表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
帝国散華
74/187

演説

 大気が緊張に震えているように、俺には思えた。腰に掛けたフォトンレイバーと、背負ったフォトンシューターがやけに軽く感じる。周囲のピリピリした空気に当てられ、俺の緊張感さえも高まっていたのだ。いったいこれから何が起こるのだろうか。

 いや、分かっている。戦争だ。定義としての戦争からはずれるかもしれないが、多くの人々がぶつかり合い、殺し合うことに変わりはないだろう。眼下の大庭園では完全武装した騎士や教会騎士たちが、今か今かと出撃のタイミングを待っているようだった。


「……尾上さん、御神さん。この戦い、いったいどうなると思いますか?」


 空気の重圧に耐え切れず、俺は二人に問いかけた。俺の仕事は遊撃だが、御神さんや尾上さんはそれぞれ持った仕事がある。御神さんはその火力を使い、防衛を行う騎士たちを支援すること、尾上さんは戦場の観測、及び遠隔支援を行うことになっている。サードアイの能力と尾上さんの持つ軍隊装備を使えば、かなりの範囲をカバー出来る。


「敵の規模、及び装備に関してはまだ不明な点が多い。どうなるかはまだ分からないね」

「あいつらの主力兵装はアサルトライフルとか、ショットガンだったはず……」

「グランベルクでは見通しのいい場所が多かったから、そう言う装備を使ったのかもしれないけどね。ただ、今回は平原での殴り合いだ。遮蔽物も少なく、隠れられる場所もほとんどない。しかも、最後の遮蔽物である森から教会までは五百メートルも離れていない」


 俺は森の方を見た。ほんの数週間前、俺たちはマーレン山を目指してあの森を越えて行った。今度はあそこから敵が出て来ると考えると、妙な気持になってくる。


「砲とかロケットランチャーとかミサイルとか、そんなのを使ってくるんでしょうか」

「ロケット砲は装甲目標がいないから、使ってこないとは思うけどね。でも、迫撃砲や焼夷弾を使ってくる可能性はある。この状況じゃ射程のアドバンテージはほとんどない」


 《エル=ファドレ》の中世的な世界が、凄惨な現代戦の様相を呈してきている。俺たちが、『真天十字会』が持ち込んだテクノロジーが、世界を確かに破壊している。この先に何があるのだろうか? 彼らはいったい、何を求めているのだろうか?


「僕たちの考案した小細工が、少しは功を奏してくれるといいんだけどね……」


 そう言って、尾上さんは戦場となる平原を見渡した。数日前とはその様相は一変していた。小細工でしかないかもしれないが、それが役に立ってくれればよかった。善良な騎士たちが、これ以上死ぬのを見るのはもうごめんだった。

 そして、尾上さんは持ち込んだ鞄を撫でた。その中には、彼の秘密兵器がいくつか入っているのだという。大きさからして、ランチャーの類だろうか? 市街戦では使いようがなかったが、こうした平原での大規模戦闘では大層役に立つものなのだろう。戦争のプロとしての尾上雄大の力が、今この世界で発動しようとしているのだ。


「安心せよ、シドウ。戦うのは騎士団やお前たちだけではない、一騎当千、怪力無双の教会騎士団の全力を持って、この脅威に当たっておるのだ。安心せよ、負けぬよ」


 御神さんが俺のことを励ますようにしていった。教会騎士団の人々は、『帝国』の騎士ほど装備が充実していなかったようだが、その分各個人の練度が高いと聞いている。剣、槍、鎌、拳、弓に至るまで、武芸百般に精通しているという。しかも、教会で教育を受けているため、豊かなインテリジェンスを持っているという。精強にして精緻、それが教会だ。この戦いにおいて、その力がどれほどのものとなるのかは未知数だったが。


