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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
奔る怒りの炎
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殺し屋と剣鬼と

 老人は両手に短刀を持ち、派手に叫びながら突撃してくる。

 うるさい、と内心で思ったがこれが彼のファイトスタイルなのだろう。音に紛れて、側面から鎧の男、張が回り込んで来る。老人は腕を振るう、半歩下がって回避――しようとしたが、クロードは大きく飛びずさった。老人が舌打ちしたのが聞こえた。避けた先には張が飛び込んでくる。


 老人とは対照的に、彼は武器を帯びていないようだった。だが、その構えを見れば実力が分かった。中国拳法めいた幻惑的な構えを取っており、内から外へ、外から内へ、踊るようにして拳撃を放ってくる。甲冑を纏っているとは思えないほど素早い攻撃!


(やはりこの鎧も、イダテンのそれと同じく身体能力を増強させているのか?)


 老人が飛んだ、枯れ枝のように細い体からは想像も出来ないほどの、否、人間とは思えないほどの跳躍距離! 五メートルはあろうという集合住宅の壁を蹴り再跳躍、もう一軒の壁を蹴り更に跳躍! クロードの頭上を取った老人は上空から蹴りを繰り出す!


 その踵からは短刀が伸びていた。クロードの頭を頭上から串刺しにする構えだ!

 そこから脱しようとするものの、張がそれを邪魔する! クロードは舌打ちし、地面を力強く蹴った。足下が陥没し、張はそれに一瞬足を取られる。クロードは身を捻り、上空からの急降下斬撃を回避! 連続前転で二人との距離を取る!


「ほう、いまのを避けたか。面白い、だが掠った時点で終わりだと分かっているね?」

「いえ、あまり良く分かっていません。よろしければ教えていただけますか?」


 クロードは呼吸を整え、体内の圧力を調整する。傷口から血と一緒に毒が流れ出す。


「ほう、まさか自分で毒を絞り出すような人間がいるとは。面白い人間もいたものだ」

「あなたほど姑息な方なら毒なんて手段を使うと思っていましたが、予想通りで助かりました。あまりに予想通り過ぎて、少し拍子抜けしてしまうくらいですけど」


 クロードは挑発的ににこりと笑った。

 老人の眉がまた、ピクリと動くのをクロードは見た。あまり挑発耐性のない人間なのかもしれない。暗殺者としては致命的だろう。


「まあ、いずれにしろ君も私たちの力について理解してくれたと思う。どうだろう、いまもまだキミは我々に勝つことが出来るなどと、そんなことを思っているのかな?」

「うーん、そうですねぇ。あなたたちが傑出した力を持っていることは分かっています」


 甲冑の男、張は凄まじい打撃速度と反射速度、身体能力を併せ持った打撃の鬼だ。しかも、クロードが打つ技という技を事前に見切り、回避してくる。恐らくは前兆のようなものを感じ取っているのだろう、厄介な知覚能力を持っている。


 老人の方も相当の手練だ。まだ《エクスグラスパー》としての力は判然としないが、アサルトライフルの斉射を避けきった方法といい、アルクルス島の城塞で見せた特異な形態変化といい、ある程度の輪郭は掴みかけているような気はした。あとは確証が欲しい。


 そして、彼らは《ナイトメアの軍勢》をこちらに展開していない。たった一人に彼らの主力を当てたくない、ということなのだろう。やりやすくて助かるが、いつまでもここに釘付けにされてはいられない、ということも意味している。


「あなたたちが優れた力を持っていることは分かりました。だから言うのは一言です」

「なんだね? 辞世の句ならばゆっくりと聞いてやるが……」

「グダグダ言ってないでさっさとかかって来い、ザコども。でいかがでしょうか?」


 老人は激高したように叫びながら、両手に持った短刀を閃かせながら突撃してくる! ワンパターンな攻め、だが鋭い。クロードは刀を収め、老人を待ち構えた。


「私など刀を使うまでもないということか? 舐めた真似をォォォォッ!」


 老人は大振りな右の斬撃を繰り出す。半歩下がってそれをかわす。だがそれはフェイントだ、本命は左の小刻みな刺突。毒を使っている以上掠りでもすればいいのだから。クロードは自分の動脈を狙って繰り出された刺突を、二本の指を使って受け止めた。


