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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
帝国散華
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いつか戻るべき場所

 簡単に出ることは出来ないとは思っていたが、まさかこれほどとは。俺はアリカを庇いながら通路の先を見た。扉一枚を隔てた先には銃を持った兵士がこれでもか、というほど待機している。《エクスグラスパー》の力による反撃を恐れてか、それぞれ距離を取っている。あれでは彼方くんのビームでも一掃することは出来ないだろう。階段はその先だ。


「ディスラプターが時間を稼いでくれてるが、いつまで保つか分からねえな」

「ど、どうすればいいんでしょうか。シドウさん」


 どうすればいいのか、と言われても困る。もはや変身の力は俺から消え失せて久しい。ここは城の三階、安全に降りられるような迂回路は存在しない。窓一枚隔てた先に、俺たちの目的地があるというのに。とはいえ、こうなったらやるしかないだろう。


「ったく、仕方ねえな。アリカ、ちょっとの間目ェ閉じてろ」

「え……? し、シドウ? な、何をするつもりなんですか?」


 抗議するアリカを無視して、俺は彼女を抱き上げた。見た目通り軽い体だ。さて、どうなるかは分からないがもはやこれしか手はない。クロードさんたちのフォローに期待だ。

 そんなことを考えながら、俺は駆け出した。

 高価そうなステンドグラスに向かって。


「えっ!? し、シドウさん!?」


 踏み切り、全体重を窓に掛ける。手間と金をかけたのだろうが、すまない。壊すときは一瞬だ、何でもな。降り注ぐガラス片からアリカの体を庇い、空中で反転。背中から地面に着地するように調整する。上空を振り仰いだクロードさんと目が合った。

 どうやら、生け垣に突っ込むことが出来るようだ。これは幸運。そんなことを考えていると、五秒も経たないうちに俺の体が地面に到達した。生垣に突っ込んだとはいえ、あの高さから落ちて来たのだ。俺の体を凄まじい痛みが襲う。バラバラになりそうな痛み。


 しかも、俺の決死行に気付いたゴロツキどもが三階の窓を破壊してこちらを狙ってきているのが見えた。まだまだ動かにゃならん、俺は生け垣の上を転がりアリカに覆い被さった。直後、アサルトライフルの連射音が聞こえて来た。体で弾が放たれたのを感じる。

 三階から打ち下ろすようにして射撃を行っているが、その攻撃は非常に雑なものだ。俺の体に到達する弾もそれほど多くない。多くないとは言っても、一撃一撃が必殺の威力を持っているのだが。アリカが俺の体の下で叫んでいるのが見えた。


「綾花剣術一の太刀、天破斬空ッ!」


 クロードさんの叫びと、風を切る音が聞こえて来た。それから遅れて、三人ほどの男がだみ声を上げて倒れた。

 さすがはクロードさん、すぐに始末してくれるとはありがたい。俺はアリカの上から体をどかし、地面に寝転がった。もはや指一本動かない。


「シドウくん! しっかりしなさい、大丈夫ですか! シドウくん!」

「へへ、ありがとうございます、クロードさん。おかげさまで、何とか生きて……」


 出て来られた、といおうとして腹部に凄まじい痛みが走った。肋骨かどこかが折れているのだろうか、とにかく喋るのすら辛かった。俺を支えようとする手がある、アリカだ。


「これからいったいどうするんですか? 私たちは、いったい……」

「船を使ってこの地から逃れます。騎士団は既に壊滅しております、アリカ皇女殿下」


 俺は寝転がりながら目だけを向けた。大村さんに支えられて、御神さんがそこにいた。彼女も傷だらけになっており、見ようによっては俺よりも状態がひどかった。


「騎士団が壊滅したって……いったい、どういうことなんですか?」

「その話に関しては、後にしましょう。まずはここから出るのが先決ですよ」


 クロードさんが耳元に手を当てた。尾上さんから受け取った通信機を使っているのだろう。御神さんは大村さんを制し、自分の足で立ち上がった。彼はそれを了承すると、今度は俺の方に近付いて来た。今度は、俺の体を持ち上げた。


「ええ、シドウくんたちの確保は完了しました。これより脱出します」


 クロードさんは尾上さんと何事かを話し合っている。その間にも、俺たちは移動を続ける。とにかく城から離れろ、ということらしい。彼方くんも途中で合流し、俺たちの一団は市街地まですぐに到達した。途中でクロードさんが立ち止まる。


「尾上さんたちはこの街の東門を奪還したそうです。騎士団の残存兵力と共闘し、港を襲撃してきた連中を撃退することに成功したそうです。僕たちを待っている、と」

「東門、ということは我々が入って来たのと同じところを使うことになるのか」


 皮肉な話だ。入って来た時と、出る時とではまったく事情が違っている。それでいて、俺たちの当初の目的を知ることが出来たのだから。三石はガイウスと共闘し、この地で何かを成そうとしている。分かったところで、虚無感が俺を包み込んだ。


