魔石の鎧
「いやはや、シドウくんがいきなり啖呵を切るとは思ってもみませんでしたねぇ」
「いや、そんな笑いながら言えることでもないでしょ……肝が冷えたよ」
快活に笑うクロードと青い顔をする尾上。対照的な二人が鴬張りの廊下を歩いていた。外見、中身共に日本風の城だが働いている人々の衣装は洋風であり、どこかアンバランスだ。時たま着物を着ている人が通るのが更にそれを際立たせる。
「真田様は気難しいことで知られているんだ。消し炭にされないかとヒヤヒヤしたよ」
「消し炭、ですか。ですが、並の人間に《エクスグラスパー》であるシドウくんをどうこう出来るとは思えない……いえ、ちょっと待って。つまりこうですね」
クロードはしばらく考え込むような仕草をして、クイズに答えるようにして言った。
「『共和国』大統領、真田氏は《エクスグラスパー》であると?」
「そういうこと。『真天十字会』のガイウス侯も《エクスグラスパー》みたいだけどね。奇妙な話だよ、《エル=ファドレ》の行く末を関係のない世界の人間が握っている」
そうなると、尾上の懸念やこれまでの経緯についてもいろいろと納得がいった。強壮なる《エクスグラスパー》でなければ『帝国』との独立戦争の旗頭とはなれなかっただろう。そして、長々とこの国の長として君臨出来るはずもない。
「しかし、公式には《エクスグラスパー》は数百年出現していないのでは?」
「公式には、ね。まさか『帝国』が呼び出した《エクスグラスパー》が『帝国』に牙をむいたなんて、そんなジョークみたいなことを公にするわけにはいかないだろう?」
「得心しました。正体不明の人物ということで通されていたわけですね」
公然の秘密となっているんだけどね、と尾上は付け加えた。
この国のトップが《エクスグラスパー》であるという事実は、『共和国』の人間は誰もが知っているのだろう。
「消し炭ということは、優れた攻撃型の能力を持っているんですね?」
「『雷帝』と自らが呼ぶ力だ。その名の通り高圧電流を出現させ、周囲の物体を焼き切る。単純なエネルギー量だけで言えばヴェスパルとやらも凌駕するだろう」
「あれ以上ですか。味方にするには頼りになりますが、敵には同情しますねぇ」
単純な破壊力だけなら、ヴェスパルは戦略級だ。あれ一つがあるだけで戦場が瓦解する。あれ以上の威力を持っていると、どういうものになるのだろうか?
クロードは真田という男の持つ力に、純粋な興味が湧いて来た。
「しかし、敵はそんな場所に攻め込もうとしている。ある程度の勝算があるわけだ」
「果たして敵がどのような策を持っているのかは分からない。僕の方でも出来る限り、対策を打ってみるつもりだし、クロードくんも手伝ってくれるよね?」
「ええ、もちろん。乗り掛かった舟ですから。出来る限りのことはさせてもらいます」
そう言いながら二人は歩き始めた。降りていくにつれて人の数が増えている。上層部は限られた人間のみが立ち入ることを許された神聖なエリアであり、尾上のような《エクスグラスパー》であってもみだりに立ち入ることなど出来ない。
しばらく歩いていると、騒然とした現場に出くわした。研究者めいた白衣を着た幾人もの男女がせわしなく資料を持ち、器具を持ち、資材を持ち走り回っている。土地柄のせいか、尾上たちには彼らが着ている服が宮司や巫女の物のように思えた。
「四色混合のデータはまだ上がらないのか? それから物質形成のは!」
そんな中にあって一人、黒に身を包んだ女性がいた。クロードは彼女に声をかけた。
「ご苦労様です、トリシャさん。慌ただしくやっているようですね」
「お前は、ゲッ。クロード。それから尾上か。無事にこっちに来られたみたいだな」
「すみませんトリシャさん、ゲッって言われたの聞こえているんですけど」
トレードマークのコートは、室内であることからさすがに脱いでいるようだ。それに、帽子もない。ウルフェンシュタインに来てからロクに休んでいないのか、目の下にははっきりとしたクマが刻まれている。長く美しかった銀髪もどこか痛んでいるようで、切る暇も整える暇もないのか乱雑に後ろ手にまとめられ、あぶれた毛が触覚めいて垂れている。黒のシャツと黒のベストを着込んだ姿は、研究者というより探偵のようだった。
「真田様はキミのことは特に何も言っていなかったけど、何をしているんだい?」
「特に言っていなかった? まあ、まだ実用段階にはないから仕方がないだろうな。
いま私が開発しようとしているのは……こういうものなんだ」
そう言って、トリシャはベルトのバックルのようなものをポケットから取り出した。
四つの頂点には小さな穴が開いており、そこに何かを入れることが出来そうだ。
「……新しいファッションの研究でしょうか? 大変そうですが頑張ってくださいね」
「んなわけがないだろうが! こいつはな、世界の常識を変える研究なんだよ」
「世界の常識を変える、って。キミはいったいここで何をしようとしているんだい?」
もちろんバックル一つを見てすべてを理解できるほど、二人とも理解力がよろしくはない。こんな物一つ見て得心できるわけがないので、当たり前だが。
「シドウにフォトンシューターを作ってやった時のこと、覚えてるか?」
「ああ。魔法石を使って銃を作った。なるほど、その穴は魔法石を入れる場所だね?」
