喪失
クロードとヴェスパルが、何合目かの打ち合いを終えた。相変わらず、どちらにも傷はない。状況から言えば、クロードの方が若干不利だ。クロードの斬撃は辺りどころによっては命に別状はないが、ヴェスパルの攻撃は一撃当たるだけでも必殺の威力となる。
「ハッハッハァッ! どうした、クロード! あっちで会った時ほど怖くねぇなぁ!」
「あなたの方はこっちの世界に来て少しは強くなったみたいですね。打ち合っていて少し楽しいくらいですよ、忌々しいほどに。さっさと死んでくれると助かるんですが」
「どうしたどうしたぁ、クロード! いつもの皮肉にもキレがねえじゃねえか!」
クロードの感想は本心からのものだ。ヴェスパルはこの世界に来て、《エクスグラスパー》の能力を得て強くなっている。能力使用の精密さといい、自身の体液を用いた小技といい、彼はこの力を使いこなしている。この領域になるまでどれだけ殺した?
ドスン、ドスン、という足音がクロードの耳にも聞こえて来る。尾上が言っていたギガンテスの増援だろう。これまでも戦場に乱入して来たゴブリンやオークを切って来たが、あれほど巨大な敵が乱入してくるのでは少し骨が折れる。強敵との戦いの中に更なる強敵を招き入れるのは、得策ではない。早いところ戦いを終わらせなければ。
そして同じようなことを、ヴェスパルも考えているようだった。彼は距離を取る。
「手前とバチバチやり合ってるのは本当に楽しい……けどなぁ、長くは続けられねえ」
「まったく楽しくありませんが、その辺りは同意しておきます。さっさと終わらせます」
「ケカカカカカ……! 手前の望みの通り、さっさと終わらせてやろうじゃねえか!」
クロードはヴェスパルの意図を察知し、深く息を吸った。直後、彼の周りで火柱が上がった。これまで彼が撒き散らしていた唾を、一斉に発火させたのだ!
酸素が燃やされる。最初に呼吸をしておいたおかげで酸欠に陥ることはなかったが、あまりの熱さにクロードは辟易した。これで自分のことを殺す気はない、とクロードは踏んでいた。奴は地雷で人を殺すよりも、困難でもバーナーで人を焼き殺すタイプだ。
クロードの予想通り、胸の前に置いたヴェスパルの両手の間で巨大な火炎が現れた。いままで切ってきたものよりも遥かに密度の高いものであり、いかに霞切りでも相殺しきれないほどだと思った。ヴェスパルの額にも汗が浮かんでいる、彼も必死だ。
「さあ、決着をつけようじゃねえかクロード! 俺たちのすべてになァーッ!」
ヴェスパルは火炎弾を放った。規模だけで言えばクロードが船上で相殺したものよりも小さいが、その密度は桁違いだ。あれを食らえば、人間は骨も残らず消える。
「決着をつける? なるほど、確かにその通り。僕もそろそろうんざりですよ……!」
クロードは全身に蓄えた空気を解き放った。それは、叫び。人間なら誰でも使えるもの。ただし、その規模は桁違いだった。その力は大気を震わせ、彼の周囲で燃えていた火種をも吹き飛ばした。燃え尽きた酸素が一気に補充され、風が逆巻く。
ヴェスパルは驚愕の表情を浮かべた。放たれた火炎弾は二度と戻らない。クロードは大地を駆けた。火炎弾をほとんど掠めるようにして、クロードは走った。ヴェスパルの驚愕の表情が、恐怖に変わったのをクロードは見た。慈悲は一片も浮かばない。
蒼天回廊を振り上げる。神速の抜刀をヴェスパルは必死に避けようとし、そしてその努力は実った。正中線を切り上げるはずだった斬撃は僅かに狙いを逸れ、彼の脇腹に差し込まれた。クロードがヴェスパルの脇を通過する。それと同時にヴェスパルの腕が舞った。
クルクルと回転しながら、ヴェスパルの左腕が落下した。彼に残った僅かな生身のパーツが。少し遅れて、鮮血と絶叫とが零れ出した。
「ガァァァァァァーッ! て、手前……く、クロードォォォッ!」
「決着を望んでいた割には、覚悟が決まっていなかったみたいですね。避けられるように意識を向けておいたなんて。そんなんだから僕を仕留め損なうんですよ」
クロードは覚めた目で、ヴェスパルは殺意に燃える瞳でクロードを睨んだ。
「他人の命を奪うことには一切の躊躇はなくても、自分が生き残る手段を残すためならどんなことでもする。だから僕はあなたが嫌いなんだ。覚悟がなってないから」
「殺すのは好きだが殺されるのは大嫌いなんだよ! 当たり前だろうが!」
「前は僕も当たり前だと思ってましたけど、そうじゃない人をいるって知りましたから。だからこそ、僕はあなたの存在が薄っぺらいと思えて仕方がないんですよ」
クロードは一歩踏み出した。ヴェスパルは一歩下がる。脂汗を流しながら、この場から生き残る算段を立てているようだった。こんな男に殺された人が哀れでたまらなかった。
