよりはましだろう。

 正直、面倒くさいなと思う部分はある。

 世の中の親たちも、みんなこういう感じで悩んでいるのだろうか。

 らしくもないことを考えて、儀一は苦笑した。

 どちらにしろ、蓮に彼が思い描く活躍をさせるわけにはいかなかった。

 そのような状況に陥らないようにするために知恵を絞って、少しでもよい思える判断を下すことが、今の儀一の仕事なのだから。

 日が暮れる前に、今夜の寝床を探す。

 洞窟や木のうろがあれば一番いいのだが、そう都合よく見つかるものではない。

 ようやく見つけたのは、背丈の高い植物の塊だった。あじさいを巨大化したような植物で、花は咲いていないが、葉が大きくて、無数の茎が密集している。

 外からは中の様子が窺えない。

 これは使えると、儀一は思った。


「蓮君、出番だよ」

「え?」


 儀一は蓮を連れてくきを掻き分けながら中に入っていく。


光刃剣レーザーブレード……」


 蓮の右腕ごと光の剣を操って、中心部の茎を削り取っていく。

 外周の茎だけを残す形で全員が入れそうなスペースを作り、地面の上に葉っぱを敷き詰める。

 簡易的な植物の家の完成だ。

 子供たちは“あじさいハウス”と名付けた。

 さらに少し離れた場所にも、同じようなスペースを作った。

 こちらは葉っぱを敷かず、地面を削り取っていく。

 簡易的なトイレの完成である。

 チェーンソーにもなるし、スコップにもなる。

 おまけに懐中電灯の代わりにもなる。

 森の中でサバイバルをする場合、これほど役に立つ魔法はないのではないかと、儀一は思った。

 おもに工具類として。


「うんでぃーね!」


 さくらは小川でムンクを呼び出した。

 十リットルくらいの大きさで出現したムンクは、すぐに飛び立とうとしたが、さくらに触手をつかまれてしまった。

 すでに陽は落ちようとしている。

 儀一と出会う前――暗闇の中で過ごすした野宿のことを、さくらは思い出していた。

 暗くて、怖くて、寂しい。

 

「ムンクちゃん、さくらのそばにいて」


 儀一としては近くにいるオークたちをできる限り減らして欲しいところだったが、何も言わなかった。

 さくらがムンクと築いた関係によって、パーティ全員が守られていることを、誰よりも分かっていたからである。

 関係のない第三者が、へたに立ち入るべきではないと思った。

 さくらはムンクをつれて、“あじさいハウス”に戻った。

 ここ最近はすれ違いの生活が続いていたため、ムンクとたわむれるのは久しぶりである。蓮、蒼空、結愛も大喜びし、触手をつかんだり抱きついたりしている。

 これから朝まで、暗闇に閉ざされたこの場所で過ごさなくてはならないのだ。子供たちの精神的な負担を考えると、こちらの方がよかったのかもしれない。

 “あじさいハウス”には、全員が横になれるだけのスペースがなかった。

 儀一は外側に残る茎に背中を預けながら、片足だけを伸ばした。

 すると、隣にねねがきた。こちらは正座を崩すような座り方である。

 ムンクが中央に居座っており、子供たちがその触手を抱えたりしているので、場所を譲ってきたらしい。

 

「明日も歩きますから、ゆっくり休んでください」

「儀一さん、ずっと起きているつもりですか?」


 敵がいることが分かっている場所で、全員が眠るわけにはいかない。

 身体が若返った今ならば、一日くらいの徹夜は平気だし、どうしてもつらければ明日グーの背中に乗っているときに、五分でも十分でも仮眠をとればよい。

 そう考えていたのだが、ねねに見抜かれていたようだ。


「人は九十分ごとにレム睡眠とノンレム睡眠を繰り返すそうです。ですから、その倍数の時間を寝ると、すっきり目覚めることができるみたいです」


 いわゆる一時間半ルールというやつである。

 

