強者たちの夜会話
宵の帳が落ちたスタルト村。虫の鳴き声だけが、静寂の中に響いていた。用意された部屋に入り、床に着いた――なんと、ベッドではなかった――のはよかったが、疲労のせいか、あるいは神経が高ぶっているせいか。俺は眠ることが出来なかった。
「……そういや、クロードさんも尾上さんもまだ寝てないんだよな……」
俺は部屋を見渡した。トリシャさんとエリンが部屋に戻った後でも、クロードさんと尾上さんは部屋に入らなかった。ちょっと月を見てきます、とか何とか言っていた気がする。たしかに、こんな神経の昂ぶった夜は星や月でも眺めるのがいいのかもしれない。俺は布団をはがして、立ち上がった。部屋のすぐ隣にあった裏口を抜けて、外に出る。
「おや、シドウくん。眠ったのではなかったのですか?」
クロードさんと尾上さんは、すぐに見つけることが出来た。二人は裏口から出て直ぐの場所にいたのだ。備え付けられた丸太のベンチに腰掛けていた。
「ええ、何だか眠れなくて。月でも見に来たんですけど……ってあれ?」
腕時計を見る。俺がつけているのはシンプルなタイプのもので、時計以外の機能を持たない。その代わり耐久性が高く、防水も完璧。ソーラー発電で電池持ちもいい。それが零時を刻んでいるので、それはたぶん間違いがないのだろう。
けれども、俺は月を影も形も見つけることが出来なかった。
時計が壊れたのか?
「この世界に来てすぐは驚くよね。僕も、夜空に月を探したもんさ」
驚くだろう、と言われたが俺はむしろ別のことに驚いた。尾上さんは俺のことを知っている。俺が、この世界の住人でないことを、彼は知っていた。
「そんな……どうして、俺が……」
「そりゃ気付くでしょ。キミたちの格好、この村の人とは明らかに違うからさ。それに、サングラスをつけた人なんてこの世界で見たことないよ。多分作られてもいない」
そりゃそうだ。サングラスをつけていたらファンタジー感が台無しになるだろう。
「それに、クロードさんからもう聞いていたからね。
キミが部屋にいる間に」
「えっ! お、教えちゃったんすかクロードさん!
俺たちのこと!」
「教えても、特に問題がないと判断しました。
彼は僕たちと同じみたいですからね」
えっ、と思って俺はもう一度尾上さんの姿を見た。たしかに、女将さんの格好と比べて尾上さんの衣装はどこか清潔過ぎるし、俺たちが知っているものに近すぎる気がした。
「改めて、自己紹介しておこう。
僕は尾上雄大。キミと同じ《エクスグラスパー》だ」
俺は驚いた。まさか、こんな近くに俺たちの同類がいるとは思っていなかったからだ。俺の間抜けな顔に気を良くしたのか、尾上さんはクスクスと笑い出した。
「いいね、シドウくん。驚いてくれるなんて、キミはいい人なんだね」
「ええ……そんな、茶化さないで下さいよ尾上さん」
「いやいや、ごめんね。キミの先輩は不愛想な感じだったからさ……」
先輩?
何を言っているのか分からないで問いかけると、「こっちの話」とはぐらかされた。まあいい、もしかしたら俺たちの他にもこういう人がいるのかもしれない。
「この世界って、俺たちみたいなのってそんなに珍しくないんすね」
「いやいや、僕たちが偶然ここで出会っただけで、《エクスグラスパー》自体はかなり珍しいよ。この世界全体で見ても、五十人もいないんじゃないかな?」
「……何で俺が、そんな珍しいものになっちまったんだろうなぁ……」
こちとら品行方正、健康優良の学生様だったのだが、異世界に呼び出されるような特別な力を持っていたわけではない。何か思い当たることがあるか、と言われたら直前に死んだくらいのものだ。もしかしたら、この世界はあの世なのかもしれないが。
「あの、クロードさんも尾上さんも、どうやってここに来たのか覚えてますか?」
「うーん、僕か……よく覚えてないんだよね。戦車砲が直撃したのは覚えてるけど」
「せっ、戦車砲って……んなバカな……」
「いやいや、マジだよマジ。僕の時代、世界規模の大戦に突入してたからね。
むしろ戦車砲で助かったよ。空対地ミサイルでも撃ち込まれてたらここじゃすまなかっただろうし」
尾上さんは笑って言った。もしかして召喚された時代も違うのか?
