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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
帝国散華
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プロローグ:終焉開始の数分前

 世界が終わる数分前のこと。いまから三十分ほど前のことだった。

 『帝国』首都、グランベルク城には『帝国』の重鎮が結集していた。これは異例なことだ、普段彼らは自分の領地を収めることに躍起になっているのだから。皇帝は貴族たちに爵位と領地、そして資本を与え、その代わり領地で得られたものを税として徴収する。税の徴収が滞れば、最悪爵位を剥奪される。自らの食い扶持もなくなる。領地経営は彼らに科せられた使命であるとともに、命を繋ぐために必要なことなのだ。


 そのため、余程のことがなければ貴族がこのように、首都に来ることはない。もしあるとすればそれは皇帝からの招集がかかった時であり、そしてそれはいまであった。

 グランベルク城『円卓の間』。城の一階部分に備えられたこの部屋には十二脚の椅子がある。かつて《エル=ファドレ》を救ったとされる十二人の勇者に倣い、『帝国』には特別な地位と権力を持つ十二人の特任貴族が存在する。それが一堂に会している。尋常な事態ではないことを、十二人は肌で感じていた。ピリピリとした緊張感が漂う。


「このような時の招集をかけずともよいのに。皇帝も、まったく……今年は不作でな」

「不作? 日が出んのか、貴殿の領地では」


 禿げ上がったちょび髭の貴族が愚痴をこぼすのを、隣に座っていたもう一人の貴族は聞き逃さなかった。年齢不相応に長く伸びた髪は彼の外見年齢を幾分か引き下げたが、それでも皺だらけになった顔つきは彼が老齢に入ったことを如実に表していた。


「いや、逆だ。日が照り過ぎているのだ。今年は例年になく暑かったからな」


 ちょび髭の貴族、西方辺境伯ディース侯は大きなため息を吐いた。今年の春は例年になく暑かった。アリカ皇女の誕生日を祝っているようだが、有難迷惑だ。普段領民や配下の人間に、こんな顔は見せないだろう。彼がここまで弱気を見せるのには、理由がある。

 隣に座った長髪の貴族、南方伯ガイウス=ギリー=ヴィルカイト伯爵がいることと無関係ではない。ヴィルカイト、という名が示す通り、彼は皇帝家に連なる人間だ。とはいえ、直系ではない。養子であり、現皇帝ヴィルカイト七世との間に血のつながりはない。だが、それは彼が有能な人間であることと矛盾はしない。


 天才的な領地経営手腕。飴と鞭を巧みに使い分け、領民たちの歓心を買いながら彼らを恐怖によって支配している。彼は税を滞納した領民に対して一切容赦のない行動を取ることで知られているが、逆に納税状況がいい領民には驚くほど寛容であることも知られている。彼に召し上げられ、農民生活に終止符を打ったものも片手の数では足りない。

 彼の手腕に支えられ、南方は『帝国』の穀物庫としての地位を確かなものとしている。地方の貴族からのやっかみを多分に受ける立場であるが、彼らに切り崩されるほどやわな人間ではないため、問題にはなっていない。恐ろしいほど頼りになる男なのだ。


「しかし、この時期に召集をかけるとはな。恐らくは、あれの件なのだろうが」

「こちらにはあまり被害が及んでいないとはいえ、痛ましい出来事が多く起きていると聞く。それへの対応を協議するというなら、領地を出てきた価値があるというものだがね」


 公言することは避けられているが、ここにいる十二人は自分たちが招集されてきた原因を理解している。すなわち、《ナイトメアの軍勢》への対処。ここ数年で活動が活発化してきた異形の生物に対する対応を協議するのだろう。かつては深い森に入っていかなければ出会うことのなかった怪物が、いまは街道にも出現するようになっている。

