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「いってらっしゃい!」


 ――こぽり。


 さくらに応えるように触手をうねうねさせて、今日もムンクは元気に出勤する。


 ドゥルルルルルル……。

 タラララッタラ~♪


『パーティメンバーである、一条蓮さんの存在レベルが上がりました。パーティメンバーである、如月結愛さんの存在レベルが上がりました』


 これで二人の存在レベルは七になった。

 個別に入った評価経験値は二十四。パーティ全体で百四十四。さくらの存在レベルは六なので、オークに換算すると六十体分。

 これまで五十体を超えることはなかったのに、突然跳ね上がった。

 ムンクが飛び立った角度――俯角ふかくからして、まだ距離はあるようだが、油断は禁物である。


いもは掘るのに時間がかかるので、キノコか野草を探そう」


 鑑定および解読の結果、森の中で収穫できる食材は一気に増えた。

 子供たちは物覚えがよく、宝探し感覚で次々と見つけてくる。

 もっとも成果を上げたのは、意外なことにグーだった。両肩に結愛とさくらを乗せながらすべるように移動している土の精霊は、時おり進行方向をずらしては、ゆっくりと止まる。


「グーちゃん、また見つけたの?」


 ごりごりと、木の葉形の頭が一回転する。

 さくらと結愛が飛び降りて、グーの足元――がに股の中心部分の土を掘ると、


「うわっ、出た!」

「“くさキノコ”だぁ」


 出てきたのは、光沢のある白い球状の物体、ジュエマラスキノコだった。

 実はこのキノコ、見かけや味はともかく、カビのような独特の香りがするので、子供たちの評判はすごぶる悪い。

 儀一の鑑定の結果によると、ジュエマラスキノコは非常に希少価値のあるキノコであり、王国では高値で取引されているのだという。


「よし、蒼空君、出番だよ」

「う……。やっぱり、入れなきゃだめですか」


 自分のお腹の中に臭いキノコを入れることに、蒼空は抵抗があるようだ。

 

「どこかの村や町についたら、売れるかもしれないからね」


 言葉の通じない異世界で現金を稼ぐ手段は限られてくる。

 もっとも確実なのは、食材との交換だろう。

 蒼空の空間属性魔法、四次元収納袋フォーディメンションパックは、ポケットの口より小さなものであれば、さまざまなものを収納、保管することができる。

 奥行きは不明。実験で細長い枝を入れたときは、三メートル以上入って、なお余裕があるようだった。ただし、蒼空自身が出し入れをする必要があるため、その手が届く範囲にしか収納することはできない。蒼空が手を離すと、収納物は空間内で固定されるようだ。

 そして、食材の鮮度は保たれる。

 まさに理想的な冷蔵庫といえるだろう。

 その日はこれまでで最長となる六時間の探索を行った。実際のところは、背後に迫りつつある不気味な存在からの逃避行だ。

 ねねと視線が合い、儀一はこくりと頷いた。

 オークたちの行動に関する自分の推測を、儀一はねねにだけ伝えていた。望まれたからということもあるが、いざという時の心構えは、大人である自分たちが共有すべきだと考えたからである。

 しかしまあ、今日は距離を稼げた。

 食材も増えているし、存在レベルも勝手に上がっていく。

 この調子でいけば、無事に森を抜けられるかもしれない。

 自分の認識の甘さを、儀一は思い知らされることになる。






「うんでぃーね!」


 翌日呼び出されたムンクは、明らかに様子が違った。

 何かに焦ったかのように、触手をうねうねしながら飛び立つ。

 その仰角は、かなり急だった。

 着地地点はそう遠くない。一キロ先か、二キロ先か。

 遠くの方から、かすかに獣の雄たけびのような声が聞こえてきた。

 

