(13)
床の上にゴミ出し用のビニール袋を敷いて、準備は完了した。
「じゃ、蒼空君、頼むよ」
「はい。四次元収納袋!」
キノコ、木の実、草、根、葉っぱ、石、土、苔、花……。
蒼空がひとつずつ本日の成果品を取り出して、ビニール袋の上に置いていく。
ポケットから――というよりは、お腹の中から出しているイメージがあり、どうにも気持ちが悪いようだ。
ポケットの中は真っ暗で、光も届かない。
汚れているのかどうかすら分からない。
「助かるよ。これで、おかず問題が解決するかもしれない」
「い、いえ。ぼくは、みんなの役に立てるなら……」
格好のわるいポケットなど気にしない、とまではいかないようだが、儀一にお礼を言われて、蒼空は嬉しさを隠し切れない様子である。
胡坐をかきながら、儀一はキーワードを唱えた。
「ステータス、オープン」
右手をかざした位置に出現する状態盤は、特定の位置に固定されるわけではない。顔を動かすと状態盤も同じように動く。歩きながらでも自分やパーティメンバーの状態を把握できる仕様になっていた。
その情報は、本人にしか見ることはできないし、ボタンに触れることもできない。
儀一は左手に灰色のキノコを持って、新たに取得した特殊能力を使用した。
「鑑定」
状態盤上に、謎の文章が浮かび上がった。
この世界の人間が使っているというバシュヌーン語だ。
テーブルの上にはコピー用紙があり、セロハンテープで固定されている。
儀一は顔の位置と角度を動かして、コピー用紙と状態盤がちょうど重なるように調整した。
そのまま頭の位置を固定。状態盤の文字をボールペンでなぞり、コピー用紙に写し取っていく。
書き込んだコピー用紙を、ねねに渡した。
「――あ、読めます。……オーク茸。比較的温暖な気候、乾燥した腐葉土を好む。食べると笑いが止まらなくなる。魔物であるオークの間では嗜好品として好まれているが、人間にとっては……も、猛毒」
「毒キノコか。あぶないあぶない」
儀一は全員にキノコの特徴を伝えると、オーク茸を別のビニール袋の中に入れた。
「じゃあ、次――」
新たなる食料調達のために、儀一がねねに提案したこと。
それは、二人でタレントの鑑定と解読を取得し、協力して情報を得るという方法だった。
ひとりで鑑定と解読を持っていれば、書き写して伝えるという手順を踏まなくてもいいのだろうが、そう都合よくいくはずもない。
しかしこれで、ねねは翻訳と解読という二つの能力を手に入れた。
翻訳は聴覚で捉えた言語を理解する能力。
解読は視覚で捉えた言語を理解する能力。
あくまでも一方通行であり、ねね自身はオーク語をしゃべれるわけではないし、バシュヌーン語を書けるわけでもない。
それでも、ジェスチャー等を交えることによって、ある程度のコミュニケーションをとることは可能になるだろう。
現時点で生じているおかず問題、そして将来訪れるであろう現地住民との意思疎通問題を同時に解決する、まさに妙手といえる選択であった。
「これからは、食べられそうなものと、食べられると分かったものは、どんどん採っていこう」
蒼空の空間属性魔法、四次元収納袋の制限は、重量のみのようだ。蒼空自身の状態盤のみで確認することができ、0/30Kgという形で表現されているという。つまり、三十キログラムのものまで収納できるということだ。魔法レベルが上がると、収納可能な重量も増えていくのかもしれない。
ポケットに収納しているものの重さは感じないようなので、手荷物を増やしたくない探索時においてはかなり有用な魔法である。
見かけについては、かなり気にしているようだが……。
「蒼空君の魔法のおかげで、かなり便利になったよ。ありがとう」
「い、いえっ」
少し頬を赤らめながら、蒼空は目をきらきらさせている。
鑑定の結果、利用可能な食材が確定した。
今夜のメニューは、白いご飯に、三種類の野草と例の肉の味噌炒め。そしてビシュヌールキノコとナユジュメ草のコンソメスープ。
「初めての食材ばかりで、味のバランスは悪いかもしれませんが」
ナユジュメ草とは、これまで“緑白菜”と呼んでいた葉っぱである。品種改良したものが野菜として、各地で栽培されているようだ。
他の野草はえぐみがあるので、灰汁抜きをして濃い目の味付け。
白ご飯にぴったりで、栄養のあるおかずとなった。
「おかわり!」
「あたしも!」
一日二食ということもあり、子供たちは小さな身体のわりに驚くほど食べる。
二十歳の身体に若返った儀一も、おかずでご飯をかき込むという爽快感を、久しぶりに味わった。
「ん~、若いっていいねぇ。僕もお代わり」
「はい。いっぱい食べてくださいね」
残念ながら、今回で例の肉は使いきってしまった。
今後はマメ科の植物、球根類、イモ類などを探し、可能であれば動物を狩りたいところである。
お風呂に入って歯磨きをしたところで、さくらがぽつりと言った。
「……今日も、みんなで寝たい」
