次に立ち上がれるその時まで
右手の指先がピリピリと痛むような気がした。左腕で虚空を掻く。かつて俺の右腕があった場所に指を這わせてみるが、もちろん何の解決にもなりはしなかった。
幻肢痛。脳が生み出す錯覚。聞いたことはあったが、これほど不快なものだとは思わなかった。二度と解消されることのない痛みが、俺を苛んだ。
「シドウさん、ちょっと待ってくださいな。どこに行くんですか、もう!」
「どこに行くかも決めてないよ。なんたって、俺はこの街のこと知らねえんだから。
すぐに戻るから、宿で待っていてくれよ。そんな遠くまでは行かないから大丈夫だって」
二人がここにいたのでは、終わらせることだって出来はしない。
さっさと、この決意が鈍ってしまわないうちに終わらせようと思っていたのだが、さすがに子供二人が一緒にいる状態で自殺など出来ない。まだ未来ある二人にトラウマを残してしまうかもしれない。
「この街のことが分からないんなら、すぐに戻ることだって出来ないでしょう?」
エリンは怒ったように胸を張って言った。確かにその通り、一本取られた。誤魔化そうとして適当なことを言ったが、適当なことを見破るだけの眼力がこの子にはある。
リンドは不安げに俺の左袖を掴んだ。二人の目を真正面から見ることが出来ない。
「……分かった。分かったよ、帰る。帰るからさ、そんな顔しないでくれよ……」
「あ、ちょっと待ってくださいな。エリン。どうせならあそこに行きませんか?」
あそこ? 何を言っているのか分からなかったが、エリンは得心したようだった。
「そうですね。あそこならシドウさんも元気、出してくれるかもしれません」
元気がないのは当然ながら見破られていたようだった。自分の分かりやすさに今更ながら涙が出てくる気分だ。拒否したなら、何度だって同じことを言いそうだった。俺は仕方なく、エリンたちに手を引かれて『あの場所』とやらに連れていかれることにした。
俺が連れていかれたのは、街で一番大きな広場のような場所だった。
芝生敷きの地面の上にはいくつものシートが敷かれ、テントが張られ、人がひしめいている。広場の中心にはレンガ造りの大きな尖塔があり、そこには巨大な円盤と長短二つの黒い針――すなわち時計――があった。
「もしかしてこれって、『帝国』から逃げてきた人たちの難民キャンプ……?」
「『共和国』にもすべての避難民を収容するだけのキャパシティがありませんの。こうしたすし詰め状態になっているのは甚だ不本意だと、団長さんも言っておりましたわ」
リンドは寂しげな表情を作って言った。誰もが希望を失わないように、必死でこらえているように、俺には見えた。楽しげな声は聞こえてくるが、それはどこか空虚だった。
「……シドウ? お前、シドウじゃねえか! 生きてたのかよ、お前!」
横合いから聞き慣れた声が俺にかかって来た。振り向くと、そこには酒場の主人、アーノルドさんがいた。豊かに蓄えられた口ひげが印象的な、あの人が。
「アーノルドさん!? あなたの無事だったんですか……」
「なんとかここまで逃げてこられたんだ。常連客の何人かは……ダメだったみたいだな。けど、お前や嬢ちゃんたちが無事でよかったよ。他の連中も生きてんだろ?」
彼の言葉に、俺は曖昧に頷いた。ここには来れなかった人が一人いるからだ。
「ったく、何でこんなことになっちまったのかね。『共和国』くんだりまで来ることになるなんて、俺はこれっぽっちも思っちゃいなかったんだがなぁ……」
「ええ。『共和国』の人たちが受け入れてくれたおかげで、こうしてみんな生きて再会することが出来たんです。それは……俺はいいことだと思いますよ」
「それには感謝しなきゃならねえがな。複雑な気分だぜ。ずっと敵だったからな」
奴隷制度に端を発する『帝国』と『共和国』の戦争、それをリアルに経験してきた彼らだからこそ、見えてくるものもあるのだろう。そのわだかまりを解決してくれるものは、時間しかないだろう。俺はそう思った。
「おお、そうだ。生きてんのは俺だけじゃないんだぜ? おーい、お前らぁー!」
アーノルドさんが声をかけると、公園の人だかりが動いた。
何人かの人がこちらに近付いてくる。それらに、俺は見覚えがあった。
それは、酒場で偶然同席することになった人々。
それは、たまに買いに行った御菓子売りの行商人。
それは、図書館の司書。
「皆さん……無事で、無事で本当によかった……!」
「へへっ、何泣いてやがるシドウ! これからだろ、これから!」
思わず、俺の目から涙が溢れ出て来た。もう二度と会うことはないと思っていた人たちと、再会することが出来た。その事実が、俺の胸を温かく満たしていった。
「おおそうだ。クロードくんと会うようなことがあったら、お礼を言っておいて下さい」
「クロードさんに? 皆さん、もしかしてクロードさんに助けられたんですか?