「ついて来てください。連中は城に集中しています、いまなら市街地は手薄だ」

「奴らの目的は城の制圧にあるっていうのか? いったい、どうして……」

「何らかの目的があることは確かですが、それを推し量ることは出来ないでしょう。少なくとも、皇帝暗殺のためにこれほど大規模な行動を起こす理由はありません。それについても、ここを脱出してからでいいでしょう。行きますよ、皆さん」


 俺は大村さんの背に揺られながら、城を仰ぎ見た。燃えていた、すべてが。あの場にあったすべてのものが、『帝国』という存在すべてが燃えているように、俺は思えた。


 東門は厳重に封鎖されていた。クロードさんは耳元に手を当てる。


「クロード=クイントス、到着しました。門の外に出たいのですが」


 クロードさんがそう言うと、門の閂が外された音が聞こえた。市街地で散発的に続いていた銃声が、こちらに近付いてきている気がした。

 気持ちだけがはやる。ほんの数秒間だったのだろうが、俺にとっては永遠に等しい時間だったように思えた。


「よし、全員いるね? キミたちが着たら出港する手はずになっている、行くよ」


 門の外から尾上さんが顔を出して来た。その顔にはべったりと鮮血が付いている。銃火器の扱いを得意とする彼がこんな風貌をしていたことは、いままでなかった。彼が接近戦を挑まなければならないほど、状況は逼迫していたということだろうか。

 俺たちは開かれた扉の中に滑り込んだ。運よく、奴らが来る前に市街地からの脱出を図ることが出来そうだ。尾上さんは息を吐き、一隻の船を指さした。


「あれに乗ってここから出ることになる。みんな、先に乗っていてくれ」

「バリケードを築くなら、手伝いますよ。あなた一人では骨の折れる作業でしょう」

「この少年を寝かせるスペースはあるか! 皆、疲れていると思うがご協力願いたい!」


 御神さんは俺を寝かせるスペースを確保してくれているようだ。大袈裟だ、そんなことをしなくても俺は大丈夫です。そう言おうとしたが、口が上手く動かなかった。口だけではない、体全体から力が抜けて来る。ヤバイ、これは、マジで死ぬかも。


 そう思った瞬間、俺の全身から力が抜けた。

 闇が俺に覆い被さって来た。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


「シドウ! しっかりせい、こんなところにまで来て、死ぬなッ!」

「シドウさん!? しゅ、出血がひどすぎますわ! い、医薬品はありますか!?」


 漕ぎ出そうとしていた騎士たちは面食らっただろうな、とクロードは思った。シドウの負った傷はあまりにも深い。特に最後、アリカを逃がすために落ちてきた時のダメージがひどそうだ。あの時はあの方法しかなかったのかもしれないが、最悪頸椎が折れ二度と歩けなくなっているかもしれない。無事で生きて帰って来たが、それだけが心配だった。

 横にいる尾上も、かなりの激戦を潜り抜けてきたようだ。顔色が悪い、脂汗をかいている。そこまで観察して、クロードは尾上の脇腹から出血があることに気が付いた。


「……尾上さん、その傷はどこで負ったんですか?」

「皆との奪還の際にちょっとね。脇腹を抜けて行った。安心したまえ、クロードくん。弾は貫通しているし、この位置ならば内臓も傷ついていない。派手に出血しているだけさ」


 尾上は青い顔になりながら、精一杯強がった。最後の木箱を二人で押し、扉は完全に封鎖された。これならば破城槌でも持って来なければここを空けることは出来ないだろう。門ごと吹き飛ばされたらどうにもならないのだが。


「さあ、行こう。いつまでもこんなところに留まっているわけにはいかない。だろう?」

「ええ。僕たちは彼らを連れて、一刻も早く正気の世界へと戻る必要がある」


 戦場も、鉄火場も、同じように狂気の世界だ。そんな世界に、子供がいるべきではない。そんなところにいていいのは、捨てていい命を持っている連中だけだ。


「クロードくん、キミがいてくれてよかったよ。キミなら、みんなを守ってやれる……」

「……これから死ぬようなことを言わないで下さい、尾上さん。あなたに言われたから本気にしたんですよ。あなたの傷が、死ぬほど深いものではないってことをね」


 クロードは尾上に肩を貸した。背後では乱暴に扉を叩く音が聞こえて来る。思想信条も存在しないようなテロリストたちだが、確かな力を持った連中だ。


「これからどうするつもりだい、クロードくん。どこまで逃げるつもりなんだ?」

「アルクルス島に行き、そこでどうするかは考えなければなりませんね。『帝国』の方々に相乗りするか、あるいは彼らと別れてこの戦いから抜け出すか……」


 言ってから、選択肢はあってないようなものだな、とクロードは思った。シドウは必ずこの戦いを続けるというだろう。彼にとって、このような騒乱は許せない存在だからだ。


「怖いのならば抜けていってもいいんですよ、尾上さん?」

「いいね。白い砂浜、青い海と空。誰にも束縛されない空間でのバケーション……」


 クロードの皮肉に、尾上は冗談で返して見せた。彼とて、この戦いから一抜けする気はないようだった。傷を癒せば、彼はきっと立ち上がってくれる。タラップから船に乗り込むと、桟橋が外され、船が発進した。最初は人力、残りは魔法石による推進。

