情念の炎と冷徹な刀と
尾上雄大はアルクルス教会を覆う城塞の上で、暗視機能付きの双眼鏡を作動させた。ソーラーパネル付きで発電能力を持っているが、その発電効率は日に日に落ちていっているように感じられた。
元々再生品だ、それほど期待をしていたわけではない。だが、補給も支援も期待出来ぬこの世界で出来ることが一つ減るということは死に近づくということだ。出来る限り保ってくれ、そんなことを祈りながら戦場を俯瞰した。
「小分けにした小隊で、森の中を進ませているようだね。武装はアサルトライフル、腰にはハンドガンを携行している。予備マガジンも用意している、撃ち切っても油断するな」
尾上はトランシーバーに向けて喋った。これを聞いているのは、『帝国』、教会連合軍の部隊長クラスの指揮官、及び総隊長であるフェイバーだ。危機に際して、尾上は自分がこの世界に持ち込んだテクノロジーの一部を《エル=ファドレ》の住人に解放した。
(『共和国』領に入ればもう少し使えるものがあるが……ああ、まったくもどかしい)
尾上はもどかしい思いを抱えながら、自分の愛銃であるスコープ付きのアサルトライフルを撫でた。『富永・八百万』、老舗のスポーツライフルメーカーが製造したアサルトライフルだ。弾道補正だの自動ロックだの、複雑な機能を持たないゆえの高性能品。ありとあらゆる火器をサイバーリンクした時代において、それは奇異な骨董品めいたものだった。
だが、自分がこれを愛用していてよかったと尾上は心底思った。新型のサイバーライフルを使っていたなら、この世界で自分は日の目を見ることなく死んでいただろう。リンクの根幹を成す視覚補正機能のついたゴーグルはこの世界に来て早々破壊された。
敵軍に動きがあった。尾上はすかさず、前線に立った彼方に指示を出す。
「正面、及び十時方向の敵軍に動きあり! 彼方くん、フィールドを展開するんだ!」
『分かりました! 皆さん、あなたたちは……僕が守ります!』
眼下で、最前線に立った彼方がアポロの剣を抜いた。シドウやクロードは最後まで反対していたが、あんな演説をしていた人間が後方で大人しくしているのでは士気に関わる、というフェイバーの言葉と、彼方自身の強い要望によって彼は前線に立っている。
(彼は皇帝の忘れ形見。アリカ皇女という後継者がいるとはいえ、ないがしろにしていい立場ではないはず……いったい何を考えているんだ、フェイバー)
尾上もアサルトライフルを構え、敵の接近を待った。宵闇がすぐそこまで迫っている。迎撃を行う連合軍は、この闇に苦慮することになるだろう。対して、攻撃を行う『真天十字会』は闇に乗じて奇襲を仕掛けることが出来る。そう考えているのだろう。
(ま、その程度の浅知恵でどうにかなると思われるのも心外なんだけどね)
尾上はアサルトライフルの銃身下部に取り付けたグレネードランチャーに弾を装填する。それとほとんど時を同じくして、森からいくつもの発火炎が瞬いた。その光を見た彼方は、剣先に意識を集中させる。
彼に迫る弾丸が、勢いをなくして落下していく。それだけではない、周囲を通り過ぎていく弾丸もまた、同じように勢いをなくしていくのだ。これまで彼方は、自分の体を守るだけのフィールドしか展開できなかった。だが、急速に彼は成長している。
刀身が光を纏う。彼方は剣を振り下ろした。光の刃が森に向かって飛んで行く。衝突音が舌かと思うと、森を光が包み込んだ。兵士たちの悲鳴が聞こえて来る。
「さすがは神代の遺物、聖遺物……テクノロジーも負けちゃいられないね!」
尾上は空中にグレネードランチャーを向け、トリガーを引いた。放たれた弾丸は空中で炸裂、まばゆい光を放ちながら滞空した。尾上は再装填と発射を繰り返す。
歩兵携行用の照明弾、極星だ。あれ一発で二十分ほど戦場を照らしていられる。
「弓兵隊、構え!
