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 神様の話によると、どうやら序列第二位のオークを倒したようだ。

 次に出てくるのは、オークたちを率いているボス、オークキングらしい。個体の力はともかくとして、統率力が強いのだという。

 ここで儀一は、ムンクが倒したであろうオークの数を、あらためて整理してみることにした。

 最初に倒したのは一体のみ。タッパーに詰めて持ち帰り、貴重なたんぱく源になった。

 次の日に、二十体。パーティ全員の存在レベルが一気に四も上がった。

 その後の五日間は、四十六体、四十二体、四十二体、四十五体、四十七体と、同じような数が続いた。八十秒というムンクの活動時間のためなのか、それともオークたちが五十体前後のグループで山狩りをしているのかは、わからなかった。

 そして、ここ二日間は数が跳ね上がり、六十体、六十八体となった。

 おそらくこれは、序列第二位のオークが率いていた部隊だろうと儀一は推測していた。

 儀一が直接倒した序列二位のオークを含めると、合計で三百七十三体。

 これはあくまでも評価経験値から逆算した数字であるが、神様の反応を見る限り、それほど的を外してはいないようである。

 自分たちは必死で逃げていただけなのだが、オークたちからしてみれば「ミイラ取りがミイラになる」という状況なのかもしれないと、儀一は思った。

 最初の一体は単独行動をしていた。おそらくは偶発的な遭遇だったのだろう。

 次に、調査もしくは先遣隊として二十体が派遣され、壊滅した。

 ここで、群れのリーダーであるオークキングが動いたのではないか。

 統率力が強いということは、絶対的な命令権があるということだ。数百体、あるいは千を超えるオークたちが動員され、ムンクによって次々と打ち倒されていく。

 ついには序列二位のオークとその部隊までもが犠牲となり、しかも、人間たちを取り逃がしてしまった。

 オークキングの面子めんつ矜持きょうじも、限界に達しているのだろう。

 すでにこちらの所在地は、ある程度把握されてしまっている。

 オークキングはこれまで森の中に分散させていたオークたちを集めて、一気に襲ってくるだろう。

 対応策としては、樹上や洞窟など、六人全員が隠れる場所を探し、マンションが召喚できるまでの十二時間をやり過ごす、という手がある。

 しかし、問題は赤目狼だった。 

 序列二位のオークは赤い目を持つ巨大な狼に乗っており、真っ直ぐにこちらを追いかけてきた。その後、峡谷きょうこくまで徒歩で追いかけてきたオークたちは、儀一たちの姿を見失っているようだった。匂いをたどっているのであれば、挟み撃ちなどせず、最短距離で襲い掛かってきたはずだ。 

 赤目狼は、オークたちよりも鼻がきく。

 そして、数はそれほど多くはない。

 序列二位のオークのみが乗っていたことから、力の象徴的な存在なのだろう。

 若干希望的観測は入っているものの、儀一はそう予測した。

 赤目狼とオークがセットになって、単独、あるいはごく少数で追いかけてくるのであれば、対処することは可能である。

 騎乗用の道具としては、手綱たずながなく、くらにはあぶみもついていない。

 空斬エアスラッシュ発火パイロキネシスを撃てば、ころころ落ちていくことだろう。その後、鳩爆弾クルックボムと攻撃魔法を組み合わせながら、とどめを刺していけばよい。

 問題は、赤目狼が先導して数百体規模のオークを引き連れてきた場合である。

 囲まれた時点で、確実に詰む。

 そんな状況を避けるためには……。

 面白くもない結論としては、これまで以上に過酷な逃避行に身を投じ、距離を稼ぐしかないようだった。






 内心、オークキングは焦っていた。

 オークキングのみが有する種族固有の能力、“強制徴募きょうせいちょうぼ”を使ってから、すでに七日間が経過していた。

 その間、数え切れないほどの仲間たちが殺されたようだ。

 壊滅した部隊の配置状況から人間たちの場所を予測したデズンは、百五十体ものオークを引き連れて人間たちを襲ったが、返り討ちにあった。

 百五十体もいた部隊の生き残りは、二十体余り。赤目狼は鼻先を切り裂かれ、しばらく使い物にならなくなった。

 どうやら、最後の赤目狼を出すしかないようである。

 オークキングは森の中にちらばっていた部隊を“禿はげ赤土あかつち”に集めていた。

 その数、六百体近く。

 全員がおとなしく座って待機しているのは、“強制徴募きょうせいちょうぼ”の効果が続いているからだ。そうでなければ、これだけの数の仲間を失って成果を出せないでいるオークキングに対して、不満や批判が集中したことだろう。

