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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
立ち上がる、何度でも
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プロローグ:進むべき道に迷いながら

 俺はどうすればいいんだろう。

 太い木の幹にもたれかかりながら風に吹かれる。


 首都ウルフェンシュタインから数十キロの地点、最後の休憩地点。

 グラフェンから出発してすでに一週間ほどの時間が過ぎていた。本当ならばもっと行軍速度を速めなければならないのだろうが、怪我人を守るため、そして馬の疲労を抑えるためには速度を抑えざるを得ない。とはいえ、あれから『真天十字会』の襲撃はなかったのだが。


 比較的整備された街道を進んでいるため、旅全体に不快感はない。

 それでも顔をしかめている人は多い、いままで嗅いだことのない臭いのためだ。

 俺は臭気の原因を見た。


 それは、無骨な鉄の塊だった。六つの重厚なタイヤは溝が深く、まだそれほど長い時間使われていないことを表しているようだった。尾上さんとクロードさんがその周囲を見て回り、傷や不具合がないかを確認している。

 軍用の大型トラックだ。俺たちの時代と同じく、ガソリンと電気で駆動するハイブリットタイプの車両であるようだった。


「このガソリンの量で、首都まで保ちますかね?」

「使い物にならなくなったら、途中で捨てるしかないだろうね。テクノロジーが進歩するっていうのはいいことだけど、こういう無補給の環境では困るよ。

 あらかじめ伝令を出しておこう、どっちにしろ積み下ろしが必要になるだろうからね」


 それは、尾上さんが向こう側の世界から持ち込んだ物品の一つだった。十全に整備と補給があったならば大きな力となったのだろうが、そうでないならただの鉄屑だ。いかに尾上さんの能力といえど、燃料を作り出すことは出来ないようだった。


 尾上さんが仲間の騎士に命じて、伝書鳩を飛ばしていた。

 鳩のような白い体をした鳥というだけなのだが。

 伝令に鳥を使う、という発想はこの世界でも同じようだった。


「お疲れ様です、シドウくん。病み上がりなのに無理をさせてすみませんね」

「どうってことありませんよ、クロードさん。

 何をしてるわけでもない、こうして景色を眺めているだけなんですからね。

 むしろ、いい気分転換になりますよ」


 クロードさんが水を持って俺の方に近付いてきた。ありがたくそれをいただきながら、周りの人々には申し訳ないな、とも思う。グラフェンを脱出するだけで精いっぱいで、満足な食糧と水を持ってくることが出来なかったからだ。数少ない飲食物は戦闘を行う騎士たちに優先的に回されているため、人々からの視線が痛く突き刺さってくる。


「周囲の警戒をしているということは、見ただけで分かりましたよ。

 この世界に来た時よりも、遥かに周囲の状況を探るのが上手くなっている。

 いいことかは分かりませんが」

「身につけた技量を、元の世界に戻って行かせるとは思えませんからねぇー」


 当初は気配を感じることなんて出来なかった。気配とは何ぞや、という感じだ。だが、この世界で長いこと戦い続けてきて、命の危機に陥り続けてきて、何となく分かった。

 衣擦れの音、草が倒れる音、人が動くことによる空気の流れ、臭い。あとは、勘。他人の体がパーソナルスペースの近くにあると人間は不快に感じるものだが、それに近い。


「そういうものを探れなきゃ、やられちまいますからね。

 必要になったから身に着けた、ってだけで。何て言うか、複雑な気分ですよ。

 こういうことにならなきゃ身に付けようとも思わなかったものを、身に付けてる。

 そうしなけりゃならないから」

「環境が人を変えてしまう、ということですね。ままならないことですよ、本当に」


 戦いのプロフェッショナル、というものは自分が元の世界にいた段階ではフィクションの世界の住人だった。自分がその領域に片足を突っ込んでいると思うと複雑な気分だ。


「『真天十字会』の連中が攻めてくることはありませんでしたけど、どう思いますか?」

「彼方くんたち皇族が襲撃を受けた、という話を聞きました。幸い犠牲者はなし。彼方くんが新たな聖遺物、『アテナの盾』を得て彼らを撃退することが出来たようです」


 喜ばしいことだが、本題はそこにはないだろう。クロードさんの表情は険しい。


「『真天十字会』は『共和国』領土深くまで侵入する力を持っているのに、それをしない。何らかの目的があるのか、それとも一回限りの大技だったのか……」

「一回限りの切り札だったなら、もっと策を講じるでしょう。何度でも使える、すなわちそれだけの戦力を持っていると考えるべきです。でも、それをしていない」

「何か手を変えたのかもしれませんね。力押しでは無駄が多いと判断したか……」


 俺は戦闘のプロではない。だが、それでも考えることは必要だろう。敵がどんなことをしてくるのか、どんなことを嫌がるのか。自分の意思で始めた戦いではないにしろ、巻き込まれている現実は変わらない。現実が俺の意志に関係なく押し寄せて来るのならば、それから逃げずに迎え撃たなければ殺される。