敵がよく見えるはずだ、たっぷりとおもてなしをしてやりたまえ!」
尾上は弓兵隊に指示を出した。城塞から、塹壕の中から、文字通り雨霰のように矢が放たれ、平原に落ちていく。慣性に従い威力を増した矢が、敵兵に突き刺さる。尾上も援護のためにアサルトライフルを連射する。敵が泡を食っているのが見えた。
『真天十字会』の行軍速度は、ここにきて鈍ったように思えた。敵は見たことも聞いたこともない陣地構成に困惑しているのだろう。敵に二十世紀クラスの指揮官は存在しないと尾上は見た。世界大戦期、機関銃のような高火力兵器の登場によって廃れた突撃先方に変わって編み出されたのが、塹壕を敷いての持久戦だ。
銃弾は当然ながら直線にしか飛ばない。そのため、下方に潜る塹壕は高い銃弾への防御効果を持つ。それを解消するために爆弾や砲弾も進歩していったのだが、まずそれには近付かなければならない。対して、弓は曲射が出来る。要塞やサードアイからの支援を合わせればかなり高い精度で弓矢の雨を降らせることが出来るのではないかと尾上は考えた。
その上、敵は闇の乗じる気でいたのだ。それを尾上によって突き崩された。敵の動揺は見て取れるほどあからさまなものだ。まるで指揮官がいないようではないか。
もちろん、敵の兵力は兵士だけではない。むしろこちらが本番なのだ。
「西南、及び西北方向よりドラゴン出現! 数はそれぞれ三、二!」
エリンのサードアイが、飛来してくる物体を捉えたようだ。尾上は上空のドラゴンを仰ぎ見た。あの高度ではアサルトライフルによる銃撃は届かないし、届いたとしても皮膚を貫くことが出来ないだろう。秘密を惜しんでいる暇はない。
弓を放っている騎士たちの横で、尾上はしゃがみ込んだ。足下に置いていたバッグを開け、そこから重厚な鉄塊を取り出し、この国に保管していた兵器の一つを担ぎ上げた。大きな筒のようなもので、尻の部分にはドラム缶めいたシリンダーが付いていた。
歩兵携行型の地対空ミサイルランチャー、『矢作』。装甲化したドローンなど、比較的低高度のものを撃ち落とすために作られた兵器であり、推進剤にキャパシティを使わなくていい分通常の対空ミサイルに比べて火力が高い。ドラゴン程度の高度ならば、これが一番だ。赤外線を探知し、目標度をどこまでも追っていく。そう、赤外線だ。生物の放つ程度の熱量でミサイルの探知機能を作動させられるのか?
「さあて、来たまえ。こいつで一気に落としてやる……!」
フィアードラゴンの口元に、炎が収束する。この時を待っていたのだ。尾上はミサイルランチャーのトリガーを引いた。白煙を引き、轟音を伴いミサイルが発射される。地上にいた兵士や騎士たちも、異様な音を聞いて思わず顔を上げた。ミサイルの初速でもマッハを越える、発射後更に加速する。音速をも越えられぬドラゴンに、避けられる道理なし。
炎の壁を突き抜けて、ミサイルがドラゴンの体に突き刺さり、爆発した。生命維持に必要な器官を損傷したのか、ドラゴンは煙を吐きながら地面に落下、下にいた《ナイトメアの軍勢》や兵士たちを巻き込みながら絶命する。あまり近くに引きつけてからではドラゴンを撃墜することが出来ない、あまり近すぎては味方を落下に巻き込む危険がある。
ミサイルランチャーの弾倉がリボルビング機構によって回転し、次のミサイルを装填する。更に、尾上は意識を集中させる。空になったシリンダーに、ミサイルが補充された。弾丸のみならず、彼はミサイルをも生み出すことが出来る。質量に寄るのか、それとも弾丸以外のものを作っているからか、鉛のように重い疲労感が彼に襲い掛かる。
次のドラゴンを狙おうとした尾上は、森の中で火の手が上がっているのを見た。
「総員、退避! 火炎放射が来るぞーッ!」
尾上はアサルトライフルを担ぎ、その場から駆け出した。直後、森の奥から凄まじい勢いで炎が放たれた。尾上は舌打ちし、跳んだ。荒い煉瓦の上を滑りながら、背後で何かが融解する音を聞いた。振り返って見てみると、耐火煉瓦がドロドロに溶けていた。軌道上にいた騎士たちが何人か巻き込まれ、体の一部だけを残して消滅していた。
下の兵士たちは無事か? 尾上は視線を落とした。彼らはアポロの剣に守られていた。
「クロードくん、例の火炎使いが出現したようだ。対応を頼みたい」
『了解しました。奥まで行くので、こっちの対応は多分無理になりますよ』
「大丈夫さ、それは分かっている。こっちはこっちで対応するさ……!」
尾上は素早く立ち上がり、ミサイルランチャーを構えた。残存する熱反応を検知し、ミサイルのセンサーがアラートを鳴らした。その最奥に、尾上は男の姿を見た。クロードは彼のことをヴェスパルと呼んでいた。尾上は誘導を切り、ミサイルを発射した。