 ディース侯にとっては対岸の火事にも等しい出来事だったが、しかし愛する『帝国』にとっては決して放置できない出来事だ。そして、それに対応するためならば金と人を出す用意が彼にはあった。目下、彼を悩ませているのは日照りによる収入の減少とそれに伴う人余りだ。農作業からあぶれた人々が、故郷では列をなしているのだから。


「しかし、いまになってなぜ《ナイトメアの軍勢》が? あれは神代の名残でしょう」

「かつてはおとぎ話の中の存在であった。だが、いまは現実に存在しているのだ。なぜそれがそこにあるのか、ということは一先ず置いておけ。現実に対応する方が先だ」


 現実主義者にたしなめられ、ディース侯は恥じ入った。確かにその通りだ。


「ガイウス侯は、この事態に際して軍備を増強しているそうですね?」

「《ナイトメアの軍勢》に対処するためだ。少し兵を増やした。批判もあるだろうが、我が領地を守ることが先決であるが故。何か言いたそうな顔をしておるな?」

「いえ、決してそのようなことはありません……」


 目の前に現れた脅威に対処するために、軍備を増強する。何もおかしなことではない。

 ましてや相手は人間ではない、対話の通じぬ《ナイトメアの軍勢》なのだから。対処することが出来るのは、現実に存在する武力だけだ。


「そういう意味では、皇帝陛下の対応は手ぬるいと言わざるを得ないだろう」

「え?」


 耳を疑った。皇帝の叙任を受けた十二人の貴族が、雑談とはいえ皇帝を批判するとは、ディース侯は思ってもみなかったからだ。何を意図して、そんなことを言っているのか。それを確認しようとしたが、扉が開かれた。十二人が一斉に立ち上がった。


「楽にせよ。前置きは今回必要ない。早速だが本題に入らせてもらおう」


 ヴィルカイト皇帝が、全員に座るよう促した。よほど切迫している状況なのだな、ディース侯は襟元を正し、他人事で参加していた自分の不見識を内心で恥じた。


「皆も察しはついていると思うが、今回諸君らを招聘したのは《ナイトメアの軍勢》についての対応を協議するためだ。これは所領のみならず、『帝国』全体の、そして《エル=ファドレ》という世界そのものにとっての危機であると認識してもらいたい」


 ディース侯はゴクリと生唾を飲んだ。自分の領地ではまだそれほどひどい被害は出ていないが、まさかそれほどのものになっているとは。思ってもみなかった。招聘された十二人、そしてヴィルカイト皇帝を含めた十三人に本会議の資料が配布された。


「ゴブリンタイプ、オークタイプの出現数増加。更にはサイクロプスタイプやドラゴンタイプも確認されている。公式発表はされていないが、城にも怪物が出現した」


 議場がにわかにざわめき立つ。まさかこの城に《ナイトメアの軍勢》が現れたなどと、誰も想像もしていなかったのだろう。当たり前だ。ここは世界で一番安全な場所のはずなのだから。加えて、自分もそうなるのではないかという恐怖も彼らに襲い掛かって来た。平静を保っているのはガイウス侯だけだった。


(さすがはガイウス侯、このような事態も想定してお出でだったか……)


 ディース侯は内心でガイウス侯への評価を更に高めた。一種の崇拝ととってもいいだろう。彼はなぜ、ガイウス侯が皇帝に選出されなかったかを疑問に思っていたのだ。現皇帝よりも、彼が皇帝になったほうがいいのではないか。そんな不遜なことを考えていた。


「我々の領地でも村が壊滅する被害が」「こちらでも」「鉱山が占拠された」


 十二人の貴族は、口々に自分たちの領地にもたらされた被害について口にした。まるで競い合っているかのようで、傍から見ている分には滑稽極まりないものだった。


「《ナイトメアの軍勢》の脅威がおとぎ話ではなく、現実のものである、という認識は、この場にいる全員が共通して持っているものだと思っている」


 皇帝は念を押すようにしていった。

 十二人の全員が頷いた。否、ガイウス以外が。


「《ナイトメアの軍勢》、何するものぞ。我らの軍団にかかれば脅威とはなるまい」

「十二人の貴族の中でもっとも広い領地を持ち、もっとも強い権限を持つ貴公の軍団にかかれば、そうであろう。だが、それだけの余裕を持った領地だけではないのだ。開拓領地のものたちは自分たちの糧を得るだけでも精一杯だ、それを……」

