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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
立ち上がる、何度でも
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共和国大統領

 ウルフェンシュタインへと続く旅時の中で、多くの人々が別れて行った。

 ある人は『共和国』の片田舎に生活の場を求めて。

 ある人は転地療養のために。

 ある人は戦いから逃れるために。

 避難民だけではない、騎士の中にも多く除隊希望者があったという。


「士気の低下した人が戦列にいると、それだけで無気力と絶望が伝染していくからね。それを解決する手段がないのならば、そう言う人が離れた方が最終的にはよかったりする」

「解決する手段、ですか。尾上さんたちはどんな方法を使っていたんですか?」

「精神高揚剤を打ったり、電気的な刺激で恐怖を減衰させたり……まあ、いろいろさ」


 いろいろとロクでもないことをして士気を維持して来たということはよく分かった。俺たちの時代でも兵士の薬物依存は問題になっているようだったが、未来の世界でも変わらないとなると暗澹たる気持ちになる。

 人のメンタルはそう簡単に変わらないのだろう。そんなこんなで減った席を埋めるために、俺は尾上さんの隣に座っていた。


「いろいろな人がいるんですね、当たり前ですけど。『真天十字会』に故郷や仲間を奪われて、奮起する人もいれば、心が折れちまう人もいる。

 分かっていたつもりだったけど」

「戦いを生業にする人間だって、精神のぶっ壊れた連中だけじゃないってことさ。

 人と同じように思考して、悩んで、そして折れてしまう人もいる。

 不思議なことじゃないさ」


 人が人であるために、それは必要なことなのだろう。だが、現実問題として『真天十字会』に対抗するためには戦力が必要なのではないだろうか? 

 もっとも、そんな専門的なことを俺が考えても仕方がないのだろうが。


「そう言えば、シドウくん。エリンくんたちと会っているんですか?」

「え? あー、なんだかんだで話す機会がなくて。そのままになっちまってます」


 いかにもバツの悪そうな笑みを浮かべて、俺はクロードさんの質問に答えた。

 もっともそれが真実でないことはクロードさんにも分かっているのだろう。

 何度も休憩時間があり、その度に話す機会があるのだから。


 あの時、エリンとリンドは俺が引き起こした異形の『変身』を目にした。腹の傷が蠢く筋肉や皮膚によって覆われ治癒し、腕が生えてくる光景を二人は見ていた。

 彼女たちがそれを見て、どう思っているのか。いままで通り接することが、果たして出来るのか。俺自身がそれを恐れてしまい、どうしても二人と話をする気にならなくなっている。


