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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
帝国散華
78/187

脱出

この話は「この手に平和をもう一度~落ちぶれ英雄再生譚~」の第41話とリンクしています。

よろしければそちらもご覧いただければ幸いです!

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 シドウの腕が吹き飛ばされた。それを認識した彼らの行動は早かった。尾上と御神が倒れ伏した彼を庇い、彼らを守るためにクロードが前に立った。クロードは全神経を狙撃手に集中させる。遥か彼方、アルクルス教会を見下ろす山麓から光が瞬いた。


 その瞬間、クロードは刀を振った。凄まじい衝突音がしたかと思うと、背後にあった煉瓦壁に大穴が開いた。クロードは舌打ちし、シドウの状態を確認しようとした。だが、それは叶わなかった。すぐに次弾が放たれた。今度は最初より少し離れた位置だった。同じようにクロードは刀を振るう。その額には脂汗が流れている。


「うあぁっ、尾上、さん。俺、どう……助けなきゃ、なら、ぐっ……」

「負傷が凄すぎるし、意識の混濁が見られる。早く処置しなきゃ命にかかわる……!」


 これまで紫藤善一という男は、常軌を逸した傷を負いながらも生還して来た。しかし、これほど大きなダメージを負ったことはない。果たして、彼はこれまでのように生還することが出来るのだろうか? それ以前にここから脱出することが出来るのか?


「尾上さん、気付いていますよね。このスナイパー、何かが妙です」

「発砲音が一切しない。あの距離での狙撃、かなりデカいのを使っているはずなのに!」


 銃の口径が大きくなるほど発砲音が大きくなるのは自明だ。重く鳴った弾丸をより遠くまで発射するために、使用する炸薬の量は加速度的に増えていくからだ。発射地点から着弾点まで、大きく見積もっても二キロ。これほどの距離での狙撃を可能とする銃は、それほど多くはない。それより巨大な武器を使っているなら、被害はこれで済むまい。


「五十口径ライフル弾でしょう。これほどの破壊をもたらせるのならば、ね」


 クロードは再び刀を振るった。転がったシドウ、庇い立てた尾上たちに弾丸が向かう。クロードは間一髪でそれを弾き返すことに成功したが、しかしそうするように仕向けられているようにも思える。クロードたちを、そこに釘付けにするのが目的だ。

 背後からは、獣めいた咆哮が聞こえてくる。殺到する《ナイトメアの軍勢》、そして理性を持たない獣にも等しい『真天十字会』の兵士たちだろう。《エクスグラスパー》たちを殺すためならば、このようなことも辞さないとは。いかにクロードとはいえ、殺気もなく、音もない弾丸を避けきるのは骨の折れる作業だ。


「……どうやら、全員でここから出るのは、難しいことのようだな……」

「何を言っているんだ、御神さん。全員でここから出るんだ、そのために!」

「ここまで戦ってきた。確かにな。拙者とて命は惜しい。だが、それでもな」


 ゴホッ、と咳を一つした。粘り気と水気を帯びた咳だった。血が混じっていた。


「恐らく、肺かどこかを傷つけておるのだろうな。まったく、あの暗殺者殿の仕事は的確だ。確実に、そして相手が出来るだけ長く苦しんで死ぬように痛めつけておる」


 絶望的な言葉を吐く御神の顔は、どこか清々としているようだった。その目には一つの迷いもなく、後悔もない。だからこそ、尾上にはその目が危うく見えた。


 御神は羽織った陣羽織を脱いだ。そして、それをシドウの失われた肩に当てた。純白の陣羽織に、赤黒い染みが広がっていく。彼女はシドウの顔を見て、優しく言った。


「シドウ。強くなれ。

 いまよりも、明日よりも、未来よりも。

 常に精進を続けよ。限界を決めるな。

 限界など無視して、どこまでも突き進んで行けるのがお前の強さだ」


 御神は帯びた刀、『熾天』を外し、それをシドウに残った左手に持たせた。ほとんど意識を失いかけていたが、しかし彼は力強く『熾天』の鞘を掴んだ。御神は満足した。


「クロード殿、尾上殿。残された皆のこと、頼みました。拙者はこれにて失礼」

「待ちなさい、御神さん! 無茶が過ぎる! あなたも――」


 クロードは最後まで言葉を発することが出来なかった。視界の端で光が瞬いたからだ。舌打ちし、迫りくる弾丸を跳ね返す。御神は低く身を屈め、弾丸のような勢いで駆け出していった。いかに超人といえど、一瞬で二つの事態に対処することは出来ぬ。弾き返された弾丸は御神の少し上を、すれすれの位置で飛んで行った。