「尾上さん、それが何年くらいのことかって、覚えてらっしゃいますか?」
クロードさんも俺と同じ疑問を持ったのだろう、尾上さんへ質問した。
「僕が生きていたのは……たしか二千二百五年くらいだったかなぁ?」
「地球上での領土争いが、最盛期を迎えた頃ですね。
なるほど、納得しました……」
「クロードさん、納得されてるみたいですけど俺にはさっぱり分からないんですが……」
「ああ、つまりですね。僕は二千三百十七年の火星から、この世界に来たんです」
にせ……? 俺が知る時代よりも、それは三百年以上未来の出来事だった。しかも、火星? 俺の知る限り、火星に人類が存在している訳はなかった。もしかしたらクロードさんは火星人なのかもしれないが、その見た目は人間のそれと一緒だった。
「僕の生きる時代から百年前後遡って、火星圏のテラフォーミングが開始されたんです。僕はそれが完了してから生まれた、生粋の火星人、ということになりますね」
「へえ、僕の頃にはまだその途中だったんだけど、そう。よかった、成功したんだね」
「ま、火星が居住可能な惑星になったからって、問題は解決しませんでしたけどね」
二人はそれで通じ合った。
それよりも過去の人間である俺にはまったく分からない。
「つまり……俺たちは同じ世界の、別の時代から召喚されたってことですか?」
「そういうことですね。あいにく、証拠を示すことは何も出来ませんが……」
まあ、たしかにその通りだ。自分が火星人だと証明するためには、レーザーガンでも持ってきてもらわなければならないのかもしれない。まあ、とりあえず信じられる人だが。
「それにしても、どうして俺たちはこんなところに呼び出されたんでしょう……?」
「エリンくんに聞いたところによれば、僕たちが呼び出されたのには何か意味があるんでしょうね。《ナイトメアの軍勢》がこの世界にまた、現れたということですから」
「そうだ、シドウくん。キミに聞いておきたいことが一つあったんだ」
尾上さんは思い出したように言った。
「キミがこの世界に召喚された時、誰かの声を聞いたりしたかい?」
オウム返しに言ってから、俺は考えた。あの時は気が動転していたから……いや。
「そう言えば……ここに来る前、変なものを見た気がするんですよ、俺」
「変な物? それはいったいどういうものなんだい?」
「なんて言うんだろう、星……? そうそう、星空を見ました。その中で、足場もないのに俺は立っていたんです。んで、ちんちくりんの妙なガキがいた気がする……」
「ふうん、それはどのあたりでのことだったんだい?」
「それが分からないんすよ。目が覚めたら俺、森の中に倒れていたんです」
あのガキが一体何者なのか、俺には分からない。最後に何か、もっとワケの分からないことを言っていた気もするが、一度だけなのでその内容を完全に覚えてはいなかった。それにあの時は妙なノイズのようなものが走って、ロクに内容も聞けなかったはずだ。
「ううん、分かった。キミたちがここに来た原因が分かると思ったんだけど……」
「原因、って。これって自然現象なんじゃないんすか?」
「いや、そうじゃないよ。《エクスグラスパー》召喚は儀式、すなわち準備と
工程に基づいた作業なんだ。自然にその条件が整うことは、まずないと言っていいだろう」
尾上さんは少し、ためを作った。俺たちに話すべきか、それを考えていた。しかし、やがて尾上さんは意を決したように息を吸い、そして言った。
「この世界に来た時、キミは召喚者から放り出されている。途方もないコストをかけて呼び出したものを、放り出しておくなんて有り得ないよ。クロードくんにしてもそうだ」
「僕にしてみれば、何の説明もなく、誰にも会わずこの世界に呼び出されましたしね。トリシャさんにしても、多分それは変わらないんじゃないでしょうか」
「召喚者なき《エクスグラスパー》、すなわちイレギュラーが最近現れ始めているんだ。僕はその調査をするために、『共和国』から依頼を受けて活動しているんだよ」
召喚者の居ない、召喚物。どういうことなのだろうか、それは。
「召喚者の居ない《エクスグラスパー》とは、どういう存在なのです?」
「セーフティもかけずに、その辺りに放置されている戦車か何かと思ってくれたまえ。しかもそれは操縦が恐ろしく簡単で、隠密性が高い。人波に紛れることも出来るし、街一つを軽く滅ぼせる力を持つ。剥き出しの大量破壊兵器みたいなものなのさ」
尾上さんはそう言ったが、俺はそれで納得することが出来なかった。何せ、俺の力があれなのだから。山賊相手に殴り負けるような力で、世界を滅ぼせるのだろうか?
もしかしたら、俺が上手く使えていないだけで、こいつはとんでもない力を秘めているのかもしれない。
何となく踏ん張って、俺は力を繰り出そうとした。
しかし、何も出来ない。
逆に尻から出てきてほしくないものが出そうになった。
「……何をしているんですか、シドウくん?」
「いや、俺の力でもそんな事が出来るのかなー、って考えちゃって……」
「もし出来ちゃったら困るんだから、そういうことをするのはやめようよ」
尾上さんは呆れたように言った。まあ、こんな姿を見たら誰だって呆れるだろうが。
「でも、その辺のオッサンにも殴り負けるって、それじゃ格好つかねえって……」
「そうですねえ、力自体をどうこうすることは出来ないと思いますけれども……まあいいです、ちょっと稽古をつけて差し上げましょうか?」
「稽古?」
「ええ。先ほど見せていただきましたが、キミは力を自分の体に纏って戦うのでしょう? と、なると自分の動きを改善することが出来れば力をより上手く使うことができる」
「おお、なるほど! 聞いてて納得できるくらいそれっぽい理屈だ!」
「キミは力を付けたいようですし、ちょっとやってみようじゃあありませんか。 一日一時間の速達鍛錬で、キミを地獄のコマンドーに仕立てあげて見せましょう」
「すいませんもうちょっとマイルドなのでお願いできますか?」
なんでこの人は俺たちの時代の、それもB級アクション映画を知っているのだろう。
とはいえ、素人目に見てもクロードさんの戦い方は凄まじい。何年も鍛錬を積んできたプロ、って感じの立ち回りだった。その人から技術を教われるなら、それはいい。
それなりに身体能力に優れているので、体育大会なんかでは引っ張りだこな俺だが、やはり公式大会なんかにはお呼びがかからない。登録とか面倒な作業があるのはそうなのだが、やはり専門にやっている連中に比べてルールの理解だとか、技術面で圧倒的な隔たりがある。特に、武術系の部活なんかに呼ばれることはなかったと思う。
体を動かすことは好きだったが、どうにも技術を覚えるのに尻ごみすることがあった。何も出来ない自分というものを、認識させられそうで。
「……お願いします、クロードさん。俺に稽古をつけていただけませんか」
けれども、そんなことを言ってはいられない。
戦わなければ、守れないものがある。俺はエリンの味方でありたかった。
クロードさんは、俺の申し出を快諾してくれた。