もちろん、誰も反対はしない。
みんなに心配をかけないようにと、今日のさくらは気丈に振舞っていた。そのことを分かっているのだ。
「よし。じゃあ、マットレスを運ぼうか。手伝って」
マットレスをリビングへ運び、倒したところで、
「いっちば~ん!」
蓮がダイビングした。
こうなると他の三人も続き、収拾がつかなくなる。
「ほら、もう寝るよ。明日も早いんだから」
儀一が強引に掛け布団を被せると、中でばたばたと暴れて、きゃっきゃと笑い合う。
「さ、二宮さんも。電気を消しますよ」
「はい……」
子供たちと儀一の様子に、ねねが目を潤ませた。
完全に助かったわけでもないのに、ねねは心の重荷が消え、胸が熱くなるのを感じた。
むくわれた――
不気味な森の中に置き去りにされた時、ねねは悲壮な覚悟で子供たちを守ろうと決意した。
しかし、力も知識もない自分には、何もできなかった。
子供たちを抱きしめて、震えることしかできなかった。
傷つき、疲れ果て、もうだめだと諦めかけた時に、さっそうと儀一が現れたのだ。
四十二歳の元公務員だというが、見かけは二十歳くらい。
どこかひょうひょうとしているくせに、決断力と行動力がある。分かりやすい愛情表現は見せないが、子供たちは信頼しきっている。
何よりも今、空腹は満たされ、心は安心し、子供たちは笑い合っている。
それが、どれだけすごいことなのか。
何度確かめても、感心し、感動してしまう。
ひとりきりじゃない。
ともに支えてくれる人がいる。
その事実に、ねねもまた救われたのだ。
「みんな、明日も頑張ろうね」
結愛とさくら、子供独特の高い体温に包まれながら、ねねはすっと眠りに落ちていった。
「――二宮さん」
軽く身体をゆすられて、ねねはぼんやりと目を開けた。
部屋の電気はついておらず、真っ暗である。
「まだ、夜ですよぉ」
低血圧なねねは朝に弱い。
寝ぼけた声を出して、んん~と唸った。
「すいません。ちょっと、お願いしたいことがありまして」
「……儀一さんが、ですかぁ?」
「そうです」
「……私にぃ?」
「はい」
「儀一さんのお願いでしたら、なんでもします」
「それは助かります」
「なんだって、言って……」
自分が何を口走っているのか、ねねはようやく検討を始めた。
霞がかった頭の中が徐々に形をなしていく。ふわふわとした足場に着地し、記憶を再構築。気づいた時には遅かった。
かっと目を見開いた状態で、硬直する。
暗闇でなかったら真っ赤になった顔を見られていたことだろう。
「ぎ――や、山田さんっ」
「し~っ」
子供たちはまだ寝ている。
「こちらへ」
儀一は隣の寝室へ移動した。
そこへ電気がついており、マットレスのないベッドの上に、食卓用のちゃぶ台と座布団が置かれていた。
「あ、あの――」
俯き加減のまま、ねねは謝った。
「ご、ごめんなさい。私、馴れ馴れしいことを……」
「別に、儀一でもいいですよ」
名前の呼ばれ方にはこだわりがないようで、儀一は気軽に答える。
「い、いえ……」
年上の方を、名前で呼ぶなんて――
と、ねねは続けようとしたが、その時、混乱していた頭が一気に高速回転した。
せっかく許可をもらえたのだから、この際甘えてもよいのではないか。
「で、では。その、儀一さん」
実際に面と向かって口にしてみると、恥ずかしくなってしまう。
しかし、この際、この際だから――
「私のことも、名前で呼んでください」
「わかりました」
どさくさにまぎれてそんなことまで注文してしまう。
心の動揺を悟られまいと、ねねは儀一の用件を聞くことにした。
「そ、それで、どうしたんですか?」
「実は、勉強をしようと思いまして」
儀一は意外な言葉を口にした。
いつもの起床時間より、二時間は早い。とはいえ、子供の睡眠時間に合わせているので、それほど負担というわけではなかった。
「勉強、ですか?」
「はい。これです」
儀一はちゃぶ台の上を指し示した。
そこには儀一がキノコや野草などを鑑定し、状態盤に表示された文字を写し取った、コピー用紙が置かれていた。
この世界に住む人間が使っている言語、バシュヌーン語だ。
「ねねさんは、解読でこの文字が理解できるようになりました」
「はい」
「では、バシュヌーン語の単語だけでなく、文法や品詞の形態なども、ある程度は分かるはずです」
それを二人で分析し、習得したいという。
解読の能力では、バシュヌーン語で文章を書くことはできない。そして発音も分からない。“オークの森”を抜けて、現地の住民と出会った時に、簡単な筆談ができればと、儀一は考えたようだ。
そしていずれは、子供たちにも教えなくてはならない。
「私と、や――儀一さんとで、ですか?」
「子供たちの勉強は、安全な場所にたどりついてからの方がいいと思いまして」
「そう、ですね」
つまり、これから毎日二人きりで勉強をするということだ。
「わ、わかりました。頑張ります」
少しぎこちない感じで、ねねは微笑んだ。




