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 広場に運ばれてきた息子の死体を、オークキングは見下ろした。

 鋭く尖ったもので刺されたような傷が、身体中の至るところについている。大量の血を流して絶命したようだ。

 死体は息子のギダンだけではなかった。取り巻きである十九体の若いオークが、ギダンとともに命を失った。

 いや、何者かに殺害されたのだ。

 オークキングにとって息子とは、守るべき存在であるとともに、強力な敵対者ライバルのひとりでもあった。

 仮に自分の力が衰え、倒される日がきた時、オークキングはその力と権力を失う。

 戦いで死ぬか、自ら群れを去るか、選択しなくてはならない。

 そして、キングを倒した者が新たなる力を得て、群れの王となるのだ。

 だからこそ、オークキングは息子を殺されたことに対する怒りと、成長著しい敵対者ライバルがいなくなったことに対する安堵を、同時に感じていた。


『ギダンが死んだ』


 広場には千を超えるオークたちが集合していた。

 人間たちが“オークの森”と呼んでいるこの森には、幾つかのオークの集落があり、その中では中堅規模に属するだろう。

 それぞれの集落にオークキングがいて、近隣の集落同士で抗争を繰り返している。

 だが、ギダンを含む二十体のオークたちは、他の集落のオークにやられたわけではない。

 おそらくこれは魔法の傷だと、オークキングは判断した。

 オークは魔法を使えない。

 この森にエルフはいない。

 南――森と崖と川を越えたところに住んでいる、人間の仕業だろう。

 

『ギダンを殺した人間は、まだ近くにいる。木のうろか、岩陰か、草むらか、それか落ち葉の下に隠れているはずだ!』


 ギダンを含む二十体のオークが殺害されたのは、おそらく二日前。

 現場は集落からそれほど離れていない。 


『人間の子供が四匹と、メスとオスだ!』


 息子が赤目狼とともに追いかけようとしていた相手のことを、オークキングは覚えていた。メスについては、自分のものにしようと考えていたからだ。

 オークキングは大きく息を吸い込むと、空に向かって絶叫した。

 それは、いくさの合図だった。

 オークキングは、彼らが崇拝する神より特殊な能力を授けられていた。

 それは“強制徴募きょうせいちょうぼ”という能力で、自分が率いているすべてのオークたちを絶対服従させ、戦いに駆り立てるというものだった。

 継続期間は十三日間。

 発動条件は、群れに危険が迫っているとオークキングが認識した時。

 今が、その時だ。

 オークキングの雄たけびが消えると、広場に集まっていたオークたちの目から、意思の光が失われた。


『デズン!』

『ギギッ ここにいる』


 オークキングは壮年のオークを呼んだ。ギダンが死んだため、繰り上がりで序列二位に返り咲いた、かつての敵対者ライバルだ。

 

『食料庫にある干し芋虫を、全員に配れ。全部だ! 水は自分で用意させろ。ギダンを殺した敵は、強い。五十ずつの組にわけて、森狩りをする』

『分かった』

『それと“赤目”だ! “赤目”にくらをつけろ』

『分かった』


 この集落には、三体の赤目狼が飼育されていた。ギダンに貸し与えた一体は戻っていないので、残り二体だ。


『一匹はお前が乗れ、デズン。もう一匹はオレ様だ。このギガブラスが、自ら出る!』


 魔物には「人間を殺したい」という根源的な欲求がある。オークキングは興奮し、目を血走らせ、息を荒くしていた。


『人間どもを、殺す!』

『おおっ!』

『このギガブラスが、殺す!』

『おおっ!』


 興奮したオークキングと彼が率いるオークたちの声は、やがて巨大な群読シュプレッヒコールとなり、森の木々を振るわせた。


『殺せ!』

『弱者を!』

『喰らえ!』

『血肉を!』






「え~、今日は、さくら君に地住人ノームを呼んでもらおうと思います」


 一方、こちらはマンション内のリビング。

 オークたちの情勢など知るよしもなく、のんびりと朝食を食べている。

 朝食のメニューは、ほかほかの白ご飯、シイタケとよく似た食感を持つビシュヌールキノコの佃煮、バッコヌス草の酢味噌和え、ナユジュメ煮びたし、そして薄力粉を使ったお団子スープである。

