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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
帝国散華
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次なる嵐への備え

 目覚めたとき、俺は馬の背に揺られていた。身じろぎしようとしたが、出来なかった。どうやら厳重に止められているようだった。まあ、拍子に俺が落ちてしまってもつまらない。そんなことを考えつつも、荷物扱いされているようでいい気はしなかった。


「おはよう、シドウくん。目が覚めたみたいだね、調子はどうだい?」

「荷台に括りつけられる荷物の気分が分かりましたが……まあ、調子は悪くないっす」

「ありがとう、よく分かったよ。キミが無理をしているってのはよく分かった」

 どういうことだろう。確認しようとしたが、俺は少しも動けない。


「まだしばらく寝ていたまえ。アルクルスまでかなりの距離があるからね。しかも、連中がどれほどの速度で追ってくるか分からないから、強行軍になる」

「あれからいったいどうなったんですか? 彼らは、『帝国』の騎士なんですよね?」


 俺は辺りを見回した。俺たちの一団だけでなく、よく鍛えられた軍馬に跨った甲冑を纏った人々が多くいるのが見えた。皆一様に疲弊しているし、傷を負っている人たちもいる。痛々しい血痕の付いた包帯を巻いている人、片目を失った人、四肢の一部を失った人。傷の状態だけで言うのならば、俺のものよりも遥かに酷い。


「グランベルクから脱出してきた人たちの一団さ。騎士団長フェイバーの号令で、みなあの街を脱出して来たのさ。このままでは勝ち目がない、って言ってね」

「自分の雇い主を捨てて、逃げてきたってことですか?」


 言葉は非難めいたものになってしまったが、それも致し方ないのではないか、と思う自分がいる。市街地に広く浸透された時点で、騎士団の敗北は決まっていた。見慣れぬ武器、見慣れぬ戦法、そして《エクスグラスパー》。勝ち目は、少なくともあの場では一つもなかった。ならば一時撤退し、再起を図るのが大人のやり方というものだ。


「考えようによっては、アリカくんを守る兵力が確保出来たとも考えられるだろう。彼らはこのまま、僕たちとともにアルクルスまで向かい、教会の庇護を求めるようだ」

「あいつらとこのまま、戦争みたいなものになっちまうんでしょうか?」

「それは分からない。彼らの目的はいまのところ、不明だ。相手が何を求めているか分からない以上、軽はずみに今後の予測を立てることは出来ないだろう」


 俺はあの男、ガイウスが言った言葉を思い出した。新しい世界を築き上げる、そう言った。それ以外のものを滅ぼすとも。それ以外のものとは、果たして『帝国』だけなのだろうか。敵対する『共和国』、奴が言うところの愚かな天十字教会、ひいてはこの世界。あの男は、この世界すべてを敵に回し、破壊するつもりなのだろうか?


「そういうことを考えるのは後でいいだろう。シドウくん、キミは傷を治すことに専念したまえ。アリカ皇女を救い出すために、キミはかなり無理をしているのだから」

「結構きつかったのは確かですけど、大丈夫です。俺の体ならバッチリ……」

 そう言って、改めて自分の体を見つめ直してみて、俺は驚いた。傷が治っていない。


「自分の能力をあまり過信しなさんな。きっと、許容量というものが存在するんだ。グラーディと戦った後のことを思い出したまえ。キミは三日間、生死の境を彷徨ったんだ」


 あの時も傷の治りが遅かったが、今回は何というか、質が違う。まるで直っていないのだ、遅いのではない。俺は自分の体の変調に、密かに困惑した。

――それを望むのならば、代償は大きい――

 俺の脳裏で、あの時感じたこと、思ったことが再生される。あれはいったい、誰との対話だったのだろうか? 内なる自分自身との対話、という奴だったのだろうか? あの直後、俺は自分の限界を超える力を発揮することが出来た。これはその代償なのか?


「ゆっくり休んでいたまえ。キミは今回無理をし過ぎた。そして、その無理に見合うだけの報酬を手に入れたんだ。いまはそれに満足して、ゆっくり休みたまえ」

「報酬……あっ、そう言えば、アリカたちはいまどこにいるんですか?」


 辺りを見回してみても、アリカや彼方くんの姿を確認することは出来なかった。尾上さんの口ぶりから考えると生きているのだろうが、この目で見ないと信じられない。


「先頭の方だね。選りすぐりの兵隊たちに守られているよ。僕たちはそれの殿。アリカ皇女の身に何かあったのならば、それこそ『帝国』は終わってしまうからね」


 彼女こそが、『帝国』に残された最後の希望。あの小さな双肩に、そんな重いものを押し付けていいのだろうか。俺には分からない。彼女は強い、それでも。

 そんなことを考えているうちに、睡魔が襲ってきた。目を開けていることすらも辛い。俺がアリカを助けるために背負った代償というのは、思ったより大きいのかもしれない。


 幸いなことに、マーレン山を越えるまでの間に襲撃はなかった。二日かけて俺たちは国境線沿いまで辿り着いた。そこで、護衛の兵士たちの何人かはそこに残ることになった。


「我々が最後の防波堤となります。皇女たちのことを、お願いいたします」


 壮絶な覚悟を持って足止めに当たる彼らのことを、俺は直視出来なかった。あまりにも、彼の決意は尊過ぎて、眩し過ぎた。誰の監視も受けていない場所、逃げ出すことだって出来るだろう。けれども、彼らが逃げ出さずに任務に当たると、俺は確信していた。