 ドゥルルルルルル……。

 タラララッタラ~♪


『おめでとうございます。あなたの存在レベルが上がり、七になりました』


 個別に入った評価経験値は二十七。パーティ全体で百八十。

 オークに換算すると、六十八体分。

 儀一のレベルアップを喜ぶ声はない。

 数十秒続いた魔物の絶叫に、不安を掻き立てられたからだ。

 

「さくら君、グーはまだ呼ばないで」


 グーが移動すると、地面に二本の線が残る。

 ほうきで消している余裕はない。


「ねねさん、足はだいじょうぶですか?」

「平気です。走れます」

「僕が先導しますから、ねねさんは後方に注意してください」

「はい」


 緊張した様子の子供たちに、儀一は注意事項を伝える。

 

「転ばないように気をつけて。それとできるだけ、草を踏んだり木の枝を折ったりしないこと。いいね?」


 南に向かって、儀一たちは歩き出した。

 全力で走れば、すぐに息切れする。木の根につまずき、足首を捻挫してしまうかもしれない。そうなったらおしまいだ。

 一番体力の少ないさくらに合わせて、固まって移動する。

 オークという魔物は鼻が利くのだろうかと、儀一は考えていた。

 猪の嗅覚はかなり鋭い。まだ地上に芽を出す前のタケノコを、次々に掘り出し食べてしまう。その知識を、儀一は“ワイルドアース”で知っていた。

 ということは、岩陰などに身を隠したとしても、匂いを辿られて逆に追い詰められてしまう可能性がある。雨が降れば匂いも消えるかもしれないが、あいにくといい天気だ。

 追いつかれたとして、子供たちの魔法で撃退することは可能だろうか。

 蓮の光属性魔法は接近戦に特化しているので使いづらいが、蒼空と結愛の魔法は遠距離からの攻撃が可能。存在レベルが上がったことで魔力の量が増え、魔法レベルが上がったことで威力が増し、魔力の消費量は減っている。

 魔法レベル一の――最初から覚えていた魔法であれば、十発くらいは撃てる。

 

「蒼空君、結愛君。魔法を使うかもしれない。心の準備をしておいて」

「は、はい」

「うん」

「使うのは、空斬エアスラッシュ発火パイロキネシスだけ。他の魔法は、僕が指示を出すまで使わないこと」


 魔法レベル三で覚えた魔法は強力だが、魔力の消費量が大きい。魔力が満タンの状態で、二発撃てるかどうか。長期戦は不利になるし、効果範囲が大きすぎる。混戦になった場合、仲間を巻き込んで自滅する可能性もあった。


「おっちゃん、オレは?」

「蓮君は、最後の切り札だ。勝手に突っ込んじゃだめだよ」


 複数を相手にする戦いにおいては、蓮の魔法とスキルは厳しい。

 この少年は向こう見ずなところがあるので、釘を刺すよりもおだてる方が効果が高いだろうと儀一は判断した。

 人型の魔物相手に、なるべくならば戦わせたくはなかったが、命がかかった状況ではそうも言ってられない。

 やはり、無理やりにでも森の動物を撃たせて、慣れさせておくべきだったか。

 ねねの話では、以前、たちの悪い二人組みの男に襲われた時、蓮と結愛が魔法を使って撃退したのだという。

 相手を殺すのではなく、大切な誰かを守る。

 行動の結果が同じだとしても、行動原理が違えば精神的な負荷も変わってくる。そのあたりの思考の誘導も必要か。

 声には出さず、儀一は自嘲気味に苦笑した。

 やはり自分には、結婚は向いていない。

 効果的に子供たちを戦わせようと考えている時点で、保護者失格だろう。

 一時間ほど森を歩いたところで、後方からばさばさと森の草木を掻き分けるような音が聞こえた。


「な、何かがきます!」

「みんな、僕の後ろへ!」


 茂みの中から現れたのは、巨大な狼に跨った一体のオークだった。

 