「あなたはこの場で始末します。慈悲はない。せいぜいあの世で悔い改めなさい」
「ふざけんじゃねえ! 俺に悔いることなんてあるわけがねぇーッ!」
自らの傷口を燃やし、止血する。あのままでいれば失血死もあり得た。代わりに、ヴェスパルの腕は二度と元には戻らない。この世界に接合技術はないのだが。
「手前は! やはり俺が殺してやらなきゃならねえようだなァーッ!」
ヴェスパルは唾を散弾のように飛ばした。クロードは小刻みなサイドステップによりそれを回避、ヴェスパルに接近していく。ヴェスパルは舌打ちしながら、右腕を掲げる。
クロードは地面を擦るようにして刀を振り上げた。だが少し遠い、ヴェスパルはニヤリと笑う。だがその笑みはすぐに崩されることになる。彼の前には見慣れたものがあった。
(俺の腕?)
放った炎が、自身の腕を燃やす。くすぶる火種が、ヴェスパルの視界を塞いだ。自分自身の腕を燃やしてしまった動揺が、彼の心を包み込む。その隙を見逃さず、クロードはヴェスパルの背後に回る。無防備な背中に、クロードは刀を振り下ろした。
「すまないけど、まだヴェスパルさんをやらせるわけにはいかないんだよね」
その横合いから、何者かが乱入して来た。その男は手刀でクロードの放った刀を捌いた。必殺の一撃は狙いを逸らし、ヴェスパルはかろうじで命を繋いだ。ヴェスパルは目をクロードに向けた。その目から、レーザーめいて熱線が発射された。眼球の体液を使った攻撃だろう。クロードはブリッジでそれを回避、連続バック転を打ち二人と距離を取った。
「……まさかあなたがシドウくんではなく、僕の方に来るとは思いませんでした」
クロードは構えを崩さずに言った。見慣れた学生服を着た銀髪の男、三石明良がそこにはいた。戦場にいるというのに、あまりにその雰囲気は普段通り過ぎた。
「僕はシドウくんのことが大好きだけど、いつも彼のことを考えてるわけじゃないです」
「お前は、確か、三石か……!? なぜ、どうしてお前がここにいる……!?」
「この戦いで《エクスグラスパー》に死んでもらっちゃ困る、という判断です。『王』のね。お爺さんは放っておいても死なないとは思ってたけど、あなたはクロードさんと戦っているようでしたから。思わず加勢しちゃったんです、ご迷惑でしたか?」
「当たり前だろうが、こいつをぶっ殺していいのは俺だけだ……!」
この期に及んで、ヴェスパルはクロードへの殺意を滾らせているようだった。目の前のことにしか集中できない、大局を欠いた判断。結局のところ、どれだけの力を持とうとも目の前の男は単なる犯罪者だ。組織を率いる、将たる器ではまったくなかった。
「ダメですよ、ヴェスパルさん。あなたの力はとっても貴重なものなんですから」
ぞっとするほど冷たい声で三石はヴェスパルに言った。人の心を持たぬ殺人鬼が怯む。
「だから言うことを聞いてくださいよ。まだあなたは殺したくないんですから」
ヴェスパルは激することなく、ただ震えた。蛇に睨まれた蛙のような表情だ。ヴェスパルという男がこのような表情をするとは、クロードは思っていなかった。ヴェスパルは忌々しげな表情を作り、そこから去った。追撃を三石が妨害する。
「因縁の対決、邪魔しちゃってごめんなさいね?」
「いえ、そろそろ僕もここから帰ろうと思っていたところですから」
クロードは刀を収め、振り返った。城塞をギガンテスが乗り越えようとしている。足が上がり切らず、城塞を蹴るような形になっており、蹴られた砦が破壊されている。あれではもはや、砦としての用をなしていない。あのような攻城兵器があるのでは、もはやどうしようもない。世界は再び神話の恐怖に晒されようとしている。
「また会いましょう、クロードさん。あなたとももっと話したいんです」
「僕と話しても、それほど面白いことがあるとも思えませんがね」
三石とクロードは同時に掛けた。片方は『真天十字会』の陣に、もう片方は船着き場に。あの場で三石と戦うことにならなくてよかった、クロードはそう思った。あの男を殺すのには骨が折れるし、それにまだあの男が全力を出していないようにクロードは思っていた。全力を解き放たせてしまったら、それこそ厄介なことになると。
「さて、皆さん無事にいてくれているといいんですが……」
絶望的だ。もしかしたら、この場で脱落するような人が出てくるかもしれない。
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レイバー、シューター共に活動限界。シューターに至っては、トリガーを引いてもうんとも言わない。飛んで跳ねて銃撃を避けながら、俺は死に物狂いで門をくぐった。全身にみなぎる怪力を使い、開かれた巨大な門をギリギリのところで閉める。門にもたれかかり、息を吐いたのも束の間。銃弾が俺の真横を貫通していった。
