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 三時間ほどで、その日の探索は終了した。

 収穫の成果は、“緑白菜”が五房と、淡いピンク色の皮がついた芋がひとつ――これは山芋のような蔦植物を儀一が見つけて掘り起こしたもので、子供たちは“桜いも”と名付けた。

 ちなみに水の精霊ムンクも食料探しを手伝ってくれたのだが、植物の見分けはつかないらしく、触手を使ってきれいな花をとってきては、さくらの髪に飾ったりしていた。

 さくらも、そしておそらくはムンク本人も楽しそうだったので、特に問題はないだろう。

 

「子供の成長には、骨や筋肉をつくるタンパク質が欠かせません。また、鉄をはじめとしたミネラルやビタミンも重要です」


 保育士のねねは、栄養士としての勉強もしていたらしい。

 

「川か泉で、小魚が捕れるといいのですが」

「昆虫はどうですか?」


 儀一の問いに、ねねは考え込んだ。


「イナゴや蜂、かいこの幼虫などは、地方でも食されています。焼くか蒸すなりすれば、おかずになるかもしれませんね」


 “オークの森”でのサバイバルは七日目に入っている。

 儀一の召喚魔法のおかげで炭水化物には事欠かないが、栄養のバランスという問題を解決する必要があった。


「今日は、ここに隠れようか」


 儀一が選んだ隠れ場所は、大人の背丈ほどもある草が群生している傾斜地だった。

 シダ植物のように大きな葉がついているので、完全に身体を隠すことができる。

 周囲の草を押し潰して、小さなミステリーサークルのようなものを作ると、そこに座ったり寝たりして、ひたすら時間が経過するのを待つのだ。

 

「ごめんなさい……」


 探索時間が短かったのは、ねねが歩けなくなったからである。

 彼女はヒールのついたパンプスを履いていた。足場の悪い森の中を歩いているうちに、足首を痛め、靴擦れを起こしてしまったのだ。


「ねね先生、痛いの?」


 ムンクを頭に乗せたさくらが、心配そうに聞く。


「だいじょうぶよ。少し休んだら、治るわ」


 森の中の材料や、身に着けている衣類などで、代用の靴を自作することも考えたのだが、なかなかに難しい。


「マンションに、スニーカーが一足あります。サイズは大きいですが、ティッシュを詰めて使うことも検討しましょう」


 そのスニーカーは、マンションとともに十二時間で消えてしまう。ということは、早めにマンションを出ることになる。

 だから儀一の提案を、ねねは断った。

 少しでも長く、子供たちを安全な場所で休ませてやりたいという一心からである。

 だが、歩けなくなってしまえば、選択の余地はなくなるだろう。

 太ももや足首を揉みほぐしているねねを、ムンクがじっと見ていたが、

 

 ――こぽり。


 ふいに二本の触手を伸ばした。


「きゃっ」


 触手はばねのようにねねの足に絡まり、ぐねぐねと蠢く。

 

「ムンクちゃんが、お手伝いするって」


 どうやらマッサージのつもりのようだ。

 

「ちょ、ちょっと。ムンクちゃん。じ、自分で――できますから」


 無理やり膝を開かされ、ねねは真っ赤になってスカートを押さえた。


「み、見ないでください、山田さん! ……あっ」


 結局、恥ずかしながらもマッサージは継続させたので、気持ちよかったのだろう。

 子供たちも面白がって、順番にムンクにマッサージをしてもらった。

 周囲には草が密集しているので、近寄るものがいれば物音でわかる。

 だから儀一は、ひそひそ話であれば問題はないと判断した。

 物音を立てず、話もせず、ただひたすら時間の経過を待つのは、ストレスが溜まるもの。じっとしていることが苦手な子供であれば、なおさらだろう。

 太陽が少しずつ暗くなり、代わりに月が輝きだした。

 神様によれば、ミルナーゼは地球のような星ではないのだという。大陸の周囲に無限の海が広がっているらしい。

 東の方角の空に浮かんでいるのが、太陽。やや黄色みを帯びた強烈な光。

 西の方角の空に浮かんでいるのが、月。やや青みを帯びた、やさしい光。

 それぞれの場所は動かず、時間の経過とともに光量が変化していくようだ。

 ちなみに、夜になっても星は出てこない。

 ムンクを呼び出しておける時間がなくなろうとしていた。

 状盤盤ステータスプレートに表示されている残り時間は、一時間を切っている。

 お別れが寂しいのか、さくらと結愛が触手を抱きかかえて、挟み込むようにしていた。


「ムンクちゃん。明日も会える?」


 ――こぽり。


「え? 守る?」


 ――こぽり。


 さくらとムンクは意思の疎通ができるらしい。

 やがて、さくらはにっこりと笑った。


「うん、おねがい。みんなと、さくらを守って」


 その瞬間、ムンクが上空へ飛んだ。

 まるでロケット花火のように打ち上がり、空中でぴたりと停止する。

 触手を広げながらくるくると回り、方角を固定。北にそびえる“デルシャーク山”に向かって飛んでいった。

 どすんと地面に何かが激突するような音が響く。

 それほど距離は離れていないようだ。


「静かに! 動かないで!」


 儀一が中腰になり、警告する。

 

