エピローグ:終末の音色
後ずさり、俺たちは十字路まで辿り着いた。その前後左右から、同じように《ナイトメアの軍勢》が現れる。今度はゴブリンだけではない、バリエーション豊かだ。俺たちが出会ってきたオークのような怪物だけでなく、不定形のスライムめいた敵もいる。
「いったい何がどうなっている! どうして帝都にこれほどの敵が!?」
「そんなこと、俺が知るか! 俺だって初めて見たんだ!」
ゲームでは帝国の地下水道が化け物で満ち溢れているのは、ある種の『お約束』だが、そんなことはないようだ。当然、そうなれば自分たちの生存さえ脅かされるのだから当たり前だ。尾上さんとトリシャさんは銃を構え、大村さんも剣を抜いた。
「御神さん! 右側を一掃して下さい!
尾上さんは左、トリシャさんは後ろ!
僕は前を担当します。
大村さん、尾上さんのフォローを。シドウくんはトリシャさんを!
エリンくん、周囲を警戒! 基本的にはリンドくんのフォロー、何かあったらすぐ知らせること!
リンドくんはフローターキャノンで足りないところを補って下さい!」
クロードさんは瞬時に指揮を出し、前方のゴブリン軍団に向かって駆けて行った。右側にはスライムめいた怪物が多い、御神さんの炎なら焼き切れると判断したのだろう。尾上さんの方にはオークが多いように見える。機動力は低い上、下は水だ。足を取られて更に鈍る、尾上さんの火力ならば問題なく対処できる。近付いたら大村さんの出番だ。
ならば、俺に割り振られて後方は? オークやゴブリンが中心だが、中には見たことのない怪物がいる。平たく言えば、オオカミのような姿をした怪物だ。四本の足でしっかりと地面を蹴っている。しかも、水のない場所を選ぶ程度の知恵はあるようだ。あれに寄られたら、俺たちの作戦は瓦解する。変身しながら、俺は剣を握る。
地面を蹴り、壁を蹴り、三角跳びの要領で俺を飛び越えようとした獣の軌道上に剣を振るう。これで倒せればよかったが、瞬時に反応した化け物は剣の腹を踏んだ。ガクンと崩れかかるが、かろうじで踏み止まり、振り抜く。獣は剣の上で跳ね、着地した。そこにフローターキャノンのビームが襲う。獣は連続跳躍でそれを避ける。
「オークどもを狙ってくれ、二人とも! 間に隠れられて対応がし辛い!」
「シドウ、レイバーフォームとやらはどうした! 出し惜しんでる場合じゃないだろ!」
「あれじゃスピードが乗り過ぎて、こんな狭いところじゃ使えないっすよ!」
レイバーフォームは直線的なスピードには優れているが、このような狭い場所ではそのスピードを生かしきれない。壁に激突するのがオチだ。しかも、レイバーフォームの力を使うと相当な疲労がある。疲労というと俺がサボっているみたいだが、そうではない。半端ではない倦怠感と脱力感に襲われる。規格の合っていない力を使った代償かもしれない。ともかく、この場でレイバーフォームは使い物にはならないだろう。
とはいえ、剣は使える。遥かにいい。一瞬、獣と俺が睨み合う。その横合いからオークが突っ込んで来る。体格的には普通、こいつはヒーローではない、雑兵だ。左腕に炎を纏わせ、放たれた拳を払い、カウンター気味の裏拳を顔面に叩き込む。紫色の炎はオークの顔面を容易く焼き払った。しかしそれと同時に獣が飛びかかって来る。
獣が大きな口を開く。噛み付きだ。あの鋭い牙で噛まれれば、俺のラバー装甲など簡単に貫通してしまうだろう。俺は剣でガードする。刃を獣が噛んだ。凄まじい力だ、だが俺はそれに負けじと思い切り剣を振り下ろした。獣が空中を引きずられるようにして地面に叩きつけられた。首がへし折れる感触があった。力なく獣は口を開く。
「どうだ、人間様の知恵を舐めてんじゃねえぞ! 四足歩行風情が!」
前線を張る俺に向かってくる《ナイトメアの軍勢》は多い。
だが、トリシャさんの後方支援とリンドの放ったフローターキャノン二機によって、その多くが倒されている。獣の間を縫って現れるオークやゴブリンも、いまや俺の敵ではない。
むしろ、獣の行動を邪魔してくれる分、こいつらの存在がありがたく感じられるくらいだ。
(しかし、こいつら何でこんなところに! あの結晶が原因なのか……!?)
