皇城死闘:前編
「クロードさん……御神さん……大村さん……! どうして、ここに!」
「どうして、と言われてもな。お主こそなぜこんなところに来た。危険に過ぎるぞ」
呆れたような言葉を吐きながらも、しかし壮絶な笑みを向け俺の肩を叩いた。二刀はすでに鞘に納められているが、すぐにでも抜き放てるようになっているのだろう。隙だらけであるはずのこの状況で、踏み込んで来るものは一人としていないのだから。
「こいつらは『帝国』の敵だ……ならば、俺はこいつらと戦う義務がある!」
大村さんは圧倒的な力を持つ《エクスグラスパー》を前にして、少しも怯んでいないようだった。ただの人間であるはずの大村さんは、勇気を振り絞ってこの場にいる。
「言ったでしょう、シドウくん。僕だけなら、見捨てる選択肢だってあるってね」
ニヤリと、クロードさんは笑みを向けて来た。その隙を見逃さず、コンラッドは再び姿を消した。クロードさんは腰を落とし、どっしりとした構えで掌打を放った。巨大トラック同士の正面衝突めいた音が辺りに響き、城の柱に何かが激突した。コンラッドだ。全身の穴という穴から血を吹き出し、ぴくぴくと震えている。
「さて、周りをクルクルと回る能力者は退場したようです。あなたたちはどんな手品を見せてくれるのでしょうか? 少しは楽しませてくれるといいのですが」
俺が影も捉えられなかった高速移動の男を、クロードさんはあっさりと倒して見せた。あれこそが綾花剣術地の構え、大地を踏みしめ、踏み込みの力を威力へと転化するカウンタースタイル。クロードさんが最も得意とする戦闘スタイルだ。
「なるほど。貴様も《エクスグラスパー》か。ならば少しは楽しめそうだな」
熊めいた男が唸るようにして言った。コンラッドやオカマ、コスプレ女と違ってあからさまに隙がない。他の連中とは格の違う戦士、というわけだろう。クロードさんも奴を見て鼻根を寄せた。とっとと包囲を突破しなければならないというのに、厄介な。
「面倒ですね。シドウくん、ここは任せて先に行きなさい」
「なっ……く、クロードさん! そいつは危険すぎる! こいつらは……」
俺たち全員で対処しなければ、と思ったが、きっとクロードさんならこいつら全員を相手にしたって生きて帰ってくるだろう。そんな安心感があった。それがこの人だ。
「キミはキミの目的を達成しなさい。助けを待っている人がいるんでしょう?」
「……そうっすね。こいつらへの対処、頼みましたよ! クロードさん!」
熊のような男が訝しげな視線を向けて来る。拝んで驚きやがれ、クソ野郎。
「大村さん、あなたもシドウくんと一緒に行ってください。頼んでいた件ですが……」
「緊急事態だからな、仕方ねえだろう。それから、シドウ。こいつを持っていけ」
そう言うと、大村さんは背負っていたものを俺に向かって差し出して来た。それは、フォトンシューターだった。細部が変わっており、つまみが二つになっている。『POWER』と『SPEED』となっているので、銃弾の威力と射出速度をコントロールするためのものなのだろう。だが、セイフティのある場所につけられたボタンは何なのだろうか。少なくとも、この前の試射の時にこんなボタンはなかったはずだ。
「トリシャさんたちのこともありますから、さっさと終わらせて帰りましょう」
「我々を容易く排除できるとでも思っているのか? 甘く見られたものだ――!」
熊めいた男が踏み込んで来る。俺はそんなものに構っていられない。フォトンレイバーのトリガーを引き、レイバーフォームへの変身を遂げる。大村さんが俺にしがみついてくる。スラスター出力は人一人を乗せても問題のないものだ。スラスターに点火する。
俺の体が浮かび上がり、エントランスの上に設置されたテラスに向かって一直線に飛んで行く。ゴロゴロという不吉な音が鳴り、俺の頭上に暗雲が立ち込める。しかし、それはすぐに消える。クロードさんが放った飛刀が、コスプレ女の肩を抉ったからだ。
地獄の鬼めいた低い叫び声が下から聞こえて来る。そして甲高い金属同士の衝突音。二つ、三つと放たれた追撃の飛刀は、熊のような大男によって遮られたようだった。
俺と大村さんはテラスに着地、すぐさまテラスの扉を開き、城の内部に進入した。これならば、不可思議な雷によって追撃を食らうこともないだろう。
「シドウ、俺にはやることがある。お前はお前の目的を達成しろ!」