 マーレンから二日かけて、俺たちは天十字教総本山であるアルクルスに辿り着いた。先にこちらに辿り着いていたフェイバーさんが事情を説明してくれていたようで、俺たちは手厚い歓迎を受けることになった。穏やかな宗教都市、アルクルスは物々しい雰囲気に包まれており、この間来た時とはまったく様相が変わっていた。

 武装した教会騎士団員が、慌ただしく駆けていく。俺たちはそんな彼らを尻目に、大教会へと急いだ。この街に入って来た途端、召集を受けたのだ。騎士団でもない俺たちが呼び出されるとはいったいどういうことか。まったくわけが分からない。


 四日経って、俺はようやく両足で立てるくらいには回復していた。相変わらず、頭にのしかかってくるような倦怠感があるが、しかし今更そんなことを気にしてはいられない。

 大教会、応接室。そう言えば、俺たちはここで司教様と話をしたんだったな、と俺は思い出した。まだ一月も経っていないはずなのだが、遠くに来たような感じになる。


「よく来てくれた。まずはアリカ皇女殿下の命を救っていただいたこと、礼を言う」


 応接室で待っていたのは、フェイバーさんだった。彼はあの時とは違い、立ち上がり俺たちに深々と礼をした。その隣には大村さんも控えている、彼は団長付きのエリートだ。


「前置きはともかく、なぜ軍属でもない我々をここに招集したのでしょうか?」


 クロードさんは会話を急かした。フェイバーは頷き、俺たちに座るよう促した。ここに呼ばれているのは俺、クロードさん、尾上さん、御神さんの四人だ。クロードさんは俺たちのリーダー的な存在だし、尾上さんは『共和国』の密偵、御神さんは教会の高位聖職者だ。彼らに囲まれて俺がいることに違和感はあるが、そうも言っていられない。フェイバーさんからは相変わらず、この集団の形式的なリーダーと思われているのだろうか。


「彼らは『真天十字会』を名乗り、武力行使を行っている。心当たりはあるか?」

「その名前には心当たりはありませんが、恐らく僕たちが追っていた組織と見て間違いはないでしょう。その構成員が帝都で活動しているのを、僕たちは見ていますから」


 俺はグランベルク城で見たこと、すなわちクロードさんたちが戦った四人の《エクスグラスパー》や銃を持った兵士たちとガイウスとの関係、俺たちが追っていた三石が一段と行動を共にしていたこと、そしてガイウスが彼らのリーダーであることを話した。


「《エクスグラスパー》の集団、この世界のものではない武器。それらを使って、ガイウスはこの世界を制圧しようとしていると。そういうことなのかね?」

「あくまでガイウスが言っていたことを信じるのならば、ですけど……」

「あいつらの手にかかりゃあ、妄言と言い切れねえのが辛いところだな……」


 大村さんは悔しげに歯噛みした。直接彼らと戦った分、彼らの脅威は身に染みて理解しているのだろう。特に、銃を持ったゴロツキに城を制圧された今の心境は筆舌にし難いだろう。しかし、どのようにしてこの世界を制圧するつもりなのだろうか?


「フェイバーさんは、彼らが直接的な攻撃に打って出ると考えているんですか?」

「判断しかねるところだ。規模としては、彼らはそれほど大きくはないだろう。港での戦闘では少数の構成員が倒されると蜘蛛の子を散らすように逃げて行ったというし、軍隊としての練度はお世辞にも高いとはいえない。帝都が制圧されたのは、それが周到に用意された奇襲作戦であったということが大きい。武器のアドバンテージがあるとはいえ、アルクルスの城塞を越えて来るのは容易ではないだろう。しかし……」


 そこでフェイバーさんは言葉を切った。不確定要素がある、すなわち《エクスグラスパー》という存在、そして彼らが使役していた《ナイトメアの軍勢》。


「恐れを知らず突撃してくる《ナイトメアの軍勢》によって初撃を叩き込み、混乱したところに銃火器を装備した戦力を投入。局所戦闘においては《エクスグラスパー》を投入すれば大概のことはどうにかなるでしょう。はっきり言って下さい、フェイバーさん」

