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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
奔る怒りの炎
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無くしたものの大きさを測ることは出来るのか

 何日もの間、我を忘れてこうしてボーっとしていた。

 どれだけ時間をかけても、利き腕を失ったという事実は変わらなかった。現実は無慈悲に、時を進めていくだけだった。


「……どうしてこんなことになっちまったんでしょうね、御神さん」


 俺は窓から外を見上げ、呟いた。

 その問いに答えてくれる人は、もういない。


 俺なんかに未来を託して、アルクルス教会で燃え尽きた。クロードさんからはそう伝えられた。その死に様は彼女の意志を感じさせる、美しく尊いものだったそうだ。分からない。死んだらそれで終わりだ。どんな意志も決意も、死には勝てない。なかったことにされるのだ。


 生き残った俺に何が出来る?

 せいぜい、群れからはぐれた奴と戦うことが出来るくらいだ。これまで勝利を拾ってきたのは、平たく言えば偶然に過ぎない。


 ケイオスを倒せたのは手元にフォトンレイバーという不確定要素があったから。

 狼男を倒せたのは手元にフォトンシューターという圧倒的有利な要素があったから。


 俺はいままで一度も、互角の条件で勝利を掴んだことはない。一瞬の閃き、奇策という名の偶然を掴み取って来たからこそ、ここまで生き残ってこれた。

 俺が何かを変えられるなどと、誰かを助けられるなどと、過大評価をいただく原因にもなってしまった。


「あの時死んでいるのは、くたばるべきだったのは……俺の方だ……!」


 どうして未来を変える意思があり、未来を変える力がある人が死んで、俺が生き残る? 何者をも救えず、何者をも打ち倒すことのできない俺が。間違っている、こんなこと。


 サイドチェストを見る。御神さんが遺してくれた『熾天』。俺には過ぎたもの。あれで自分の命を終わらせることが出来れば、と思うが、しかしあの人の形見でそんなことをするのは、あの人の命への侮辱だと思った。

 体を動かしてみる。とりあえず、全身は動く。


「……そうだよな。終わりに出来るんなら、した方がいい……」


 掴む腕を失った俺は、もはや何を掴むことも出来ない。それでもあの人たちなら、俺を許してくれるだろう。けれども、俺はもう、俺自身を許すことが出来ない。


「……終わりにしよう。間違いから始まっちまった、ロスタイムを……」


 部屋から抜け出すだけでも、相当苦労した。

 右腕を失ったことでバランスを取れなくなっているのだ。右側に方向転換をしようとして体勢を崩し、壁に激突する。失った腕の切断面が壁に激突し、凄まじい痛みが走る。悲鳴を上げそうになったが、何とか堪えた。


 腕一つでもキロ単位の肉塊だ。いきなり片方のウェイトを失ったのだから、バランスが取れなくなるのも無理はない。初日、ベッドから抜け出そうとした俺は体勢を崩して床に落ちた。あの時は包帯に血が滲んだりしたが、いまはそんなことは起こらない。

 失った腕の断面を、皮膚が覆っているのだ。つまり、傷が治癒しているということだ。いい加減痛みに呻かなくてよくなった半面、それは絶望的な事実となって俺にのしかかってくる。失われた腕は、二度と再生することはないという事実を。


「……いいさ、腕が治ったらまた期待しちまう。何も出来ねえのに……」


 自嘲気味に放った呟きは、誰にも聞かれることはなかったようだ。手すりのない急な階段をおっかなびっくりに進んでいき、一階のラウンジへ。こんな時でも、腕があった時は両腕を突っ張って降りることが出来たのに。何も出来ないのだと実感する。

 左側に重心を偏らせながら、おっかなびっくりに下へと降りていく。ラウンジには二人の子供の姿があった。二人は俺の姿を見ると駆け寄って来た。


「シドウさん、もう起きても大丈夫なんですか?」

「別に内臓が潰れてるわけでもないんだ。立ち歩いたって何の問題もない。みんなは?」

「クロードさんと尾上さんは、騎士団長様のところに行っていますわ。座ってください」


 俺は二人に支えられながら、窓際の席に座った。さすがに平地を歩くくらいは何ともあるまい、と思ったのだが、部屋から出るまでの間に何度もバランスを崩したことを思い出す。クロードさん辺りから、俺への対応について聞いていたのかもしれない。