「でぇい、チクショウふざけてんじゃねえぞ! いい加減にしやがれってんだ!」
開いた穴に指を突っ込み、指先に炎を出現させ、放った。短い呻き声が聞こえて来た。ざまあみやがれ、そう言ってやりたかったがここが危険なことには変わりはない。城塞そのものが揺れた。息つくますらもなく走り出し、船着き場を目指す。
派手な破壊音が背後から聞こえた。門を振り仰いでみると、岩石めいたゴツゴツした体をした怪物がいた。サイクロプスよりも遥かに巨大で、力も強そうに見えた。門を越えようとして手を付いたら崩れてしまった、とでも言いたげだ。
俺はあんぐりと口を開け、その光景をぼんやりと見ていた。デカブツが俺を見た。奴は自分で破壊した城門の破片――それでも人の身長ほどはある――を掴み、振りかぶった。
まさか投げてくるつもりか? 嫌な予感を裏付けるように、怪物の腕が膨らんだ。避けようと全神経を集中させるが、幸運にもその時が訪れることはなかった。瞬間、岩石めいた化け物の手首が切断され、瓦礫を握った腕が落ちていったのだ。誰があんなことをしているのか。いや、こんなことが出来るのは一人しかいない。クロードさんだ。
「綾花剣術、二の太刀。裂砕空牙」
振り上げられた怪物の腕を蹴り、頭を蹴り、落ちながら胴を蹴り、クロードさんが城門に着地した。怪物は身じろぎした。その瞬間、その体が輪切りになって落ちていった。その舌で、男たちの悲鳴が聞こえて来る。門から侵入しようとした兵士たちだろう。
「どうやら無事だったみたいですね、シドウくん。何よりですよ」
「そっちこそ。正門前の連中をどうにかするのに、苦労しましたけどね」
撤退の指示が出てからは、非常に慌ただしいものだった。騎士たちを逃がそうにも、断続的に放たれる銃弾と《ナイトメアの軍勢》が許してくれない。そこで、俺は力を使い切る決断をした。それまでは小分けにして使い、消耗を押さえていたが、この期に及んではすべてを出し切らなければならない、そう判断したのだ。
フォトンシューターを使い、派手に兵士たちをなぎ払い、彼方くんたちに撤退を促した。彼方くんは最後まで後退を渋っていたが、騎士たちを守るためには彼のバリアが必要だと何とか説得。開かれた門から彼らは生き残った全員が後退してくれた。
すべての兵士と《ナイトメアの軍勢》を引きつける結果になってしまった俺は、レイバーフォームの力を使い奴らを撹乱、死なない程度に奴らの注意を引きつけた。高速で飛翔する《エクスグラスパー》に、奴らは泡を食っていたように思う。むしろ食っていたのは俺なのだが。あの密度で弾丸を放たれたら、こちらには避ける手段がない。
尾上さんから総員撤退の報を受け、ようやく俺は門の中へと帰って行ったのだった。
「御神さんがあいつらにやられた、って聞きましたけど……本当なんでしょうか?」
「行ってみなければわかりませんが、この状況で尾上さんが冗談を言うとも思えません。城門内で戦った《エクスグラスパー》が生きていて、彼らに攻撃を仕掛けた」
あの爺さん、アサルトライフルの掃射で完全に死んだと思っていたが、何らかの手段を使って生きていたのだ。死んだふりを続けながら、卑劣にも背中を向けた御神さんたちに不意打ちを仕掛けた。戦場においては正しい判断なのだろうが、もやもやする。
「俺があの爺さんの生死を、キッチリ確かめていたのならば……」
「もし、そうしていればあの場で《エクスグラスパー》との交戦が再開されたはずです。
《エクスグラスパー》二人に神侍一人を足止めされては、正門が落ちていたかも分かりません。結果論でしかありませんが、あの場はああするしかなかったのでしょう」
クロードさんは判断ミスを起こした俺を慰めてくれたが、どうにも俺には、俺自身が納得出来ていなかった。今回のミスは、防げたはずのミスだったのだから。
上空では絶えずドラゴンが旋回し、時折思い出したかのように火炎弾を放ち、アルクルス教会を燃やす。中には巨大な岩石を吊っているものもおり、適度なタイミングでそれを落とし、城塞や建造物を破壊していった。やりたい放題だ。
「あいつら……! 我が物顔でやってくれやがって!」
「城を落とされるというのは、こういうことなのでしょう。我々は何もすることが出来ず、ただ指を咥えて見ているしかない。なるほど、初めて経験しましたが……不快だ」
クロードさんも渋面を作り、俺の言葉に応じてくれる。この戦いに敗北し、辛酸をなめているのは俺だけではない。『帝国』騎士のみんな、尾上さんやクロードさんたち、俺の仲間。アリカはいったい何を考えているのだろう? 彼方くんは?