「なんと!? そんなバカなことが……」


 老人は短刀を引こうとしたが、ビクともしない。受け止められるとは思っていなかった彼は、短刀から手を放すことが出来なかった。だから、短刀から二本の指を外した時逆に驚き、二手行動が遅れた。クロードは掌を老人の心臓に合わせて、当てた。


 彼の体を、衝突エネルギーの波が駆け巡る。たるんだ皮膚を揺らす打撃が、老人の内臓をずたずたに破壊する。吐血し、老人は崩れ落ちた。


 クロードはそれだけにとどまらず、とどめの一撃を老人の顔面に向かって繰り出そうとする。老人は一瞬にして意識を失い、二度と戻らないというのに? クロードの容赦のないとどめのストンピングが、マシュマロめいて膨らんだ老人の顔面に振り下ろされる!


「冗談ではない、そんなものはごめんだぞッ!」


 老人の両目がかっと見開かれ、彼の頭が真ん中からパックリと割れた。クロードはとどめの一撃を差し止め、バック転を打った。地面を薙ぐような張の蹴りが繰り出されたからだ。すぐさま立ち上がった老人は短刀を構え直した。ダメージは見られない。


「自分の体を自由自在に変化させる能力、ですか。面倒な力を持っている」

「頭の分割までさせられたのは久しぶりだな……念入りに殺そうという奴も少ないんだ」

「さすがに、あれだけのことをされたら警戒くらいはしますよ」


 どれだけの精度で体をいじれるのかは分からないが、内臓の位置を取り返ることくらいは朝飯前なのだろう。あるいは、彼の体に内臓というものはないのかもしれない。そうでなければ銃弾をすり抜けさせるような、おかしな変化をさせることは出来ないだろう。先ほどの大跳躍も、斬撃の瞬間間合いを伸ばしたのもこの能力によるものだろう。


「我が身に宿った蛭子神の力、とくと味わってあの世に行くといい」


 蛭子、か。骨がなくグニャグニャとした体をした神だったとクロードは思い出した。醜い姿をしていたがゆえに海に流されたという、神の鬼畜ぶりを如実に表すエピソードを。もっとも、蛭子神も目の前の老人と見比べれば自信を取り戻してくれるだろうが。


 短刀を持った腕が伸びる。推進力も何もないのにどうやって、と思うが、これも

《エクスグラスパー》に与えられた特権の一つなのだろう。既存の物理法則は通用しない。伸びきった腕を叩き切ってやろうとも思うが、収縮スピードも速い。ちゃんとの連携攻撃を食らっている間は、あの老人をバラバラにすることは出来ないだろう。


(さて、あの体はどこまで便利なのでしょう?)


 背後に回って来た張の打撃を屈んでかわし、肘打ちを食らわせながらクロードは考えた。内臓をぶちまけさせるほど強烈に打っているつもりだが、金属音とともにたたらを踏んで後退していく張の様子を見るとあまりダメージを受けていないようにも思える。


 老人が短刀を投げる。クロードは回転しかわし、コートの内ポケットに手を伸ばす。内側にいれたスローイングナイフを取り出し、老人に向かって投げる。彼の反応速度を越えていたのだろう、ナイフは一切の抵抗なく老人の体に突き刺さる。だが倒れない。


「分かったかね? キミの攻撃は、私に対してまったく無意味であると!」

「口数の多い暗殺者ですね。前職では無駄話をして解雇されたんですか?」


 張が覆いかぶさるようにして飛びかかって来る。横へ跳びそれを回避、体勢を立て直す。殺しのプランはいくつかある、だがどうやって実行すればいい?


