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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
最弱英雄、降臨す
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初めてのお泊り

 俺たちはほとんど陽の落ちかけた街道を四人で歩いた。

 クロードさんたちが加わってくれたのは、実際ありがたかった。俺とエリンの二人だけでは『怪しい家出少年少女』でも二人がいてくれれば『デカい子連れの若夫婦』ということで通るかもしれない。と、言うことを伝えると、トリシャさんは当然ながらいい顔はしなかったのだが。


「へえ、それじゃあクロードさんたちも突然この世界に?」


 話しているうちにわかったのだが、二人もこの世界に突然現れた、俺と同じ境遇の人たちである、ということだった。もっとも、呼び出された状況は相当違っていたが。


「麻薬組織のアジトを突き止めたと思ったら見つかってしまいましてね。銃撃戦になって、それで応戦していたと思ったら、突然この世界に来てしまったんですよ」

「へえ。それじゃあ噂の賞金稼(バウンティハンター)ぎって奴なんですか?」

「こいつはただのハイエナさ。美味しいところばかりかっさらっていく」


 トリシャさんは刺々しい口調で、俺たちの会話に割り込んで来る。相当仲は悪そうだ。


「お知り合いなんですよ、二人は。どういう関係なんですか?」

「ボクとしては、トリシャさんとは仲のいいお友達でいたいんですけどねぇ」

「友達? 趣味の悪い回答だな。私にとってお前は美味しいところをかっさらっていくハイエナであり、忌むべき宿敵であり、私の稼ぎを奪うライバルだよ」


 特に力を認めていない、というわけではないのだろうが。複雑な関係だ。


「ま……仕事の最中にこっちに飛ばされたのは幸いだったな。仕事道具がある」


 そう言って、トリシャさんは背負っていた大きなスポーツバッグを開いて見せた。そこにあるのは色とりどりのツールや銃器、ナイフ。手榴弾のようなものも見えた。とは言っても、俺は実銃など見たことがない。せいぜいがロードショーの映画くらいだ。


「なあ、エリン。呼び出されたってことは、二人も《エクスグラスパー》なのか?」

「《エクスグラスパー》? なんです、それは?」


 それはもちろん知らないだろうな、ということで俺はエリンに説明を頼んだ。


「人外の力を持った人間、か。性質の悪いファンタジーのようだが……」

「実際にシドウくんがあの姿になっていましたからね。論より証拠と申しまして」


 信じてくれないかと思ったが、案外スムーズに信じてくれたようだ。


「しかし、同じ《エクスグラスパー》でもあれだけ力の差があるのか……」


 俺が手も足も出なかったエルヴァを、彼はあっさり倒した。

 異世界転生勇者の力っていうのは、もっとこう、救いがなきゃいけないんじゃないのか。だが、現実は俺の想像よりももっと救いがなかった。


「いや、クロードは元からこんな感じだったんだが」

「……何か聞きたくない言葉が聞こえた気がするんだけど、なんだって?」

「いやだから、クロードは元の世界にいた時からこんな感じだったと思うんだが」


 なんて絶望的なんだ。つまりクロードさんは、俺が変身能力を身に着けて得た身体能力以上のものを元から持っていたということか。もはや理解が追い付かない。


「銃弾を見切り、鉄格子をへし曲げ、千里を走る。いっそ生物兵器と言われた方が納得がいくんだがな、貴様のでたらめな能力を見せつけられていると……」

「いやですねえ、これは私の修練の結果ですよ。年がら年中、剣に打ち込み、己の道を突き進んでいけば、いずれは誰でもこうなりますよ」

「人間はどれだけ修練を積んでも銃弾は見えねえと思うんですけど」


 よく分からないが、この超人を味方に付けられたのは大きいだろう。いや、偶然利害が一致しただけで、時が来たら切り捨てられるのかもしれないが。


 そんなことはない。

 ないだろうな。

 ないかもしれない。

 ちょっとは覚悟しておけよ。


 そんな風に一人警戒して歩いていると、灯りが見えて来た。陽が落ちたおかげで、か細い明かりでも何とか捉える事が出来たのだ。


「やったぜ、村だエリン! 俺たち助かったんだ!」

「はっはっは。助かったと判断するのは今日の宿を確保してからだと思いますよー?」


 横でクロードさんがツッコミを入れるが、しかしそんなのは関係ない。俺は喜び勇んで飛び出していった。後ろから二人が苦笑するのが聞こえたが、気にしないことにした。

 俺たちが到着したのは、それほど大きくない村だった。村一帯を覆う背の低い柵が設置されており、その脇には『スタルト村』という看板が掛けられていた。先ほどの街道で見た看板の村に間違いないだろう。さっきの山賊もここから来たのかもしれない。