「拙者の方からも、銃に対する脅威を伝えてある。みな、それが分からぬわけではない」

「実際に銃と戦うのが初めてだってのが、気になりますけどね」

「安心したまえ、シドウくん。呪言(じゅごん)を唱えていれば矢弾おそるるに足らず、なんて無知蒙昧な集団じゃあない。理知によって制御された軍隊なんだからね」


 尾上さんはかつて大戦期に起きた反乱を引き合いに出して俺の不安を払拭しようとした。こうしてみると、こちらの世界の人の方が二十世紀の人々よりも先進的であるように思えてしまうから不思議だ。少なくとも彼らは銃弾の中に飛び込んで行ったりはしない。


「もちろん、不安がないと言えばウソになる。我が騎士団は実戦経験が足りていないし、敵は我々の知らぬ武器を使いこなす。騎士団のみながみな、拙者のように武に長けているわけではない。恐れを抱き、すくみ上り、戦うことが出来なくなるものもいるだろう」


 御神さんの戦力分析は冷静なものだった。普通、自分の属する組織に関しては色眼鏡というか、少しばかり甘い評価をするものだと思ったが、その評価は手厳しい。けれども、その理由を俺はすぐに知る。御神さんは俺の両肩を掴み、目を見て言った。


「だからこそ、彼らを危機から守ってやってほしい。お主らや、拙者でな」

「俺にどれだけのことが出来るかは分からねえっす。けど、やれるだけやってみます」

 御神さんは首を横に振った。


「お主は強くなった。自信を持て。己が進む道をしっかりと見据え、その道を進むために研鑽を重ねる。お主の剣は、必ずや人々を守ることが出来るであろう」

「そうだね、シドウくん。キミは強くなった。初めから見て来た僕が保証するよ」


 尊敬する二人に褒められて、さすがに悪い気はしない。というより、舞い上がってしまいそうになる。けれども、俺はそれを律する。喜んでばかりはいられない。


「連中の手勢である《エクスグラスパー》は、俺よりも強い連中ばっかりです。あいつらと戦うには、みんなの強力が必要不可欠です」

「そういう自分の力を信じていないところもいい。キミはもっと強くなれるよ」

「うむ、過度の自信は慢心となり、慢心は研鑽を止める足かせとなる。自らの力を誇り、それでもそれにおぼれぬ精神性が必要だ。常に考えよ、シドウ」


 さっきから二人は俺のことを高評価し過ぎではないだろうか。いくらなんでもさすがにむずがゆくなってくる。二人して俺を担ごうとしているのではないかという疑念さえも頭をもたげてしまう。俺はため息を吐き――


『総員、傾注! 皇のお言葉である! 皆のもの、心して聞くがいい!』


 ちょうどその時、大気を震わせる大声が、辺りに響いた。確か、この世界には声を拡散するという演説向きの魔法石があると聞いていた。恐らくは、それを使ったのだろう。大村さんの声が辺りに響き渡る。その声には、怒気が含まれているように俺には聞こえた。


「戦闘開始前の訓示か……まあ、こんな時じゃないと出来ないだろうからねぇー」

「アリカがやるんですかね、こういうの。あいつ、城の人からは好かれてましたけど、こんなところで訓示をやるようなキャラじゃないと思うんですけど……」

「あるいは、フェイバー騎士団長がやるのかもしれないね。彼は人気があるから」


 尾上は双眼鏡を取り出し、演説を行うであろう大教会のテラスを見た。確かに、フェイバーさんはやり手だ。帝都の混乱を上手く脱し、これだけの戦力をアルクルスに集中させたのだから。しかも、ここで敗北した時のことを見越し、帝都周辺領地の貴族たちに『共和国』に逃れるよう文を送っているという。その手筈は尾上さんが整えてくれた。

 彼はあまりに有能だ。もしかしたら全てわかっているのかもしれないな、と俺なんかは思ってしまう。そのあたりを差し引いても、彼は絶大な支持を勝ち得ていた。


「……ん!? なんだ、ありゃ。いったいどういう状況なんだ……?」


 尾上さんは望遠鏡で何かを見たようで、大層驚いていた。何だろう、と思ったがすぐ分かった。次に魔法石から聞こえて来た声は、聞き慣れた声だったからだ。


『皆さん、初めまして。僕の名前は花村彼方、帝都から逃れて来たものの一人です』

「はぁっ!? 彼方!? 彼方がなんで!?」


 俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。周りにいた弓兵たちが訝しむような視線を向けて来た。尾上さんと御神さんが制してくれたおかげで、俺は我に返る。


