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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
奔る怒りの炎
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紫高の輝き

 シドウは腰を低くし、駆け出した。

 速い、リチュエには反応することさえ出来なかった。

 右腕をぎゅっと握り固め、咆哮を上げながらリチュエに殴りかかった。


 障壁がある。そうリチュエは思っていた。

 リチュエが生み出した暴風の障壁とぶつかり合った拳は、しかし弾かれることなく突き進んでいった。彼女の顔が驚愕に歪むが、しかし今更避けることは出来ない。端正な顔面に、醜い拳が突き刺さった。


 恐怖。

 リチュエの体を動かしているのは、ただその感情一つだけだった。


(ウソでしょう、こいつはなんなの? さっきまで死に体だったじゃない!

 それが、それがどうして? 私の風の障壁を突き破るどころか、近付くことさえ出来なかった男がどうしてわ、私を、私を傷つけることが出来ているの……!?)


 弱気が彼女を包み込む。ミドルスクール時代の苦い記憶が蘇ってくる。

 許さない、そう言った。ならば、虐げられてきたものはどうなる?

 泥を啜り、嬲られ汚され、死を与えられたものはどうしたらいい?

 一生這いつくばっていろとでも?


「ッ……勝手なことを言ってんじゃないわよ、あんたはァーッ!」


 次なる感情が彼女の体を支配する! すなわち、怒り!

 彼女はデメテールつの杖によって増強された《エクスグラスパー》能力によって空中に舞い上がる。誰にも置かせぬ領域、彼女だけの世界。風の刃をいくつも生成し、地上に向かって放つ。


 クロードはリチュエの挙動から風の刃の軌道を予測、複雑なステップを踏んで彼女が放った攻撃を避けた。彼女が生み出した《ナイトメアの軍勢》さえも、風の刃によって切り裂かれ、絶命している。

 狂乱している、クロードはそう判断した。


 一方、シドウはその場に留まりリチュエの風の刃に耐えた。

 周囲の建造物によって相当威力がそがれているとはいえ、並の人間が受けたのならば一瞬にしてバラバラになってしまうほどの風圧を、何度もシドウは受け止めた。それでも、彼は立っていた。全身を覆う銀と鈍色の装甲には、傷一つついていなかった。ゆっくりと防御態勢を解く。


 その隙を見計らって、地上に展開していた《ナイトメアの軍勢》がシドウを取り囲んだ。タウラス二体、ランドドラゴン一体、シックスアーム三体。


「シドウくん!」


 横合いから放たれたランドドラゴンの攻撃を捌きながら、クロードは叫んだ。荷が重いだとかそう言うレベルではない、例え彼が全力を出したとしても勝てるかどうか。

 タウラスが角を突き出し、突進を仕掛ける。グランベルク城でディノが繰り出した『電車道』ほどではないが、凄まじいスピードと破壊力を伴った一撃だ。半端なバリケード程度なら一撃で破壊されてしまうだろう。それをシドウは、真正面から受け止めた。


 ねじくれた角を掴み、両足をしっかりと大地に踏み締めて攻撃を受け止める。シドウの足が地面を擦り、後退していくが、それだけだ。タウラスの突進が、止まった。

 尚も押し込もうとするタウラスの角をシドウは持ち上げた。二百キロはありそうなタウラスの体が浮かび上がる。そして、シドウは持ち上げたタウラスを思い切り地面に叩きつけた。石敷きの道路にクレーターが生まれ、タウラスが苦し気な呻き声を上げた。


 角から手を放し、シドウは一歩踏み込んだ。呻くタウラスの腹に向けて、弓のように引き絞られた渾身の右ストレートを叩き込んだ。色々なものがグチャグチャに粉砕される音が、クロードたちに聞こえて来た。血反吐を吐きながらタウラスは吹き飛び、爆発四散!