「察しがよろしくて助かる。その通り、この四つの頂点にはそれぞれ小さな魔法石が入れられるようになっている。地水火風、四属性の魔法石をここに入れる予定だ」
「その四つに限定する意味はあるんでしょうか? 雷とか重力とか光とか闇とか、よく分かりませんけど別の属性の魔法石を入れてはいけないんですか?」
魔法石に関しては素人のクロードは、トリシャからすれば見当違い質問をしてきた。
トリシャは一つ咳払いし、彼の疑問に丁寧に答えてやることにした。
「《エル=ファドレ》においては、地水火風とそれ以外に分けられる。
四つのエネルギーはこの世界を構成する根本的な要素であり、雷のような現象はそこから派生して生まれた現象だ。故に、地水火風はそれらの現象を再現出来る。
例外は光と闇で、これは神の御業だ。魔法石によって再現することは出来ないし、再現するのは畏れ多いとされている」
トリシャは知識をひけらかすようにして一気にまくしたてた。クロードはその半分も理解しているのかは分からなかったが、ニコニコと笑いながら話の続きを促して来た。
「そして、もう一つ思い出してほしいことがある。フォトンシューターの変身機構だ」
「そう言えば、フォトンシューターにはフォトンレイバーと同じように、シドウくんの体に増加装甲を展開する力がありましたね。それといったいどういう関係が……?」
トリシャは一瞬ためを作った。二人はそれを見守った。そして彼女は続けた。
「私がいまやっているのは、シューターから変身機構だけを切り出す研究だ」
「シューターから、って。つまり、それはシドウくんと同じような力を再現しようと?」
「そうだ。四つの魔法石の相互作用によって出力を補正、魔法石のエネルギーを使って装甲を形成し、身体能力を増強させ、《ナイトメアの軍勢》と戦う力とする」
それは、大それた計画であるように思えた。この世界の技術を、越えた技術。
「トリシャさん。あなたは本当に、そんな力を作り出そうとしているのですか?」
クロードの口ぶりは、どこか糾弾するような色を秘めていた。そんなクロードの視線を、トリシャは真正面から受け止めた。
「いまこの瞬間も、『真天十字会』は多くの人々を蹂躙しようとしている。
お前にはそれが許せるのか? 私には許せない。
奴らに苦しめられる人々がいるなら、私は戦う」
「世界の在り様を変えようとしている。それは彼らと同じではないのですか?」
「私に与えられた力で、私はこの世界を救おうとしている! それの何が悪い!」
トリシャは吠えた。注目が集まっている、尾上はそう思ったが、二人の剣幕に口を挟むことが出来なかった。どちらに肩入れしても、結局は話がこじれるような気がしていた。
「お前には分からないだろう、クロード。他者よりも優れた力を持つお前には。
どうしようもない力の差を思い知らされ、這いつくばることしか出来ない人間の気持ちは」
トリシャはその手を見た。そして、力強く握り締めた。
「グランベルクでも、アルクルスでも、グラフェンでも。
多くの人が犠牲になった。奴らの下卑た野望のためにだ。そしてこの世界の人々は、その悪意に対抗する術を持たない。ならば、私はそれを与えたい。それがこの力を手に入れた意味なんだ」
トリシャの決意は固いように思えた。クロードはため息を吐き、それ以上の追及を避けた。クロードが折れる形になった。尾上は口論が終わったことに安堵した。
「それがあなた自身の決断だというのならば、僕はこれ以上口を挟みません。どうぞ、お好きになさってください。あなたに与えられた力だ、あなたが使えばいい」
「最初から貴様の了承など得ようなどと、思ってはいなかった。研究の邪魔だ」
トリシャの視線とクロードの視線が、再び交差した。尾上はまた肝を冷やしたが、今度はすぐにそれは終わった。トリシャの方から視線を外し、研究室に戻っていく。クロードはその背中を数秒間、目で追うと興味を失ったかのようにそこから離れて行った。
「珍しいこともあるものだね、クロードくん。キミとトリシャくんがあんなに……」
「向こうの世界では日常茶飯事でしたよ。商売敵でしたからね」
クロードはそっけなく言い切って、歩みを止めることはなかった。その様子に、尾上はどこか違和感を覚える。仲は良くなかったが、ここまで険悪だっただろうか?
「クロードくん、キミはトリシャくんのしている研究が気に入らないのかい?」
「ええ、気に入りませんね。この世界の在り方を歪めたのでは『真天十字会』と同じだ」
「それはさすがに言い過ぎじゃあないのかな? 彼女の善意を踏みにじる言い方だ」
自分の口からここまであからさまな弁護が出てくるとは思ってもみなかった。トリシャ=ベルナデットという女性の存在が、自分の中で大きくなっているのを尾上は感じた。
「例え善意から始まったことであったとしても結末が悪意に塗れているのでは笑えない」
それはいったいどういうことだ。尾上はクロードを問い詰めようとしたが、しかし彼はスピードを緩めることなく歩き続けた。仕方なく、尾上もそれに続いていく。
(今回の態度はあからさまにおかしいからなぁ……何を隠しているんだ、クロードくん)
最初に会った時から、どこか超然とした印象を受ける男だった。
だが、一月以上の付き合いを続けてきても、クロードという男の真意はまるで分からなかった。