「悪いな、エリン。リンド。こんなことになっちまって……」

「言いっこなしですわ、シドウさん。何か食べるものを持ってきます」


 そう言ってリンドは人気のない宿の奥へと消えて行った。窓の外を見てみると、やはり人通りはほとんどない。数キロ以内に『真天十字会』がいるのだから、当たり前だろう。住民たちの避難作業も進められているというが、果たして間に合うのだろうか。


「久しぶりに起きて、何が何だか分からないと思います。説明しますね」

「ありがとう、大まかなところはクロードさんから聞いていたんだけど……」


 今更聞いて何になる、と思いつつ、彼の好意を無にするのも気が引けた。


「彼方くんはアリカさんと一緒に、『共和国』首都ウルフェンシュタインへ向かいました。騎士団長、フェイバーさんも一緒です。

 『帝国』領から逃れて来た騎士や貴族の多くはウルフェンシュタインへと向かっており、そこで本格的な反転攻勢に出るそうです」


 所領の住民たちは生きて自分の土地を出ることが出来たのだろうか、とも思うが、言わないことにした。恐らく、貴族連中だって自分が生きてそこから出るので精いっぱいだったのだろう。それを責めることなんて、誰にも出来はしないのだ。


「トリシャさんも、彼方くんたちと一緒に向こうに向かっているんです」

「そう言えば、どうしてあの人も一緒に? 何かあったのか?」

「飛行船を修理した際の手際の良さ、それからフォトンシューターなんかを作った功績が評価されたそうです。

 『真天十字会』の兵力に対抗するための新兵器の開発を打診されて、あの人もそのことを了解した、ということです」


 複雑なところだ。あの人が生きてこの地を出ることが出来た、というのは喜ぶべきことだが、俺たち異世界人がこの世界に新しい武器をもたらす、となるとは……


(結局のところ、やってることは『真天十字会』と変わらないんじゃねえのか……?)


 もちろん、そんなことを考えたって意味はない。

 俺にはもう、関係のないことだ。


「クロードさんと尾上さんは騎士団長と協議して、この街に侵攻してくる『真天十字会』の兵力を迎え撃つための方策を練っているところです。上手く行けばいいんですが」

「結局のところ、うまく行かへんかったらすべてがご破算や。やるっきゃないわな」


 突如として、声がかけられた。慌てて俺は扉の方を振り返った。

 そこには、ぶかぶかの着物を着た、フレームの小さな眼鏡をかけた人がいた。肉付きと言い、体格といい、男みたいな格好をしているが、しかしその顔立ちや立ち振る舞いは女性的だ。


「あ、ご紹介します。シドウさん。この方は金咲疾風さん、『共和国』忍軍の人です」

「忍軍? っていうことはあなたは……ニンジャ?」

「せや、よろしゅう頼むでシドウくん。隣、座ってもええかな?」


 促されるままにハヤテさんに席を勧めた。人懐っこい笑みを見せてくれるが、果たしてその内心はどうなのだろうか。どうしてこの人はこんなところに来たのだろうか?


「お待たせしましたわ、シドウさん……って、ハヤテさん?」

「お邪魔しとるで、リンドちゃん。ま、うちのことにはお構いなく」

「そういうわけには参りませんわ。ちょっと待っていてください、お茶を淹れます」


 そう言ってリンドはもう一度引っ込んだかと思うと、銀色のお盆に大きめのスープ皿と四つの湯飲みを乗せて戻って来た。余分に湯を沸かしていたんだろうな、とは思う。

 俺の前に差し出されたのは、琥珀色のスープだ。具材もそれほど多くなく、その具材もトロトロになって溶けかかっている。長らく食事をとっていなかった俺のために商家のいいものを用意してくれたのだろう。その気遣いに感謝しつつ、俺はスプーンを取った。


 子供の頃、両利きを目指して逆の手を使って食事をしようとしたことがあった。すぐに挫折したが。物を手に取る、ふたを開けるといった大まかな動作ならともかく、箸やスプーンを操ると言った細かい操作を逆手で行う、というのは非常に難しいことだ。