「グオオォォォォォーッ!」


 シドウは咆哮を上げた。それと同時にショルダーアーマーが展開、柊の葉が開いた。

 更にガントレットと具足の蛇腹になった部分も展開。そこから紫色の炎が吹き上がった。構えを取り、駆け出す。そう思った瞬間、シドウの姿が消えた。


 リチュエにも、《ナイトメアの軍勢》の目にも、シドウがいきなり消えたように見えた。彼の動きを見通すことが出来たのは、クロードただ一人だった。


 超加速、そうとしか言いようのない現象だった。

 他人の動きが遅く見えるほどのスピードでシドウは動いていた。

 炎を上げる肩口から、シドウは一番手近な位置にいたシックスアームに突っ込んだ。炎を纏ったタックルを受けシックスアームの体が吹き飛んで行く。叩きつけられた腹部からは紫色の炎が立ち上り、シックスアームの体を侵した。


 反動をつけ、シドウは地を蹴った。

 横合いにいたランドドラゴンの肩口目掛けて鋭い爪を振り下ろした。紙一重のタイミングで、ランドドラゴンはシドウの斬撃をかわした。代わりに右腕が切り落とされる。シドウは舌打ちし更に加速、跳び上がりドロップキックめいた一撃でランドドラゴンの胸板を蹴る。反動で更に跳び上がり、奥にいたシックスアームの胸板を蹴った。蹴り足が胸を破る。


 空中でショルダーアーマーから迸る炎が勢いを増した。飛行軌道を急激に変更、三角蹴りめいた動きでその横合いにいたシックスアームに逆の足で蹴りを繰り出した。足刀を叩き込まれたシックスアームは吹き飛び、壁を破壊し屋内に侵入!


 地上に降り立ったシドウに覆い被さるように、タウラスの体がゆっくりと――客観時間では凄まじい速度で――迫る。シドウの掌に紫色の炎が宿った。

 シドウは立ち上がりながらタウラスの懐に飛び込み、燃える掌をタウラスの腹に叩き込んだ。ズドン、という戦車砲の発砲音めいた低い音が辺りに響く。タウラスの体を、一瞬にして炎が包み込んだ。


 シドウはそこで動きを止めた。泥のように鈍化していた主観時間が元に戻る。辺りで彼の攻撃を叩き込まれた《ナイトメアの軍勢》が一斉に爆発四散した。展開されていたシドウのアーマーが元に戻り、紫色の炎は跡形もなく消え去った。


(あれが……あれが、シドウくん? あれが、彼の新しい力?)


 侮っていたわけではない。

 だが、シドウがあの一団を突破してくるとは夢にも思っていなかった。全力で打ち合ったのならば、クロードとて一筋縄ではいくまい。いったいどのようにして、彼はあの力を手に入れたのか? よくない想像が全身を駆け巡る。


 シドウは力強く大地を蹴り、跳んだ。

 到達距離は軽く百メートルを超えている。

 ただ一度跳ぶだけで、上空にいるリチュエに届くというのか?


「く、来るな! 来るんじゃないわよ、あんたァーッ!」


 リチュエは風を操り、更に飛翔。凧のように不安定な軌道を取り飛んで行く。

 一方、跳躍を行ったシドウは落下していくだけだ。振り上げた腕が空を切る。


 否、そうではない。シドウは空を掴んだ。掌から噴き出した炎が、彼の体を更に上空へと押し上げる。まるで空中にあった見えない足場を掴んだようだった。弾丸のような勢いで加速したシドウは、空力によって飛行するリチュエに追いついた。


 リチュエの顔が驚愕に歪んだ。開かれた手がリチュエの顔に目掛けて迫る。

 風の障壁も何もかも、シドウの動きを阻むことは出来なかった。柔らかなリチュエの顔面に、シドウの五指がめり込んだ。そしてシドウはその手を、思い切り振り抜いた。ボールのように投げ出されたリチュエの体は高速で落下、地面に叩きつけられた。


「シドウくん、待ちなさい! 勝負はついた、それ以上は!」


 クロードの叫びも、シドウの耳には届いていないようだった。空中で反転したシドウの足裏に紫色の炎が宿る。先ほどと同じ要領で空を蹴り加速、落下したリチュエを追った。舌打ちしシドウを追いかけようとするクロードだったが、それは叶わなかった。