「未来を掴め、シドウ! お前の手は、どこまでだって伸ばせるさ――!」


 御神は残った『日輪』を抜き、余った右手に固い鞘を持った。口の端から血を流し、貫かれた傷からは止めどなく鮮血が迸る。だがそれでも、御神は笑みを崩さない。壮絶な覚悟を示すかのような表情で、彼女は死地へと飛び込んで行った。


「尾上さん、カウンターを行うことは出来ますか!? この距離では……」

「出来なくたって、やるしかないさ……! 御神さんが遺してくれたチャンスだ!」


 燃え落ちかけた教会から悲鳴が聞こえて来た。教会内に浸透した《ナイトメアの軍勢》たちを彼女が蹴散らしているのだ。だがあの負傷と戦力差では、そう長くは保つまい。尾上が使用するライフルは一般的に五百メートル程度が射程距離だとされている。どこから来るかも分からず、どこに行くかも分からない狙撃手を相手取るには、あまりに脆弱。

 それでも、尾上はスコープを覗き込んだ。全神経を視覚野に集中させる。


(僕に残った時間も、それほど多くはなさそうだからね……!)


 左腕の傷がじくじくと痛む。注入された毒が、自分の全身に回り、命を奪うまでの猶予は如何ほどか? どれほど短い時間でも関係ない、この一瞬さえあるのならば!


 視界の端で光が瞬いた。針葉樹林がひしめく山の、山頂に近い位置。クロードの刀が閃き、必殺の威力を持った対物ライフル弾が弾き返された。尾上はトリガーを引いた。命中するはずのない弾丸が、虚しく虚空を切り裂いて行く。


 その時だ。救助船の方角から強烈な光が発せられた。まさか、あれも撃墜されてしまったのか? 二人は絶望的な心地で船の方を見たが、しかし現実は違った。

 上空を旋回していた、恐らく船団の指揮を行っていた船から、巨大な光の矢が放たれたのだ。否、それは矢と言えるほどの規模ではない。それは、柱。船首辺りから伸びた光の柱が一直線に山頂付近へと向かって行った。凄まじい速度で飛来したそれは剣山めいた山頂に着弾、爆発。周囲を融解させ、地形を変化させ、やがて消え去った。


「あれは、いったいどういうものなんだ……?」

「似たものを挙げるとするならば、あれは、彼方くんが放った光の柱のような……」


 しばし、二人は我を忘れてその場に立ち尽くした。あの光が何なのか、理解出来なかった。そしてすぐに、理解する必要がないと理解した。次の射撃はなかった。尾上は腕を失ったシドウの体を抱えて、走り出した。失われた腕は残念ながら発見することが出来なかった。

 クロードは教会の裏口を見た。御神が飛び出してこないかと、内心では期待していた。けれども、そんなことは起こらなかった。彼は踵を返し、避難船に向かった。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 御神結良は教会の壁にもたれかかった。そして、すぐに崩れ折れた。その軌道上に、べったりと鮮血が刻まれた。背中に数発、食らっていた。貫通しているものもあるし、していないものもある。膝と右肘にも攻撃を受けており、生きているのが不思議なくらいだ。


「ふっ、シドウの奴……涼しい顔で、こんなことをしておったのか……

 まったく、奴の根性には、いつも驚かされる……ゴホッ!」


 咳き込むたびに内臓が惜し潰れそうな痛みを受けた。御神は口の中にたまった血を吐き出した。いよいよもって、限界だなと、彼女はそう思った。


「酷い有り様だな。ずっと見てたけど、あんたどうして生きているんだい?」


 どこかから声をかけられた。幻聴かと思った。辺りには少なくとも、生きている人間はいない。一度、瞬きすると、目の前に一人の女性が現れた。ショートボブの髪と分厚いセルフレームの眼鏡。地面につくほど丈の長い白衣。特別大きいわけではない、女性は百五十センチくらいで、平均的な体格な女性と比べても小柄性目立つ。


「このようなところに、女子が現れるとはな。お主、狐狸の類ではないのか?」

「酷いことを言ってくれるな。私はただの人間だよ」


 白衣の女は笑った。サメめいて口の端がつり上がる。鋭い牙のような印象を受けた。


「あんた、ここで死にたいか? それとも、死にたくないか?」

「異なことを。死にたくないと願っているのは、どこの誰でも同じではないのか?」


 白衣の女は笑い、そして死に体の御神に手を差し伸べて来た。右腕を。


「この手を取れよ。死なないで済むようにしてやる。

 いや、もっと強い力を与えてやったっていい。

 《エクスグラスパー》にだって勝てるようになるかもな。

 ちょっと不自由なことはあるかもしれねえがな。

 死ぬよりはマシってもんだろ、なぁ?」


 女の声色は尊大なものだったが、しかしウソを言っているのではないと思えた。御神はその手を見て、少し笑った。『日輪』を杖代わりにして立ち上がり、一歩、踏み出した。女の横をすり抜けて、彼女は大聖堂に向かって進んでいった。