「ああ。あいつらに殺される寸前にあいつが乱入してきてな。お礼を言おうと思ったんだが、言う暇もなく走り去っていきやがったんだ。慌ただしい男だよ、あいつもね」
あの惨状の中において、クロードさんは人を助けてきたのか。やはり、凄い。
「助けられたと言えば、俺の嫁さんも妙な出で立ちの奴に助けられたって言ってたな」
「ああ、何度も聞いたよ。全身真っ黒で、銀色のヘルメットと小手と具足つけたやつ」
「新手の騎士だったのかなぁ、あいつ。一度礼を言いたいもんだが」
俺だ。そんな出で立ちの奴が二人もいるとは思えない。地下水道から出て直ぐ、あいつらに追われていた人を助け出した。お礼も言われなかったが、まさかここにいたとは。
「あなたが……あなたが、シドウくんなんですか?」
え、と俺が顔を向けると、そこには一人の女性がいた。緩くウェーブのかかった、黒と金の入り混じった髪の女性。十分に美しい人なのだろうが、いまは疲労の色が濃く、化粧の時間もないため、どこか野暮ったい印象を受けてしまう。
そして、俺は思い出した。あの時、ハンスさんと一緒に出て来た女性だった。
「もしかして、あなた、ハンスさんの恋人だったって言う……」
「はい。ノキアと申します。ハンスからあなたのことはよく聞いていました」
クスリ、と笑い、ノキアさんはどこか懐かしむようにして言った。
「私は、あの人を見捨ててここに来てしまった……家をね、怪物に潰されたの。
壊れた家の瓦礫に、あの人は押し潰されてしまったわ。すぐに行けば、助かったのかもしれない。でも、私はあの時……あの怪物が怖くて、逃げ出してしまった……」
ノキアさんも後悔を抱えて、ここにいるのだ。俺が抱えている痛みよりもずっと、ずっと大きな痛みを抱えて。俺は何も言えなくなってしまった。
「私も見たわ。全身真っ黒な格好をした騎士のことを。あの人のことを助けようとしてくれた、小さな騎士の姿を。せめてお礼が言いたかったわ……」
ノキアさんの両目には涙が浮かんでいた。そして、嗚咽を上げ、崩れ出す。
「お前、クロードくんに聞いてみてくれないか?
何か知ってるかも……ってどうした」
俺の両目からも、涙が浮かんで来た。先ほどのような後悔の涙ではない。
(俺が……俺が、この手で助けられた人だって……ちゃんと、いるんだ)
誰からも認識されなくたって。誰からも感謝されなくたって。
その行動は残る。エリンとリンドが、俺の左手をぎゅっと掴んできた。
俺の内心を見透かしたような優しい瞳で。
「はっ……す、すいませんね。何だか、涙腺が緩んで来ちまって……」
「情けねえこといってんじゃねえよ、シドウ! それより、頼んだぜ!」
「あんたも大変みたいだけどなぁ、頑張ってくれよ! なんかあったら俺たちに言え!」
彼らは豪快に笑った。それを見ていると、勇気が出てくる。
俺がすべきことを分からせてくれたような気がする。
そうだ、いまの俺がすべきことは……
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グラフェン北東部居住区。画一化された集合住宅が立ち並ぶこの地は、普段であれば道行く人でにぎわっている。だが、いまは違う。
『真天十字会』の登場によって疎開が成されたためだ。街の住民の多くは既に退避しており、ここに残っているのは強い愛着を持ち、最後まで避難を拒んだ人々だ。
そうした人々も、近々いなくなることになっている。
「住民の約七十五%は退避を終了させたそうだ。『帝国』からの避難民を合わせても、他都市は十分なキャパシティを持っている。逃れた先で野宿、なんてことはないそうだ」
避難先で生活の安定が確保されるか、というのも難民にとって重要な要素だ。
彼らも霞を食って生きているわけではない、生活の糧はどんな人間にも必要だ。避難民の就業先を確保し、寝床を確保することも難民事業にとって重要な仕事の一つだ。
「『真天十字会』が迫ってきている。彼らの退避は戦闘の最中行われることにもなりかねない……その辺りの方策はあるんですか、尾上さん?」