『ギギッ、見つけた! 子供四匹と、メスとオス。間違いない』


 その言葉を理解できたのは、ねねのみである。

 ここで複数の敵に囲まれていれば、絶望的な状況。しかし後続はいないようだ。よくよく観察すると、オークは傷つき、血を流していた。


「木の後ろに隠れて!」 


 あの狼はここで仕留めたいと、儀一は考えた。

 樹木が生い茂る森の中を、かなりの速度で追いかけてきた。おそらくあの赤い目をした狼が、自分たちの匂いを辿ってきたのだ。

 低い唸り声を上げながら、狼は儀一たちが隠れている木の周囲を回り始めた。


『ギギッ、“赤目”の鼻から、逃げられると思ったか?』


 オークは鞍の横に取り付けられていた石斧を片手で構えた。もう片方の手でくらについている取っ手のようなものを握り、身体を支えている。手綱たずなあぶみはない。

 問答無用で襲いかかられていたら混乱しただろうが、相手には口上を述べるだけの余裕があるようだ。

 幸いなことに――


「蒼空君、結愛君、狼を狙って。三、二、一、ゼロ!」

空斬エアスラッシュ

発火パイロキネシス」 


 魔法使いの杖が、狼に向かって突き出される。

 魔法レベル一の頃とは比べ物にならないくらいの大きな炎、そして複数の風の刃が狼を襲った。オークを乗せていたことで動きが重くなっていた狼は、魔法攻撃をまともに受けて甲高い鳴き声を上げた。

 乗り手であるオークが投げ出される。

 狼を仕留めたいところだが、鼻先を切り裂かれ毛皮が炎上した狼は、地面を転げ回りながらやぶの中に入ってしまった。

 標的を変える。


「さくら君、手品の準備」

まじかるはっと(ペテン師帽)!」


 ぼわんという奇妙な効果音とともに、さくらの頭にピンク色のシルクハットが現れた。


「あっちにいる変なの――オークを狙って。三、二、一、ゼロ!」

くるっくぼむ(鳩爆弾)!」


 さくらが帽子をとると、その中から白い鳩の群れが飛び出した。

 その数、百羽以上。

 周囲を真っ白な鳩に覆われて、オークは硬直した。

 だが、この鳩に実態はない。幻だ。

 さくらが取得したタレント、手品。

 約十秒間の目くらまし。


『斧! 斧はどこだ!』


 四つん這いになりながら、手放してしまった武器を探すオーク。

 その頭部に、石斧が叩き込まれた。


『ギギャッ!』


 遠心力を使って血塗られた斧を茂みの中に投げ捨てると、儀一はねねと子供たちのもとへと駆け戻った。


「さ、逃げるよ!」

「は、はい!」


 逃げながら、儀一はオークの様子を確認する。

 ぴくりとも動かない。

 

「ステータス、オープン」


 状態盤ステータスプレートを確認すると、評価経験値の数字が動き、三増えた。

 これはオークを殺したということだろうか。

 いや、絶体絶命の危機を乗り越えた時、オークを倒していなくても評価経験値は入ったはずだ。

 油断は禁物である。

 だが、確かに手に残る――形容のし難い嫌な感触。頭蓋骨にかなりのダメージを与えたはずだ。

 短期間で回復するとは思えない。少なくとも追跡は不可能だろう。

 三十分ほど走ったところで、後方から獣の雄たけびのような声が聞こえてきた。

 おそらくは、オークたちの声。

 やはり、仲間がいたのである。

 走りづらい。いつの間にか、落ち葉の中から岩肌のようなものが見え隠れするようになっていた。地面の質が変わったようだ。

 そろそろ子供たちの体力も限界だろう。

 このまま逃げ続けるか、隠れる場所を探すか、あるいは追跡されるのを覚悟の上でグーを呼び出すか。

 そんなことを考えていると、森の木々が途切れた。

 地面がない。

 まるで雪山に突如現れたクレバスのように、大地が裂けている。

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