 ちなみに食材の名前が難しいので、子供たちは“白シイタケ”、“にがほうれん草”、“緑白菜”と、勝手に名前をつけて呼んでいるようだ。

 

「ノームというのは、土の精霊さんですか?」

「ええ。さくら君が魔法レベル三で覚えました」


 波乙女ウンディーネのムンクを呼び出すと、さくらの魔力は半分近く消費する。

 その上で地住人ノームを呼ぶのはリスクが高いため、最初に地住人ノームを呼び出して、魔力の消費量をチェックしようというのだ。


「うまくいけば、両方呼べるかもしれません」

「新しい、おともだち?」


 キノコが苦手なのか、スープで流し込むように食べていたさくらが、身を乗り出してきた。


「そうだよ。仲良くなれるといいね」

「うん!」


 湯気立つご飯の上にビシュヌールキノコの佃煮をのせて、幸せそうに頬張る儀一。この手の地味な料理が、彼の大好物であった。

 身体が若返っていることもあり、いくらでも食べられる。

 バッコヌス草の酢味噌和えもよい。ナユジュメ草の煮びたしは、醤油が合う。

 これで漬物さえあれば、完璧なのだが……。

 この世界にぬか漬けはあるのだろうかと、儀一は考えた。米に似た穀物があれば、あるいはぬか床が作れるかもしれない。


「お代わり、いかがですか?」

「あ、お願いします」


 にこにこ顔のねねが、ご飯をよそう。昔話むかしばなしを題材にしたテレビアニメのように、見事な山盛りだ。


「こいつは、お箸が止まりませんね」

「ふふっ、いっぱい食べてくださいね」


 そのやりとりを、蒼空と結愛がじっと観察している。

 昨日とは何かが違う。

 目に見えない空気のようなものが。


「はい、儀一さん」

「すいません」


 そして呼び方が、完全に違う。

 実際のところ、儀一とねねは二時間ばかりバシュヌーン語の勉強をして、それからいっしょに食事を作っただけなのだが、儀一はともかく、ねねの雰囲気は明らかにほんわりしていた。


「おっちゃん、はやく行こうぜ!」


 空気を読めない蓮が儀一の身体を揺らして、蒼空と結愛がじと目になる。

 昨日の探索中、蓮は手ごろな木の枝を拾ってきた。それを儀一が道具箱の中にあった紙やすりで磨いて、木刀らしきものに仕上げたのだ。

 蓮は片手剣のスキルの練習したくて、うずうずしていたのである。

 食事のあと歯磨きをして、出発の準備は完了。


「さあ、出発だ」

「おー!」


 玄関で儀一とさくらが四つん這いになる。

 水の精霊を最初に呼び出した時と同じく、二人が先に出ることになった。親亀と子亀の出発だ。


「じゃあ、ねねさん。扉を開けてください」

「は、はい」


 この出発の方法に、ねねはまだ慣れない様子である。

 外は雲ひとつない晴天。地球とは違って空はやや緑がかった青。

 ちなみに夕方になると、紫色に変化する。

 儀一は周囲の気配を確認してから、さくらを抱き上げた。

 気持ち程度に落ち葉をよけて、土をむき出しにする。

 状態盤ステータスプレートにて、さくらの特殊能力ウィンドウを確認。円は青色で安定。ご飯をいっぱい食べてよく眠れたので、魔力は満タンの状態だ。

 

「のーむ!」

 