 原理としては飛行船と同じようだが、物体を飛ばす必要がない分こちらの方が速いように思えた。


 このままグランベルクから離脱することが出来る。

 クロードは安心し、息を吐いた。


 直後、閉鎖していた東門が爆発した。クロードは立ち上がり、船員たちと同じように門を見た。もはや、門は跡形もなく消えていた。何らかの爆薬を利用したのだろうか? いや、この世界の技術で門をまとめて破壊できるほどの威力を確保できるはずがない。魔法石の可能性も考えたが、御神の剣でもあんなことは出来ないだろう。

 考え得る可能性があるとすれば一つ、敵軍の《エクスグラスパー》だ。


 港の桟橋に、一つの人影が現れた。百メートルほど離れているため、ほとんどの人間にはその全容ははっきりしなかった。だが、クロードはしっかりとその目でその男を見た。ボサボサになった薄緑色の髪、ボロボロになったダスターコート、上下を覆うピッチリとしたボディスーツ。褐色の肌に銀色の瞳が映えた。男はサメのような笑みを作った。

 そして、掌を船に向けて来た。そこに、光が現れた。光はどんどん膨張し、炎の球となった。一秒後、そこには巨大な火炎弾が現れていた。あまりの熱量に大気が揺らぐ。


「バカな、『日輪』と『熾天』でもあれほどの炎は作れんぞ……!」


 御神は男が生み出した炎を見て驚愕した。男の唇が動いた、『バァン』とでも言うように。巨大な火炎弾が船に向かって近づいてくる。あの速度、回避は不可能だ!


「綾花剣術一の太刀、天破断空」


 クロードは船から飛んだ。御神が叫ぶのが聞こえた気が、彼にはした。それを無視し、彼は刀を抜き放った。圧倒的抜刀速度から放たれる衝撃波と、彼の刀が放たれた火炎弾にぶつかった。烈風は炎をかき乱し、クロードの剣速は炎を両断した。

 綾花剣術に伝わる形なきものを切る秘奥、霞切り。炎も、光も、彼にとっては切れるものでしかない。もしかしたら、この世に存在しない霊魂のような存在であっても。

 両断された火炎弾が空中で炸裂した。花火めいた美しい光が天に瞬いた。クロードはその反動で船に帰還、桟橋にいる男を見た。憎々し気な視線が向けられる。


「クロード、無事か!?」

「僕は大丈夫です。しかし、厄介ですね。船を使ってこっちを追ってくる気です」


 こんなことになるなら沈めておくんだったな、とクロードは思った。あの男の部下と思しきゴロツキどもが、次々と船に乗り込んでいるのが見える。この距離では船を切ることが出来ない。奴らの中には、操船に長けたものたちも存在するのだろう。


「安心したまえ、クロードくん。彼らが追いかけて来るということは分かっていた……」


 そう言い、尾上が懐からスイッチを取り出した。無線操作式のようで、それを押すと桟橋に泊まっていた船が爆発した。中に侵入していた兵士たちもろとも。


「爆薬も持って来ていたんですか? 入念さには驚かされるばかりですね……」

「こういうことがあるかもしれない、って考えていたからね。元々、工作活動のために各地に武器を隠しておいたんだけど……こんな形で役に立つなんて思わなかったよ」


 どれほどの武器を隠しているのかは知らないが、しかし驚くべき周到さだ。『共和国』の工作能力もかなり高いのだろう、帝都にあれほどの火器を忍ばせられたのだから。


「まったく、《エクスグラスパー》というのは厄介な連中だな。あのような……」


 船尾に出て来たトリシャが嘆息した。

 自分が戦闘型の《エクスグラスパー》でないことを気にしているのだろうか。だが、彼女の強さは戦うことにあるのではない。


「一応、報告しておきましょう。トリシャさん。どうやらこの戦いは僕たちにとっても無関係ではなくなったようですね」

「どういうことだ? まさか、さっきの攻撃を放ったのは……」


 奈落の底に突き落としたと思っていたのに、こんなところで再会することになるとは思ってもみなかった。いや、死者がこの世界に再誕するところから予測すべきだったのかもしれないが。ともかく、この世界にも倒すべき敵は確かに存在しているようだ。


「火星最大最悪のテロリスト、ヴェスパル=ゼアノートが参加しているようです」


 かつて断ち切ったはずの因縁が、再び自分の身に降りかかって来た。人の縁というものは簡単に断ち切ることなど出来ないのだと、クロードは痛感した。


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