「気を付けてくださいよ、大村さん! あいつら人を殺すことを何とも思ってねえ!」
「分かってるよ、んなことはな。お前こそ気を付けろ!」
大村さんは素早く駆け出した。銃声がしない方向に。俺が目指すのは、銃声のする方向だ。まだ戦いは続いている、ということはまだ奴らが目的を達成していないということだ。俺は石造りの通路を駆けていく。守るべきものを、この手で守るために。
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城内庭園で、二人の男女と三人の男女とが向き合う。
先ほどまでは四人だったが、一人減った。熊めいた大男がコスプレ女を守った隙を突いて、放たれたもう一つの飛刀がコンラッドの眉間に突き刺さったからだ。いかに高速移動をすることが出来ようと、静止した状態で攻撃を食らえば、死ぬ。《エクスグラスパー》の肉体強度は人間のそれと変わらない。シドウや大男のような、一部の例外を除けば。
秘められた《エクスグラスパー》の力が指向性を失う。コンラッドは爆発四散した。
「リチュエ、ローズ。この男はどうやら、我々の想像を越える使い手らしい。全力を持ってこいつを倒すぞ。こいつを除けば、後は……ザコだ」
大男が肩を回した。肉体に力が籠められ、膨張していくような錯覚をクロードは覚えた。歴戦の相撲取りめいた、巨大な肉体。脂肪の鎧の下には強靱な筋肉と強固な骨格が存在するのだろう。
ドーピングと文字通りの肉体改造によって常軌を逸した肉体を手に入れた、暗黒地下興業格闘技選手めいた存在だ。負ければ死の過酷なフィールドで戦い抜いて来た、リスク無視のスリルジャンキーたち。強い、直観的にクロードは悟った。
「御神さん。ドレスの女の相手は任せました。どうにもああいうのは苦手です」
「おかしな呪術を使うようだな。任せよ、神の威光はまやかしを突破する」
御神は二刀を抜き、眼前で交差させた。刀の一本でも貰いたかったが、あの刀では自分の斬撃には耐えられまい、とクロードは思っていた。なるほど、魔法石によって常軌を逸した力を手に入れてはいるようだが、刀としての出来はそこらの数打ちと変わらない。
(さてと、それでは僕はローズと熊さんの相手をしないといけないわけですか……!)
不意に、クロードの腕が閃いた。
何事か、御神は目を凝らした。そこには、石の皮膚を持った蛇のようなものがいた。それが、クロードの手刀によって打ち砕かれているのだ。ローズが悔し気に唇を噛んでいるのが見えた。
「キーッ! あの子といいあんたといい、アタシのカワイイ子をよくもーッ!」
「それは失礼いたしました。可愛い子供は家に置いておくべきでしたね……!」
クロードは踏み出した。何らかの遠隔操縦型端末を生み出す能力をローズは持っているのだろう、と判断した。ならば、この状況でもっとも厄介なのはローズだ。奇襲を受ける危険性を抱えたままで、あの熊と戦うのはぞっとしない。構えを取る。変幻自在、攻守一体の水の構え。しかし、その前に飛び出してくる影がある。
大男だ。大岩のような印象を覚える拳を握り、繰り出してくる。筋肉量のせいか、動きは緩慢だが、それでも何者を持ってしても止まらないような、そんな気迫に満ち溢れている。クロードは跳び込み前転の要領で拳をかわす。前転し、跳び上がるようにして蹴りを放った。揃えられた両足が生み出す破壊力は、大男の体をも吹き飛ばす――
しかし、現実はそうはならなかった。クロードは鉄の塊を蹴っているような、そんな感覚を受けた。何かがおかしい、大男の体を蹴り後退、着地した。
「ふん、なるほど。速いな……技もある。しかし、それでは足りぬのだ」
あれは人間の体を蹴っている感触ではなかった。サイバネティクスにより、肉体を機械に置換し、鋼鉄の皮膚を纏っているのだろうか? だが、そんな感じの動きではない。
「名乗らせてもらおう。俺の名はビショップ=ディノ。地上最強の格闘家だ」
ディノは拳を打ち鳴らした。鉄の塊を打ち付けるような音がした。
「我が力、『砕けぬ金剛石』、その身に受けよ!」
「お断わりですよ。あなたのような方と打ち合うのは、ね!」
クロードは着地と同時にサイドステップ、跳びかかって来る石の蛇を避けた。避けた方向にディノが飛び込んで来る! その巨躯からは想像も出来ないほど俊敏な動きだ! ディノは丸太のような足を振り上げる!
