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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
必然のボーイ・ミーツ・ガール
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勉強嫌いの浮世語り

 アルクルス島の大図書館よりも小ぢんまりとした、しかし歴史を感じさせる図書館に、俺たちは辿り着いた。調度品の数々も、蔵書も、無造作に配置されているテーブルと椅子でさえも、想像も出来ないほど高価なものなのだろうな、と俺は思った。各テーブルの真ん中にはランプが設置されているが、火種に当たる部分はない。どうやってつける?


 そう思っていると、大村さんはランプの一つを手に取った。すると、その瞬間ガラスに包まれた内部から明かりが漏れ出した。俺は思わず驚嘆の声を上げてしまう。


「魔法石によって稼働するタイプのランプですか。いいですねえ、こういうのは」

「これだけの数をそろえられるのは、我ら『帝国』だけだ」


 大村さんはぶっきらぼうに、誇るような言葉を俺たちに投げかけた。『帝国』に対する忠誠心だけは本物のようだった。いや、忠誠心があるからこそ俺たちが許せないのだろうが。何を考えているのか分からない顔で、大村さんは進んでいく。


 図書館の最奥、ロープで区切られた小さなスペース。 『持ち出し禁止』『許可なきものの閲覧を禁ず』『無断侵入を処罰』という、威圧的なプレートがかけられている。大村さんはそれを無視するように、大股で中に入っていく。俺たちも続いた。


「ここにあるのが『帝国』の禁書区画……封印された、太古の記録だ」

「アルクルス島にもこれほどの場所はありませんでしたね。なるほど、これは……」


 大量の書物に圧倒され、俺は思わず書架に手をついた。すると、思いがけずふわっとした感触。見るとうず高く埃が積み重なっており、慌てて俺は手を退けた。


「この辺りは手入れも行き届いていないようですねぇ。掃除夫さえ入れませんか」

「禁書を狙う不届きな輩は多い。これも自衛の策、というわけだ」


 大村さんは奥にあった飾り机の上にランタンを置いた。

 禁書区画が明るく照らされる。


「俺は入り口にいる。終わったら俺に声をかけろ。使ったものはすべて片付けておけ」


 それだけ言って、大村さんはそこから出て行った。この場にいなくていいのだろうか。


「入り口は一つしかありませんし、窓も嵌め殺し。脱出出来そうなスペースもありませんし、入り口さえ塞いでしまえばどうとでもなる、と考えているのでしょうね」


 確かに、ここから脱出しようとするとあの世に本を持っていくことになるだろう。生きたまま本を持ち出すためには工夫をする必要がありそうだったが、そんなことをすれば即座にバレてしまうだろう。一応、大村さんの行動に納得した俺は早速調査を開始した。


「あっ、そう言えば本のタイトル聞いてなかった! どうしよう、いまから大村さんに聞いて来ましょうか、クロードさん?」

「いいですよ、そんなの。調査抜きにしても気になる本がたくさんありますからね。ちょっと知識欲を刺激されているところです。しばらくここに通い詰めたいくらいです」


 そう言って笑い、クロードさんは書架を覗き込んだ。どこまで本気かは分からないが、好奇心を抑えきれていないのは彼の表情を見てもよく分かる。いつもはキリリとした頬がだらしなく緩んでいる。この人にもこんなところはあるんだな、とぼんやり思った。


