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(22)

「うわぁ……」


 土煙が立ち込める森の中で、蒼空がうめいた。

 周囲には凄惨せいさんな光景が広がっていた。

 折れ曲がった木の枝、押しつぶされた草花、陥没した大地、そして所々に散らばっているオークたちの死体。

 手足があらぬ方向に折れ曲がり、血を滴らせ、内臓が飛び出ている、ような……。

 

「みんな、こっちにいらっしゃい」


 情操教育によろしくないと考えたねねが、子供たちを離れた場所に退避させた。

 土の精霊グーが、突然巨大化した。

 普段移動している時は、子供たちと同じくらいの身長、一メートル二十センチくらいだったが、オークたちを攻撃した時には、四メートル近くあっただろう。


「なんか、すごかったね」

「ねー」


 無邪気に驚いているのは、結愛とさくらである。

 青い顔をしている蒼空とは対照的だ。こういうことに関しては女の子の方が強いのかしらと、ねねは場違いなことを考えた。

 ただ、蓮はちょっとふてくされているようである。

 活躍の機会を儀一に止められたことが不満だったのだろう。


「みんな、だいじょうぶ?」


 そう言ってねねは、四人全員を抱きしめた。

 儀一の判断に間違いはないと、ねねは確信していた。

 だが時として、子供には理屈が通じないことがある。

 蓮にとっては、今がそうなのだろう。

 大切なことは、見放されたと感じさせないこと。心と身体が触れ合ってさえいれば、きっと解決するはずだと、ねねは信じていた。

 八十秒間の活動時間を終えたグーは、すでに土にかえっていた。

 不思議なことに土の山などは残っていない。地面の中に溶け込むようにして消えてしまったのである。


「グーちゃんはね」


 さくらが説明してくれた。


「とっても、のんびり屋さんなの」


 精霊にはそれぞれの特徴――というか、性格があるらしい。

 例えば、波乙女ウンディーネのムンクは、さくら曰く“お上品なお姉さん”みたいな感じ。思いきり甘えることができる。

 でも、怒ると怖い。

 さくらたちに危険が迫ると、「不躾ぶしつけな!」と、水が沸騰したようになって、問答無用で飛び立っていく。

 地住人ノームのグーは、“のんびり屋のお兄さん”だ。やれやれという感じで背中や肩に乗せてくれるし、キノコ探しも手伝ってくれる。

 でも、怒ると怖い。

 先ほどは乾燥してぴきぴきとひびが入った地面のようになって、「きゃつらめ、許さん!」と、激怒していたという。


「じごーじとくよね?」

「うん。グーちゃんにあんなのぶつけて、ひどい」


 結愛とさくらが頷き合っている。

 隣の蒼空が若干頬を引きつらせているのは、女の子たちの容赦のなさに恐れをなしたからかもしれない。

 東の空に浮かぶ太陽の光が、少しずつ弱まってきた。

 この森は昼間でさえ薄暗いが、夜になると完全に闇に閉ざされてしまう。

 木々が密集している上に、木の葉が大きく、光を遮ってしまうのだ。

 だから、夜の間は行動することができない。

 オークたちに襲われたばかりということもあり、一刻も早く出発すべきだったが、儀一はオークたちの死体を調べていた。

 (たんぱく質)を切り取ろうとした――わけではなかった。

 彼らの持ち物を物色していたのである。

 オークは灰色と緑色を混ぜたような皮膚の色をしている。表皮は固く、森の草木で傷つくことはなさそうだ。森の中で暮らすことに特化した魔物なのだろう。

 部分的に獣の皮や草を編んだ目の粗い布をまとっているが、装飾品はほとんど身に着けていない。ただ、腰に植物のつるを加工したベルトを巻きつけており、そこに幾つかの袋がついていた。

 材質は皮、もしくは動物の胃や腸といった内臓を加工したもののようだ。

 中身を確認すると、白っぽいお餅のようなものが入っていた。

 それは、干からびた芋虫だった。


「……」


 儀一は一瞬迷ってから、芋虫を捨てた。

 その他には水が入っている袋もあるようだ。

 儀一はすべてのオークから袋を回収すると、蒼空の四次元収納袋フォーディメンションパックの中に収納した。


「さあ、もう少しだけ先に進むよ」


 峡谷きょうこくを越えてから、四日が経過している。

 緩やかに下っている斜面を、儀一たちは南の方角に向かって進み続けていた。

 その間に、オーク三百体分――ひとりあたりちょうど百の評価経験値が入った。

 すでに全員の存在レベルは八になっている。

 どれだけレベルが上がったところで、肉体的には強くはならないのだが、魔力の量は増えているようだ。

 魔力向上の特殊能力を取得した結愛などは、攻撃力も増しており、先ほどのオークとの戦いでも、大きなダメージを与えてた。

 戦いやすい地形さえ確保することができたならば、十体前後のオークたちを相手にしたとしても、互角に戦えるかもしれない。

 もちろん儀一としては、こちらから積極的に仕掛けるつもりはなかった。

 グーが大地に還ってしまったので、全員が徒歩になる。 

 休憩を挟みつつ二時間ほど歩き、いよいよ西の空の月が輝きだした頃。

 遠くの方から涼しげな音が響いてきた。

 それは、水の流れる音だった。


「川が、流れてる」


 もし飲み水に事欠くような状況であれば、全員で駆け出したことであろう。

 