「……正直なところ、ないよ。彼らを押し止めておくことが出来るかどうかは、正直賭けだ。だが、とりあえず出来ることは全部やっている。回収した銃を使うとかね」
先の戦いで、尾上は倒した敵から銃を回収することを頼んでおいた。おかげで用意できたのは、アサルトライフル二百丁、ショットガン五十丁。
猟兵適性の高い騎士を選び、銃のレクチャーを一週間のうちに与えておいた。弾丸に関しては力で調達出来るので問題ない。落ち着いた状況で百メートル先の目標に当たる程度だが、ないよりはマシだ。
「とにかく、敵は城塞内に侵入させないことを第一に置くべきだろう。市街に浸透されれば、一気に食い破られる。敵の機動力は極めて高く、その攻撃力も高いからね」
「グラフェンは程よく見晴らしがよく、銃を使うのにもってこいの地形ですからね。
一応、市街地にもバリケードを築いているようでしたがどこまで役に立つか……」
バリケードと言っても、使わなくなった机やいすを利用したものだ。防弾効果は一切ない。恐れを知らぬゴブリンやオークと言った怪物にはほとんど効果がないだろう。《ナイトメアの軍勢》を利用した浸透戦術を防御できるか、そこにすべてはかかっている。
「……ところで尾上さん、僕はどこに連れていかれようとしているのでしょうか?」
「怪しいところじゃないから安心してよ、クロードくん。ここだ」
尾上に案内されて辿り着いたのは、かまぼこ型の倉庫だった。
鼠色の耐火煉瓦を使っているようで、周囲の建物とは明らかに作りが違う。攻撃を想定していた。あからさまに浮いている建物の南京錠を、尾上は開け、扉を開いた。かび臭い空気が鼻孔を突いた。
「おお……! これは、いったいどうなって……」
部屋の中は、正しく武器庫というべき場所だった。
壁一面に掛けられた銃火器、重火器や武器弾薬を詰め込んだコンテナ、厳重に保管された爆薬類。中にはクロードも見たことがないような、複数人で運用する自走砲もある。そして、中央に座する巨大な物体。
それは、無骨な鉄塊だった。ボンネットには旧軍のエンブレムが誇らしげに輝いている。煤けたガラスは極めて厚く、タイヤも走破性を重視した重厚なものだ。
「これは……軍の移送用トレーラー、でしょうか?」
「さすがにびっくりしたみたいだね。そう、これは僕が軍の後方支援部隊にいた時に使っていたものだ。そして、僕はこいつと一緒にこの世界に転移して来た。燃料がほとんどないので使い物にはならんがね」
尾上は懐かしむようにして言った。実際、彼がこの世界に来てから数年の時が流れているのだから、思い出になっても不思議ではないだろう。前線に武器弾薬を移送している時にこの世界に送られたのは幸いだっただろう。この世界でも戦う術を得られた。
「百丁のアサルトライフルがあるけど、生体認証型だから一度持たせたら二度と他の人には使えなくなるから気を付けてね。
対物ロケット砲の威力は確認してないけど、サイクロプスぐらいなら何とかなるはず。ギガンテスはキツい。対空ミサイルの方は……」
「どうして僕にこのことを知らせるんですか、尾上さん?」
尾上の言葉を遮って、クロードは言った。
ここは彼の切り札のはずだ。それをどうして第三者に伝える? そのことが、どうしてもクロードには理解できなかった。
「どうして、って言われてもね。キミを信じているから、としか言いようがないよ。
キミならば、もし僕が死んだとしてもこの場所の力を有用に使ってくれるだろう」
「縁起でもないことを言いますね、尾上さん」
「悪くもなるさ、こんなところで戦っていればね。
正直に言えばね、クロードくん。僕はこの世界に来て数年、死を感じることはなかった。《ナイトメアの軍勢》も、山賊も、騎士たちさえも、銃の力には敵わない。世界で一番強いと自惚れてさえいただろう」
尾上はトラックのボンネットを撫でた。死に溢れた戦場のことが思い起こされる。二度と戻りたくないと願った世界のことを。この世界で得た癒しは、確実に彼を変えた。いま、尾上雄大は命を賭けてでも《エル=ファドレ》を守りたいと思っている。