思考した俺に向かって獣が飛びかかって来る。俺は手を広げ、それを前に繰り出した。噛め。その意志を組むかのように、獣は真っ直ぐ俺の手に向かってくる。バカバカしいほど大きく開かれた口が俺の手を噛みちぎる刹那、炎を出現させた。漆黒の獣は内側から燃やされ、その体にトンネルめいた穴が開いた。そして、完全に燃え尽きる。
「クソッタレ、キリがねえ! こいつらいったいどこから来ていやがるんだ!?」
「キリがないってことはありませんよ、シドウくん!」
天井につくほど巨大なオークが、他のオークを押し退け現れる。これに対処するのは骨が折れるな、そんなことを考えていると、俺の背後から飛び込んで来る影があった。もちろんクロードさんだ、三角跳びの要領で地面、壁、天井を蹴り、巨大オークの首筋を蹴った。凄まじい蹴りの威力を受け、オークの首が曲がってはいけない方向に曲がった。
見ると、背後のゴブリンは完全に殲滅されていた。無残な屍を晒したそれらは、『食濁魚』によって食い散らかされている。あんなものでも、あいつらは食べるのか。ゾンビ映画のように死骸を食った動物がゾンビにならなければいいのだが。
「数は確実に減っています。一体一体、確実に仕留めて行きましょう」
「とはいえ、どれだけやればいいのか分からない状況ではね!」
裏拳でオークの顔面を撃ち、振り上げられた棍棒めいた武器を握り受け止める。棍棒を引くとオークの体はその力に耐え切れずこちら側に引かれて来る。その体に思い膝蹴りを叩き込む。いずれも炎を纏った攻撃、オークの肉体はその威力に耐え切れず崩壊する。クロードさんはクロードさんで、手刀と足刀で迫り来るオークを切り裂いて行く。
「背後からの脅威は取り除きました、一旦後退しますよ! 皆さん!」
「となりゃあ、前方の脅威を取り除かなきゃいけないってわけっすね!」
待っていました、とばかりに俺はフォトンレイバーのトリガーを引いた。フォトンレイバーの柄から俺の心臓に向かってエネルギーが送り込まれる。
すると、胸部装甲が展開され、続けてショルダーアーマーとスカート部分が展開。更にガントレットと具足の装甲がアップグレードされる。最後に背部装甲と推進用ブースターだ。ブースターに火を入れ、剣を構える。敵が直線状に並んでいるこの状況ならば、レイバーフォームが使える!
轟。解き放たれる時を待っていたように、ブースターが歓喜の声を上げた。衝撃波が発生し、水面に波が立つ。俺の体は瞬間的に加速、二十メートルはあった最初のオークとの距離を一瞬にして詰める。刀身が淡く紫色の光を放った。剣を振るうたびに、数体のオークが切り裂かれる。刀身の長さよりも、広い範囲を切り裂いた。
フォトンレイバーの刀身は、瞬間伸びていた。注ぎ込まれたエネルギーによって、瞬間的に伸張しているのだろう。返す刀でもう一度なぎ払い、眼前を塞ぐオーク軍団を切り裂く! 最後に待っているのは、再び現れた高身長のオーク英雄!
この狭い空間ではレイバーフォームと同様力を存分に発揮することは出来ない単なる壁! 構わず俺は、大上段に剣を振り上げ、振り下ろした。何の抵抗も出来ず英雄は真っ二つになった。
「穴は開けた! みんな、急いでくれ! 連中の数はまだ多いぞッ!」
「言われなくても分かっている! 行くぞ、お前たち!」
エリンとリンドが最初に来た。それを守るために大村さんが、続いてトリシャさんと尾上さんが走った。殿には御神さんとクロードさんが付いた。二人の銃手は背後に向かって弾幕を張る。乱雑に放たれた弾丸が、迫り来るオークとゴブリンの集団を瞬間押しとどめた。ある程度距離が離れたところで、御神は反転。両腰に収めた二本の魔導兵装を抜き放つ!
「奥義! 双刃轟炎波ァーッ!」
斬撃のスピードによって発生した衝撃波に乗って、炎の刃が《ナイトメアの軍勢》に向かって飛んで行く! その姿はさながら火の鳥の如し! 圧倒的熱量が薄暗い地下道を昼間のように照らす! 汚水とともに《ナイトメアの軍勢》が蒸発する!