「ちゃんと二人のことも構ってあげてください。寂しがっていますよ、あの子たちはね」

「あの、クロードさん。俺のことについてあいつら、なんか言ってましたか?」

「いえ、特にそういうことは。あるいは、忘れようとしているのかもしれませんがね」


 クロードさんも、俺の姿を見ている。正直なところを聞いてみたかった。


「むしろ、僕が聞きたいくらいです。シドウくん、あれはいったい何なんですか?」

「俺にも分かりません。死にたくない、生きたい、そして……殺したいと思ったら」

「あんな姿になった、ってわけか。それにしても、何ていうか……すごかったね」


 尾上さんは相当言葉を濁しているように思えた。

 まさしくあれは『化け物』だった。


「俺もなんであんなになったのかは、分からないんですけど」

「あの力を自在に使うことが出来れば、戦いにも役に立つんだろうが……おっと」


 尾上さんは非常灯を点灯させた。前方で土煙が上がっている、『共和国』からの増援だろうか? 尾上さんもそれが分かっているからこそ、非常灯を付けたのだろうが。

 数秒後、白い軍馬に跨った『共和国』騎士たちが現れ出て来た。


「お呼び立てして、申し訳ありません。この分なら城壁の外までは持っていけそうです」

「いえいえ、我々も護衛のためにここまで来ているわけですからね。

 グラフェンでは大変な目に遭ったそうですね、心中お察しいたします」


 実際に目で見ていない人に、どれだけ『察する』ことが出来るのかは疑問だった。が、そんなことを考えていても仕方ない。尾上さんはあいさつを終えると助手席に戻った。


「それにしてもクロードさん、車の運転まで出来るんですねぇ……」

「そりゃ、向こうにいる時は十メートル大のロボットに乗ってましたからね」


 クロードさんでも冗談を言うことがあるようだった。俺も尾上さんも、釣られるようにして笑った。もしかしたら未来世界には、本当にロボットがあるのかもしれない。だが、この人がロボットに乗る必要があるのかよく分からない。例え重金属装甲に覆われたロボットだろうが、刀一本でなます切りにしそうな人だ。


「取り敢えず、あの騎士さんについて行けばいいですか? それとも、先行?」

「先行してくれ。彼らは避難民の護衛に回ることになった。僕たちなら、半端な護衛があっても意味はないからね。もしもの時はハヤテが対応することになっているよ」


 もしもの時、それは《エクスグラスパー》の襲撃があった時のことだろうか?


「ハヤテさんは相当強いって話ですけど、大丈夫なんですか?」

「並の《エクスグラスパー》相手なら負けはしないよ。高い放出能力を持った奴が相手なら不利だろうが、引き際が分かっていない子でもないからね」


 尾上さんとハヤテさんとは、深い信頼で繋がっているようだ。まああの人のことをよく分かっている尾上さんが言うのだから間違ってはいないだろう。これ以上口は出さない。景色が高速で背後に流れていく。牧歌的な風景が、火の色に染まったが見えた。


「あいつらがこっちに攻めてくるというなら……またあんなことが……」

「安心したまえ、シドウくん。グラフェンでの事態を受けて、『共和国』の重鎮もようやく事態の重さを理解してくれた。多数の兵員がこちらに向かってきているよ」


 しかし、自動火器を持たない人々がどれだけ役に立つのだろうか?


「この段に至ったら、僕も四の五の言ってられないと分かったからね。銃器を解放する」

「解放するって、つまり尾上さんが持ち込んだ武器を、使わせるってことですか?」

「どこまでできるかは分からないけどね」


 騎士と騎士のルールに基づいた戦争が、銃器を用いた凄惨なものに変わって行く。俺がかつて思ったことが、現実になろうとしている。だが、それを止めることは出来ない。止めれば『真天十字会』の暴虐を許すことになるだろうからだ。


「それにね、シドウくん。ウルフェンシュタインは絶対に落ちないよ」

「え、でも……鉄壁の城塞だったグラフェンだって落ちちまったわけじゃないですか?」

「そういうことじゃないよ。『共和国』大統領、真田景義の力はそれだけのものなのさ」


 『共和国』大統領。いったいそれはどのような人なのだろうか?

 皇帝陛下とはまた、違った人であることは予想される。

 だが、俺の貧弱な想像力では理解できない。


 そんなことを考えている間に、分厚い城壁に覆われた街が俺の視界に現れた。グラフェンよりも遥かに広大だ。三方を高い山に覆われ、豊かな水をたたえる湖が街の中心に見えた。中には畑のようなものもある、内部に生産能力を持っているのだろう。


 何より俺の目を引いたのは、白い漆喰で覆われた城だ。瓦敷きの屋根といい、天守閣に飾られた黄金の像といい、どこかそれは日本的な城を思わせるものだった。


「彼は僕と違うベクトルで、戦闘のプロだ。だから安心してくれていいよ」

「尾上さんと違うベクトルって……どういうことなんですか?」

「『共和国』大統領、真田景義は戦国の昔、武将と呼ばれていた人の一人なのさ」


■~~~~~~~~~~~■


 城門に併設された少し小さめの門の隣に、俺たちは横付けした。そこにはすでに数名の騎士や工夫たちが待機しており、尾上さんが持ち込んできた火器を運搬しようとしていた。その中の一人、伝令の騎士が尾上さんに近寄ってくる。