「でも、キミたちが現れて、ニア・ナイトメアと戦って、『真天十字会』が出てきて……僕の中に死が蘇ってきている。だから、不安なんだよ。
僕がこの世界にいたという事実が、僕が持ってきたこれらの道具が、誰にも使われることなく消えて行くかもしれない。それどころか、僕の大切な人を苦しめてしまうかもしれない。そう思うとね」
尾上は手を差し出した。痛んでいない右腕を。
「キミに僕の持ってきた力のすべてを託したい。世界を正しく救ってくれると信じて」
クロードは差し出された手を取ろうか、しばらく迷っていた。
だが、やがて意を決したようにその手を取った。
尾上はその手に痛みが走らなかったのを内心で喜んだ。
「分かりました、尾上さん。ですが、あなたも全力で生きてくださいよ。こんな無骨で、不細工な鉄の塊が、あなたの形見だなんてのは、僕たちは御免なんですからね?」
「もちろん。分かっているさ。全力で生きる。キミに形見分けなんてしてやらないさ」
尾上は微笑み、胸元から一枚の紙片を取り出した。一見するとランダムな数列が掻かれただけの、何の意味もない紙に過ぎない。もちろん、これは暗号だ。
「この暗号はこの地図と符合することでしか意味を持たない。この地図の縮尺を元にしているものだからね。見てくれたまえ、クロードくん。ここをこうして……」
「ああ、なるほど。経度と緯度ですか。んでその基準は……定規ですか」
「フフフ、この世界の人間に分かるようなものじゃ意味がないからね。
この数字は僕が武器を隠している場所を示している。例えばこれならば……」
クロードに解説をしている間も、尾上の体を灼熱の痛みが苛んでいた。あの《エクスグラスパー》が放った毒によるものだ。
いまになって思えば、庇わせるためにあんな攻撃をしたようにさえ思えてくる。なるほど、あの暗殺者は確かにいい仕事をしている。的確に、確実に、人を殺すための手段を講じて来る。いままで生きてこれたのは奇跡だ。
彼が持ち込んだ医薬品をいろいろ試してみたが、少なくともその中に毒を根治させるようなものはなかった。進行を遅らせるだけで精いっぱいだった。
この世界の医療技術では、毒の内容を確認することさえ出来ないだろう。だからこそ、尾上はクロードに自分が持ち込んだ火器の在り処を明かした。
死蔵されるには、あまりにもったいなかった。
城塞の防衛力増強任務のため、クロードは尾上と別れることになった。あの手の大規模戦闘においては、クロードの技能もほとんど役に立たない。トリシャがいたのならばぶつくさ言いながら彼にも役割を与えたのだろうが、残念ながら彼女は遥か彼方だ。
(『共和国』は彼女が作った武器に興味を持っている……まあ、当然か。この世界に存在しない技術によって作られた武器なんだからな)
シドウの戦力強化のために作られた武器が、とんでもないものになったものだ。
(とはいえ、肝心のシドウくんがああなってしまった以上はね……武器に新たな使い道を与えてやらなければ、少し彼女にとっても気の毒な気もするからな……)
魔法石武器の製造は彼女から言い出したのか、それとも両国から打診があったのか。それは分からない。だが、彼女も自分の身に与えられた力の使い道を探しているようにもクロードには思えてならないのだ。
クロードは巡回、という名の散歩に出かけた。時折巡回の騎士や警邏隊とすれ違い、あいさつを交わす。数日の間に名前と顔を知る人間が彼にも増えていた。それが今度の戦いでごっそり減る、と考えるといたたまれない気持ちになった。戦争である以上仕方がないとは分かっていながらも、出来る限り死んで欲しくはないと思っている。
そんなことを考えながら歩いているうちに、クロードはグラフェンの広場に辿り着いた。いま、この街で一番活気のある場所だ。