「これでしばし、時間は稼げたはずだ! 急げ、皆のもの! 走るぞ!」
「もう少し走れば階段につくはずだ! それまで耐えられるな、二人とも!」
大村がエリンとリンドに向かって励ますように声をかけた。二人は走りながら頷いた。やはり、彼も子供を心配してくれるのか、と思って嬉しくなった。
大村さんの言葉通り、俺たちはすぐに階段へと辿り着いた。だが、その前で俺たちは絶句することになる。
なぜ、入って来た時に気付かなかったのか? 目の前には巨大な結晶があった。先ほど見たものとは違って、あまりにもそれは大きかった。全体が怪しく輝き、へばりつくように張り出した結晶の一部は動脈のように蠢いていた。
「バカな、これほど巨大なものを見過ごすはずがないぞ……!」
「ええ、ですから多分、見過ごしていたんじゃないでしょう。これはここにあったんだ」
俺たちはしばし脱出することも忘れ、その姿に見入っていた。それから目を離すことが、あまりにも危険なことに思えたからだ。いまにもその結晶は弾けそうになっていた。
「こいつは『食濁魚』のように汚水を食らって生きていたのかもしれない。元は小さなものなのでしょう。僕たちが見たのは、そして見ているのは……成長した姿!」
「どうしてこんなものが帝都に……!? こんなものがいたんなら……」
これまで出てこなかったはずがない。いまだけでもこれほどの被害を出しているのに。
「……何者かが持ち込んだのかもしれませんね、この帝都に。思い出してください、シドウくん。僕たちは、あれと同じようなものを過去にも見ているんですよ」
俺たちが、あれと同じものを? だが、あんなものは……
「……まさか、グラーディが持っていたあの結晶!?」
「そうか、あいつも黒い結晶を持っていた! それじゃあ、あれは巨大版……!」
「思い過ごしだと思っていたかったですけど、やはり……重なってしまいますか」
結晶の表面がひび割れる。クロードさんが逃げるように促す声が聞こえた。俺は真っ先に階段通路に飛び込んだ。命が惜しいのではない、むしろ逆だ。俺なら一撃食らってもなんとかなる。この外がどうにもなっていないなんて保証は、どこにもないのだ。
レイバーフォームを解除しながら、俺は走る。倦怠感が全身を襲うが、構ってはいられない。
俺は扉を蹴り開けた。圧倒的な光量と、熱量が俺を襲った。熱量?
燃えていた。帝都が。住居の柱が燃えている。どこかで火災が発生しているのか、黒煙が空を黒く塗りつぶし、炎が天を焼いた。あちこちで火花が舞い、悲鳴が街を満たす。目の前にあった粗末なアパートが、自重に耐え切れなくなり倒壊した。
いったい何がどうなっている? 目の前で起こっている事態が飲み込めず、俺は立ち尽くしていた。そんな俺を、地震めいた衝撃が襲った。直後、石畳を突き破って巨大な頭と目が現れた。下の結晶から現れ出でたのだろう、単眼の巨人サイクロプス。
「ッ……! 手前ら、一体、何やってやがるんだァーッ!」
俺は走り、炎を纏った足でサイクロプスの眼球を蹴った。頭しか出していないサイクロプスは、俺の蹴りを防ぐ手段は持たない。かつてニア・ナイトメアでさえ滅ぼした俺の蹴りがサイクロプスの顔面に炸裂し、頭部を爆発四散させた。
「はぁっ、はぁっ! いったい、何がどうなってやがるんだよ!」
ついに俺は目の前の現実に耐え切れなくなり、叫んだ。辺りを見回してみると、そこには死と退廃しかなかった。仕事中と思しき、肩からバッグを下げた男性が喉から血を流し壁にもたれかかって死んでいる。子供を抱えた母子に長槍が突き刺さっている。ドサリ、と俺の左隣に何かが落ちた。恐る恐るそれを見ると、弾痕が穿たれた死体があった。
また、叫び出しそうになる俺の肩に手が置かれた。振り払うようにして振り返ると、そこにはクロードさんの姿があった。彼も、事態を把握しきっていないようだった。
「大丈夫ですか、シドウくん。落ち着いて下さい、少なくとも、いまは」
「くっ、クロードさん……俺、俺……こんな、わけが、俺……」
「どうやら僕たちが地下に潜っていた一時間弱の間に、何かがあったようですね。そして、僕たちはそのおかげで難を逃れた……と言って、いいのかは分かりませんがね」
どういうことだ。そう聞こうとして、俺は気付いた。周囲の壁にはいくつもの弾痕が穿たれている。そして、この辺りで銃声や悲鳴は聞こえてこないが、遠くから聞こえてきている。つまり、西門から離れた場所ではまだ戦闘が行われているのだろう。
