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 どうやら精霊には二種類の時間設定があるようだ。

 ひとつは呼び出されてから消えるまでの“待機時間”で、魔法レベル八のさくらの場合、水の量に関係なく八時間である。

 もうひとつは、術者の“お願い”により、精霊が何らかの行動アクションを起こす“行動時間”だ。

 ムンクが北の方へと飛び立った瞬間、さくらの特殊能力ウィンドウに表示されているムンクの残り時間が、突然八十秒になり、数字の色が赤色に変化した。そしてこの時間がゼロになると、ムンクの表示そのものが消えた。

 昨夜も同じ現象が起きたのだろうと、儀一は推測した。

 確認のために、もう一度さくらにムンクを呼び出してもらったのだが、再出現はしなかった。召喚魔法と同じように、精霊魔法についても一日一回という制限があるのかもしれない。

 さて、ムンクの表示が消えてしばらくしてから、パーティメンバー全員に四百ポイントという大きな評価経験値が入った。

 昨夜は二十ポイントだったので、その二十倍――つまりオークを二十体分、もしくはそれに類する魔物を、ムンクが倒したということになる。

 そして、この“しばらくしてから”というところに、ひょっとすると神様の葛藤があったのかもしれない。

 

『存在レベルが五になりましたので、特殊能力をひとつ取得できます。ステータスウィンドウにて操作してください』


 可愛らしいアニメ声に従って、自分自身の特殊能力ウィンドウを開くと、一番右下に「新規取得」というボタンが点滅していた。タップするとさらに画面が展開し、「属性魔法」「特殊魔法」「スキル」「タレント」という四つのボタンが表示される。

 これは神様が書いたノート、「異世界転生者へ授ける特殊能力一覧」にあったものだ。

 異世界転生する直前、日本家屋のお座敷で、儀一は神様に「特殊能力を二ついただけませんか」と、お願いしたことがあった。


「あ~、だめだめ。あんまり強くなりすぎると、無双できちゃうでしょ。それじゃあ味わいがない」


 確かに、特殊能力は“戦闘”、“サバイバル”、“生活”と、それぞに特化したものが多く、組み合わせによってはかなり便利になるものもある。

 あの神様がそんな簡単に特殊能力をプレゼントしてくれるとは思えない。

 おそらくこれは、サバイバルを生き抜き、次のステージに立つことができた異世界転生者への特典だったのではないか。


「ど、どうしたらいいのでしょう?」


 不安そうに聞いてくるねねに、儀一は軽い感じで答えた。


「せっかくですから、もらっておきましょう」


 とはいえ、現在の状況、そして将来の展望を見越した能力を選択しなければならない。

 しばしの考察は必要だ。 

 結局雨は降り止まず、そのまま夜を迎えることになった。

 先へ進むことを優先したこともあり、本日の収穫は“緑白菜”が三房のみだった。例の肉も残っている。それらの食材でねねが作ったのは、味噌ベースの鍋だった。


「今日は、牡丹鍋ぼたんなべです」

「あ~、おうどん、入ってる!」


 目ざとく見つけたのはさくらだ。


「薄力粉をこねて、作ってみました」

 

 ねねが全員分の小皿に取り分けると、準備が整った。


「では、合掌」


 ぱんと両手を合わせる。


「いただきます」

「いただきま~す!」


 やはり子供はお肉が大好きなようである。やや硬さがあるものの、味噌味との相性は抜群だ。


「蓮君、慌てて食べると火傷やけどしますよ」

「はーい」

「ぼたん、おいしー!」

「ぼたんって、お洋服のボタン?」


 結愛が蒼空に聞いたが、子供にしては博識なはずの少年は、「しらない」と首を振った。

 ねねが説明する。

 

「牡丹鍋は、猪のお肉――しし肉を使ったお鍋のことよ」

「しっし、おいしー」

「いのししって ……え? ウリぼう?」


 絵本か何かで見たのか、可愛らしいもの好きの結愛が絶句する。


「だいじょうぶだよ」


 儀一は安心させるような微笑みを浮かべた。


「大人の猪――っぽかったから」


 鍋の具を食べきった後は、ご飯を入れて雑炊を作る。

 話題は新しい特殊能力に移った。


「オレは、スキルの片手剣にする!」


 まっさきに宣言したのは蓮だ。

 彼の光属性魔法には、光刃剣ライトセーバーがある。文字通り光の剣を出すもので、継続時間に限りはあるものの、切れ味は鋭い。倒木で試してみたのだが、チェンソー並みの切れ味だった。不用意に使わないよう、儀一が注意したくらいだ。

 この魔法と片手剣のスキルを組み合わせると、かっこいい!

 蓮はそう考えたのだ。


「あたしは暗記かな。だって、テストでいい点取れるから」

「え~、じゃあさくらは、図工! 図工がいい!」

「図工はないでしょ」


 結愛とさくらの会話を、ひとり蒼空だけが俯きながら聞いている。先ほどから元気がなく、ほとんど会話に参加していない。

 心配したのか、再び結愛が話を振った。


「ね、蒼空はどーすんの?」

「……なに、言ってるんだよ」

 

 抑揚のない声で、蒼空はぼそりと言った。 

 