 集合住宅の窓ガラスを突き破り、ハヤテが道路に飛び出してくる。

 額からおびただしい流血があり、左目はほとんど開いていない。

 全身には痛々しい傷が刻まれている。


「よぉ、クロードくん……ちぃと、あいつの相手手伝ってくれへんかな……?」


 弱々しい声を上げながら、ハヤテは自分が突き破った窓の方を見た。正確にはその中にいた存在を。壁を突き破り、そこからタウラスが再び現れて来た。直立する雄牛の角は片方が切り取られており、それに怒っているのか顔つきは以前よりも険しい。


「参りましたね、こんなところで時間を食っているわけにはいかないというのに!」


 クロードは珍しく毒づいたが、仕方があるまい。このままにすればハヤテは死ぬ。未だ十にも達する新型の《ナイトメアの軍勢》が跋扈しているのだから。ハヤテもヨロヨロと立ち上がり、風切の刃を構えながらファイティングポーズを取った。


 一瞬の膠着状態。それは自然発生した雷によって破られた。素早くクロードは片角を失ったタウラスに肉薄、股間から頭頂までを切断する逆唐竹割の斬撃を放った。タウラスは一瞬早く引き、クロードの斬撃を回避。

 片足の半分ほどに達する傷を作るが、タウラスの闘志は萎えていない。千切れそうな足に構わず突き進み、拳を繰り出す。


 その横合いから二体のシックスアームが迫る。シックスアームは六対の腕を同時に、つまり十二本の腕を同時に繰り出し複雑な惑星軌道図めいた軌道を取る攻撃を繰り出す! 前後左右上下、ありとあらゆる角度から繰り出される攻撃は常人には回避不可能!


 しかしクロードは常人ではない。

 片足を振り上げ、振り下ろす。

 それだけで地面にクレーターめいた破壊痕が出来上がる。半径二メートルほどに広がった破壊痕はシックスアームを、そしてタウラスの足場を崩す。整然とした惑星軌道に乱れが生じる。反動でクロードはムーンサルト跳躍を打ち、小さな隙間を潜り抜け天高く飛翔!


「固まっててくれるのは助かるわ……! これでも食らいや、アホんだらぁ!」


 ハヤテはサメのような笑みを浮かべ、風切の刃を繰り出す。リチュエのそれよりも遥かに脆弱な、しかし確かな破壊力を持った斬撃が、シックスアームの固まった腕を切断した。更に、ハヤテは続けて刺突を繰り出した。螺旋状の風がタウラスの頭部を抉る!


 一方、空中に跳び上がったクロード目掛けてランドドラゴンが飛びかかって来た。

 動けぬクロードは、ランドドラゴンが放った爪の一撃を成す術なく受ける――ことはなかった。飛びながら身を翻しランドドラゴンの一撃をかわし、更に放った蹴りでランドドラゴンを打つ。胸を打たれたランドドラゴンは身を逸らせながらかろうじで着地、体勢を戻した時にはすでにクロードが目の前にいた。


 振り下ろされた刀がランドドラゴンを真っ二つに切断!

 クロードは死体を打ち、距離を離す。直後、ランドドラゴンが周りにいた怪物を巻き込みながら爆発四散した!


「綾花剣術一の太刀、天破断空!」


 クロードは納刀せぬまま刀をなぎ払った。本来、天破断空は一度納刀し、腰の回転と鞘の中での加速を使って抜刀、衝撃波を発生させる剣技である。

 だが、クロードの卓越した技量と力はその一段階をスキップしての攻撃を可能とした。怯んでいたシックスアーム二体の胴体に真っ赤な線が刻まれ、両断される。

 そして爆発四散。


 クロードは踵を返して、見る。左側に拳を振り上げたランドドラゴンがいる。

 筋肉が膨れ上がっており、通常時の倍ほどの体躯を誇っているようにも見える。

 右側面からは最後のシックスアームが細い腕を伸ばしてきている。

 右前方五メートルの位置にはタウラス、更にそこから二メートル後方にもタウラス。

 いずれも突撃してくる構えだ。


 クロードは精神を集中させた。その瞬間、すべての知覚が鈍化する。

 皆が皆、透明な泥の中を泳いでいるようだった。

 その中をクロードが動く、誰よりも速く!