「それを手ぬるいと言っているのです、皇帝陛下。いまがどのような状況だと?」


 ガイウス侯は勢いよく机を叩き、立ち上がった。その言葉にはどこか侮蔑的な色が見えるような気が、ディース侯にはした。皇帝も訝しむような視線で彼を見ている。


(いったい何を言っているのだ、ガイウス侯は? こんな公の場で皇帝批判など……)


 それに、このような場で批判的な言説を取るのは適切でないように、ディース侯には思えた。いまは挙国一致し、《ナイトメアの軍勢》への対抗策を話し合う場であるはずだ。各領地で兵員に裂ける人数は決まっている。その中で最善の対処をする、あるいは人手の余っているところから兵員を派遣しよう。そのような流れになっているはずだ。


「民の安寧などにかまけていては、脅威に対処することなど出来ますまい。民草などというものは、放っておけばまた生えてくるような存在。世界に影響を与えることは出来ない。この世界を動かしているのは、我々なのだ」


 大窓から眼下の街を見下ろすガイウス。誰もが、同じことを考えていた。

「乱心されたか、ガイウス侯。言うに事欠いて、そのような」

 全員の心情を皇帝が代弁した。ガイウスは何も返さない。薄い笑みを浮かべるだけだ。


「戻られよ、ガイウス侯。その言説、決して許してはおけないものだ。はずみ(・・・)で出たとは言えど、あなたをこれ以上十二貴族の末席にも置いておくことは出来ない」

「皇帝陛下は、私を実力を持って排除するとでもおっしゃるつもりか?」

「処分は追って通達する。部屋に戻られよガイウス侯。ここはあなたの居場所ではない」


 ガイウスは振り返って、円卓のメンバーを見た。

 狂気の如き笑みが、そこにはあった。


 その背後で火柱が上がった。

 街から上がった炎は、彼の体を逆光で照らした。


「なんだ……! 何が起こった!」


 円卓の誰かが、街で突然上がった火柱を見て言った。ガイウスはその光景を見てもなお、笑みを崩さなかった。その手を振り、全員に座るように促した。


「まあ、まあ。このようなこと、気にするまでもないではないか。落ち着き、跪け(・・)


 立ち上がった円卓の貴族たちが、一斉に円卓に這いつくばった。もちろん、それは彼らの意図するところではない。立ち上がろうともがいているものもいるし、勢いよく円卓に打ち付けられ気絶しているものさえもいる。皇帝は力に抗いながらガイウスを見た。


「なっ……にを、した……! この、押さえつけるような力、お前の仕業か……!?」

「さすがは皇帝陛下、鍛錬は欠かしていないようだ。哀れなほどの努力ではあるが……」


 ガイウスは微笑を浮かべながら言った。目の前にいる存在が、いったいどのようなものなのか、皇帝は分からなかった。これほどの怪物が、円卓に紛れていたのか?


「貴様、本当にガイウスか……! 狐狸の類ではあるまいな……!」

「まぎれもなくガイウス=ギリー=ヴィルカイトだよ。かつてこの庭園で夢を語り合った男に間違いはない。キミの目は間違ってはいない、ワケを話そうじゃないか」


 ガイウスは窓の前に座っていた円卓貴族の一人、ディース侯の肩に優しく手を触れた。少なくとも、皇帝にはそう見えた。だがディース侯の体は横から杭を打たれたように吹き飛んで行き、壁面に激突。頭蓋骨の砕ける嫌な音が、円卓の間に響いた。ガイウスはそれに何の感慨も抱いていないようで、主を失った椅子に腰かけた。