クロードは連続ステップでそれを回避! 伸びきった膝関節に向かって拳を打ち下ろす! しかし起こるのは金属音のみ!
硬い。まるで鉄を殴っているような感触がクロードの手にはあった。恐らくは、ディノ能力は硬化であろう、とクロードは推察していた。実に困ったことになったな、とも思っていた。クロードの打撃力を持ってしても、ディノの肉体を打ち破ることは出来ない。これならコスプレ女とやり合っていた方がマシだったのではないか、と思った。
着地したディノはどっしりと構え、張り手を繰り出して来た。一切の強化を施していない力士のものであっても、その威力はトラックとの正面衝突に例えられる。今日か力士の張り手は、チタン合金の柱を容易に破壊するだけの威力を秘めている!
クロードは回避に専念! 後方のローズに向かう算段をつけるが、しかしディノには隙がない! 連続張り手でじわじわとクロードの逃げ場を奪っている!
(さてさて、これは御神さんの働きに期待しなければならないようですね……!)
一方で、御神もまたリチュエと呼ばれた女の猛攻を前にして攻めあぐねていた。
「さっきは不意打ちを食らっちゃったけど、真正面の戦いならッ!」
リチュエと呼ばれた女は傘を振るった。するといきなり突風が御神に襲い掛かって来た。瞬間、御神は足を止める。その頭上に暗雲がいきなり立ち込める! 空は相変わらずの快晴、異常気象というにはあまりにも異常過ぎる光景だ! 御神は側転を打つ! 直後、彼女がいた場所に向かって雷が落ちた! 地面が焼け焦げる!
(避雷針は完備しているはず。なのに拙者を狙いしましたように落ちて来るとは!)
落雷のメカニズムは解明されていないまでも、どのようなものに向かって雷が落ちて来るか、ということを《エル=ファドレ》の人間は理解している。落雷がもたらす被害は甚大であり、生存環境を狭めかねない天災であるからだ。ゆえに、グランベルク城には避雷針が完備され、直接的な落雷被害を受けない作りになっている。
(と、なればこの落雷も突風もこ奴の力であることは明白! ならば……)
御神は右の『日輪』を振るった。炎の塊がリチュエに向かって飛んで行く! 彼女の体を焼き溶かしても、まだ衰えぬほど強大な勢いを持った炎! しかし、それは徐々に減衰していく。彼女の周りで吹く、台風めいた突風の威力によってだ。勢いを減じた炎は、やがて火種すらも残さずこの世界から消えて行く。伊神は思わず舌打ちした。
「諦めなさい! この魔法少女リチュエちゃんに傷をつけることなんて出来ないわ!」
「……少女? いい大人がそのような格好をして、恥を知れッ!」
埒が明かない。そう判断し、御神はリチュエに向かって飛びかかった。彼女の周りを渦巻く突風の思考性が、御神に向かって行く。彼女の体は風によって吹き飛ばされる。
「んー、聞こえないわねオバサン? 私が、いったい、何だって?」
城塞のあたりに暗雲が立ち込める。また落雷か、そう御神は思ったが、違った。そこから現れて来たのは、爪先大の氷の塊、雹だ! 凄まじい数の雹が、凄まじい速度で御神に向かって落下してくる!