「最初は三時間ごと。それから一時間半ごとに交代しましょうね?」


 こういう時のねねには、有無を言わせない迫力があった。

 儀一が承諾すると、ねねは小声で「ステータス、オープン」と呟いた。状態盤ステータスプレートを手早く操作する。様々な情報を見ることができるこのプレートには、時間を指定して自分だけしか聞こえないアラームを鳴らす機能があった。

 朝が苦手なねねは、毎日この機能を利用していたのだ。

 

「では、先にねねさんが休んでください」

「はい、分かりました」


 ねねはにこりと笑うと、儀一の腕を抱えて頭を預けてきた。

 何とも無防備なことだが、子供たちがいる中で妙な動きなどできようはずもない。

 体勢的にも安定することだし、儀一は好きにされることにした。

 互いに三時間ずつ睡眠をとる。

 それからしばらくしてから……。


「――ん?」


 ねねに揺り動かされて、儀一は目覚めた。

 

「ごめんなさい、儀一さん」


 申し訳なさそうな声で、ねねが謝った。

 問題ないですよと欠伸をしかけたところで、儀一は我に返った。

 “あじさいハウス”の中が、ぼんやりと明るい。

 部屋の中央にはムンクがいて、その身体が青白く発光していたのである。

 よく観察すると、身体の表面全体が光っているのではなく、本体である楕円体や触手の中を、無数の小さな光の粒がゆっくりと移動しているようだった。

 それはまるで、生命の輝きそのもののように見えた。


「つい先ほど、ムンクちゃんが光りだしたんです」


 ねねも混乱しているようである。

 子供たちが寝てしまってからも、ムンクは部屋の中央に居座っていた。まるで置物のように動かなくなったが、目のような二つの窪みは、しっかりとさくらの方を向いていた。触手はかなり伸びており、四人の子供たち全員を抱きかかえている。

 精霊とはどのような存在なのだろうかと、儀一は考えた。

 神様が用意した特殊能力の中では桁外れの力を発揮している。もしこのことが分かっていたならば、他の異世界転生者たちはみんな精霊魔法を選択したことだろう。


「絶対おかしいって。そういう仕様じゃないんだから」


 神様の言動から察するに、今のムンクの活躍は想定外のようである。

 波乙女ウンディーネというだけあって、ムンクは乙女の心を持っており、子供であるさくらに対して、庇護欲のような感情を抱いているのだろうか。

 淡い光の中、ムンクの触手をしっかりと抱きしめながら、さくらはすやすやと眠っている。


「きれいですね」

「うん」






 長時間窮屈な体勢でいたせいで、身体がこわばってしまった。

 空が明るくなってくると、儀一は“あじさいハウス”を出て、ラジオ体操をした。

 ムンクの発光現象については、原因不明である。

 さくらに聞いたところで、何も分からないだろう。

 やがて子供たちが起きてくると、朝食である。

 メニューはジュキラ芋を蒸かしてパテ状にしたもの。木の実やキノコも入っており、栄養的にはかなり優秀である。

 ただ、調味料を一切つかっていないので、味が薄い。

 塩かマヨネーズでもあればかなり違うのだろうが、贅沢を言えるような状況ではなかった。

 もそもそと食べ終えてから、いよいよ出発である。

 

「今日も、川沿いを歩くよ」


 十時までは全員で歩いて、それからグーを呼び出す。

 小川の水はさらに豊かになり、川幅は五メートルを超えている。

 深さがあり流れも早いので、残念ながら魚を見つけるのは難しい。

 そうこうしているうちに、森の地形や景色が変わっていた。

 緩やかな傾斜がずっと続いていたのだが、急に平坦になった。

 密集していた木々が少なくなり、太陽の光が入り込んでくる。

 オークたちが“黒葉”と呼んでいる領域を、ようやく越えることができたのだ。

 自分たちが置かれている状況を、儀一は把握することができなかった。

 その日が、“強制徴募きょうせいちょうぼ”の継続間の最終日、十三日目であること。

 そして、オークキングがついに先頭に立ち、全部隊をもって、全速力で儀一たちを追いかけているということを。

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