超音速のミサイルが、直線的にヴェスパルに向かって行く。ミサイルの発生させた運動エネルギー、そして炸薬による爆発。例え余波を食らっただけでも人間を殺すには十分だ。
だが、ヴェスパルの目は飛来するミサイルを捉えた。クロードの話によればヴェスパルは身体の機械化手術を行っており、常人を遥かに上回る知覚能力と身体能力、生命力を得ているのだという。内蔵センサーでミサイルを捉えたのだろう。
ヴェスパルが腕をかざす。掌に炎が収束し、放たれた。槍めいた勢いで放たれた細い火炎の弾丸は、尾上が放ったミサイルを包み込み、誘爆させた。余波でも彼は傷ついていない、嘲り笑うのが見えた気がするが、ここから先は自分が対応すべきところではない。ミサイルによる援護を受けて、クロードが戦場に躍り出るのが見えた。
クロードは跳ねるように飛びながら、進路上にいる兵士を血霞に変えつつヴェスパルに接近した。複雑な軌道を取るクロードを、敵兵は捕捉しきれない。やがて、クロードに向かう攻撃が止んだ。どうやら、自分のことを《エクスグラスパー》だと判断したようだ、とクロードは思った。《エクスグラスパー》戦のセオリーはそう変わらないらしい。
前方二十メートル地点に到達したとき、ヴェスパルが悪辣に嗤った。べぇ、っと舌を突き出し嗤う。その舌先に炎が宿った。直後、炎が文字通り爆発的な勢いで膨れ上がり、クロードに向かって襲い掛かって来た! クロードは『蒼天回廊』に手をかける。
綾花剣術はこの世のものを切るためにあらず。切るべきものは内側にしか存在しない。彼の師匠にして兄、ウェスト=クイントスは綾花剣術のことをそう表現した。ある意味で正しいだろう、とクロードは思っていた。剣術とは内なる自分との対話だ。理想とする姿を知り、鍛錬によりそれを引き出し、昇華していく。自分の最上は自分しか知らぬ。
振り下ろした蒼天回廊が、ヴェスパルの放った火炎を両断した。真ん中から断ち切られた炎は左右に分かれ、消えて行った。だが、炎の影にヴェスパルの姿はない。
クロードは首を振った。背後から伸びてきた手が、彼の頭を刈り取ろうとしているのが見えた。反転しながら刀を振り上げ、ヴェスパルの腕を狙った。ヴェスパルは素早く腕を引き斬撃を回避、逆の手でクロードの体を打とうとした。彼に発現した力、『焦滅覇動』はごく単純な能力だ。自身の肉体より火炎を発生させる。単純な能力であるだけに、出力は桁違いだ。単純なパワーだけならガイウスにも匹敵する。
殴った場所から燃やされる。そう判断したクロードは身を捻りヴェスパルの打撃を回避、身を捻った一瞬でためを作り踏み込み、ヴェスパルの腹部に掌打を叩き込んだ。彼の体がワイヤーに引かれるようにして吹っ飛んで行く。そこで、掌に違和感。
見てみると、打った掌が少し赤くなっていた。もう少し長く触れていれば、この手から燃やし尽くされていただろう。ヴェスパルの哄笑がクロードの耳に飛び込んで来る。
「ケッカッカッカッカァッ! あの時は確信がなかったけどヨォ、クロードォ!
まさかお前がこの世界に来てるなんてなァ! いいなぁ、楽しいなぁ!
いい世界だここは!」
「ここがいい世界だということには同意しますが、あなたが来てしまったことで素晴らしく美しい世界が汚れて淀んでしまったような気がしますよ。消えてくれませんかね?」
ヴェスパルが口を三日月状に歪め、炎を纏わせた右腕を振るった。軌道上に炎の残影が残り、残影から炎の矢が放たれた。スピードはそれほどではない、クロードはそれに合わせて刀を振るった。切り裂かれた炎はやはり、形を失い霧散していく。
ヴェスパルが突撃してくる。クロードは待ち受けようとしたが、しかしヴェスパルの背後に現れた戦闘機のアフターバーナーめいて揺らめく炎を見てそれを止めた。ヴェスパルの突撃を観察、そして回避。ヴェスパルの体が超高速で駆け抜け、そして軌道上にあった草花、木々を燃やした。肩足を突き、ヴェスパルは無理矢理止まった。
「惜しいッ! あのままでいてくれりゃあ、燃やし尽くしてやれたのによォーッ!」
「あんまり聞きたくはないんですけど、あなたどうして生きているんですか? 僕とトリシャさんとで、火星の旧シャフト坑に沈めてあげたと思うんですが……」
常軌を逸した連続殺人鬼であったヴェスパル=ゼアノートは、いろいろな意味でやり過ぎた。孤児や浮浪者、サラリーマンを殺しているうちはまだお目こぼしをされていたのだが、その手が政府高官や一般市民多数にまで伸びて来ると話が変わってくる。官憲や軍は血眼になって追いかけて来るし、闇の世界でもそんな厄介者を受け入れる場所はない。