「かつて我々は理想に燃えていた。人類はみな平等、一つの存在だと本気で信じていた。けれども、私は領地を経営するうちに真実に気付いた。|人間は一握りしかいないんだ(・・・・・・・・・・・・・)」

「なにを言っている、お前……! この大地に生きる人間は、すべて……」

「理想的な物言いは変わっていないな、ハインツ」


 ガイウスは侮蔑的に笑いながら、彼の幼名、ハインツ=イル=ヴィルカイトの名を口にした。それを知るという事実が、目の前のガイウスが本物であることの証明であった。


「だがね、人間というものは思考をする存在だ。考えながら生きているものが、どれほど存在しているかな?

 自らを枠に押し込め、考えることなく日々の生活を送るもの。

 宗教という固定観念にとらわれ、自分自身の意志を持たずに暮らすもの。

 森の中で獣同然に生きるもの。それらが果たして人間と言えるのだろうか。

 そう私は思っているんだ」

「当たり前だ……! 人間は誰しも、必死に考えながら日々を生きている! お前が嘲った人々も、平等に! いまを生きるために、みな必至で生きているのだ!」

「ハッハッハ、そう言うと思っていたよ。だが私にはどうしてもそう思えなくてね」


 立ち上がり、ガイウスはゆっくりと皇帝に近付いて行く。円卓貴族の頭を撫でながら。


「思考せぬ人間は人間ではない。その象徴が彼ら十二人の貴族だと思うのだよ、私は。彼らは与えられた役目を成し遂げることに腐心し、そこから先に向かうことにまったく興味がない。世界をよりよくすることが彼らの役目なのに、彼らは現状維持で満足している」


 頭を撫でられた貴族の体が、まるで折りたたまれるようにして潰れていく。もちろん、そんな状態になって生きていける人間がいるはずもない。円卓貴族の一人が死んだ。


「無駄なシステムに率いられた世界は停滞の後に死ぬと相場が決まっている。私は停滞を打ち破り、流動的な世界を作る。それが真なる皇帝として私がすべきことなのだよ」


 にこやかな笑みを浮かべながら十二貴族を連続殺!

 その魔手は皇帝へと延びようとしている!

 その猶予はあと四、三、二……!


「陛下! 失礼いたします! 市街地で連続した爆発事故が発生しております!

 さらには、《ナイトメアの軍勢》を見たという報告もあり、まし、て……」


 その時、伝令の兵士二人が扉を開いた。何らかの非常事態が発生した時は、すぐにこの場に来るように言い使っていたのだ。ガイウスが侵入者に目を向ける。その瞬間、皇帝に掛けられていた力が減衰する。その隙を見逃さず、彼は立ち上がった。


「ガイウス=ギリー=ヴィルカイト、謀反である!」


 彼は短く言いながら通路に躍り出た。城の内部も騒然としている、なまじ防音の利いた部屋であったため、周囲の状況把握が遅れてしまったのだ。


「ガイウスは不可思議な術を使う! 直接交戦は避けよ、騎士団長はどこに!」

「まだ城の中にいるはずでアガァァァァァァァ!?」


 話しているうちに、兵士の一人が吹き飛ばされ、壁に激突した。だが、先ほどのような威力は存在しない。遠距離攻撃に向いていないのか? それとも触れていることと何か関係が? 思考が皇帝の頭を駆け巡ったが、しかし今はその時ではないと判断した。


「騎士団長を探せ! そしてこの事態を通達せよ! ガイウスを拘束するのだ!」

「はっ、はい! 喜んでッ!」


 兵士は弾かれたように駆け出した。皇帝はその逆に走る。ガイウスが自分を追ってくるのが見えた。通路に飛び込む。ガイウスがなにをしているのかは分からないが、彼の視界に入るのはマズいように思えた。だが、彼を引きつけねばなるまい。体が重い。


(アリカ……お前もまだ、この城にいるのか……!?)


 娘の安否が気になった。だが、それを気にしている暇はなかった。


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