閑話休題:男と女と宝石と
「助かるよ、尾上。私一人だけだったら、持ち帰りも考えなければならなかった」
「お安い御用だよ、トリシャくん。今日は馬車馬となって働いて見せようか」
『帝国』、市街。それもここは、許認可を受けた商人たちに解放されたいわば露天スペースだった。
帝都の住宅事情は逼迫している。ここ数年、情勢が安定しているため増加した住民に対して彼らを収容するだけの住居が絶対的に不足しているのだ。帝都は湖に浮かぶ人工島であるため、増築を行うことも容易ではなかった。ルームシェアなども利用して状況改善を図っているが、窃盗被害なども相次いでおり、解決には至っていない。
住宅用スペースでさえそれなのだから、商店を展開するためのスペースなど望むべくもない。通りに面したマンションタイプの住宅でさえも、一階部分が埋まっていることはザラだ。そこで、苦肉の策として編み出されたのが露天法案だ。
比較的広めの道路、長さ五百メートルほどのスペースでの商業活動を許可したのだ。もちろん、許認可の札を持っていない商店が営業活動を行うことは出来ない。競争による品質の上昇を求める住民と、商売をしたい商人との間で利害関係が一致し、この界隈は非常ににぎわっている。
認可札が闇で取引されるなどの問題もあるが、概ね好調である。
「安イヨ安イヨ。工房謹製ノ魔法石ガ何トタッタノ三十ルクダヨー、お買イ得ー!」
「とまあ、あんなふうに偽物を取り扱う商店があるから注意しなきゃいけないね」
「ジャンク品と同じだろ。偽物に騙される方が悪い。ちゃんとよく見なきゃな……」
そんな風にして歩いていると、偽魔法石売りの商店に騎士が数人詰め寄っていく。何事か、と観察していると、胡散臭い格好をした商店主が騎士によって引っ立てられていた。先ほどまでとは打って変わって流暢な口調で抗議をしているようだった。
「まあ、苦情が行って排除されることもあるんだけどね。安全性は確保されてるよ」
「なるほどな。まあ、あれが間抜けなだけで他の奴らはもっと上手くやるんだろうが」
すぐにトリシャの興味は、偽商店の男から外れた。さすがは帝都だな、とトリシャは思った。昨日も感じたことだが、この街の熱気はすさまじいものだった。人々の生きるエネルギー、晒されていると燃え尽きてしまいそうなほど強烈な力をトリシャは感じた。
「それで? トリシャくんはどれくらいの規模の魔法石が欲しいんだい?」
「うむ、理論値でこれくらいの熱量を確保できれば動かせるはずなんだが……」
そう言って、彼女は小さな紙片を取り出し、尾上に見せた。昨日彼女が設計した魔導銃フォトンシューターの仕様を、軽くまとめたものだ。平易な文章で書かれているため、科学知識にそれほど明るくない尾上であっても内容はすぐに理解出来た。
「ご希望に沿えるものがあるかは分からないが、探してみよう。帝都は広いからね」
二人の探索は開始された。とは言っても、それほど急ぎの品ではない。どうせ帝都には長期間滞在することになるし、この中で急いでいるものもいない。唯一、御神はきちんとした所属を持っているが、彼女の自由さなら何とかなるだろう、そう思っていた。だから二人はウィンドーショッピングをするような感覚で露店を回っていった。
「しかし、お前は大丈夫なのか? ノルマか何かがあるんじゃないのか?」
「心配してくれてありがとう。でも、『共和国』は《エクスグラスパー》に首輪をかけているわけじゃない。確かに仕事でやっているけど、驚くほど自由裁量部分が大きいんだ」
「それで大丈夫なのか、『共和国』は。抜き身で戦術兵器を晒しているようなものだと言ったのはお前だろう?」
「ボスにはボスのお考えがあるのさ。彼にとってみれば、僕程度は……取るに足らない」
尾上は何かを噛み締めるような口ぶりで言った。
しかし、すぐに表情を戻した。
「彼らが返ってくる前に、仕事を終わらせよう。トリシャくん。
宿の人に聞いた限りでは、この先に魔法石を取り扱っている大きめな店があるそうだ。見てみよう」
「ん、ああ、そうだな。私も、それほど長居したいわけじゃないからな……」
尾上の態度に少し違和感を覚えつつも、それを無視して二人は進んで行った。道を進んでいく中、二人は無言だった。当たり前だ、特に親しいわけでもないのだから。
(とはいえ……気にならないか、と言われれば気になると答えるよ、シドウくん)
朝のやり取りのせいか、尾上はトリシャの存在を強く意識していた。元から彼女の戦闘能力や判断力と言ったところには大いに興味があったが、しかしこれとはまた違う。