「魚がいるかもしれないね」


 儀一のひと言で、少し元気のなかった蓮が張り切り出した。

 光属性の魔法には、光撃ライトショックという接近戦用の魔法がある。

 この魔法を使って水の中に衝撃を与えられたら、魚を捕れるかもしれない。

 以前儀一が口にしていたことを、蓮は覚えていたのだ。


「おっちゃん。オレ、魚とりたい」

「そろそろたんぱく質が必要だからね。のんびり釣りをしている時間はないから、試してみる価値はあるかな」

「うん!」


 川幅は五十センチもなかったが、水は冷たく、澄み切っていた。 

 北にある魔霊峰“デルシャーク山”から地中深くに潜り、この辺りで湧き出てきた湧水なのかもしれない。緩やかに蛇行しながら、南東の方角に向かって流れているようだ。

 暗くなってきたので、残念ながら魚を探すことはできなかった。


「明日から、川を下りながら探してみようか」


 手ごろな茂みを見つけると、儀一はマンションを召喚した。






 夕食の準備中に、珍しく儀一がねねに注文した。


「森の食材で、お弁当を作って欲しいんです」 

「……お弁当、ですか?」

「はい。森の中で食べるお弁当です」


 ねねはきょとんとしている。


「マンション内にある食材で作った料理は十二時間で消えてしまいますが、外から持ち込んだ食材のみで作れば、消えないはずです。蒼空君のポケットもありますから、長時間の保存も問題ないでしょう」


 ねねは少し悩んだが、ジュキラ芋を蒸かしてパテ状にしたものに、茹でたチュクニの実と焼いたマルヴォルキノコを混ぜ込んだ。それをひと口大の大きさにまとめて、煮沸した木の葉で包んでいく。

 料理名はない。

 調味料も使えないので、味は期待できないだろう。


「それと、水筒も作ります」


 空になったペットボトルを持って、儀一はマンションの外に出た。

 周囲を警戒しながら川を探し、水を汲み取る。マンション内に持ち帰り、タオルでしてから、沸騰させた。

 また、オークたちから奪った袋についても煮沸消毒して、水筒代わりにする。

 夕食が終わって全員がお風呂を済ませてから、儀一は全員を集めた。


「明日は、野宿をしようと思います」


 子供たちは何を言われたのか分からないという顔をしている。

 

「それは――」


 怪訝そうにねねが確認した。


「このマンションを召喚しない、ということですか?」

「そうです」


 あっさりと儀一は答えた。

 

「これまで僕たちは、十二時間をマンション内で、そして十二時間を外の森で過ごしてきました」

「はい」

「マンションから外に出ると、すでに日は高い状態です。地球でいえば、午前十一時くらいかな」

 

 そこから七時間ほど歩き、日が落ちてから五時間ほど待機する。 


「これでは朝の時間がもったいないですからね。一度召喚をスルーして、時間調整をします」


 今現在の召喚時間は、二十二時から翌日の十時まで。

 これを、十八時から翌日の六時までに変更するというのだ。


「これまでは飲み水が確保できなかったので、野宿ができませんでした」


 マンション内の水は、マンションとともに消えてしまう。オークから袋を奪い、さらに森の中で小川を発見したことで、ようやく問題が解決したのである。

 

「え、なに? どういうこと?」


 きょろきょろしながら、蓮が不安そうに聞いてくる。

 子供たちにはまだ難しい問題のようだ。

 儀一は簡潔にまとめた。


「明日の夜は、マンションを召喚しない。夜ご飯はお弁当。お風呂はなし。ベッドも布団もなし。トイレは森の中ですること」


 ひと呼吸置いて、


「え~っ!」


 子供たちの大合唱が、リビング内に響き渡った。






 儀一がこのような決断をしたのには、理由があった。

 彼はオークたちの行動に、得体の知れない不気味さを感じていたのである。

 評価経験値からの逆算ではあるが、精霊たち――ムンクとグーの活躍により、すでに六百七十体以上のオークを倒していた。

 通常であれば、集落に引きこもって警戒するはずだ。

 それなのに、オークたちはいまだにこちらを追いかけ続けている。

 そして今日遭遇した十体ほどのオークたちは、巨人と化したグーに対して、まったくひるむことなく、自ら玉砕するかのように飛び掛っていった。

 オークたちは、恐怖というものを感じないのだろうか。

 当初、儀一はオークたちの数を数百から千を越えるくらいだと想定した。

 しかしそれは、根拠のない想定でしかなかった。

 もしオークたちの数が、儀一の予想を遥かに超えて、数千体という規模だった場合。

 しかも死を恐れることなく、諦めることもなく、まるで女王蟻に従う聞く働き蟻のように、無制限にこちらを追いかけ続けてくるのだとしたら。

 このままでは、逃げきれないかもしれない。

 もしこの時儀一が、オークたちの勢力を把握することができていたならば。

 オークキングが持つ種族固有の能力“強制徴募きょうせいちょうぼ”と、その制限――十三日間という継続期間を知っていたならば。

 あるいは別の決断をしていたかもしれない。

 しかし儀一は万能ではなかった。

 漠然としか情報を把握できない中で、これまで築き上げてきた経験を駆使して、彼なりの行動計画を立てるしかなかったのである。

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