 可愛らしい発声とともに、地面が盛り上がった。

 まるで粘土をこねたかのように、ぐにゃぐにゃと蠢いて、形を成していく。

 波乙女ウンディーネとは形が違う。

 人型だ。

 がに股で、腰は細く、肩幅は広い。

 顔は木の葉型で巨大な目がついている。

 背丈は一メートルちょっと。さくらと同じくらいである。

 

「はじめまして、峰野さくらです。六歳です」


 丁寧にお辞儀をして、さくらが自己紹介をする。

 波乙女ウンディーネ以上に反応が分かりづらい。

 まったく動かないからだ。

 玄関から顔を出しながら、「あ~、見たことあるぞ。ハニワだ!」「土偶どぐうじゃないですか?」「抱きついたら、服汚れそう」と、子供たちが好き勝手なことを口にしている。

 波乙女の時にはいきなり抱きついたさくらだったが、今回はじっと観察している。細部の造詣を確かめるようにゆっくりと土人形を一周して、最後に顔を近づけた。

 ごりっと音がして、土人形の顔が九十度横に向いた。

 それは、照れた子供がそっぽを向くような感じだった。


「お名前、何がいいかなぁ」


 悩むさくらをよそに、儀一は感心していた。


遮光器しゃこうき土偶とハート型土偶を混ぜ合わせたような造形、そして文様の型式パターン。ミルナーゼで呼び出される地住人ノームは、みんなこんな形をしてるのかな? もしそうだとすると、地球とはまったく別の世界であるにもかかわらず、元型アーキタイプが似通っているということになる。そもそも精霊とは、人間の意識が投影されるものなのか、それとも逆に……」

「グーちゃん!」


 ごりっと音がして、土人形の顔が正面を向いた。

 気に入ったのかどうかは分からないが、名前は決定したようである。

 土の精霊、土偶もどきのグーは、男の子に人気があるようだ。蓮と蒼空が駆け寄ってきて、腕につかまったり背中に上ったりしている。

 ちょうどよい、手ごろな大きさなのだろう。

 

「だ、だいじょうぶなんでしょうか?」

「さくら君は精霊と意思疎通ができるみたいですから、様子をみましょう」


 ねねは不安そうだが、儀一にも確かなことは分からなかった。

 グーの足は地面と一体化しているようだ。首以外の関節は動かないようで、地面の上をすべるように移動する。

 そして移動したあとは、地面に二本の線がつく。

 オークたちの追跡を受ける可能性のある、致命的な欠陥であった。

 しかし儀一は、グーを有効活用すべきだと考えた。

 実は、ねねの足が限界にきていたのである。

 ヒールのついたパンプスで森の中を長時間歩くのは、やはり無理があった。何度か木の根に足をとられて足首を痛めそうになったし、靴ずれも悪化している。マンションから出る時間を三、四時間前倒しにすれば、儀一のスニーカーを使うことはできるのだが、それは安全に過ごせる時間を短縮することでもあるし、危険な森の中にいる時間を増やすことでもある。

 子供たちのことを第一に考えるねねが承知しないだろう。

 観察している限り、グーの移動は振動が少ないようだ。手を腰に当てるような形をしているので、その輪っかに足を入れて肩につかまる――ようするに、おんぶをしてもらうことができれば、かなり助かるだろう。

 地面につく跡は、葉のついた枝をほうき代わりにして、ならせばよい。

 さくらの特殊能力ウィンドウを確認すると、「グー(07.57.10)」とあった。下二桁の数字は、09、08、07……と変動している。

 待機時間は八時間だ。

 魔力の円は、緑色と黄色の間。

 半分以上は減っていない。


「結愛君、水を――」

「はい、おじさま」


 二リットルのペットボトル二本分。

 計四リットルの水で、さくらがムンクを呼び出す。

 ムンクはグーを見て、混乱したように触手をうねうねと動かした。

 グーもムンクを見て、混乱したように首をごりごりと回転させた。

 シュールな光景である。

 

「ふたりとも、仲良くね」


 そう言ってさくらは、満面の笑みを浮かべるのであった。

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