「? どうした、尾上。何か私についているのか?」
トリシャはぼう、っと自分の方を見てくる尾上に向かって視線を向けた。そこで尾上は、自分がトリシャのことを見ているということに気付いた。何でもない、そう言って顔を背ける尾上は赤くなっていた。自分のあからさまな態度に、尾上は苦笑した。
「そう言えば、トリシャくん。クロードくんとはもう、長いのかい?」
「腐れ縁だよ。少なくとも、あいつが火星で仕事を始めるようになってからだ」
トリシャは吐き捨てるようにして言った。その表情には他人への慕情だとか、そういうものを抱いているようには尾上には見えなかった。
「彼みたいな子がライバルだっていうなら、キミも大変だっただろうねぇ」
「まったくだ。こっちの常識を平気でぶち破って手柄をかっさらって行くんだからな。
だが、それよりももっと腹立たしいのは……あいつに邪気だとかがないってことさ」
トリシャは回想した。
彼女が暮らしていた世界、火星はお世辞にもユートピアではなかった。鉄屑と錆、煙で出来た灰色のメガロシティ。彼女たちは、時代が生んだ遺児であった。増えすぎた人口を賄うだけの能力は地球にはなく、火星にもなかった。
「生きる糧を手に入れるためなら、手段を選んではいられない。
幼いながらに銃を取り、様々なことを学び、他人を出し抜く手段を覚え、自分の技能を金に変えて来た。裏切りも死も隣り合わせの存在だったし、私だっていろいろなものを裏切って生きて来た」
「……僕たちの世代で、戦争は終わると思って戦ってきたんだけどね」
「夢想だよ、それは。生めよ増やせよ地に満ちよ、カミサマとやらから与えられた命令をいまも我々は愚直に実行し続けている。しかも、カミサマのミスで終わりが存在しない永遠のループ文が出来上がった。地球が悲鳴を上げたって増えることを止めなかった奴らが、世界存亡の危機になったって手を取って終わりを作り出すことなんて出来なかった」
「我々人類が紡ぎ続けて来た罪と罰、ってわけか……何とも報われない話だよね」
図らずしも、尾上は未来を知ってしまった。いや、心の内側では分かっていたことなのかもしれない。人間はきっと、争いを止めないだろうと思っていた。
「まあそんな時代だったんだが……笑えることに、あいつの兄は孤児院をやっていた」
「孤児院? そんなご時世に? 本当かい?」
孤児と言うのは『教育』を施され、国家の手駒とされるものだと思っていた。
「ああ。いつも運営に苦慮していたよ、金がないからな。それを稼ぐためにあいつは戦っていると言っていた。そんな奴はすぐに死ぬと思ったが……まあ奴は存外長く生き残った。皮肉な話だよ。人間性をなくして来た奴しか生き残れないと言われてきた世界で、人間が人間であるために戦っている奴が最後まで生き抜いているんだからな」
トリシャはサングラスを押し上げ、笑った。自然とこぼれたような笑みだった。尾上はそれに見惚れた。いつも近くにいた女性が、とても魅力的な存在に見えた。
「……あっ、あそこあそこ! あの緑色の屋根が目印だって言ってたからさ」
それを誤魔化すため、尾上は慌てて視線を逸らした。その拍子に、彼は目的地であった魔法石店の目印である、緑色の屋根を見つけることに成功したのだ。
(危ない危ない、あのままだったら見過ごしてたかもしれないな……)
魔法石店の店構えはなかなか立派なもので、ショーウィンドー越しに大小さまざまな魔法石が置いてあるのが見て取れた。不思議なもので、ガラス越しにも何かを感じる。
「ほう、これは期待できそうだな。早速行ってみよう、尾上」
「分かった。石の選定は任せてくれたまえ、これでも異世界暮らしが長いから……」
尾上が言いかけた時、背後で爆発音のようなものが舌。二人はすぐさま反応、懐に手を伸ばしかけるが、しかしすぐにそれを止めた。背後では間欠泉めいた水柱が上がっていた。それは焦げ茶色の汚濁であり、数メートル離れた位置からでも臭いを感じた。
「あれは……この街の下水か? 詰まったのか?」
「多分ね。上下水道のインフラをキッチリ配備しているのには感心するが、整備も伴っていないとね。こういうことになって、この辺に住んでいる人は大変だろうさ」
二人はため息を吐き、匂いから逃れるために店の中に入っていった。すぐに対応のため騎士たちが張り出して来たが、しかしそれは二人にとっては関係のないことだった。
……この時、二人は気付いていなかった。
これが、のちの出来事の予兆であることを。