「お疲れ様です、尾上さま。恐縮ですが、ここは我々にお任せください」

「お言葉ですが、これは《エクスグラスパー》尾上雄大が好意で持ってきた品です。それがどのように扱われるのか、それを最後まで見届ける義務が僕にはあります」

「取り扱いがデリケートなのは知ってるさ、だから監修は私がするよ」


 懐かしい声が聞こえて来た。騎士の一団を割って現れたのは、トリシャさんだ。トレードマークのサングラスといい、黒づくめの姿といい、別れる時と変わっていない。


「トリシャくん。確かに、取り扱いに注意が必要な品が多いのはたしかだよ。でも、僕が言いたいのはそういうことじゃない。この武器を持ってきたのは……」

「危惧していることは分かるさ。でも、大統領があんたのことをお呼びなんだ。いかに身分的な自由を保障された《エクスグラスパー》であろうとも出向いた方がいいだろう?」


 大統領、その名前を聞いて尾上さんはたじろいだ。まさか呼び出されるとは思っていなかった、そんな表情をしている。やがて、諦めるようにして息を吐いた。


「分かったよ、トリシャくん。ここのことはキミに任せる。僕はいくよ」

「あ、お待ちください尾上さん。僕も一緒に行ってもよろしいでしょうか?」

「あ、出来ることなら俺も一緒に行ってみたいっす」


 こんなほとんど知り合いのいないところに放置されるのはたまったものではない。それに、『共和国』大統領がどんな人間なのかにも興味があった。正確に言うならば、先ほどの尾上さんの言葉と様子に好奇心を刺激された、ということなのだが。


「そうだね、キミたちは彼にあったことがなかったね。顔を通しておいた方がいい」

「そういうわけで、再会して早速ですが。また会いましょう、トリシャさん」

「あんたの顔を長く見ないで済むと思うと清々するよ。さっさと行って来い、アホ」


 クロードさんは少し傷ついたような表情を浮かべ、トリシャさんの方はどこかまんざらではないような表情を浮かべている。不思議な信頼関係だな、と思う。


(向こうの世界で言うところの、俺と美咲みたいな関係なのかな。こりゃあ)


 とはいえ、俺と美咲にはこんな円熟した関係はなかったように思える。あいつの無茶に付き合ううちに、何となく腐れ縁のようになってしまっただけのことだ。


(あいつ、いまどうしてっかな。俺が助けて命、ちゃんと使ってくれてっかな……)


 そうであってほしい、とは思った。俺のやったことが誰かを救えたと思いたかった。




 東洋的な外観の城は、内部も東洋的であった。床も梁も天井も木製、壁面は漆喰で覆われており、入って来た俺たちをひんやりとした空気が出迎えた。

 『共和国』は日本と同じく湿潤で、温暖な気候が特徴だとあらかじめ聞いていた。そうした高温多湿な気候に対応するために城主はその知識を解放したのだろうか。しかし、日本風の城の中で西洋風の服を着た人々が働いているのを見ると何となくシュールな気がしてくる。


 急な階段をいくつも昇り、俺たちは天守閣に辿り着いた。複雑な迷路めいた構造だ、恐らく城に襲撃を受けた際の時間稼ぎのようなものなのだろう。


「お待たせいたしました、大統領閣下。尾上雄大、ただいま到着いたしました」


 尾上さんの声はどこか緊張しているふうだった。この国の最高権力者に会うのだから当然だろう。とは思うのだが、どこか別種の緊張感も漂っているように思える。


「うむ、入れ」


 低く、尊大な声が中から聞こえて来た。尾上さんはふすまを開き、中に俺たちを招き入れた。室内は畳敷きで、豪華な装飾を備えた屏風や壺、掛け軸がかけられている。その最奥部に、一人の男がいた。ふんぞり返った、尊大な態度で。


 潰れた瞳が、俺を射抜いたような気がした。豊かに蓄えられた白い髭が表情を覆い隠し、厳し気な印象を強めている。チョンマゲではなかったが、その代わりに長く伸びた白髪があった。和服を着込んだ男は、俺たちを扇子を振るい呼び寄せた。