「……驚いたな、あんた。私の手を取らないなんてな」

「生かしてくれるとだけ言われたら、分からなかったやも知れぬがな。しかし、拙者を強くしてくれるというとこだけには賛同出来ぬ。どうあろうともな」

「そうか? お手軽に強くなれるんだ。誰だって手を取る、私だって手を取るだろうさ」


 御神はその言葉を聞いて、からからと笑った。分かっていないな、この女は。不可思議な雰囲気こそ纏っているが、すべてを知る全知全能の神様ではなさそうだった。


「見くびってくれるなよ、お前。拙者の力が何であるかは拙者が決める。他の何者であろうとも、拙者に力なんてものを押し付けてくれる奴は御免だよ」

「そんなのあんたの自己満足だろうが。あんた、自己満足で死にたいのか?」

「左様! 自分の死に様さえ選べないで、何が人生か! そんな生に何の意味がある!」


 御神は痛む右足を振り上げ、扉を蹴破った。大聖堂には兵士たちがひしめいていた。壁にかかった絵画を取り外そうとするもの、金細工を必死に引き剥がそうとしているもの。笑止。この程度の連中にやられたとあっては侍の名折れだが、致し方なし。


「自ら生きる意味を決めることが出来るのが人間であるというのならば、自らの誉れを、自らの死に様を決められるのもまた人間也!

 己が決めた道、己が決めた生涯!

 そこに一片の悔いはなく、欠片ほどの迷いもなし!」


 呆気に取られていた兵士たちが銃を振り上げた。御神も『日輪』を振り上げた。蓄積された炎の魔法力を、すべて解放する。火炎のオーバーロード、周囲の大気が膨張し、風景が歪んでいく。それでも、御神が悪鬼羅刹の如く笑っているのは誰もが見て取った。

 放たれた弾丸が、御神結良の体を貫通する。血の花が舞ったが、何もかもが遅すぎた。


「それではこれにて御然(おさ)らば!」


 炎を纏った、否、炎と化した刀が振り下ろされた。振り下ろされた大理石の床が融解し、どこまでも刀が沈んでく。膨張した大気が衝撃を生み出し、室内にいた兵士たちが吹き飛ばされて行く。御神結良がそこにいたということを、世界の誰もが目撃した。


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆


 クロード=クイントスは上空からそれを見た。一瞬、天高く昇った火柱を。それは、その場で上がったどの炎よりも弱く、儚いものだったのかもしれない。だが、それは何よりも高貴で、美しい黄金色の炎だった。


 『共和国』から放たれた十隻の飛行船は、一隻とて欠けることなく『共和国』領グラフェンに到着した。その途中、何隻かの飛行船が他所から合流してくるのをクロードは見た。船員に聞いてみると、周囲に会った浮島の住民たちを収容しているのだという。『真天十字会』にしてみれば、どこに住んでいても変わらないのだろう。


 船室のベッドに横たえられたシドウは、結局目を覚まさない。じっとりと脂汗を流し、苦し気に呻くだけだ。彼の身に備えられた回復能力といえども、失われた腕を再生させることは終ぞなかった。時折、船の振動に反応し、呻き声を上げていた。船医が彼の状況をつぶさに観察しており、とりあえず命に別状はないということだった。


 クロードは船首甲板から身を乗り出し、雲海を見た。あのそこにはいったい何があるのだろう。敵の襲撃もない状況では、余計なことを考えてしまう。最後の避難船は、かなりの空きが出来た。あの場で死んだ人々を収容するつもりだったのだから、当然だ。


「さすがに、キミも落ち込んでいるようだね。クロードくん」


 ブリッジから出て来た尾上が、クロードに声をかけてきた。その手には熱いお茶が握られていた。そのうち片方を受け取った。尾上は彼のすぐそばに腰かけた。


「取り敢えず、シドウくんの命が助かってよかった。もし死んでいたら……」

「あまりにも、救われなさすぎますね。シドウくんも、御神さんも、僕らも……」

「人のために、っていうのが彼の美徳だけどさぁ。時と場所をわきまえてもらいたいもんだね。人を助けて、自分が死んだんじゃ、意味ないじゃないか。バカ……」


 尾上の言葉はどこか寂しげだった。シドウに死んで欲しくない、という気持ちはクロードも同じだったが、その言葉に軽々しく応答することは出来なかった。彼はかつて、シドウからその心の内を打ち明けられたことがあるからだ。彼の心が抱えた闇。三石明良という怪物が刻み込んだ心の傷。救わなければならないという、脅迫観念。