 最悪、反乱が起きていたかもしれない。

 “強制徴募きょうせいちょうぼ”の有効期間は十三日間。

 あと六日で効果が切れる。

 ゆえに、オークキングは焦っていた。

 自身の立場を守るためには、人間を捕獲するしかない。

 集落の広場で晒し者にし、群れの怒りを人間に集め、自らの手で処刑するのだ。

 幸いなことに、敵対者ライバルとなるオークたちは、ほとんど死んでしまった。

 はっきりと目に見える形で復讐を果たすことができれば、反抗心を持つ者を押さえ込めるかもしれない。

 オークキングはそう考えた。

 

『デズンが、死んだ』


 オークキングは彼が支配するオークたちに語りかけた。


『人間たちに、殺された』


 オークたちは虚ろな目で、彼らの王を見上げていた。


『デズンを殺した人間たちは、“爪跡つめあと”を越えた先――“黒葉くろは”に入った。“黒葉”を越えると、“溢れる川”だ』


 その先は、人間たちが住む領域。

 芋虫すらいない不毛な平地である。


『人間どもを追い詰め、捕らえろ。ただし、殺してはならん』


 もう後には引き返せない。


『仲間たちの仇だ。このギガブラスが、殺す!』


 聴衆はオーケストラだった。

 指揮者の指示通りに動くが、決して心を動かしたりはしない。


『殺せ!』

『弱者を!』

『喰らえ!』

『血肉を!』


 強制的に発生させた群読シュプレッヒコールの中、オークキングは自らを鼓舞するかのように、両手を広げて雄たけびを上げた。






 “爪跡”の南に広がる傾斜地が、“黒葉”である。

 木々の葉が黒いわけではない。大量の大きな葉を茂らせる木々が多く、夜になると月の明かりが地表まで届かない。完全に暗闇になることから、オークたちがそう名づけたのだ。

 “黒葉”はオークの集落から遠く、イニシェス蝶の幼虫――彼らの主食である芋虫も、それほどとれない。オークキング――ギガブラスの縄張りの中ではもっとも外側に位置しており、滅多に訪れない場所だ。

 そういう理由わけで、“爪跡”を渡って“黒葉”へ向かうための橋などは、けられていない。

 ただ、谷底へ降りて向こう岸に渡るルートが一か所だけあるのみだ。

 オークの大集団は一体ずつ崖を降り、ふたたび崖をよじ登って“黒葉”の入り口へとたどり着いた。オークキング自身は、赤目狼とともに幅の狭い場所をジャンプして、“爪跡”を飛び越えた。