「いやぁ、ようやく文明の匂いがするところに来ましたね。クロードさん」

「僕には文明の手前で足踏みしているように見えるんですけど……」


 クロードさんがそういうのも分からないでもない。スタルト村は非常に牧歌的で、平たく言えば田舎村のようだった。何せ、人家の面積よりも畑の面積が明らかに広い。時々牛や鶏が鳴く声も聞こえて来る。すでに太陽が落ちているからかもしれないが、人気はなく、明かりが灯っている家も一軒だけだ。まあ、これはこれでいいじゃないか。


「いいんすよ! 人がいるってことが大事なんす!

 クロードさんだって、オオカミとかクマとかゴブリンがいる森で、一夜を明かしたくはないでしょう!

 山賊と仲良くなりたくはないでしょ!

 つまりはそういうことで、それが一番大事なことなんですよ!」

「それだけ長台詞吐いておいて、具体性がまったくないってのはスゴイな……」


 トリシャさんは呆れるようにつぶやき、村に一歩足を踏み入れた。


「ほら、さっさと行くぞ。こんなところでボーっとしているわけにもいくまい?」

「っと、そうっすね。早いところ、今日の宿を確保しないといけませんからね」

「下手をすると、宿でもない民家にお邪魔する羽目になってしまいそうですけどね……」


 銃と剣を持って宿泊交渉に行くのは、脅迫と言うのではないだろうか。そんなことを考えていたが、どうやら俺たちの考えは杞憂に終わったようだった。明かりが灯っていた最後の一軒は、『風の香り亭』という名前の宿屋だった。それほど広い宿ではなかった。一階建ての民宿程度の広さだが、この人数が泊まるのに不自由はなさそうだった。

 扉はカラン、カランという、心地の良い鈴の音とともに開いた。


「いらっしゃいませぇ、こんな時間まで大変でしたねぇ。お泊りですか?」


 恰幅の良い女主人が、俺たちを出迎えてくれた。ニッカポッカのような、太もものあたりが膨らんだズボンに、地味な色のシャツの上からエプロンを巻いている。普段着の上からつけているような雰囲気があり、実際その通りなのだろう。午前中は畑仕事を手伝い、午後からは宿屋をやっている、兼業農家のようなものなのだろうな、と思った。


「ええ。この人数なんですが、いまから泊まることって出来ますか?」

「ええ、ただ、男性客の皆さんは相部屋になってしまうんですが……」

「相部屋ですって? 僕は構いませんよ、女将さん」


 女将さんの言葉にいち早く反応したのは、広間で食事を摂っていた男性客だった。

 白い長袖シャツの袖をまくり、その男は出された料理を食べていた。どんなものかは分からなかったが、トマトスープのような色合いに見えた。男の髪は非常に長い。肩までかかる長い黒髪を伸びるがままにしているようだった。だが、不思議と不快感はなかった。流れるような艶めく髪が、そうさせているのかもしれない。


「僕は尾上雄大、キミたちと同じ旅行者です。少しの間だけど、よろしくね」


 そう言って、男、尾上さんは立ち上がった。履いているズボンも、どこか俺たちと同じようなものに見える。クロードさんは、どこか警戒感のある視線で尾上さんを見た。


「ええ、こっちこそ。よろしくお願いしますね、尾上さん」


 なので、俺はあえて彼に手を差し出した。せっかくの相部屋、ギスギスするのは面倒くさい。尾上さんは俺の手を取り、柔和な笑みを浮かべた。


「しかし、こんな時間までかかるなんて大変でしたね。道に迷ったりしました?」

「へっ? ああ、まあ、そうなんですよ。もー大変で大変で」


 俺は尾上さんの言葉を、笑って誤魔化した。

 さすがに『いやー、異世界転生って大変ですね。転生して来た途端ゴブリンと山賊と女の子に襲われました』とは言えまい。


「港からの一本道を迷っちゃうなんて、キミっておっちょこちょいなんだね」


 笑いながら尾上さんは言った。

 一直線だったのか、これは失言だったかもしれない。


 ……いや、ちょっと待て。港? この空の上に、港があるというのか?