「ご無沙汰しております、真田様。その節は、どうも」

「『帝国』での内偵作業、大義であった。予想外の事態によりこちらに戻ってくることにはなったが、代わりに長らく続いた対立関係を解消することが出来そうだ」


 低く、唸るような声で言われては、感謝しているようにはとても感じられなかった。むしろこちらを品定めするような、そんな視線を感じる。これが『共和国』大統領。


「この城はあなたが作らせたものなのでしょうか?」

「ワシがいた城を再現させたものだ。どうにも、こうでなければ落ち着かん」


 これを作らせたのか? だが、これは公舎であるはずだ。そうでなければ、あれほど多くの人が働いてはいないだろう。この人本当に大統領なのだろうか?


「『共和国』なんて名がついているが、実際のところは迫害人種の寄り合い的な意味しか持っていない。建国以来一度も大統領選挙が行われたことはないし、恐らく二度と行われることはないだろう。政情不安はこの国の屋台骨を揺るがしかねないからね」

「え、それっていったいどういう……え?」

「要するに、だ。独立戦争時代の大将がそのまま横滑りしてトップになったってことだ」


 南米のクーデター国家か何かかよ、と思ったが口には出さないことにした。

 『帝国』とは違う意味で、この国にも歪みというものが存在しているのかもしれない。


「いずれそうしたものを行う予定はあるのですか? あなたの権力を他者に移譲すると」

「なぜ天に立つ者が、地上の民にその権能与えてやらねばならんのだ?」


 訂正、『帝国』よりもよっぽど歪んでいると思える。厳正なる階級社会であった当時の出身である彼を批判するのはナンセンスだが、いまの感覚で考えれば彼の考え方もよっぽどナンセンスだ。権力の一極集中を良しとしているなどと。


「状況が状況だからね。いまは彼のような、力を持った指導者が必要なのさ」

「『帝国』を落とした『真天十字会』の勢力、ワシは軽視してはおらぬ。『共和国』の総力をもってしてこれの対応に当たり、粉砕する所存じゃ」


 もう真田王国とか名乗っておけよ、とか内心では思っていた。彼の鶴の一声ですべてが決まるというのならば、こんな名前をしている意味もないじゃないか。


「して……尾上。これがお主の報告にあった、二人の《エクスグラスパー》か?」

「はい。いずれも戦力としては折り紙付き、ご期待に沿えるでしょう」


 彼はいったい、俺たちにどんな期待をしているのだろう? 『真天十字会』との戦いに役立つ力を持っているか、ということなのか。それともその先の、滅ぼした後の世界を統治する役に立つと思っているのか。少なくとも彼の瞳からそれは読み取れない。


「迷いを抱えているようだな、小童。己の行為への迷いを」


 見透かされたのか、適当に吹かされているのかは分からない。だが、否応なく俺の体はビクリと反応してしまった。嘲るようにして真田は俺から視線を外した。


「色眼鏡の男はともかく、こちらの小童は使い物になるかどうか分からんな」

「彼は強い。僕よりも、クロードくんよりも。それは誰もが認めるところであります」

「いかに切れ味鋭い刀だったとしても、使い手がなまくらでは意味があるまい」


 なまくらだと?

 確かに俺は迷っている。誰かを殺すことと、生かすことのジレンマ。

 だが、迷いなく殺せる奴が上等なのか? どうにも納得することが出来ない。


「あんたの手駒になるなんて、こっちから願い下げだ」


 怒りを込めた視線を、真田に投げつける。真田も投げ返してくる。さすがは乱世戦国を生き抜いてきた武将、凄まじい威圧感だ。だが、負けてはいられない。


「でも、人は守る。それだけは確かだ。それじゃあな……!」


 そういって、俺は立ち上がった。

 尾上さんが制止する声が聞こえるが、立ち止まらない。

 あの爺さんの思い通りになるのは、ごめんだった。


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