「これから『共和国』に行ったとして……彼らは『真天十字会』に勝てるのでしょうか? 彼らに、敵を上回るだけの戦力があると思っているのでしょうか?」

「さあね。勝てるかどうかわからないけど、何らかの勝算はあるのかもしれない。『帝国』以上に食えない連中さ。どれだけの《エクスグラスパー》を、魔法石を、装備を抱えているのか、僕でさえも分からない。ただ、どっちにしても……」


 尾上は残ったお茶を飲みほし、喉を潤してから話を続けた。


「『共和国』が負けるようなことがあれば、それこそ『真天十字会』の天下になるだろう。あんなテロリスト連中に統治されることがあるかと思うと、ぞっとするよ」

「そうですね。いまのところ政治的主張は不明ですが、まともな連中とは思えない」

「どうにかして勝たないといけないよ。この世界を、暗黒の底に沈めないためにも……」


 クロードは静かに頷いた。助けなければいけない、だとか、『真天十字会』を排除しなければならない、という感情があるわけではない。ただ、この世界はシドウが守ろうとした世界だ。見知った人間がいないわけでもない。そうしてごく普通の思いが、ありふれた幸せが、理不尽に奪われることを、クロードは看過できない。それだけだ。


「真っ直ぐ飛んだとしても、明日の昼ぐらいまではかかるだろう。キミも休めよ」

「ありがたい申し出ですけど……何だか気分が昂ぶっちゃって。眠れそうにありません」


 クロードは困ったような笑みを浮かべて行った。そのうちに渦巻いている感情に、名前を付けかねていた。一つ、確かなことは、眠っても消えそうにはないということだ。


「そうかい、それじゃあ僕は先に休ませてもらおうかな。疲労がひどい……」


 そう言って立ち上がろうとして、尾上はカップを取り落した。傷がうずいたのだ。


「……大丈夫ですか、尾上さん。城での戦いの傷が、まだ痛むのですか?」

「……情けないことだけど、そんなとこ。いやだね、こうしちゃいられないってのに」


 クロードは、その原因が皇城での戦闘にあると思っているようだった。それならばそれでいい、と尾上は思った。毒のことを勘付かれてしまったならば、彼はお節介にも戦線を離脱しろ、と言ってくるかもしれなかったからだ。


(さて、どこまで保ちますかね。僕の体。締まらない最後にはならないでくれよ)


 いつか死ぬと思っていた。死が先延ばしにされたと喜んだ。皮肉な話だった。いつ死んでもいいと思えた時には生き残って、生きたいという願いは叶えられないのだから。


 翌日。実に異例なことだが、飛行船は『共和国』城塞都市グラフェンに横付けされる形で停船した。いつもは少し離れたところにある港で発着を行うのだが、今回は例外だ。すでに『共和国』本土に危険なテロ集団である『真天十字会』が侵入しているのだ。悠長に港に着けてから輸送を行っていたのでは、救えるものも救えない、という判断だ。


 避難民たちは『共和国』騎士団が保護し、順次地方都市や首都に送られる手筈になっている。戦果の届かない、と考えられている地方か、もしくはもっとも安全な場所にだ。とはいえ、全世界規模で戦火が拡大してしまったいま安全な場所はないのだが。

 クロードたち《エクスグラスパー》は、着陸後すぐ騎士団の詰め所に招聘された。断る理由はない、そう考えて移動したクロードと尾上は、仲間たちと再会することになった。


「クロードさん、生きておいでだったんですね。どうなったかと思っていました……」

「キミたちとまた会うことが出来て、嬉しいですよ。よく生きていてくれました」

「あの、ところでクロードさん。シドウさんの姿が見えないんですけれど……」


 クロードと尾上は一瞬言葉に詰まった。二の句を次いでいいかどうか、いまのシドウの状態を二人に知らせていいのだろうかと逡巡したのだ。そこで、扉がノックされた。入って来たのは初老に入っているであろう騎士団長と、奇怪な出で立ちの女性。

 男物の着物を着た女性だった。袖丈がかなり余っており、指先が見えていない。フレームの細い、どこか近代的な雰囲気の漂う眼鏡を身に着けているが、視力は悪くないのだろう。度の強い眼鏡特有の、歪みのようなものがない。履いた下駄と言い、趣味のいいかんざしといい、時代劇に出てくる裕福な商家の若旦那、といった感じの風貌だった。