「エリンくんエリンくん、上の方の本をサードアイで探してもらえますか?」

「分かりました。お任せください、クロードさん」


 アルクルス島での一件で味を占めたのか、クロードさんはサードアイを使った検索システムを作動させた。エリンの方もノリノリだ。大気が逆巻き、光の球が現れる。


「うわっひゃぁ!? め、目玉!?」


 素っ頓狂な叫び声が俺たちの背後から聞こえて来た。慌てて振り返ると、女の子が腰を抜かして座り込んでいた。その姿に、その声に、俺たちは覚えがあった。


「……アリカ? どうして、こんなところにいるの?」


 彼方くんが素早く駆け寄り、彼女を助け起こした。

 アリカは埃を払いながら言った。


「なんで? そりゃ、ここはあたしの城だからに決まってるじゃない」


 アリカは相変わらずの不遜な態度でその言葉に応じた。さっきまで猫被ってたのか。まあ、当たり前だ。あんな姿を国賓なんかに見せた日には国際問題になるだろう。


「質問が悪かったかもしれませんね。なぜ僕たちのことを追ってきたのでしょうか?」


 クロードさんは本の検索をエリンに任せ、彼女に歩み寄っていった。


「僕はクロード=クイントス。彼らの保護者のようなものです。あなたは?」

「アリカ=ナラ=ヴィルカイト。この国の皇女です、以後お見知りおきを」


 そう言って彼女はスカートの裾をつまみ、わざとらしく優雅な一礼をした。


「アリカ皇女殿下でしたか、やはり。一度お会いしたことがあるのですが、お忘れか?」

「去年の収穫祭でお会いしましたね、御神神侍。あの時はロクなおもてなしも出来ず」

「いえいえ。拙者は走り回るのが仕事であるゆえ。こちらこそ途中で抜け出してしまいまして、申し訳ございませぬ。今年こそは、最後までご一緒したいものでございます」


 御神さんは少し驚いた顔をしながら、皇女に対しての礼を取った。さすがは一国の皇女、といったところか。一度見た顔を忘れていないとは大したものだ。


「ところで、あなたたちこんなところで何をしているのかしら?

 騎士さんが入口の前に立っているから、おかしなことをしようとしているわけじゃないでしょうけど……」

「ああ、大村さんから話は聞いてないってことね。実は俺たち……」


 そう言って、俺はアリカに今日フェイバーさんたちに話したことと、クロードさんが過去の資料に大きな興味を持っていること、それを見に来たことを話した。


「なら、私に任せてちょうだい。自慢じゃないけど、ここには何度も入ったから」

「む? しかし皇女殿下であろうとも許可なしには立ち入れぬはずなのですが……」

「許すも許さないも、自分の心の中にしかないことでしょう?」


 つまりは何の許可も取らずに侵入して、勝手に本を読んだ、ということか。大村さんの話を聞いていないということは、彼の目を盗んでこの部屋に入って来たのかもしれない。あの人なら、アリカが危険になるようなことに首を突っ込ませるはずもない。


 慣れた様子で彼女は書架をひとさらいして、何冊かの書物を手に取った。いずれも重厚な作りで、年代物の風情を感じさせる。だが、ほとんど痛んではいないようだ。恐らく、定期的に認可を受けた業者か何かが修繕作業を行っているのだろう。


「ほうほう、『戦争記』『光と闇の舞踏』『闇の軍勢との戦いの所作』。これはこれは、軍記から年表、それに宗教書まで……なかなかのラインナップです。興味がそそられます」


 クロードさんの興奮はすさまじく、舌なめずりでもしそうなものだった。すぐさま彼はアリカの手からひったくるようにして本を取り、専用の閲覧スペースまで持って行った。


「僕一人でこれを読むのは骨が折れそうです、シドウくん。手伝ってください」

「うっ、勘弁して下さいよクロードさん。俺本読むの苦手なんですから」

「なんだ、軟弱な。仕方があるまい、拙者が手伝おう。お主らもどうだ?」

「あ、はい! 僕、本とかあんまり読んだことがないんですけど……」


 結局、俺以外の年少組全員と御神さんがあの本の山に誘われて読書を開始した。ちょっとした疎外感を感じつつ、まあ仕方ないかな、とも思った。


「はぁ……アリカ、なんか俺でも読めそうなくらい簡単なのってないかなぁ……」

「ここはこの国の英知が詰まった場所なのよ? バカに読める本なんてあるわけないわ」


 誇らしげに胸を張って言うアリカ。ちくしょう、気に食わないが正論だ。こういう本屋とか図書館とかってのは頭がいい連中が使うものであって、俺のような非文学青年が使っていい場所ではないのだ。ため息を吐きながら、俺は適当に書架を漁った。


「あら、読もうって気になったの? いまからでも行った方がいいんじゃない?」

「ほっとけ……イラストが多めで字が大きけりゃ何でもいいや」


 本を手に取る。じっとりとした手触りに思わず手を引っ込める。何事かと見てみると、本の表面がほんのりと湿っていた。表紙が紙ではない、何らかの革のようなものだった。下手な外科医が縫ったような、針の跡が痛々しく残った調相だ。何だかよくないものを感じて、俺はゆっくりと手を別のところへと向けた。


「久しぶりだから、私も何か読もうかな……ご本、読んでくれるかしら?」

「ボコボコにされそうだから止めておくよ、なんか適当なのねえかなぁ……」


 俺が本の読み聞かせなんてやったら、世の奥様方からクレームが来るだろう。一通り見まわしてみたが、この辺りに収められているのは当然だが小難しい本だけだ。封印された闇の儀式を記したものやら、過去に『帝国』が行ってきた行為の数々、そして奴隷として扱われている人々のルーツを示したものまで。