 それこそ、長い訓練がいる。スープをすくおうとしたが、なかなかうまく行かない。


「利き手を壊されてもうたんやってな。そりゃ難儀なこっちゃ、同情するで」


 ハヤテさんは何の気なしに言ったのだろうが、俺にとっては大ダメージだ。やっとのことですくい上げたスープを、バランスを崩して落としてしまう。ビチャビチャと音がして、辺りにスープが撒き散らされてしまった。

 こんな時、両腕があれば逆の腕でタオルを取って拭けるのだが、あいにく出来ない。なるべく冷静にスプーンを置き、周りを拭いた。


「聞いとった通りやな。

 今まで頑張ってきたけど、そろそろ潮時やとは思わへんか?」

「……何が言いたいんですか、ハヤテさん。はっきり言って下さいよ」


 何が言いたいのかはよく分かっている。俺だって分かっている。だが、言って欲しかった。自分でそう思っているよりも、他人から宣告された方が諦めがつくというものだ。


「あんたはいままで『真天十字会』と戦ってきたそうやな。そこに憎い相手もおる。

 だから戦ってきた。でも、その腕で二度と戦えると、あんたはそう思っとるんか?」

「……思っちゃいませんよ。俺は自分の無力を、嫌ってほど思い知らされたんだから」

「潮時言うたのはそういうことや。あんたはもう戦える体やあらへん、終わりにせえ。誰も責める奴なんておらへんやろ。あんたはこれまで、やれることをやってきたんや」


 本当にそうだろうか? 自分で力を尽くして来た、という自負はある。だが、そんなものは単なる自己満足だ。過程がどうであれ、結果が伴わなければ意味がない。

 俺が戦ってきたことに、果たして意味なんてあるのだろうか? 後ろ指を指されぬことがあるのか?


 グラーディの狂気に負け、エルヴァを死なせた。

 イダテンに成す術なく倒された。

 ケイオスの暴虐を止めることが出来ず、村を蹂躙させた。

 ガイウスを目の前にして、何も出来ずに跪くだけしか出来なかった。

 三石明良を……殺すことが出来なかった。


「あんたの席は用意してある。先にウルフェンシュタインへ下がりな」

「俺の席を……? それじゃあ、他の人たちは、ここの人たちはどうなるんです?」

「順次輸送するさかい、安心せえ。あんたがその先発になるってだけの話や」


 それだけの話じゃないだろう。

 敵はもうすぐそこまで近づいてきている。人間の命なんて何とも思っていないような連中が、壁を隔ててすぐそこにいるのだ。安心なんて出来るはずがない。あの人たちは、いますぐにでも救われなきゃいけないのに……!


「そんなことは認められない……! 俺が真っ先に逃げ出すなんて、そんな!」

「逃げ出さんかったら、何をするつもりや? その痛み切った体で、何をする?」


 ハヤテさんはカップに入った茶をずず、と飲む。


「片腕の戦士はな、次に戦場に出た時が死ぬときや。あんたにその覚悟はあるんか?」

「死ぬより生き残ってしまうことの方が、辛いことだってあるんだ……!」


 俺が逃げたために、誰かが死んでしまう。そんなことだけは絶対に、認められない。

 思いは言葉にならず、俺の体を動かした。扉を突き破るようにして転がり込み、俺は道に出た。少しも知らない道に。叫び出したかった。もどかしかった。何も言葉にならない。煌々と煌めく太陽が、無力な俺をも平等に照らしていた。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