「まあ、後は流れに乗って行くしかないってことですね」


 どうにも相棒の適当さが伝染(うつ)ったようだ、とクロードは思い苦笑する。だがそれほど悪い気分ではない。

 クロードは屈みながら抜刀、衝撃波を持ってして張を打つ。ゴブリンやオークのようにこれで死んでくれれば一番いいのだが、そうともいかないのが難しいところだ。だが一瞬の時間は稼げる、クロードは老人に向かって駆けた。


「この私に一対一の白兵戦を挑もうというのかね、愚かな!」


 老人が右に握った短刀を突き込んで来る。その腕に背を這わせるようにして、クロードは老人の側面を抜け、背後に回る。左の短刀を振るった老人が見たのは、銀色の輝き。


「綾花剣術二の太刀、裂砕空牙!」


 至近距離で放たれた高速の斬撃が、老人の体をいくつにも分割した。


 眼球!

 鼻孔!

 口腔!

 頸部!


 一瞬にして老人の頭が四つのパーツに分割され飛ぶ!

 張はそれをまったく気にしていないかのようにして突撃してくる。十分な助走をつけて飛び蹴りを繰り出した。クロードはそれを横に半歩ステップを踏んで回避、放たれた蹴りは老人の心臓部を抉り吹き飛ばすだけに終わった。血しぶきを上げながら張は着地。


「その人が生きていたらどうするつもりだったんですか? まあ生きてるんでしょうが」


 クロードの呆れたような言葉にも、張は答えない。首を狙って放たれた斬撃は、鎧の手甲によって弾かれる。弾かれた先にあった老人の左腕が切断された。

 生きているのか死んでいるのかは分からないが、ともかく老人が動き出すことはないようだった。しばらくの間、張と一対一の戦いを展開することが出来るだろう。


 右で剣を弾き、逆手で張は貫手を放った。クロードは弾かれた勢いを殺さず半歩後退しながら回転、体勢を立て直すと貫手を刀で弾いた。張の立ち技は繊細にして強烈、彼が積んできた研鑽を思わせる凄まじいものだった。だが、クロードとて負けてはいない。


(暗殺術ならともかく、殺しの技だったらこっちだって負けちゃいないんですよ!)


 張が繰り出す拳は刻一刻と形を変え、複雑な軌道を描きながらクロードの命を奪おうと迫ってくる。貫手だったものがいつの間にか開かれ斬撃を受け止め、かと思えば蛇のように腕に絡み付いてこちらの関節を極めようともしてくる。

 クロードは素早く手を引きそれをかわすが、今度は張の腕が鞭のようにしなり死角から襲い掛かってくる。


 単純な攻撃力、そして防御力において、クロードは張に劣っている。あの鎧の身体強化能力は絶大だ。もうしばらくすれば老人の方も戻ってくるだろう、そうなれば勝機は?


 クロードはバックジャンプで距離を取り、構えを変えた。右腕で刀を持ち、左腕は刀の峰に添えた。張は訝しげな視線を向けた。だが、止まらない。


 クロードはどっしりと構え、張の出方を伺う。綾花剣術、地の構え。泰然自若として構え、目の前で起こるすべての出来事に対応するカウンタースタイル。

 水流の如き変幻自在な動きも、風のように速き太刀も、烈火の如く強烈な攻めも目の前の相手には通じない。ならば、考え方を変えてみるしかない。張の一挙手一投足を、見なければならない。


(能力をわざわざ開設することによって僕をここに押し止め、街を襲わせることで僕の心をはやらせ、自分の再生時間さえもここにとどめるための策としたのか……)


 この二人の一挙手一投足が、他者を陥れるための策略だ。そう理解することが出来ると、心が段々と落ち着いてくるような気がクロードにはした。反省する、力が大きい分思考と行動が大雑把になりがちだった。だからこんな簡単な策にも引っかかってしまう。


(焦ることなど、何もない。僕に与えられた一戦を、全身全霊を持ってやり抜く!