集合住宅の開放なども視野には入れられたのだが、やはり持ち主からの強烈な反対があったため、『帝国』難民はこうして外に追い出される形になってしまった。彼らが文句ひとつ言わないのがせめてもの救いだ。
「お久しぶりです。お体に変わりはありませんか、皆さん?」
「いつも使っている枕がないのは落ち着かないね」「お風呂にでも入りたいわ」「もっと栄養のつくものを食べさせてあげたいんだがね」「暑くて寒くてうんざりする」
……訂正しなければならない。彼らは文句ひとつ言わないわけではない、それを表に出さないだけだ。このような環境にいて、文句が出ないわけではない。
はじめのうちは生き残っただけで十分、と思っていても、どんどん『先』を目指したくなるのが人間だ。
「もうしばらくすれば、受け入れ態勢の整った別の都市への移送が開始されます」
「私たちは、生まれた街に戻ることが出来るのかねぇ……?」
老婆のか細い、しかし悲痛な声に、クロードは曖昧に笑い返すことしか出来なかった。どれだけ戦争が長引くかは分からないが、しかし彼女が生きて街に帰ることが出来ないように、クロードには何となく思ってしまった。
(生まれ故郷、か。あそこに戻りたいという気持ちは、やはり僕には分からないな)
人間、クロード=クイントスにも当然故郷はある。
熱と煙に覆われた、灰色のメガロシティ。弱きものの生きられぬ世界。
出来ることならここから家族たちを逃がしたかった。生まれる場所を選べなかった子供たちに、せめて生きる場所を選ばせたかった。
「必ず戻れます。ですから、いまは少しだけ、辛抱していてください」
所詮戦うことしかできない自分には、こうして無責任なことを言うくらいしか出来ない。クロードは彼らに頭を下げ、その場から立ち去って行った。
そして、その先で子供たちと戯れるシドウの姿を見つけた。
「どうやら、動けるくらいには回復したみたいですね。シドウくん」
「ホントはもっと前から動けたんですけどね。何だか、動く気力が湧かなくって」
過酷な戦いを経験し、自らの腕を失った少年は、しかしそれをおくびにも出さず笑った。彼の周りには、彼よりも遥かに小さな子供がいる。不安を感じさせないようにしている。そうクロードは理解した。
「よっしゃ、ガキども。そろそろ昼飯の時間だろ? 行って来い」
彼らはこんな状況にありながらも元気な声を上げ、それぞれの親元に帰って行った。その後ろ姿を、シドウたちは満足げな表情で見つめていた。
「キミも大変な状況だと思いますが、子供を気遣ってくれるのはありがたいですね」
「……なんだかんだで、一番大きなダメージを受けたのは子供だと思うんです。
大人なら、何とか割り切ることが出来る。いや、割り切らなきゃいけないって思える。
けど、子供は違う。生まれたところを離れなきゃいけない理不尽、すぐ近くにいた人がもう二度と会えなくなる悲しみ、これからどこに行くかも分からない不安……
そんなものを抱えながら、あいつらは生きてるんだ。少しくらい、それを軽くしてやりたいんです」
シドウはどこか晴れやかな表情で言った。数日前とはまるで違った表情だ。
「クロードさん、俺決めました。彼らと一緒に、この街を離れることにします」
「……それでいいんですね、キミは。後悔は、ないんですか?」
「そりゃ、後悔がないなんて言っちゃあウソになりますけどね」
シドウは子供たちに混ざって遊ぶ二人、エリンとリンドの姿を慈しむように見た。そこにはいままでの彼になかった、地に足をつけた安定感のようなものがあった。
「いまの俺がみんなについて行っても、役に立たない。それどころか足を引っ張ることになっちまうと思う。そんなことまで、俺は望んでませんからね」
そう言ってシドウは残った左拳をクロードに向けて来た。
「けど、必ず戻ります。片腕だって出来ることはある。折れない限り、未来はあるって信じている。だから必ず戻ります。その時まで、よろしくお願いしますよ。クロードさん」
「……ええ、お待ちしていますよ。シドウくん。キミが戻ってくる日をね」
クロードも、自分の右手をシドウの拳に重ねた。