「襲撃者は西門から侵入し、市街に浸透していったようだな」
「バカな……西側の防備は緩めだとはいえ、『帝国』だぞ!? そんじょそこらの山賊どもが多少武装したところで、突破なんてされるわけがねえだろうが……!?」
「それを可能としたのが《ナイトメアの軍勢》と銃火器。恐らく、僕たちが遭遇したような状況が地上でもあったんだろうね。内部で撹乱し、その対応に人員を取られている間に攻撃を仕掛ける。攻城作戦としては古典的だろうけど、この規模でやられちゃね……」
尾上さんは歯噛みした。みんな、こういう状況に慣れている。慣れているからこそ、ああして冷静に状況を判断し、的確に判断を下すことが出来る。俺には出来ないこと。
「こいつらの……こいつらの目的は、いったいなんなんだ……!?」
「これだけの兵力と、手間をかけているのですから目的は明白ですよ。『帝国』打倒」
重い言葉。現実味を持った言葉。その言葉の意味を、俺はすぐに理解する。このままでは、城にいる彼方くんやアリカが、皇帝陛下が危ない。
「すぐにここから離れましょう。このままでは戦いに巻き込まれます」
「エリンくん、西門の向こう側にサードアイを飛ばしてくれ。船がないか調べるんだ」
「えっ、あっ、はい! わ、分かりました……」
何だって?
離れる、つまり、ここから逃げろと、クロードさんは言っているのか?
「ダメです、西門の方に船はありません。全部沈められています……!」
「状況に応じて回収部隊が来るか、あるいはここをそのまま乗っ取るつもりか……いずれにしろ、僕たちにとってはバッドニュースというワケだ。別の門に行こう」
「うむ、仕方がなかろう。裏道を通っていけば、奴らの目を多少は欺けるはず……」
「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってください! 離れるってここから逃げるんですか!」
俺は遂にしびれを切らして言った。
みんなは当然の如き視線を向けて来る。
「城にいる彼方くんはどうなるんですか……!」
「この期に及んでは、もはやどうしようもありません。敵の兵力は不明ですが、少なくとも騎士団の防衛網を突破し市街地に浸透してくるだけの戦力を持っている。この事実だけで、単なるチンピラヤクザの寄せ集めではないことは明白ですよ」
「……恐らくは、銃火器だけではない。《エクスグラスパー》も兵力としている」
「敵の力は、僕たちの力を遥かに上回っている。そんな状況で何が出来ると?
ここまで浸透された時点で『負け』です。次のリカバリーを考えるべきです。どうしようもないことを考えても、キミが死ぬだけですよ。シドウくん」
投げかけられたのは冷たい言葉。理知的で、納得できる言葉だった。だからこそ、俺は納得するわけにはいかなかった。
そのまま、俺は走り出した。
「シドウくん! そこから先に行くのならば……キミは死にます。確実に!」
背中から俺を引き留める声が聞こえる。俺は一瞬、立ち止まった。
「死んでも構わないと思っているのならば、シドウくん。好きにしなさい」
俺を呼び止めようとするクロードさんの言葉は、だが不思議なことに、俺の背中を押しているようにも聞こえた。俺の答えは、もう決まっているのだから。
「悪意に屈して生き残ったんなら……俺は、死んでるのと一緒だ」
どんな顔をしてそんなセリフを吐いているのか分からなかった。俺はそのまま走り出した。眼前の城に向かって。死と炎が支配する都を、俺は懸命に駆け抜けていく。
思い出されるのはあのクソガキ、アリカの顔。
放った言葉。行動の数々。
ヴィルカイト皇帝との、短くも濃密な会話。
そして、少年花村彼方との思い出。
(あんたたちとの思い出は、数えるほどしかねえ……!)
走り抜ける俺の体を、俺の意志が鎧う。眼前にあったアパートの扉が乱暴に開け放たれ、そこから転がるようにして夫人と子供が飛び出して来た。続いて現れるのは、下卑た笑みを浮かべた薄汚い格好をした男たち。手に持つのはアサルトライフル。
(だけど俺は、あんたたちとの僅かな思い出を守りたいと思っている!)
踏み切り、跳びかかる。トリガーを引きかかった禿げ頭の側頭部に思い切り蹴りを叩き込んだ。少し跳び過ぎた。倒れ行く男を飛び越え着地する。すぐさま反転した俺の目の前に、アサルトライフルの銃口があった。髭面の男が、トリガーを引いた。
世界が終わる音が聞こえて気がした。




