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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
奔る怒りの炎
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プロローグ:共和国撤退戦

 冷えてきたな、とグラフェン騎士団七番隊隊長、モース=ムラカミは思った。『帝国』は温かかったようだが、『共和国』側は過ごしやすい気候が続いていた。むしろ西から吹く風によって冷やされ、どうにも過ごしづらい日々が続いていた。

 もっとも、矢弾降り注ぐ今より厳しい気候は存在しなかったのだが。


「まさか、この歳になって土いじりをすることになるとは思ってもみませんでした」

「家に帰ったら、花壇でも作ってみるか。いや、あれでなかなか面白いそうだ」


 副官の戯言に、モースは応じた。彼自身も、さすがに長々と穴の中に籠もっていると気が滅入ると思っていたところだ。

 《エクスグラスパー》、尾上雄大が提供した塹壕戦術はアルクルス島での戦闘で一定の戦果が認められたため、本土でも使われることになった。起伏に富んだ大陸の地形と塹壕を合わせれば、かなりの成果が期待できるはずだ。

 帝都が謎の武装集団、『真天十字会』によって落とされてから一週間と少しが経とうとしていた。正確には自分たちがその報を受けてからだ。つまり、帝都陥落からすでに二週間が経っていた。


 破竹の勢いでアルクルスを落とした『真天十字会』だったが、星海を隔てた『共和国』への侵攻には苦労しているようだった。『帝国』本土に残存する兵力をこちらに運んでくるためには、ドラゴンか飛行船が必要になる。

 だが、『帝国』残存兵力と教会騎士団、そして『共和国』所属の《エクスグラスパー》がこちらに逃れて来る際に飛行船はすべてが使われた。予備パーツはすべて破壊して来たという。いまの連中には移送手段がない。


 おかげさまで、『共和国』騎士団は悠長に防衛線を築くことが出来ているのだ。


「しかし、『帝国』の連中と一緒に戦うってのも落ち着きませんね」

「落ち着いてやれ。あいつらだって同じ人間さ、話し合って分からんことはない」

「いや、でもねえ。ほんの十数年前まで殺し合ってた連中なんですよ?」

「だったら尚のこといいじゃないか。

 いまやり合っているのは、現在進行形で殺し合っている連中だ。しかも有史以来の敵。協力するにはもってこいじゃないか?」


 そう。いままで憎しみ合っていた連中が、突如として現れた《ナイトメアの軍勢》とそれを使役する背教者と戦っている。何となく、出来過ぎた状況だとモースは思った。

 『真天十字会』の目的ははっきりとしない。現行の支配階層を破壊し、世界を正すと言っているが、正されるとはいったいどういう状況なのか、定義されているとは思えない。こちらに渡って来た少数の兵士を尋問しても、要領を得ない回答が返ってくるだけだ。

 彼らは思想に共感したわけではなく、食い扶持のために参戦しているのだろうと思えた。


「あいつらがもたらしてくれるって言う新世界、どういうものだと思う?」

「そんなこと、ここで聞いちゃいますか。隊長。不敬だって怒られても知りませんよ」

「構いやしねえよ。こんなところに教会の査問官がいるわけでもあるまいて」


 普段ならばこんなことを考えもしないだろう。天十字教の教えも、『帝国』も、『共和国』も、彼が考える必要さえなくただそこにあった。いつもそこに。

 考えもしなかった。だが、『真天十字会』が現れ、『帝国』が打倒され、常識が歪んで行った。


「あいつらが何を考えているのか分からない以上、賛同なんて出来ませんよ」

「まあな。破壊した先にいいものがあるわけじゃない。訳も分からなんのに壊されてはたまらんな。特に、俺やお前のように既得権益層にどっぷり浸かっている連中は」


 あるいは、そうなのかもしれない。何となくそこにあった閉塞感。それが、『真天十字会』という化け物を生み出してしまったのではないか、と。


(もしそうだとしたら、あまりにも無責任なことだとは思うがな)


 いまある世界を変えることが出来るのは、人間だけだ。天十字教の教えに関係なく、人間が作り出した社会を変えようなんて思うのは人間だけだ。もたらさられる変化の質はともかく、それは当然のことだ。そして、変えるなら変えるだけの責任が伴う。多くの人を巻き込む変化をもたらすのならば、変えた後の世界を治めるのが筋というものだ。