 ここは、墓場。知識の墓場。


 暗黒の書物を、アリカは無邪気な顔で見ている。

 どんな感情を抱いているのだろう。


 コツン、と手に固い感触。無意識に振っていた手が当たったのだろう。背表紙にタイトルが書かれている。『ヴィルカイト皇家家系図 第七版』。家系図とは思えないほど分厚い書物だ。恐らくは付随するものが書かれているのだろう。エピソードとかが。

 何の気なしに、俺はそれを手に取ってぺらぺらとめくった。近代を生きる俺から見れば失笑ものでしかない。ヴィルカイト皇家は『光』そのものであり、すなわち神である。ゆえに皇家の決定は神の意思であり、皇家の行動は神の権能である、と書かれている。典型的な神格化だ。かつてはこんな理屈で皇家は世界を支配してきたのだろうか?


 そうした超人的なエピソードの数々も、代を経るごとに減少していく。特に前皇、すなわち六代目ヴィルカイトには失策が目立ったようだ。彼は城内で落雷に打たれて死んだとされているが、本当のところはどうなのだろうか? 無能な王への報復、あるいは失策のスケープゴートとするために暗殺されたのではないだろうか。


 めくっているうちに、七代目ヴィルカイト、すなわち現在の皇帝について記したページに到着した。現実の存在をフレームにはめ込んだような、精巧な肖像画がそこには描かれていた。俺が謁見の間で見たヴィルカイト皇と、まるで変わらぬ姿だった。

 驚くべきことに、彼は側室を取っていなかった。歴代皇帝は精力絶倫、と言っていいのか分からないが複数の側室を持ち、多くの子をもうけていたという。皇帝の血が途絶えないことが重要なのだろう。だが、彼はたった一人の女性を愛したのだという。


 フィルム=ナラ=フィル。小人族(ミニス)の女王。次のページには、彼が愛したという女性の姿も描かれていた。かなり背が小さい、大人と子供が並んでいるようだった。しかしながら、小人族はこれで成人、しかも結婚当時彼女は十は年上だったのだという。

 彼が側室をもうけないのは、幼少期の体験ゆえかもしれないな、と俺は勝手に思った。なぜなら彼の異母兄弟、側室、正室に至るまで、過激な権力闘争によってすべて亡くなっていたからだ。もちろん、ここに書かれているのは事故や病気で死んだということだけだ。だがたった数年の間に全滅するなど、常識的に考えれば有り得ないだろう。その時期に流行り病があった、という記述もここにはないのだろうから。


 父母、兄弟に至るまでが自分の敵となる。それはいったいどういう感覚なのだろうか。凡人として生まれ、凡人として育ってきた俺には想像することすら出来ない。だが、彼はそれにいたく傷ついたからこそ、同じ痛みを子供や妻に味あわせたくなかったのかもしれない。

 皇帝としては失格かもしれないが、親としては好感が持てる。


「? シドウ、何を見てるの?」


 呆けていたら、アリカから突然声を掛けられた。年代記を見ていてボーっとしていました、というのもなんだったので俺は慌ててしまった。


「あー、っと……いや、何でもねえ、けど……」

「ホント? 何だか露骨に態度が怪しい気がするんだけど……」


 じっとりとした目で俺のことを見て来る。俺が何を読んでいたのかは、さすがに分からないようだったが。この目に睨まれ続けるのは、あまり良くない。話題を変えよう。


「……なあ、アリカ。お前の母さんって、いったいどういう人だったんだ?」


 言ってからあまり話題が変わっていないな、と思った。

 彼女は少し寂しげな顔をした。


「あんまり覚えてないんだけどね。いい人だったってことは、覚えてるよ」


 覚えていない。それはそうだろう。家系図によれば、彼女の母親、フィルム=ナラ=フィルが死んだのはいまから九年前、のはずだ。尾上さんから教わった年表が間違っていなければ。母親の死に際を、彼女は見ていない。そもそも、彼女の母は……