「クロードさん、彼方くんがあの時した演説のこと、覚えてますか?」
「テラスに出てきてやったあれですか? 何だか、唐突な気がしましたが……」
走りながら俺とクロードさんは話し合った。途中、ドラゴンの攻撃によって戦闘が崩落し、通れるはずだった小道が通れなくなってしまう。俺たちは舌打ちし進路変更、大教会の扉を蹴破り中に入る。背後では門を破った兵士たちが次々侵入してきていた。
「何となく、違和感のある演説だった気がするんです。どこがどうして、とかそう言うのは、その、言葉にならないんですけど。気持ち悪い演説だったと思います」
「フェイバーさんの台本が効いているんでしょうね。幼い子供にああいう扇動的な文章を読ませるとは、呆れるよりも先に感心してしまいますよ。子供の広告効果を狙ってあれをやらせたのならば、大した策士だと言わざるを得ないのですが」
いわゆるABC効果という奴だ。人間が興味を惹かれる広告というのはパターンが決まっている。すなわち動物、美人、子供。こうした媒体を利用した広告は宣伝効果が高いとされている。あくまで多くの人に好まれる、というだけではあるのだが。
「それはさておき、あの場で彼方くんが皇帝の子供だと宣誓する意味が分かりません。もっと言うのならば、それが自然に『帝国』や教会の人々に信じられているということが」
「皇帝の隠し子なんて、もうちょっと反発があると思ったんですけど……」
これまでの皇帝はともかく、現皇帝ヴィルカイト七世は貞淑を重んじていたのだ。きっと部下にもその辺りのことを高く評価し、尊敬していた人もいるのではないだろうか。どちらにしろ、皇帝への感情が反転するような出来事が受け入れられているのは不思議だ。
「あまり深く考えても、ドツボに嵌るだけかもしれませんよ。彼らは、単純に対『真天十字会』の旗印が欲しかった。それが皇帝の遺児で会ったのならばもっといいのでしょう」
「けど、皇帝の遺児って言うんならアリカがいますよね?」
「男児が必要だったのかもしれません。この世界は封建的な風習が根強く支持されているようですから、僕たちの世界と同じように跡取りは男児であるべきだ、と考えているのかもしれませんね。騎士一人一人に聞き取りをしなければ、分からないことですが」
クロードさんとのやり取りを経ても、俺の中でのもやもやは解消されなかった。一番気持ちが悪いのが、俺がどんな部分を気持ち悪いと思っているのか分からないことだ。
彼方が暴露した真実、演説の内容。考えようとすればするほど、頭全体を霞が覆ってくるような気がする。俺は苛立ちまぎれに、裏庭へと続く扉を思い切り蹴破った。
「っと! 脅かさないでくれたまえ、シドウくん! 怪我人だっているんだよ?」
「おわっ、すいません尾上さん。これで逃げ遅れた人間は全員なんですか……?」
裏には多くの人々がひしめいていた。俺たち以外には、若い人が多いように思える。
「彼らは、最後まで避難誘導をしていたからな。おかげで、大半が逃げることが出来た」
ということは、若い人間を尻目に位の高い人々、すなわち老人たちは逃げ出してしまったということなのだろうか? 何となく、しっくりこない。しかしそれでも、若い騎士や見習い司祭たちに戸惑いの色は見られない。あるいは、そのために訓練されているのかもしれないが。そんなことを考えていると、爆音と衝撃が俺たちを襲ってきた。
「僕が仕掛けた爆弾が作動したようだね……これでしばらく時間を稼げるだろう」
「爆弾、って。尾上さん、味方の陣地にそんなもの仕込んでたんですか?」
「撤退時の時間を稼ぐため、そして『真天十字会』にこの施設を利用させないためさ。昨日のうちに仕込んでおいたんだけど、それなりの効果を上げてくれているね」