左の『熾天』に炎を纏わせ、なぎ払う。雹は消え去った。
「実に多彩な攻撃……! まるで天候そのものを操っているような……!」
「よく分かったわね! これがリチュエちゃんに与えられた魔法の力、『天気雨降り雪の日も』! 火を出すだけのあんたとは違うんだから!」
リチュエはパチン、とウィンクを一つした。断続的に落ちて来る雹に、御神は迎撃が間に合わないと判断。頭を守りながら駆け出した。細かな氷の粒が彼女の体を打った。
(不覚、これが《エクスグラスパー》の力……拙者の鍛えを、上回るというのか!)
御神結良は優秀な神侍であり、戦士であった。教会では彼女に勝てる人間など存在しなかった。すべてをその刀によって決め、すべてを刀によって切り開いて来た。家柄はそれほどよくなかったが、彼女は鍛錬と才覚によってすべてを勝ち取ってきたのだ。
(結良よ。お前は強い。だが驕ることなかれ。お前をも上回るものが存在する)
師匠の言葉が、上司となった司祭の言葉が、御神の脳裏に蘇ってくる。
(師よ。確かにその通りだ。私より強い人間は、確かに存在する……)
短い旅路の中で、彼女は自分の力が絶対ではないということを思い知らされた。《エクスグラスパー》ケイオスを前に、彼女は何も出来なかった。三石明良に成す術なく制圧された。そして今隣で戦っているクロード=クイントスという男がいることを知った。
(そうだな、師よ。私の力は絶対ではない。しかし……!)
御神は防御姿勢を解いた。彼女の端正な顔に、美しい肢体に、いくつもの雹が打ち込まれ、彼女を苛んだ。攻撃を放っているリチュエの方が、驚き顔を歪めた。御神は眼前で『日輪』と『熾天』を交差させ、魔法石の力を解放した。彼女の刀を炎が覆い、吹きあがった炎が刀身よりも長く伸びた。炎を纏った刀を構えたまま、彼女は突撃した。
(拙者の鍛えが無駄になる。そういうことではない……!)
御神結良は信じている。自分の鍛えは、自分を裏切らないと。乗り越えられない壁はないと。信じて突き進めば、必ず眼前の壁を突き崩すことが出来るのだと。自分よりも弱く、未熟で、しかし諦めることを知らない男の顔が、彼女の脳裏に去来した。
「防げるというのならば、防いでみるがいい! 奥義、双刃轟炎波ァーッ!」
ほぼゼロ距離で、御神は二刀を振り抜いた。風のフィールドと二刀とがぶつかり合い、大気を揺らす。その衝撃は、遠くで打ち合っていたクロードとディノにも感じられるほどだった。
そこから一瞬にして、事態は動いた。衝撃に気を取られたディノの股下を、クロードは潜った。力を込めるため、四股立ちになっていたのが仇になったのだ。
リチュエが悲鳴を上げた。炎の勢いは、彼女が巻き起こした風の勢いに少しだけ勝った。半狂乱になったリチュエは、乱雑に腕を振るった。御神が風に砲弾によって吹き飛ばされる。
股下を潜ったクロードに、石の生物が襲い掛かって来た。それをかわし、蔓のようなものを引き千切り、クロードは進んだ。背後には振り返ったディノ、伝説に語られる『電車道』めいた型を取り、突き進んで来る。それでもクロードよりも遅い。
クロードが一瞬にしてローズと肉薄する。ローズは中国象形拳めいた構えを取り、五指を広げたまま腕を振るった。その掌には口のようなものが付いている。吸血生物を生み出し、自身も吸血生物と化す。それがローズに与えられた能力なのだろうと、思った。
クロードは手刀を振り上げる。ローズの手首が、切断された。鮮血が辺りに舞うが、しかしローズが悲鳴を上げるよりも先にクロードはかち上げるようにして掌打を放った。ローズの顎が粉微塵に粉砕され、浮き上がった。クロードは止めを刺さずサイドステップ。
直後、クロードを轢殺するために運航していた巨大電車めいた男がローズと接触。一瞬にしてローズの筋肉と骨格はバラバラになったのだろう。壊れた操り人形のように、手足をバラバラの咆哮に伸ばしながら、ローズの体が吹き飛んで行き、壁に接触して消えた。あとに残ったのは、壁にへばりついた血と肉と骨片だけだ。