 考えなければならないのだ。


「その可能性は高いですね。《エクスグラスパー》に新型の《ナイトメアの軍勢》、多くの戦力を投入したというのに失敗しています。敵の工業生産力はともかく、勢力としてはそれほど大きくないですからね。人員、物資の消耗を嫌ったのかもしれません」

「ならこれから先はどんな戦法に打って出てくるか……うーん、ちょっと分からねえな」


 考えてみるが、答えが出てこないことはある。要するに、考えるに足るだけの要素が出そろっていないのではないだろうか。相手が何を考えているのかなんて、それこそ予知能力者だとかエスパーでなければ理解することなんて出来ないだろう。


「ウルフェンシュタインに着けば相応に情報が集まってくるでしょう。

 相手の出方について考えるのは、そこからでも遅くはないのかもしれませんね」


 クロードさんは微笑み、そこで会話を切った。今度は、俺が話をする番だ。


「あの、クロードさん。もしよかったら、あなたがこれを持っていてくれませんか?」


 俺は立てかけていた一本の刀をクロードさんに差し出した。

 魔導兵装『熾天』。かつてアルクルス島で戦死した俺の仲間、御神さんが形見として渡してくれたものだ。


「仕舞いなさい、シドウくん。それはキミが託されたものです。僕のじゃあない」

「分かっています、それは。ただ、分からなくなっちまって……」


 あの人のものを持っていていいのか。段々と俺自身、自信がなくなってくる。


「俺はリチュエを殺しました」

「知っています、シドウくん。そしてそれが後悔する必要がないということも」


 後悔する必要がない。本当にそうなのだろうか? 俺には分からなかった。


「ずっと許せなかった。他人の未来を奪って、へらへら笑っているような連中が。

 そんな連中から人々を守るためなら、戦っていけるって思ってました。けど……

 俺はリチュエを殺した。俺自身が、俺自身の手で、他人から未来を奪っちまった」


 奪われていい未来なんて一つもない。いまでもそう思っている。ならば、他人の未来を奪うリチュエの未来もまた奪ってはならないものではないのだろうか?

 自分の吐いた唾から伸びて来た鎖に絡め取られている気分だ。


「いまでも残っているんだ。

 あいつを引き裂いた感触が、あいつの生ぬるい血の感触が!

 それを知っちまった俺に、もう……人の未来をどうこう言う資格なんてない……!」


 もう二度と、俺から血の臭いを払拭出来ない。絶望的な気持ちになってくる。


「……分かりました、シドウくん。キミの決心がつくまでは、預かっておきましょう」


 俺の心の内を察してくれたのか、クロードさんは『熾天』を受け取ってくれた。

 俺の手に納まっていたいろいろな重みが消えて行くような気がした。


「人の命を奪うことと、人の命を救うことのジレンマ、というワケですか」

「情けねえこと言って、すみません。でも、俺にはどうしても……」

「気にしないで下さい。適当に言ってみただけで、僕はそんなものを感じちゃいない」


 クロードさんは寂しげな表情をしていった。

 本気で言っているのだろうか、それを?

 それとも、俺を慰めるために言ったのだろうか?

 推し量ることが出来なかった。


「自分本位になってしまえば、楽なものですよ。他人の命を奪うことに後悔も躊躇いも感じる必要がないのですから。キミの望むものを奪い、救えばいい」

「俺は……そう言う風になりたいわけじゃない。少なくとも」

「そう言ってくれると思っていましたよ。キミには、悩む必要があるでしょう」


 休憩の終了を告げる、控えめな喇叭の音が聞こえて来た。クロードさんは立ち上がり、トラックの方に戻って行った。俺も戻らなければ。そう思うが、中々動けない。


 奪うことと、救うことのジレンマ。言い得て妙だ。

 どちらかしか選ぶことが出来ないのだから。


「でも多分、俺に残された時間はそれほど多くはないんだろうな……」


 あの日、手を透かして見えたことが幻覚だとか、夢だとは思えなかった。

 俺の体に何かが起こっている、そしてそれはリチュエとの戦いで『変身』したあの姿と関係があるのだろう。何かを救う力を手に入れるということは、決していいことばかりではない。ため息を吐いて俺も立ち上がった。

 こんなことをしている時間は、そんなにないのだから。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 アルクルス島の時と違って、騎士団連合はグラフェンのすべてを破壊することは出来なかったようだ。中には使用できる施設や物品が残っている場所があった。だが、そのことが逆に『真天十字会』の足を止めることになったのは皮肉としか言えない。


 すべてが使えなくなったり、破壊されたりしているのならば、無視して先に進めばよかった。だが、先の戦いで何を得ることも出来なかった人々の不満は爆発しかけていた。グラフェンでの簒奪を行わなければ、そう時間を必要とせず瓦解してしまうだろう。

 グラフェンを完全に占領することが出来た。だが、そのために敵に与えた時間は多い。そのことが今後、どんな結果として帰ってくるか。誰にも予想できない。


「ま……んなことは私にとっちゃ、どうでもいいんだけどな……」


 グラフェン中央にあった噴水跡に腰かけ、羽山はホルスターに収めていた二挺の拳銃を弄った。銃の扱いに関しては素人だが、彼女の能力にとってこれが一番都合がよかった。だから、彼女は必死になって覚えた。それが出来なければ殺されてしまうから。