 それこそが、この場を潜り抜ける一番の近道なのだから――!)


 張が爆発的な加速力を持って突撃してくる。右の虎めいた構えも、左の鷹めいた構えも、どちらもが必殺の威力を持ってクロードに叩きつけられようとしている。ならば、そのどちらにも対応するしかない。


 左の鷹がクロードの柔らかい眼球を狙って突き出された。

 その一撃は、振り上げられた拳の一撃によって遮られる。下から受けた衝撃によって、鷹の嘴は僅かに狙いを逸らしクロードの髪を揺らすだけに留まった。


 続く右の虎めいた掌打には、刀の柄らを真正面から当てることによって対応した。魔法力によって高められた刀の強度は、凄まじきパワーを誇る張の一撃にも見事耐え切り、逆にそれを跳ね返して見せた。


 更に、クロードは浮き上がった左の手首を取り、捻った。単純な力勝負で言えば、クロードに勝ち目などなかっただろう。だが、手首を捻られた張は反射的にその流れに従ってしまった。逆らえば折られる、そう彼の直感は判断した。結果として、張の体はその場で半回転し、クロードに対して背を向けることになった。


「これはッ!」


 張が初めて、言葉らしい言葉を上げた。すべての終わりを察したからか。クロードは手首を返し、刀をなぎ払う。軌道上にあった頸部を刀が通り過ぎた。張の体はピクリとも動かなくなった。クロードはその脇を避けて進み、老人に向かった。刀が鞘に納められると同時に、力を失った張の体が崩れ落ちた。


「バカな……張を殺すほどの使い手など。貴様は、いったい何者なのだ?」


 再生を終えた老人はクロードに向き直り、驚愕の顔を向けた。あれだけ切ってやったというのに、老人の命に別条はないように思えた。恐らく、切り裂かれる寸前に体を分割しておいたのだろう。頭を踏み砕かれる前にしたように。


「さて、ご自慢のお仲間は一足先に極楽浄土へと旅立ったようです。あなたもご一緒してはいかがでしょうか? いや、賽の河原で足止めを食らう可能性もありますが」


 老人が呻き、後ずさった。あの様子ではこちらを殺す手段を持っておらず、そして彼の能力もまた無敵とは言い難いのだろう、そうクロードは判断した。

 張と一緒にやり合っている時はあれだけ自信満々だったのに、この段に至って不安げな表情を隠さなかったのがその証明だったように思えた。

 クロードは油断なく、老人との距離を詰める。


「どうやらキミは、私の想像を上回っていたようだな……ここは退くとしよう、だが!」

「そういうのはいいので、帰るなら帰る、死ぬなら死ぬではっきりして下さい」


 グダグダと続く時間稼ぎにはいい加減うんざりしていた。クロードは刀を抜き放ち、衝撃波の刃を老人に向かって叩きつけた。痛みに呻き、吹き飛びながらも老人は体勢を立て直し、夜の闇へと消えて行った。

 クロードは嘆息しながら、刀を収めた。


「まだ元気でしょうに。死に物狂いで掛かってくるには、歳を取り過ぎましたか?」


 もっとも、ああして自分の命を最優先にしているからこそこうして生き残ってきたのだろう、とクロードは判断した。かなり長い時間を取られてしまった。市街はどうなっている? あの火柱はいったい何だったのか? 焦りだけが体を包みこむ。


 クロードは駆け出し、市街地に向かおうとした。しかし、それを止める。


 倒れた張の体から、鎧が剥がれ落ちるようにして消えて行った。兜も同様にだ。不可思議な消滅現象が終わったかと思うと、《エクスグラスパー》の肉体は爆発四散した。いつも通り残っているのはいくつかの破片。だがその中にクロードは奇妙なものを見つけた。


「……これは、いったい何なのでしょうか……?」


 そこに落ちていたのは、兜の印章が刻まれた金属製のカードのようなものだった。


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