「ハヤテ? どうしてキミがこんなところに?」

「ま、細かいこと言いっこなしってトコや。もはや事態はこっちだけで収まらんのでな」


 予期せぬ新人物の登場に、一同は訝しげな視線を向けた。尾上が彼女を指して言った。


「彼女は金咲(かなさき)疾風(はやて)、『共和国』所属の諜報機関、通称忍軍の人間だ」

「どーも、よろしゅう頼んますわ。あんさんらが噂の《エクスグラスパー》?」

「なるほど、ニンジャだけあって情報収集能力に優れているようだ」


 クロードは右手を差し出した。ハヤテは人懐っこい笑顔を浮かべ、右袖から細い、白魚のような指を出して握手に応えた。ニンジャというにはあまりに目立ちすぎているのではないか、とクロードは思ったが、そうしたところが彼女の任務なのかもしれない。


「あの……変わったお召し物をつけてらっしゃるんですね。でも、ニンジャ……?」

「せや。ニンジャの仕事は忍ぶことだけやあらへんからな。目立って、人の目を引きつけるのも立派な仕事。ウチの仕事は、そっちの方が多いんや。それから、相手との正面切ってのドンパチとかな。なかなかこっちの方はなり手がおらんのや」


 ハヤテは親切に自分の仕事を説明してくれた。説明しても問題ない、と判断したのだろう。彼女が撹乱役である、という情報自体が相手への撹乱になるからだろう。


「しかし、伝統的に騎士団と忍軍の仲は悪いはず。ここにきて共闘を?」

「情報を牛耳っているところと武力を持つところの仲が悪いって……いいんですか?」

「よくなかったから、このようなことになっているのだろうな。そこは反省せねばならん。そして反省するだけでなく、この未曽有の事態に実践せねばならん」


 騎士団長はクロードの疑問に答えた。恐らく、何年か前から水面下でやり取りはしていたのだろう。それが『真天十字会』の台頭で前倒しをせざるを得なくなった。瓢箪から駒、というにはあまりにも禍々しすぎるか、と思い自重した。


「僕たちがここに呼び出されたということは、対『真天十字会』戦線に僕たちの力を再び利用したい、という理解でよろしいのでしょうか?」

「そういうことになる。キミたちの戦力は貴重だ、向こうでも言われただろうがね」


 エリンとリンドがゴクリ、と生唾を飲み込むのが聞こえた。覚悟していたことなので、クロードは特にコメントをしなかった。と、ここで彼はあることに気付いた。


「……トリシャさんはどちらに? 彼女はこちらに残らなかったのですか?」

「彼女の持つ能力は、前線よりも後方に置いておいた方が効力を発揮するだろうからな。勝手ながら、彼女は彼方、アリカ両殿下とともに首都ウルフェンシュタインへと向かっている。避難民たちの移送は、その後ということになってしまったがな……」


 騎士団長の言葉には、どこか悔し気なものがあった。恐らく、長らく敵国であった『帝国』皇帝家に連なる者たちが『共和国』人民よりも安全に移送されているのに思うところがあるのだろう。心の中に蓄積された憎しみは、簡単に払拭されたりはしない。


「彼らを先行させているんですか? 襲撃の心配はないのでしょうか?」

「それに関しては心配あらへん。両騎士団の精鋭がついとるし、それにヒーローがおる」

「ヒーロー……ということは、園崎くんが彼らの護衛についているのかい?」


 突然出てきた知らない名前に、クロードたちは眉をひそめた。


「園崎くんというのは、こちらの世界に正規の手続きで召喚された《エクスグラスパー》だ。性格的には難があるけど、強いよ。キミにも匹敵するんじゃないのか?」

「最近は性格の方も改善されて来とるからなぁ。まあ、任せてりゃ問題ないやろ」


 二人に太鼓判を押されたのでは、口を出す理由はないな、とクロードは判断した。


「幸い、本土に侵入した『真天十字会』が攻勢に出てくる様子はまだない。たった数人の《エクスグラスパー》に困難を強いることになるが、どうかよろしく頼む」


 騎士団長は深々と頭を下げた。クロードは苦々し気な顔で、ついに言った。


「申し訳ありませんが、あなたが期待している戦力は確保出来ないかもしれません」


 彼らはまだ、何を言わんとしているのか分かっていないようだった。この事実を伝えることが、これほど苦しいことだとクロードは思っていなかった。


「紫藤善一はもはや再起不能です。片腕を失った彼は、戦線に立つことが出来ない」


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