「眠っている私の頭を、そっと撫でてくれた手を覚えているわ。小さくて、柔らかくて、どっちが子供だか分からないの。おかげさまで、私もこんなちんちくりん」

「何言ってやがる、ガキが。色気付きやがってよ……」


 言ってやるとアリカは静かに俺の脛を蹴った。痛みのあまり俺は跳ねまわったが、クロードさんから『静かにしてくださいね』と釘を打たれて黙るしかなくなった。


「ったく、あんたって人に喧嘩を売ることに関してはプロみたいな手際の良さね!」

「っせえな、だいたいお前がガキだってのは事実だろうが……ってあれ?」

 俺は頭の中で、さっき見た年表を思い出した。

 アリカが生まれたのは、確か……


「あれ? もしかしてアリカって……十四歳なの?」

「何であんたが疑問形なのか分からないけど、そうよ! 何か文句あるの?」

「ええ、ウソだ! どう見たってお前、十歳とかそこら辺にしか見えない……」


 もう一度俺は脛を蹴られた。跳ねまわるわけにはいかないので、蹴られた脛を抑えてうずくまった。その背中が、アリカの柔らかい手で何度も叩かれた。まったく痛くない。


「だーれーが、十歳よ! バカにしちゃって! これでも成人目の前なのッ!」

「すまん、悪かった! 悪かったからその手を退けてくれ、って……成人? いつ?」

「来年よ。ようやくこれで一人前の大人になれるってわけ」


 アリカはない胸を張っていった。子供が大人とみなされる時期は、共同体によってまちまちだ。日本のように二十歳以上の人間がそう扱われる国もあれば、もっと小さな子供が大人として扱われる世界もある。成人の儀式を行わなければならない国も、まだたくさんあるのだそうだ。文化的背景があるので、容易には踏み込めない世界だが。


「へー。大人に、ねぇ……俺はまだだから、うらやましいかもな」

「そう言えば、あんたって《エクスグラスパー》なんですって?」

「ああ。日本ってところから来た。多分、同じところから来た人がいっぱいいるよ」

「面白そうね。そう言う本は読んだことあるけど、目の前に来たのは初めて!」


 アリカは屈託のない笑顔で言った。

 俺たちの世界で言えば、世界的なスターが目の前に来たようなものだろうか? いや、《エクスグラスパー》はこの世界の人間にとっては、文字通りの来訪者(エイリアン)だ。タコとか化け物じゃなくてよかったな。


「? どうしたの、シドウ? 変な顔してるわよ、あんた」

「変な顔してねえよ、こんな顔なんだよ。それで、何なんだよ。さっきから」

「聞かせてよ、あなたの世界のこと。他の世界のことなんて聞いたこともないもん!」


 そう言われたのは初めてだった。この世界で起こったことではなく、俺たちの世界のことを聞いてくる子なんて、そうはいなかった。俺も、元の世界のことを忘れそうになっていた。向こう側で覚えていることと言えば、あいつのことくらいだった。


「……久しぶりかもしれないな。あの世界のことを思い出すのは」

「? 何か言ったかしら、シドウ?」

「いや、何も言ってないさ。俺たちの世界には月ってものがあるのさ。

 夜空にでっかく、黄金のコインみたいに輝く星があるのさ。信じられるか?」


 俺は座り込み、アリカとの会話に興じた。アリカは俺が語る異世界、すなわち俺たちにとっての現実世界のことに、強い興味を示しているようだった。アリカは俺たちの世界に対して驚き、好奇心に目を輝かせた。分からないところは、絵にして説明してやった。向こうの世界にいて俺が思ったこと、俺が感じたことを、アリカに面白おかしく話してやった。もちろん、深刻そうな話題は巧みにスルーしたが。

 気が付くと、クロードさんが俺たちの後ろにいた。すっかり時間が過ぎていた。


「やっぱり、これだけの量の本を一度に読むことは出来ませんねぇ」

「それだったら、あなたたちももう一度ここに来るのかしら?」

「ええ、お招きいただけるならば、何度でもここに来たいくらいですよ」


 クロードさんのあからさまなお世辞に、アリカはパッと花が咲いたような笑顔を見せた。まあ、何度もここに訪れることになるというのは、あっているのだが。


「それじゃあ、今度はシドウ以外の人にも話を聞いてみたいわ。あなたたちがどんな世界にいたのか……とっても興味があるから!」

「オイオイオイ、俺たちは遊びに来てるんじゃねえんだぞ。なあ?」


 俺はそう言ったが、彼らが過ごしてきた世界に興味がないわけではない。むしろ興味津々だ。悪のりする俺に向かって、クロードさんは曖昧な笑顔を作るのだった。


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