 ゆっくりと伸びて来るシックスアームの動きに合わせ、クロードは刀を振るう。長い左腕が肘から切断、次に伸びた短い右手の拳を真ん中から両断、次に伸びた真ん中の左手を切断。一本一本丁寧に、花を生けるように冷静に切断していく。


 ランドドラゴンの拳が迫る。その拳に沿うようにして踏み込み、ランドドラゴンの上体に肘をつき込む。肋骨を粉砕し、心臓を傷つける手応えがあった。止まらず裏拳を叩き込み、ランドドラゴンの顔面を粉砕! たたらを踏むランドドラゴンを無視し、次へ!


 頭から突進してくるタウラスの相手をするのは容易だ。シックスアームの腕をすべて切断した刀を返し、袈裟切りに振り下ろす。ねじくれた角をすり抜けた刀身がタウラスの脳を切断する。それでも猪突猛進な突撃は止まらない。

 一歩踏み込み回避、逆袈裟気味にもう一体のタウラスの頭部を切断する。更に一歩踏み込み、その場で反転。タウラスの突撃を回避しつつ、ランドドラゴンの体を両断する一撃を放った。


 時間感覚が元に戻る。振り返ると、ハヤテが紙一重の攻防を制し、タウラスの眼球に風切の刃を突き込んでいた。彼女が念じると、風切の刃の柄に仕込まれた緑色の宝石が光り輝いた。そして、タウラスの頭部が爆散。

 頭の内側で暴風を発生させた結果だ。クロードはタウラスの体を打った。吹き飛びながら、タウラスは爆発四散した。一瞬にしてクロードに断ち切られた《ナイトメアの軍勢》もまた、次々と爆発四散していく。


「やっぱり、あんた強いなぁ。ウチがあれだけてこずった連中を、一人でかいな?」

「いえ、あなたがいてくれてよかった。全員はさすがに相手が出来ません」


 ハヤテは周りに敵がいないことを知ると、その場にへたり込んだ。

 体中に痛々しい傷が刻まれているが、致命傷になるようなものは一つとしてない。

 恐らくは、傷も残らないだろう。あれだけ痛がっていたのが不思議なくらいだ。


「避難民は……全員やられてもうたか。クソッタレ、あの《エクスグラスパー》め……」


 《エクスグラスパー》、リチュエ。クロードは振り返った。あれだけ激しく続いていた戦闘音が聞こえなくなってきている。雨雲が、晴れそうになっている。


「ハヤテさん、休んでいてください。僕はシドウくんの様子を見に行きます」

「ああ、あの坊主なら、あれなら、心配いらんやろうけど。

 相手は《エクスグラスパー》やからな。しっかり見とってやりぃ。

 あいつのことは、頼んだでぇ……」


 ハヤテは壁に体を預け、そして意識を失った。彼女の命に別状はないだろう。クロードは跳躍、集合住宅の屋上まで登り、シドウたちが落ちていった場所を探した。


(ええ、大丈夫でしょうよ。シドウくんの攻撃はリチュエさんの防御を突き破り、シドウくんにリチュエさんの攻撃は通用しない。だが、だからこそ心配なんだ……!)


 あの時のシドウの状態は尋常ではなかった。情念だけで動いているような、そんな感じだ。少なくとも、理性はなかった。先の戦闘で大きなダメージを負ったのだろう。加えて、シドウの体の損壊すらも修復するあの力に精神を侵されている可能性もある。


 もし、あの状態のままシドウがリチュエに勝ったのならば……彼女を殺すだろう。


「待っていてくださいよ、シドウくん。あなたに殺しなんて似合わないんだ……!」


 クロードは駆けた。

 あの女を殺すならば、それは自分の役目だ。そう考えながら。


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