 破壊された街を見ても、羽山は特に感慨を抱かなかった。彼女が到着したころには、街はすっかり片付いていたからだ。《ナイトメアの軍勢》に死体は咀嚼され、血の一片すらも残らなくなった場所で、戦いの痕跡を探せという方が無茶というものだ。だからこそ、彼女は何の感慨も抱かず死の街を見ることが出来ていた。


「やあ、こんなところにいたんですか。羽山さん。探しちゃいましたよー」


 故郷を思ってノスタルジーを抱いていたところに、空気を読まない軽い声が投げかけられた。舌打ちをして、羽山はそちらを見た。薄ら笑いを上げた三石がいた。


「参ったなあ、嫌われちゃってるのかな。僕。ショックだなぁ」

「本当にショックだと思っているなら、それらしい顔をしてみろ。で、なんだよ」

「今後の方針が決まったのでご報告に。羽山さん、会議に出てくれないからさぁ」


 会議に出たって何の意味もない、何の発言力もないのだからいないも同じだろう。言おうとしたが言っても栓無きことなので、羽山は何も言わないことにした。


「これより僕たち《エクスグラスパー》は、『共和国』観光に出ることになります」

「……はぁ? お前、何言ってんだよ?」


 三石が言ったことを理解出来ず、羽山は思わず聞き返してしまった。彼の額面通り、ということではあるまい。想像を巡らせるが、あまりいい言葉が浮かんでは来ない。


「つまりですね、僕たち《エクスグラスパー》が『共和国』に潜入しようってことです」

「……ああ、そういうことか。そういうことなら、納得がいくな」

「僕たち《エクスグラスパー》の本当の利点は隠密性の高さなんだから、それを利用しない手はないですよね。僕たちの顔は、まだ完全に割れているわけじゃないですし」


 大規模な兵員を動員せず、それと同等の力を発揮できるのが《エクスグラスパー》の強みだ。むしろ、なぜそれがいままで考案されてこなかったのかを羽山は訝しんだ。自分も含めて、否。自分のような戦闘経験のないものでも同じようなことを思いつくのに?


 思えば、『真天十字会』の行動は不可解なことが目立つ。無意味な簒奪、破壊。

 人々の歓心を買わなければいけない立場にも拘らず、やっていることは真逆だ。まるで、人々からヘイトを集めるのが仕事だ、と言わんばかりに。どうしてこんなことを?


「……ということで、まだ彼らに顔の割れていない羽山さんたちが街に潜入します」

「潜入します、って言ったってどうやるんだよ。どうやって街に入れっていうんだ?」

「そりゃ真正面から入っていくしかないでしょ。身分証明なんかないから大丈夫ですよ」


 何となく不安になるが、恐らくは大丈夫だろう。彼の言っていた通り、相手の身分を照会する方法などないのだ。案外あっさり行くかもしれない。羽山はそう思った。


「……ちょっと待て、『たち』って言ったな。私以外の誰が行くって言うんだ?」


 現在『真天十字会』が抱えていた十二人の《エクスグラスパー》は大半が死亡している。グランベルク、アルクルス、そしてグラフェン。度重なる戦闘で六人もの《エクスグラスパー》が脱落している。皇族襲撃に参加した黒星の行方も知れていない。メンバーの半数が削られ、多くの人間のツラが割れている状態で、誰を差し向けるというのか。


「えーっと、まずは『発明王』さんでしょう? あとはあなたもよく知っているあの子」

「まさか……オイオイ。あいつを解放するってのかよ! そりゃ無茶だろうが!」


 あの女、園崎美咲を解放すると、この男は言っているのか? 彼女は正気を疑った。

 初めてこの世界に来た時、美咲も羽山と同じように『真天十字会』に遭遇した。彼女も同じようにメンバーに入った。そして、徐々に『真天十字会』のことについて知って行った。そこからの行動が違う。彼女は抗った、世界を破壊しようとするものたちに。


 当時幹部候補と目されていた五人の《エクスグラスパー》、そして『真天十字会』の兵力を尽く殺戮。あのガイウスですら持て余し、地下深くに幽閉していた危険人物だ。なぜ幽閉していたのか、それは彼女を殺すことが出来なかったからだ。


「あの女がこっちに協力するとでも? どんなマジック使ったんだよ。ええ?」


 どうしても信じられなかった。あの女が、あの精神の持ち主が、こんな連中に協力するなどと。三石は胸に手を当て、噛み締めるようにして答えた。


「心を込めて説得したんです。それだけ。それが一番大きなことなんですよ?」


 その言葉を聞いた瞬間、羽山の心がスーッと冷めていった。まともに答える気がない。


「……まあいいさ。私がやるべきことは分かった。だったらそれをやるだけだよ」


 羽山は大きめのため息を吐き、歩き出した。明日には発たなければならない、ならばその前に準備をしておかなければ。どうだってよかった、そんなことは。


 結局のところ、彼女には逃げることも逃げる意志もなかったのだから。


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