「彼らが自分たちの武力を背景に、こちらに攻めて来る可能性は非常に高いだろう」


 フェイバーさんは言い切った。それは俺たちも理解しているところだ。奴らはこの世界を破壊し、変えようとしているのだ。古い世界の象徴である天十字教会など、彼らにとって唾棄すべき級世界の遺物に過ぎないのだろう。


「これからどうするつもりなんですか、フェイバーさん。天十字教会と共闘して、あいつらを、『真天十字会』とやらを待ち受けるつもりなんですか?」

「それでは足りない。だから私はキミをここに呼んだのだ、『共和国』の尾上雄大」


 さすがにバレていますよね、とでも言うような、いたずらっ子のような表情を尾上さんは作った。そしてすぐに真剣な顔に戻り、フェイバーさんを真正面から見た。


「それならば、僕が『共和国』との橋渡しになりましょう。ですが、よろしいので?」

「これはアリカ皇女殿下の判断でもある。いまこそわだかまりを解消すべき時だ、と」


 アリカの判断。それは、平和な世界を願っていた皇帝陛下の願いでもある。すべての人族が融和する。容易くはない道を、皮肉にもそれを否定する男が作ったということか。


「それならば、アリカ皇女殿下はすぐにここを発つ必要があるでしょうね」

「理解している。だが、状況はそれほど簡単ではない。いま、ここには船がない」


 なんですと? 俺は素っ頓狂な声を上げそうになってしまった。


「機械に不具合が出たため、修理中だ。もう一隻は昨日飛び立っている。我々がアルクルス島から『共和国』領に渡るためには、船の修理を待つほかないということだ」

「船の修理をしている間に、『真天十字会』の襲撃がないとは限りませんね」

「だからこそ、我々はキミたちをこの場に呼んだのだ」


 フェイバーさんは再び立ち上がり、深々と頭を下げた。恥も分外もそこにはなかった。


「アリカ皇女の護衛、そして『真天十字会』との戦いのためキミたちの力を貸してくれ」

「我々のようなアウトローが、どれほど役に立つかも分かりませんがね」

「我々は戦力を必要としている。キミたちはその力を持っていると判断したのだ」


 そんなことを言われずとも、俺の心は決まっている。俺は立ち上がった。


「他の人がどうなのかは、知りません。けど俺は、戦うって決めていますから」

「俺は、ではありませんよ。シドウくん。俺たちは、でしょう?」

 クロードさんも立ち上がり、ウィンクを一つした。頼りになる人だ、本当に。


「しかし、戦力が必要だと言っても具体的には何をすればいいのでしょうか? 僕たちには軍隊経験はありませんし、実際軍属であった尾上さんにしてもこちらの世界の軍とは指揮系統が違い過ぎますからね。かえって混乱が広がるだけではないのでしょうか?」

「その点に関しては心配ない。キミたちはエクスグラスパーの遊撃戦力だ」

 遊撃戦力? つまり、通常の戦闘には参加しなくていいということだろうか?


「基本的な戦いは、訓練と命令の行き届いた兵士や騎士たちが執り行う。そこで脅威になってくるのが、通常戦力とは隔絶した戦闘能力を持つ《エクスグラスパー》だ。彼らは個の力でありながら、集団の力をあっさりと凌駕する。そこで、だ」

「我々が《エクスグラスパー》との一対一、ないしは複数対複数の状況に持ち込む。そうなればエクスグラスパーもこちらの方に対応せざるを得ない、ということですね」

「ご理解いただけたようで幸いだ。キミたちには一番危険なことを担当してもらうが」

「味方の足を引っ張るよりずっとマシですよ」

エクスグラスパー戦の他、大型ナイトメア戦も担当してもらうことになるだろう。要するに、キミたちは大物喰らいの英雄だ。存分に暴れてくれたまえ」


 フェイバーさんはニヤリと笑った。やることがシンプルなのはいい。考えなくて済む。


「もちろん、了承させていただきます。よろしくお願いします、騎士団長閣下」

「それから、飛行船修理の剣ですがこちらに適任が一人います。我々の仲間であるトリシャさんは構造分析と再現を行う《エクスグラスパー》能力を持っていますからね。戦線に投入するより、後方支援を行わせた方が彼女の力を活かせるでしょう」

「助言、感謝する。早速トリシャ嬢に連絡を取ろう」


 そこから先は、とんとん拍子に決まっていった。放った斥候が手に入れた情報によると、『真天十字会』の軍勢は帝都から順次出立、マーレンに向かっているらしい。各地の村々を併呑し、物資を奪いながら行軍を続けている。そのため、行軍速度は非常に速い。補給という概念がない世界であるから、当たり前であるのだが。

 『真天十字会』の軍勢がこちらに到達するまで、およそ三日。それまでに迎撃の体勢を整えること、そしてアリカ皇女脱出の手筈を整えること。俺たちに与えられた時間は短く、そして貴重なものだ。やらなければならないことが、俺たちにのしかかって来た。


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