それでも当局の追跡から逃れ、快楽殺人とテロを続けるヴェスパルを捕縛、あるいは殺害するという大仕事が、ついにバウンティハンターにも回って来た。数多のハンターを返り討ちにしてきたヴェスパルだったが、連戦によって追い詰められ、ついには成り行きで組むことになったクロードとトリシャに旧世代のシャフト坑に追い詰められた。
様々な悪足掻きを品あらも、ついに彼はクロードを下すことは出来なかった。叩き落とされ、奈落の底へと続く永遠の穴底へと落ちて死んでいった……そのはずだった。
「こいつは天恵さ、クロード! 神は、世界は俺にまだ生きろと言っているんだよ!」
「あなたを助けたのは邪神とやららしいですね。あるいは歪んだ世界、とでも言うべきでしょうか? ともかくあなたが生きていても僕にはメリットが思い浮かばないので……」
着地したヴェスパルに、クロードは肉薄する。刀を振り下ろすがヴェスパルはそれを避け、逆にカウンターの膝蹴りをクロードに向けて来た。膝をクロードは肘で弾き飛ばす。
長時間ヴェスパルの体に触れているのは危険だと判断したためだ。彼の持つ力は火炎操作というよりは熱量操作に近いようにクロードは感じていた。周囲の環境、あるいは自分自身の熱量を操作し、先ほどのような破壊力を生み出しているのだろう。
刀を返し、クロードは逆袈裟に刀を振り上げる。万事休すか、そう思われたヴェスパルだが、何を思ったのかクロードの顔面に向けて唾を吐いた。クロードは舌打ちを一つして左に跳び、転がった。唾が地面に落ち、そして火柱を上げ辺りを燃やした。
「末端の手足どころか唾の一粒まで発火させることが出来るんですか。有効性はともかくヴィジュアル的には最低ですね。あなたの性格をよく反映していると思いますよ」
「どうしたァ、クロード! 皮肉にもキレがねえぞ、ああ! ふざけんじゃねえよ!」
ヴェスパルはクロードに皮肉られたことよりも、むしろ皮肉の内容に怒っているようだった。そしてそれは当たっている、ヴェスパルはある意味クロードに好意を抱いている。
「手前とバチバチやり合うのは楽しいんだからよォ! 俺をもっと楽しませてくれよ!」
「あなたを楽しませることはないとは思いますが……死ねば楽しいんですかね、あなた」
ヴェスパルはクロードに好意を抱いている。ある意味では、尊敬をしていると言ってもいい。ヴェスパル=ゼアノートの近くには死だけがあり、生はなかった。何度も自分とぶつかり合い、それでも生き抜き、尚も戦うクロードが、彼は好きだったのだ。
「俺になんて構っていていいのかよ、クロード! いや構っていてほしくはあるんだ! だが俺の仲間がお前の仲間を殺すぜッ!」
「やはり、擁している《エクスグラスパー》はあなただけではありませんでしたか!」
クロードが放った牽制の剣を、ヴェスパルは右手で受け止めた。彼の右腕は硬質なサイバーアームに換装されており、成人男性の数倍のパワーを誇っている。
打ち合った二人が離れる。直後、戦場でガラスが割れるような甲高い音がした。見ると、アルクルスを守っていた城門が粉々に粉砕されているではないか。
(城門を一撃で破壊するような力を持った《エクスグラスパー》が……!)
救援に向かおうとするが、それはヴェスパルに阻まれる。投げ放たれた火炎弾がスライダーめいた軌道を取って、彼の進路を塞いだの。クロードは舌打ちする。
「まだだ、まだまだ! 楽しもうぜぇ、クロードォ! 俺とお前だけの戦いだぁ!」
「やれやれ、分かっていないようですからもう一度言わなければならないようですね」
クロードは息を吐き、サングラスを押し上げた。握る蒼天回廊に力を込める。蒼天回廊はただの刀ではない、魔導兵装だ。力を込めれば込めるだけ、強度が上がっていく。
単純に固くなるのではない、しなやかさも増していく。単純に固い物体はぶつかり合った時の衝撃で容易に破壊されてしまう。この世界に存在する力は、自分の知る物理法則を容易く超越してくるのだと、クロードは思った。刀自身も業物だ。銘こそ刻まれていないが、いい刀を貰ったと思う。だからこそ、クロードは勝たなければならない。
「僕はあなたが嫌いなんです。勘違いストーカー男には分からないでしょうが、僕があなたに構うのはあなたをこの手で殺すためだということをお忘れなく」
「いーぃじゃねえかぁ! 殺そうとしている時は俺を見てくれるってことだろゥ!?」
「変態と話が通じるとは思っていませんでしたが……ここまで来るとイライラしてくる」
クロードは地を蹴った。この男はすぐさま処分しなければなるまい。場合によってはこの程度の男に奥義を見せることになるだろう。そうクロードは思った。