「二宮さん、靴を履いてください」

「は、はい」


 何かがあれば戦うか逃げ出す準備をしたのだが、聞こえてきたのはドラムロールのような音だった。


 ドゥルルルルルル……。

 タラララッタラ~♪


 間の抜けたファンファーレ。

 どうやら頭の中にだけ響くシステム音のようだ。

 続いて、アニメのような可愛らしい声が情報を伝えてくる。

 

『パーティメンバーである、一条蓮さんの存在レベルが上がりました。パーティメンバーである、如月結愛さんの存在レベルが上がりました」


 状態盤ステータスプレートを確認すると、確かに蓮と結愛の存在レベルが上がっていた。二人の評価経験値は八十以上あり、最もレベルアップに近かった。

 評価経験値は、人生経験や実戦経験のようなもの。大きな経験を積めば積むほど、より多くの評価経験値を得ることができる。その値をリアルタイムで決定しているのは、神様だという。

 パーティを組んでいる場合、評価経験値はメンバー全員に均等に割り振られるらしい。

 状態盤ステータスプレートを確認すると、儀一の評価経験値も二十ほど上がっていた。

 これまで、儀一の評価経験値が一番上がったのは、三体のオークたちに襲われていたねねと子供たちを助けた時だった。一歩間違えば死ぬかもしれない状況で、全員を助け出すことができた。その時に、五十くらいの評価経験値が入ったのである。

 おそらくムンクによって、何事かが起きたのだろう。


「あ……ムンクちゃんが」


 さくらが見ていたのは、自分の状態盤ステータスプレートだった。


「なくなってる」


 ムンクを呼び出しておける時間は、一時間近く残っていたはずだ。

 その情報が消えている。

 しばらく警戒を続けていたが、何かが起こる気配はなかった。


「召喚。ベラ・ルーチェ東山一〇二号室。さ、みんな。中に入って」


 儀一は扉の上を草で覆ってから、自分もマンション内に避難した。






 リビングのソファーの上で、儀一は胡坐をかいて座り、考え事をしていた。

 ようやく安全が確保されて、蓮と結愛は存在レベルが上がったことを喜ぶ余裕が出てきたようだ。


「くっ……ぼ、ぼくもあと十五でレベルが上がるのに」


 先を越されたのが悔しいのか、蒼空が歯噛みしている。

 

「蓮君、結愛君。体調に変化はないかい?」


 二人は自分の身体を触ったり、ジャンプしたりしたが、特に変化はなさそうだ。神様によると、存在レベルが上がると、魔力量が増えたりするのだという。他にも特典があるようだが、「それはまあ、そのうちにね」と、お茶を濁されてしまった。

 儀一はソファーから降りると、キッチンへ向かった。


「二宮さん。包丁と、あとタッパーをお借りしてもいいですか?」

「え? あ、はい」


 それから儀一はヘルメットを被り、ゴーグルをつけ、ベルトに花火とチャッカマンを差した。リュックの中に懐中電灯とタッパーを入れる。


「ちょっと、外を確認してきます」


 ねねは驚いた。


「そんな、危ないです」

「だいじょうぶですよ。すぐに戻りますから」


 儀一は子供たちに先にお風呂に入っているように言いつけ、マンションの外へ出た。

 雲が多いが、月は隠れていない。

 青白い光が周囲を冷たく照らしている。

 極力物音を立てないように、そして周囲の物音を探りながら、儀一は北の方角へ進んでいった。

 十分ほど歩いたところが、その現場だった。

 水の精霊ムンクが激突したらしい場所である。

 そこには、猪と人間の中間のような魔物――一体のオークがいた。

 体中に穴のようなものが開いており、大量の血を流しているようだ。

 すでにこと切れていた。

 儀一は知らなかったが、そのオークはねねたちを襲った三体のうちの一体で、名前をドビラといった。

 オークキングの息子、ギダンの手下でもある。

 ドビラは儀一たちを探していた。

 芋虫が主食であるオークたちにとって、森の動物や人間はご馳走である。それ以前に、魔物である彼らには「人間を殺したい」という、根源的な欲求がある。

 ドビラは儀一たちがいる場所を特定し、仲間に報告するか、隙あらば襲い掛かろうとしていたのだ。

 その敵意を、ムンクが感知した。


「……」


 青白い月の光を浴びながら、儀一はオークの死体を見下ろしていた。





 三十分後、儀一はマンションに戻ってきた。


「ただいま帰りました」

「ああ、山田さん。おかえりなさい」


 心底安堵したように、ねねが玄関で出迎える。

 儀一は肉の塊が詰まったタッパーを抱えていた。


「これは?」

「すぐ近くで発見しました。死んで間もない動物です。おそらく、ムンクが倒してくれたのでしょう」

「動物、ですか?」

「ええ。猪……みたいな」


 その日の夕食のメニューに、初めておかずが加わった。

 オーク肉と“緑白菜”と“桜いも”の肉じゃが――もどきである。

太陽と月は空の上で固定に変更します。

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