「何で彼方があんなところに? 逃げてきた子供って、あいつだけじゃないでしょ」

「さあねえ、でも、逃げて来た子供の中で戦えるのは彼一人だけかも……」


 俺たちはひそひそと言い合ったが、どうして彼方くんがあそこにいるのか、納得できる理由を言い当てたものはなかった。俺たちの動揺をよそに、彼方くんは続ける。


「なぜ僕がここにいるのか。分からないと思います。ですが少しだけ、話をさせてください。僕は帝都で、彼ら『真天十字会』の攻撃によって父を失いました」


 俺たちは顔を見合わせた。帝都に、まだ見ぬ父親がいたというのだろうか?

「僕の父の名は、ハインツ=イル=ヴィルカイト。『帝国』皇帝、その人です」


 思わず吹き出してしまった。周りにいた弓兵がジロリと俺のことを睨んできたので、むせながらもなんとか体勢を立て直し、素知らぬ顔で話を聞いた。


「どういうことなんですか、尾上さん! あいつの親父のこと聞いてないですよ!」

「そんなこと僕に言われたって困るよ! 僕だって聞いたことないんだから!」

「うむ、拙者も長いことアルクルスにいるが……しかし聞いたことがないぞ」


 俺たちの動揺をよそに、彼方くんの演説は続いていく。


「皆さんの中にも、家族を殺された人がいるでしょう。友を失った人がいるでしょう。愛する人を亡くした人がいるでしょう。その怒りは正しいものだと、僕は思います」


 彼方くんは憎悪を煽る。それがフェイバーさんに言われたことなのか、それとも彼方くん自身の心なのか、それは分からなかった。だが、その演説は堂に入っていた。


「そして、そうでない方々にも知っていただきたい! 愛する人々を理不尽になくす怒りを、悲しみを! その激情を糧に、戦っていただきたい!

 まだ失っていない人々は、大切なものを守るために! 亡くしてしまった方々は、二度と悲しみを広めぬために!

 彼らは怪物だ。《ナイトメアの軍勢》を使役し、世界を滅ぼす『闇』の軍勢だ! 大いなる混沌から世界を守る、これは聖戦だ!

 神より賜った大地を守るための戦いだ!」


 彼方くんの演説は徐々に熱を帯びていく。弓兵の一人が涙を流しているのが見えた。

 『真天十字会』との戦争としてみれば、これはある意味当然の演説だ。敵を憎め、蹴落とし、滅ぼし尽くせ。相手は同じ人間ではない。だから戦え。自分たちが人間であるために。だが、そんな言葉があの優しい彼方くんからこぼれて来るとは思わなかった。


「恐れることなく突き進みましょう! 僕たちには神の加護がついている!」


 彼方くんは右手を天に掲げた。その指に嵌められた指輪が光り輝く、そして形を取った。神より与えられし神器、アポロの剣へとその形を変えていく。刀身が光り輝き、天に向けられた刃から光が放たれた。夕闇に染まる空を、白く照らしていく。


「彼らに応報を! 世界を守る意思を、ここに示しましょう!」


 熱狂が天十字教会を包み込んだ。言うなれば、これは宗教戦争。『光』と『闇』、神と悪魔、邪悪なものと神聖なもの。世界を正常(・・)な形に戻すための戦い。太古より予言されてきた聖戦の瞬間であり、人間の尊厳を取り戻す征伐(クルセイド)


 俺は気持ちの悪さが拭えなかった。何かが引っかかって、しかしそれを形に出来なかった。何かがおかしいと思いながらも、何がおかしいのか俺には分からなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