「ったく、あんたらの仲間ってのはどうにも一筋縄でいかんのぉ」


 ハヤテは残ったお茶をすべて飲み干して、言った。内心ではちょっとしたわだかまりだとか、怒りだとかがあるが、それを表に出すほど彼女は未熟ではなかった。


「ごめんなさい、シドウさんも片腕をいきなり失って、混乱しているんだと思います」

「必ず私たちが説得しますわ。申し訳ありませんでした、ハヤテさん」


 二人の子供がぺこりと頭を下げて来るのを見て、さすがに怒りを治めずにはいられなかった。元々、二人に怒ってもどうしようもないことだったのだから。


「まあ……仲間のことは仲間がやるのが一番ええやろ。けど、覚えとき。時間はないで」

「グラフェンを取り巻く状況は、そんなに逼迫しておりますの?」

「ああ。グラフェン近郊に展開していた騎士団から、いきなり連絡が途絶えた。最後に来た通信は、『嵐が来た』の一文だけ。壊滅したとみて間違いはないやろうな」


 ハヤテは両手を組んで唸った。恐らく、クロードたちから聞いたグランベルク城での戦いから《エクスグラスパー》の存在を想定しているのだろう。

 疑似天候操作能力を持ったコスプレ女。

 ビショップからリチュエと呼ばれていた女のことを。


「聞いてて話では、そんな大それたことが出来る力やとは思えんのやがな」

「《エクスグラスパー》の力は常軌を逸したもの。可能なのではないのでしょうか?」

「単身で騎士団を滅ぼせるほどの力があるんなら、徒党を組んじゃおらんやろ」


 確かに、ガイウスの重力操作能力やヴェスパルの火炎ならば騎士団に単身でも大打撃を与えることが出来るだろう。

 だが、いかに《エクスグラスパー》と言っても人間だ、行使できる力には上限がある。強力な能力を行使すればするほど消耗は大きくなってくる。それに一軍を壊滅させるほどの力があるのなら、なぜこれまでの戦いで使わなかった?


「ま、考えてもしゃーないことやけどな。うちらの前に、それは現れる。

 せやったら、その時のために対策を打っておくくらいのことしたうちらには出来んからな」

「はい。私たちも、出来る限りのお手伝いをさせていただきますわ」

「そのあんたたちを、出来ることならここから遠ざけておきたいってのがあるんやがな」


 目の前の二人の子供の顔が、驚きに染まった。


「あんたたちの成り立ちは知っとる。けど、あんたたちはまだ子供や。こんなところで命を落としていいわけがない。そう思ってるのはうちだけやないんやで?」

「ボクたちは皆さんについて行くと決めました。その気持ちは、いまも変わりません」

「その話は聞いてる。けど、その決意をした時と今とでは状況が違い過ぎるやろ?」


 少なくとも、二人が旅を続けると聞いた時にはまだ世界は平和だったとハヤテは聞いていた。『真天十字会』なる勢力が台頭し、『帝国』が落ち、教会騎士団さえも壊滅するような事態にはなっていなかったはずだ。いまとは危険度も危険の質も違った。


「……皆さんが私たちのことを気遣ってくれているのは理解しますわ。でも」

「でもも何もあらへん。シドウいうのと一緒に、ウルフェンシュタインへ行け」

「あの人がそう願ったのならば、ボクもそうします。でも、そうじゃないと思っている」


 エリンは立ち上がった。リンドもそれに続いた。ハヤテはその目に、厄介な色を見た。


「立ち止まってしまったけど……また、歩き出せるって、ボクは信じていますから」


 そして、建物の外へと逃げて行ったシドウを追いかけて二人は駆け出していった。止める隙もなかった。ハヤテはその後ろ姿を、黙って見守るしかなかった。


「……はぁ、参ったなぁ。ソノザキといい、あの子らといい、これやからガキンチョは」

「いま二人が走り去って行ったみたいですけど、何があったんですか? ハヤテさん」


 二人が開け放った扉が、誰かに止められた。声の主はクロードだった。


「よう、クロード。あんたのところのガキはとんでもない連中ばっかりやな。躾が行き届いてないんやないのか? もーちょっと、従順なら可愛げがあるんやけどなぁ」

「失礼。自由奔放、己の意思に従えが我が家のモットーなものですから」


 自由過ぎる。ハヤテはため息を吐いた。この男が全面的に悪いわけではないのは分かっているのだが、愚痴の一つも吐きたくなる。これも尾上に威厳がないせいだろうか。


「あのシドウって坊主、逃げたくないってゴネよった。アホちゃうか、あいつは?」

「逃げたくない、というよりは逃げられないんでしょう。強迫観念がありますからね」

「あんたらから聞いた、三石って奴へのライバル意識か?」

「ライバル意識というのは、あまりに生やさしすぎますよ。彼が三石明良に抱いている殺意は、一言では説明出来ない。三石を止められなかった自分への怒り、彼への嫌悪感、そして彼が救えなかったと思っている人々への悔悟……」