 オークキングは人間たちを追跡する体勢に入ったが、序列二位のデズンのように、先頭に立って“黒葉”の中へ入ろうとはしなかった。

 部下からの報告にあった、得体の知れない雨、もしくは水の化け物――ムンクの存在を恐れたためである。

 “強制徴募きょうせいちょうぼ”八日目。

 本隊に先駆けて“黒葉”に入っていたオークたち――デズンが率いていた部隊の生き残りは、戻ってこなかった。

 赤目狼におおよその方角を判断させて、二組の部隊を送り込む。本隊は後詰となり、やや進行速度を落とした形で進んでいく。

 “強制徴募きょうせいちょうぼ”九日目。

 ビズラ、モドナの部隊が壊滅した。

 十日目。

 バルゴ、グブンの部隊が壊滅した。

 十一日目。

 ゾンテ、ギズモの部隊が壊滅した。

 実のところギズモの部隊は、ムンクの襲撃後も十体ほどが生き残っており、果敢にも行軍を続けた。

 そしてついに、人間たちを捕捉することに成功したのである。

 子供が四匹と、メスとオス。

 間違いなく自分たちが探していた獲物だった。

 奇妙なことに、人間たちの前には土でできた奇妙な人形があった。

 高さはオークたちよりも小さいくらいだが、横幅は広い。人間たちの後方には大樹がある。こちらを迎え撃つ構えのようだ。

 しかし、あの水の塊のような化け物はいない。

 これならば、勝てる。

 ギズモは仲間たちに命令を下した。


『おい、ギガブラス様の命令だ。殺すな。斧で殴って気絶させるんだ』

「儀一さん、彼らは私たちを殺さず、気絶させると言っています」


 人間のメスが何かをしゃべった。


「分かりました。さくら君、手品の用意を」

まじかるはっと(ペテン師帽)!」


 人間のオスは一匹の子供を抱きかかえていた。

 

「グーの前、正面をねらって。三、二、一、ゼロ!」

くるっくぼむ(鳩爆弾)!」


 子供が持っている器のようなものの中から、白い鳥が飛び出した。

 その数、たくさん。


 パタタタタタッ!


 ギズモは反射的に腕を交差して顔を守った。

 仲間たちも驚いたようで、立ちすくんだり地面に伏せたりする。

 鳥に襲いかかられたというのに、何も起こらない。

 だが、視覚と聴覚を惑わされた。


「結愛君、どれでもいい。立っているオークを狙って。三、二、一、ゼロ!」

発火パイロキネシス


 ギズモの隣にいた仲間が炎に包まれた。

 

「蒼空君はその右隣のオーク。三、二、一、ゼロ!」

空斬エアスラッシュ


 さらに隣にいた仲間が叫び声を上げた。

 不思議な力――魔法だ。

 オークたちは語り継がれた知識として、魔法の存在を知っていた。人間やエルフの中には、こういった力を使えるものがいるのだという。


「オ、オレもやる!」

「蓮君はまだ!」


 蹴散らしてやる。

 怒りに任せて、ギズモは手にしていた石斧を振りかぶった。


「みんな、伏せて!」


 オスが叫び、子供とともにしゃがみ込んだが、その後ろにいたメスは反応が遅れた。

 大樹に背を預けながら硬直している。

 ギズモは石斧を投げつけた。

 しかし、正確にコントロールできるような得物ではなかった。

 石斧は真っ直ぐ飛んだが、その弾道は低かった。人間たちの正面にいた土の人形に当たり、その身体を削り取る。

 ごりごりという音とともに、土くれ人形の頭が回転した。


「ねねさん伏せて」

「は、はいっ!」


 魔法を受けた仲間たちは死んではいないようだが、立ち上がるのがやっとの様子だった。

 特に火の魔法を受けた傷がひどい。


『囲め! 全員で、一気に襲いかかるぞ!』


 正面には土くれ人形。後方には木。

 そして、左右には木の枝を持った子供。

 全員で一斉に飛びかかれば、勝てるはずだ。

 

「……うん。ひどいよね、グーちゃん」


 ――ごりごりごりごり、ごり。


「さくらもそう思う」


 土くれ人形の頭が、正面を向いた状態で止まった。

 そして、ぷるぷると震え出した。

 いや、大地そのものが震えているようだった。


『ギギッ、な、何だ?』


 落ち葉が空中に舞い上がり、ぱりっぱりっと音を立てて砕け散る。

 突然、土くれ人形の身体が泥のように柔らかくなり、一気に巨大化した。

 高さはギズモの三倍以上はあるだろうか。泥のような塊から、頭部と腕が突き出る。 

 体型はスマートになり、造形的には土偶どぐうのようなものから埴輪はにわのようなものへと変化したのだが、オークであるギズモにそんな知識はなかった。

 本能的に感じたことはただひとつ。

 あの水の化け物と同じような存在が、目の前にいる。

 巨人には足がついていたが、地面の上を滑るように移動した。

 だが幸いなことに、その動きは遅かった。 

 逃げようと思えば、ギズモは逃げきることができただろう。 

 しかし、オークキングの命令がギズモたちの行動を阻害した。

 恐怖を感じず、正常な判断力も失った状態。


『あのでかいのを、壊せ!』


 興奮したように飛びかかったが、巨人の拳の一撃で粉砕され、潰されていく。

 ほんの一分足らずで、ギズモたちは全滅した。

強制徴募の有効期間を十日から十三日に変更。

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