尾上さんは涼しい顔をして笑い、手元にあった遠隔起爆装置を回転させた。相変わらず抜け目のない人だ。戦場においては、当たり前の判断なのかもしれないが。
「ッ……そう言えば、エリンとリンドはどこにいるんです?」
周囲を見回してみても、二人の姿はどこにもなかった。小さな二人だが、さすがに二十人ほどの人波に紛れて消えてしまった、ということはないだろう。
「あの二人ならば、すでに収容されている。安心せよ、シドウ」
御神さんは言った。その表情は苦しげだが、何とか気迫で立っているようにも思えた。尾上さんの話では、《エクスグラスパー》からの奇襲を受けて深手を負ったそうだ。
「すみません、御神さん。俺があいつに、とどめを刺せていたのなら……」
俺は悔やんだ。俺の甘さが、俺の恐怖が、仲間を傷つけることになってしまった。あの爺さんを殺すことなら、出来ただろう。だが出来なかった、しなかった。俺がこの手を汚したくないと思ってしまったから。殺したくないと、思ってしまったから。
「自惚れるな、シドウ。お前に助けられるほど、落ちぶれてはおらんわ」
「けど、俺は……」
「拙者の不手際ゆえ、気にするな。戦場で気を抜いたこちらが悪いのだ」
そう言って、御神さんは苦しげな顔で笑った。心がチクチクと痛みを訴えた。
「それより、早く行こう。船がそろそろ降りて来る、ここから離れなくては」
そう言う尾上さんの額には、大粒の脂汗が浮かんでいた。やはり、傷が開いているのだろうか? 尾上さんが帝都での戦いで怪我をした、とはクロードさんから聞いていたが、思ったより危険な状態のようだった。背後からは獣の咆哮めいたならず者たちの声が断続的に聞こえてくるし、早くここから逃れた方がいいように思えた。
「よし、皆のもの走れ! お前たちの救いは、すぐ近くまで来ているぞ!」
御神さんの号令を受けて、騎士や見習い司祭たちが一斉に走り出した。それこそ、まさに弾かれたように、という感じだ。彼らは覚悟は出来ているのだろうが、押し潰されそうになっているのは俺と同じだ。飛行船がゆっくりと降下し、桟橋と接続したのが見えた。
「あと一頑張りだ! あいつらを逃がして、俺たちも逃げる! それで終わりだ!」
俺は最後の力を振り絞り、フォトンシューターを構えた。通常射撃くらいは出来るだろうか? そんなことを考えながら、上空を旋回するドラゴンに銃口を向けた。
建物の影から何人もの人々が飛び出していく。その体が、弾けて飛んで行った。
何が起こったのか、俺はおろかクロードさんたちだって理解出来ていないようだった。ただ人が弾けて、飛んでいた。血煙が辺りに立ち込めた。
何が起こっているのか認識する前に、俺は駆け出した。あそこで人が死んでいるのは事実だった。がむしゃらに手を伸ばす。そうしている間にも人の体が吹き飛ばされる。俺の耳に飛び込んでくる破裂音。俺は手を伸ばす。一番若くて、あどけない顔をした少年に。
衝撃があった。どこで何が起こっているのか、それさえも分からなかった。俺の体が衝撃を受けた地点を中心にしてきりもみ回転して、地面に転がった。俺は何かの上に着地した。俺の目の前に、顔があった。苦痛に歪んだ、二度と変わることのない表情が。
立ち上がろうとした。だが、立ち上がれなかった。それほど大きなダメージを受けているのか? ひだりてをうごかそうとする。大丈夫、動く。ならばどうして立ち上がらない? 俺は右腕を見た。そこに、右腕はなかった。
俺に向かって放たれた攻撃は、強固なラバー装甲を貫通し俺の体そのものを傷つけたのだ。肩口に撃ち込まれた正体不明の攻撃は、俺の右腕を肩から吹き飛ばしていた。
叫び出した。
どうして叫んでいるのか分からない。
痛みに呻いている?
無力を嘆いている?
こんな目に遭わせた奴への怒り?
そのどれもが正しくて、間違っているような気がしていた。どうにもならない現実が、俺にのしかかって来た。




