(15)
「必殺! 一閃!」
木刀による横薙ぎの攻撃。
六歳の子供のものとは思えない鋭い剣戟が、ひょろりとした草の茎を刈り取った。
発動前の位置に自動的に戻り、ぴたりと止まる。
これは残身ではなく、スキル終了後の硬直だ。
蓮本人はかっこいいと満足しているようだが、実戦で使うには注意が必要だろう。
「蓮君。必殺技を使う時に叫んだら、バレちゃうよ」
「え? だってさ、こういうのは……」
「テレビの見すぎ」
儀一は蓮に注意するとともに、アドバイスを送った。
「君はまだ子供なんだから、その部分を有効に使わないと」
「どういうこと?」
「わんわん泣いて、相手が不用意に近づいてきた時に、一気に倒すんだ」
「え~、かっこわるい」
「かっこ悪くても、勝てばいいんだよ」
スキル名は叫ばなくても発動する。
なるべく小さな声で、素早く――
それは蓮のスキルに限ったことではなく、蒼空と結愛の魔法も同じだった。
「三、二、一、ゼロ」
「空斬」
「発火」
こちらは苔むした岩を的に見立てて何度か魔法を撃っているのだが、命中率は安定しない。
心の中で、儀一はため息をついた。
蓮のスキルにしろ蒼空と結愛の魔法にしろ、一度外したら負ける。
つまり、殺されるということだ。
練習でこれでは、実戦でまともに使えはしないだろう。恐怖で身がすくみ、何もできずに終わってしまうかもしれない。
「魔法といえば、杖かな?」
儀一は手ごろな枝を拾って、蒼空と結愛に渡した。
長さは指揮者が使う指揮棒くらい。ただし、指揮者のように振り回すとどこに魔法が飛ぶのか分からないので、突き出すようにして魔法名を発音する。
「空斬」
「発火」
心なしか命中率が上がったようだ。
それに、二人とも魔法使いのような気分を味わって、どことなく嬉しそうである。
「ねぇ、ぎーちおじちゃん。さくらも。さくらも手品、使ってみたい」
さくらが儀一のスーツをつかんで、ぴょんぴょん跳ねた。
「え~と、さくら君の魔力は……」
波乙女と地住人を同時に呼び出したさくらの魔力円は、一気に赤色になった。
タレントの手品がどれくらい魔力を使うのか不明だったため、しばらくは使わないようにと言いつけていたのである。
「オレンジ色か。う~ん」
「一回だけ。ね?」
ぎゅっと拳を握り締めながら、上目遣いに見上げてくる。
小さくても女の子だ。誰に教えられたわけでもなく、効果的なお願いの仕方を心得ている。こんな仕草をされたら、たいていの男はだらしなく頬を緩ませて、うんうんと頷いたことだろう。
「だめ。黄色になってから」
あっさりと儀一は却下した。
「む~」
「さ、みんなも練習は終わり。出発するよ」
魔法の的にした岩には、傷や焼け跡がついている。少し離れた場所で隠れる場所を探さなくてはならない。
「ねねさんも、グーに乗ってください」
「はい」
少し離れた場所で足を休めていたねねが立ち上がった。
靴ずれを悪化させたねねは、いよいよ歩くのも困難になっていた。さくらを通じてグーに聞いてみたところ、許可が出たようなので、運んでもらうことになったのだ。
「あたしも乗りたい」
「さくらも」
グーの肩幅は広いので、そこに跨って頭をつかむことにより、子供であればもう二人乗ることができる。グーの移動方法は安定性が高く、乗り心地はかなりよい。
「じゃあ、蓮君は箒係」
「え~」
「蒼空君は、食材を探してくれるかな」
「分かりました」
ちなみに儀一は先導役である。
全員が身を隠せてマンションを召喚できる場所を探していると、突然ムンクが上空に飛び上がった。
触手を広げてくるくると回り、方角を確定。
北に向かって飛び立つ。
地面とほぼ平行に飛んでいったので、かなり距離があるようだ。
「あ、ムンクちゃん。行っちゃった……」
約八十秒後、全員に二十三の評価経験値が入った。
ドゥルルルルルル……。
タラララッタラ~♪
『パーティメンバーである、南井蒼空さんの存在レベルが上がりました』
蒼空の存在レベルが上がり、蓮と結愛と同じ六になった。
この時点においては、オークたちの集落に何が起きているのか、儀一は正しく理解することができなかった。
おそらく、ムンクがオークを倒した。
距離も離れているし、それほど心配する必要はないはず。
その程度の認識だったのである。
しかし、次の日。
新たに呼び出されたムンクがすぐさまどこかへ飛んでいき、八十秒後、パーティ全員に二十一の評価経験値が入った。
ドゥルルルルルル……。
タラララッタラ~♪
儀一の存在レベルが上がり、六になった。
ここにきて、何かが起こっているのではないかと儀一は考え始めた。
ゲーム好きな蓮によると、普通はキャラクターのレベルが高くなっていくと、次のレベルに上がるための必要経験値が、少しずつ大きくなっていくのだという。
しかし存在レベルの場合は、一定の評価経験値――百で上がっていく。
存在レベルが上がると、同じ敵を倒したとしても、得られる評価経験値が下がるのではないかと、儀一は推測した。
割合の目安としては、マンションのベランダで行った魔法の熟練度上げがあった。
魔法レベルが一の時、魔法名を一回発音する――つまり魔法を一回使うだけで、熟練度が一上がった。
しかし魔法レベルが二になると、熟練度を一上げるのに、同じ魔法を十回使う必要があった。
魔法レベルが三の時には、熟練度を一上げるのに二十回――これは大変ということで、新しく覚えた魔法を使ったところ、熟練度は上がりやすくなったのである。
この割合が、存在レベルに必要な評価経験値にも当てはまるとするならば……。
仮定に仮定を重ねて、儀一は計算した。
存在レベル一のさくらが呼び出したムンクが、オーク一体を倒した時、ひとりあたり二十、パーティ全体で百二十の評価経験値が入った。
存在レベル五になったさくらの場合、オーク一体を倒した時に得られる評価経験値は、四十分の一――つまり、三になる。
昨日は、ひとりあたり二十三、パーティ全体で百三十八の評価経験値が入った。
これはオーク四十六体分。
そして先ほど、ひとりあたり二十一、パーティ全体で百二十六の評価経験値が入った。
これは、オーク四十二体分に相当する。
まさかとは思うが、これほどの数のオークが、自分たちを追ってきているとでもいうのだろうか。
「ムンクちゃん、もう行っちゃった」
残念そうに北の空を見つめるさくら。
「また明日会えるよ。それより、先を急ごう」
グーを呼び出して、五時間ほど移動する。
儀一を除く五人が代わりばんこに乗ることができるので、疲労は少ない。グーの移動の痕跡である二本の線については、儀一が自ら箒を使って、念入りに消すことにした。
そしてさらに次の日。
さくらによって呼び出されたムンクは、やはりすぐさま飛び立った。
これまでと方向が若干違う。やや東よりだ。
八十秒後、パーティ全員に二十一の評価経験値が入った。
これでねねとさくらの存在レベルが上がり、全員が六になる。
子供たちからすれば、突然ムンクがどこかへ飛んでいき、その後すぐに評価経験値が入るので、わけが分からない状態なのだろう。とりあえずレベルがそろったことを喜んでいる。
ねねはゲームをしたことがないそうで、何かの数字が上がったくらいの認識のようだ。
「ムンクちゃん、どうしたのかしら?」
素朴な疑問に答えることができず、儀一は頭をかいた。