 クロード自身もシドウの真意を測りかねているようで、言葉を濁すばかりだった。


「ともかく、彼がもはや戦闘に耐えられないというのは僕も同意見です。速やかに戦線を離脱し、静養すべきです。生きて、落ち着いて現状を見極めれば、きっと……」


 その言葉には希望的観測が込められているように、ハヤテには思えた。どうにもこの連中は、あのガキに甘いのではないのか。そうハヤテは思っていた。


「分からんなぁ、あのガキにどんだけ期待してるのか知らんけど、あんまり強くはないんやろ?

 これまでの戦いも、ラッキーで命を繋いで来たって尾上から聞いとる。何かを変えられるような器やないやろ。それでも……あの小僧に何かを期待しとるんか?」

「何も変えられない、何も出来ない。それでも前に進もうとする。だから彼に期待する」

「その期待が無駄にならんことを祈ってるで」


 本題はシドウに関することではない。ハヤテは話を打ち切った。


「こっちに来てはる戦力はリチュエ……だけやと思うか?」

「ではないでしょうね。他の連中も押し寄せて来るでしょう。ここは要所ですから」


 グラフェンは『共和国』領都市へのアクセスに優れた、各地の要所となる場所だ。食糧生産量も多く、製鉄技術もあり、鉱山もある。ここを押さえることが出来れば、対『共和国』戦線のみならず『真天十字会』の今後に対して大きな意味を持ってくるだろう。


「《ナイトメアの軍勢》まで含めれば、敵の戦力はこちらを完全に圧倒している。ですが、暗殺や奇襲にも警戒をしておいた方がいいでしょうね」

「妙な体をした爺さんもおるんやってな。そいつが敵の暗殺役ってことかいな?」

「あの戦場では二人の《エクスグラスパー》を翻弄していましたし、可能性はあります」


 敵の戦力はこちらより勝っている。ならば、敵が考えるのは番狂わせを起こさせないことだ。その要素たる《エクスグラスパー》を釘付けにし、通常兵力で城塞を制圧する。予測を立てるのならば、そんなところになるだろう。


「新兵器の設置も進めておるらしいが、どれだけの効果があるのやら……」

「分かりませんから、防衛隊には撤退を前提にして準備を進めていただいています」


 そう言ってクロードは懐から芋羊羹程度の大きさの物体を取り出した。中身は上手そうなあずき色、ではなく少し濁った白色だ。ハヤテはそれに見覚えがあった。


「尾上が持っとった爆弾か。なるほど、それを使って撤退の時に砲を……」

「アルクルス教会でも同じようなことをしていますからね。きっと敵も警戒してくれるでしょう。その隙に駐留している騎士団を撤退させます。時間が稼げるでしょう」


 ハヤテは少し敵に同情してしまった。何か手に入る、と思っているからこそ街に侵入してくるのだ。何もないどころか爆弾が待っていたのではたまったものではない。


「これが正常に作動するかどうかも、騎士団が上手く撤退できるかどうかも、皆の連携にかかっています。ハヤテさん、あなたの傘下にある忍軍については頼みましたよ」

「分かっとる。国の存亡の危機や、仲がいいとか悪いとか言ってる場合やあらへん」

「ああ、それと。僕がお願いしていた件についてなんですが……」


 やはり出たかとハヤテは思った。頭を掻きながら、部下からの報告をそのまま伝えた。


「あんたの『お願い』についてはちゃんと調べといた。とりあえず、実験したら出来へんわけではなかったようや。とはいえ、やるのは躊躇われるけどなぁ……」


 グラフェンの街が滅びるかどうかの瀬戸際で、何を言っているんだ、と思われるかとも思ったが、ハヤテは正直な心情を吐露した。この男のしようとしていることは危険だ。


「なぁに、大したことではありませんよ。ハヤテさん。すべてが滅びるよりはね」


 この男は自分のしようとしていることの重大さに気付いているのか、いないのか。


 ――きっと気付いたうえで、それが一番戦果を挙げられると思ってるんやろな。


 目の前で笑う男の顔を見て、ハヤテは思った。狂気の影がそこにあった気がした。


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