「女将さん、すみません。僕たちも食事をいただいてよろしいでしょうか?

 おっと、そう言えばまだ代金を払っていませんでしたね。

 これで足りるでしょうか?」


 俺が言葉に詰まったのを察してくれたのだろうか、クロードさんは話題を変えてくれた。女将さんは差し出された麻袋を見て「これじゃあ多すぎるよ」と笑って見せた。クロードさんは笑い、女将さんに指定された金額を麻袋から取り出した。


「それじゃあ、みんな座って待っていておくれ。すぐに用意するからね!」


 そう言って、女将さんは袖をまくり上げながら奥の部屋へと消えて行った。この宿を手伝ってくれる人はいないのだろう、さっきからずっと一人で対応している。


「それでは、失礼します。尾上さんも旅行者なんですか? どうしてこの島に?」


 クロードさんは尾上さんの対岸に座り、みんなに座るように促した。俺は尾上さんの隣に座り、エリンは更にその隣に座った。トリシャさんはクロードさんの隣に座った、ちょど俺の真ん前だ。ライバルだと言ってはいたが、信頼しているのかもしれない。


「ま、この島に用があったわけじゃないんですけどね。ここは中継地点なんですよ」

「中継地点?」


 口を挟んでしまって、それからマズったなと思った。ここは島だ、と尾上さんは言っていた。と、なるとこの島は中継地点としてある程度有名な場所なのかもしれない。言動のおかしさを悟られなければいいのだが、と思ったが、尾上さんはスルーしてくれた。


「うん。『帝国』本土の方に用があって来たんだ。

 でも、直通便がないからね。

 んで、こっちに来るのも少し遅くなってしまったから、

 こっちで宿を取ることにしたんだ」


 俺たちの世界と同じように、この世界にも国というのはあるらしい。当たり前か。中国では人が三人集まると三つ派閥が出来る、と言うが、集まっていたいのが人情というものだ。特に、こんなワケの分からない世界では人々が結束しないと生きられないのだろう。


「皆さんはどういうご関係なんです? ご夫婦か何かですか、お二人とも?」


 いきなり話を振られたトリシャが、飲もうとしていた水を思い切り吹き出した。顔面に思い切り水を掛けられた。美人のでなければブチ切れているところだった。いきなり会話不能に陥ったトリシャさんに代わって、クロードさんが対応した。


「ええ。でも、あまりそういう話は聞かないでください。特殊な仲ですから……」


 クロードさんは悪戯をする子供のような顔つきで尾上さんに言った。指を一本、口の前に持っていく仕草が何ともそれらしい。尾上さんも、俺とエリンの方を見てその説明に納得してくれたようだ。

 まあ、そうだろう。外見年齢だけで考えれば俺とクロードさんはドッコイドッコイだし、エリンも二人の子供だと言うほど小さくはないのだから。


「はーい、お待ちどおさん! たんとおあがり! あんたは小さいんだから特にね!」


 そう言いながら、女将さんは鍋ごとスープを持って来てくれた。トマト色のスープの中に豆や芋、野菜がこれでもかというほど入っていた。少しばかり、肉も入っている。鍋にはオタマも一緒に入っている。これで自由に取り分けて食え、ということだろう。そう言えば、昼飯を抜いていたことを思い出した。森での行軍で体力を使ったこともあり、これまで気付かなかった空腹感が一気に押し寄せて来た。


「たくさんありますね。女将さん、僕ももう一杯いただいていいですか?」

「そりゃもちろん! みんな、たくさんおあがりなさい! まだあるからねっ!」


 女将さんの語り口は、俺の食欲をさらに刺激した。俺は誰よりも早くスープを皿によそい、そして挨拶もしないままかきこんで行った。


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