「テストなんて、ない。学校なんか、もう行かなくていいんだ。だってここは」


 ――日本じゃ、ないんだから。

 食卓がしんと静まり、あからさまにねねが動揺した。


「そ、蒼空君?」


 ぎゅっと目を閉じ、口をひん曲げるようにして、蒼空は叫んだ。


「みんなだって、本当は分かってるんだろ! あの部屋で、神様は言った。ぼくたちはみんな、テロに巻き込まれたって」

「蒼空、やめて!」


 結愛が止めようとするが、無駄だった。


「爆弾が爆発して、真っ白になって。それでぼくたちは――しっ」


 自分の言葉に怯え、震えるように息を吐く。


「もう……パパとママには、会えないんだ。うっ、うう……」


 恐怖、不安、寂しさ、そして絶望。

 ミルナーゼに異世界転生してから、心の奥底に溜まっていたもの。

 小さな身体では支えきれなくなった心の重りが、言ってはいけないと思っていたはずの言葉となって、涙とともにあふれ出したのである。


「……え?」


 場違いな声を出したのは、さくらだった。


「パパとママ、もう会えないの?」


 先ほどとは別の種類の戦慄が走った。

 自分が置かれた状況を、さくらは何もわかっていなかったのだ。

 ここは怖い動物たちが住む森であり、自分は迷子になった。でも、友達やねね先生がいるから、きっと帰れる。自分の街に、おうちに帰れる。

 そう思っていたのである。


「そ、そんなことない。ぜったい会えるって!」


 結愛だけは、さくらの状況を知っていたようだ。同級生だが少し幼いさくらに対して、結愛は双子の姉のように接していた。

 何も知らないさくらのことを、彼女なりに守ろうとしていたのだ。


「ねね先生、そうでしょ?」


 すがるような結愛の問いに、ねねは即答できなかった。

 ここで希望を持たせることが、さくらのためになるのかどうか、判断がつかなかったからである。

 

「そ、そうね。きっと……」


 その一瞬の間を、さくらは見逃さない。


「れん君!」

「うえっ?」

「教えて。さくら、もう帰れないの?」


 いつも陽気なはずの蓮は、完全に落ち着きを失っていた。

 蓮は蒼空と同じ布団で寝ている。蒼空が震えていたことも知っている。しかし、自分にはどうすることもできなかった。

 何故なら、蓮は何も考えたくなかったから。

 この世界のことをまるでゲームのようだと感じ、そう思い込もうとした。

 突然冷たい現実に引き戻されて、軽い混乱状態に陥ったのである。


「ぎーち、おじちゃん……」

 

 まるで迷子になった子供のように、さくらは涙目になった。

 儀一の様子に変化はない。お茶をひと口飲んでから、じっとさくらを見つめる。

 少女は目を逸らさなかった。

 一見ほんわかしているさくらだが、その実、強い意志の力を持っている。それは精霊魔法を使ってみんなを守りたいと宣言したことからも明らかだった。

 自分のこだわりがある部分については、あいまいな状況が許せない。

 ようするに、頑固な部分があるのだろう。

 ここでごまかしたとしても、一度生まれた疑念は膨らみ、爆発する。

 その時に、優しい嘘をついた大人を頼ってくれるだろうか。

 少女のこだわりが、許せるだろうか。

 ……少し、厳しいかもしれない。

 それよりもと、儀一は蓮の方に視線を走らせた。

 精神力という面においては、往々にして女よりも男の方が弱い場合が多い。

 それは、蒼空と結愛の反応を見ても明らかだ。

 蒼空の場合は真実を受け止めきれなくなって泣いてしまったが、蓮はその状態にまで達していない様子である。

 心の準備ができていない子供に対して真実を突きつけることは、危険なのではないか。


「蓮君」

「……え?」

「あの日、爆発に巻き込まれた時、蓮君はどこにいたんだい?」

「芝生……」


 話を聞いてみると、蓮たちは儀一がイベントの監督をしていたショッピングセンターにいたらしい。フードコートの近くに噴水と人工芝生があり、四人はいっしょに遊んでいた。


「お父さんとお母さんもいた?」

「お母さんだけ」

「みんなもそう?」


 他の三人もこくりと頷く。

 いわゆるママ友というやつだろう。

 おそらく、子供たちを遊ばせながら、フードコートあたりでおしゃべりを楽しんでいたのではないか。

 この時点で、さくらの望みは半分(つい)えたことになる。

 少なくとも、父親には会えないだろう。

 問題は母親が死亡して、ミルナーゼに異世界転生しているかどうかだ。

 真実を知りたければ神様に直接聞くしかないわけだが……。

 おそらくこちらの世界には来ていないだろうと儀一は推測していた。

 何故ならば、神様の目的は味わいのあるドキュメンタリー番組を作ることだからだ。

 例え話として“ワイルドアース”という番組の話が出た。


「……そこへやってくる飢えたライオン。警戒するインパラの親。ふるえる子供。見つかったらおしまいの絶体絶命の危機――」


 このような場面を演出したいのならば、子供と母親をセットにして、同じ場所に配置するはずだ。

 少なくとも、ひと組くらいはそうするだろう。

 それができなかったから、子供たちの近くにねねという保育士を配置したのではないか。


「蓮君は、神様――金髪と青い目をした人に、会った?」

「うん。庭で……」

 

 どうやら神様との面会場所は人によって違うようである。心理的に一番落ち着ける環境を設定しているのかもしれない。

 儀一は蓮に神様との対談の内容を聞いた。

 あいまいな部分はあったが、おおむね蒼空の話と同じである。少しずつ状況を認識しだしたのか、蓮の表情が暗くなっていった。


「みんな、いいかい?」


 ぴりりと空気が張り詰める。


「たぶんもう、家族には――会えない」

 

 はっきりとした口調と発音で、儀一は断言した。

 父親はテロに巻き込まれていない。おそらく母親はミルナーゼに異世界転生していない。仮に異世界転生していたとしても、互いに“オークの森”を抜けて再会できる可能性は限りなく低い。

 少なくとも、子供たちに希望を持たせられるレベルではない、という判断である。

 重い沈黙が引き裂かれた。

 さくらがわっと泣き出したのだ。

 慰めようとした結愛も、そして蓮も。

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