「そういう意味じゃ、『真天十字会』なんてのに賛同することは、俺には出来んな」


 副官は何かを続けようとしたが、遮られた。高らかに鳴り響く喇叭の音によって。軽く跳ねるような音、この場にいる誰もに届くように吹き鳴らされた喇叭の音。つまりそれは、いままでなかった敵襲がこちらに近付いてきているということだ。


「まったく、平穏な時間というのは続いてくれないらしいな。全員、準備はいいか!」


 モースは自分の旗下にある騎士たちに呼びかけた。『帝国』、『共和国』、教会騎士団という奇妙な連携があるものの、指揮系統はそれぞれ独立している。それぞれの軍隊ごとの決まり事や常識というものは異なる。無理矢理それを一つにまとめたとしても軍隊として機能しないだろう、というのが上層部の判断だった。

 大目標と騎士団ごとの大まかな役割だけを通達しておき、あとは各騎士団の判断で進行することになっている。何か問題が起きないはずがないのだが、合同訓練などで各騎士団ごとの差を埋める時間もないため、苦肉の策でこうなっている。

 もし生き残ったら、この辺りも是正されるのだろうか。モースはそんなことをぼんやりと考えた。


 後方で『帝国』騎士団が持ち込んだ魔導砲が低い唸り声を上げた。

 筒状に成形した弾頭を炎の魔法石の爆発力によって打ち出す兵器だ。


 元々は対地長距離砲として開発されたものだが、弾道が安定的であること、そして射程が長いことから対空兵器に転用されている。全体的に射程の短い《エル=ファドレ》の兵器にあって、唯一フィアードラゴンへの攻撃が可能だ。それだけに、重点的な防御が敷かれている。


 魔導砲の防衛に当たるため、『帝国』騎士団は前線にあまり出てこない。その隙をカバーするのは『共和国』騎士団と教会騎士団の役目だ。正直、不満が出ないわけではないが、この布陣を敷くことが一番有用であるため黙殺されている。


「『共和国』騎士団、攻撃用意! お前たち、『帝国』に俺たちの誇りを見せてやれ!」


 モース隊長は声を張り上げた。だが、ほとんどのものには聞こえなかった。


 突如として、突風が吹き荒れた。同時に、空を暗雲が覆った。

 稲光が辺りに瞬いた。急激な変化に、すべての騎士が戸惑った。

 だが、変化はそれだけには終わらなかった。


 突如として、ハリケーンめいた風の渦が発生したのだ。

 辺りの砂や石、埃が巻き上げられる。可視化された圧倒的な風圧が、騎士たちに向かって襲い掛かってくる。退避を呼びかけようとしたが、間に合わなかった。風によってありとあらゆるものが巻き上げられ、弾き飛ばされたものは吹き飛ばされ、大地の染みへと変わって行った。


 ――あれはいったい、何だ。いったい何が起こっている。


 モースは叫び出しそうになったが、しかし実際に言葉を発することは出来なかった。暗雲から落ちて来た雷が、彼を撃ち抜いたからだ。数万ボルトの電流に焼かれ、彼の体は炭へと変わった。

 彼の目に最後に映ったのは、悠然と歩く不可思議な姿の女だった。


 ほんの十数分後、そこに立っているのは一人だけになった。

 ゴシックロリータファッションの女、リチュエ=リポートただ一人。

 もちろん、全員が殺されたわけではない。初撃を逃れた幸運な騎士たちは後方へと下がり、次に備えていた。


「っふ。うふふふ、あははははは! いいわ、これ。いい……!」


 もちろん、そんなことはリチュエの知ったことではない。

 大切なことは、殺すこと。自分の価値を証明すること。

 そうしなければ蹴落とされるのは自分の方だと理解している。


「見ていなさい、どいつもこいつも。私の力を思い知らせてやる……!」


 リチュエは杖の石突をグラフェンに向けた。長い髪が風に揺られてはためき、その下に隠されていた火傷痕を晒した。焼け爛れた傷は、彼女の心を映しているようだった。


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