囚われの少年たちは何を思うか
俺たちはグランベルクの中央まで引き連れられていった。雨のせいで人通りがあまりなかったのは幸いかもしれない。ただ、頭上のアパートから降り注ぐ人々の視線は痛かったが。俺たちはこの街の象徴であるグランベルク城まで連れて行かれた。
白い壁と赤い尖塔。そしてそれを覆う石造りの堅牢な城塞。誰が見ても、これが城だと言うだろう。城は深い堀によって覆われており、堀の城塞側には返しがつけられていた。他者の侵入を拒む、戦闘的な作りであると俺は感じた。機械式の跳ね橋によって通路すら分断されており、許可なくこの城に入り込むことは出来ないだろう。
フェイバーと呼ばれた男が、跳ね橋の前で手を上げた。対岸にいた橋の管理人がそれを見てレバーを引いた。重い音を立てて跳ね橋が下りて来た。水に濡れた橋に足を取られながら、俺たちは城に向かって歩みを進めた。観光地となった城に入ったことはあるが、もちろん現在使われている城に入っていくことなんて俺にとっては初めての経験だった。罪人として引っ立てられた経験も、これが初めてだったが。
途中で、俺たちとアリカは当然ながら分断された。彼女の瞳が、俺たちに向いた気がした。彼女が無罪を証明してくれればいいのだが、望みは薄いだろうな、と思った。彼女は城に向かって、俺たちは無骨な石組の倉のような場所へと移されて行った。
「大人しくしていろ。もしおかしな動きをすれば、お前たちをすぐに処刑する」
「裁判も受けさせてくれねえのかよ……まあ、しょうがねえのかもしれないけど」
この時代に裁判なんてあるのだろうか、と言ってから思ったが、しかしハンムラビ法典にも記されているように刑罰の概念というものは太古から存在していた。《エル=ファドレ》が中世レベルの文明を保持しているのならば、量刑を決定する裁判も当然存在するだろう。それが魔女狩りレベルのものでなければいいのだが。
「……捕まっちまったなぁ。いや、ホントに……ゴメン。俺が変なことしなけりゃ……」
「今更仕方がありませんわよ。寒いのはいただけませんけれど……」
俺たちは地下牢に押し込められた。ジメジメとしていて、火もないため寒気がする。これなら裸になった方がマシかもしれない。
「ああ、そうだ……脱げばいいんだ……」
水を吸った肌着は肌に密着し、余計に体温を奪っていく。だから俺は服を脱ぎ捨て、絞った。雑巾めいて着ていた服から水滴がしたたり落ちた。
「し、シドウさん! いきなり脱がないで下さいませ! ちょ、ちょっとは……!」
リンドは言葉も出てこない、という感じで俺の背中を叩いた。パチンパチンと言う小気味のいい音が、地下牢に響いた。あんまり痛くはなかった。
「いや、だってさ……このままにしてたら風邪ひいちまうだろ? だから……」
「だからっていきなり脱ぐことはないでしょう! もう、エリンも何か言って下さい!」
「そうですよ、シドウさん。姉さんも女の子なんですから、他人の裸を見たら恥ずかしいに決まってるじゃないですか。そういうところ、嫌われちゃいますよ?」
エリンも唇を尖らせて俺に抗議した。
むう、俺のしたことは不評のようだった。
「へーへー、分かりましたよ……ん、待てよ? リンド、見なけりゃいいんだよな?」
そう言って、俺は背中をぴったりとリンドにくっつけた。
少し彼女が暴れた。
「い、いきなり、その、引っ付かれてしまっては、その、困りますわ……」
「いや、だって俺の裸が見たくないんだろ? だったらこれで解決じゃないか。俺は濡れた服を脱げて、そんでリンドはそれを見なくて済む。くっついてりゃちょっとはあったかくなる。これで一石二鳥、いやもしかしたら三鳥くらいになるかもしれんぞ」
言っている俺の背中がじんわりと温かくなってくる。成人よりも少し高めの子供の体温が俺を温めているのかもしれない。彼女も温かく感じてくれればいいのだが。
「あはっ。それはいいですね、シドウさん。じゃあボクもご一緒しようかな」
そう言って、エリンもくっついて来た。ひんやりした服の冷たさが一瞬俺に襲い掛かってくる。声を上げそうになるが、我慢する。寒い思いをしているのはエリンも一緒だ。
「よし、こうなったら彼方くん、お前も来い。寄り集まってた方があったかいだろ」
俺は彼方くんに声をかけたが、しかしそれに彼方くんは反応しなかった。気に入らないことでもあるのかな、と思っていたが、彼は牢の片隅で膝を抱えていた。その姿を見ていると、間違った判断をしたとは思っていないが罪悪感は湧いてくる。未来ある子供の将来を潰してしまったような気になってくる。
そんなことを俺が考えていると知ってか知らずか、リンドがクスリと笑った。
「なんだよ、俺なんかおかしなことしたか? リンド」
「そうではありませんわ。でも、こんなことになるなんて、おかしくて……」
おかしい、か。確かに。
人の命を助けて投獄されているのだからおかしいだろう。
「ああ、言え。そういうことではありませんの。少し前は想像も出来ませんでしたから」
「あー、そういやそうだな。ほんの少し前まで、俺たち殺し合ってたんだもんなぁ」
あの時はエリンと俺、リンドとエルヴァで敵味方に分かれていた。それがほんの些細なきっかけで彼女たちを助け出すことになって、いまは一緒に行動している。確かに、不思議な縁というのもあったものだな、と俺自身も思う。
(もしエルヴァがいたんなら、こんなところすぐ出られたんだろうな)
そう思うだけで、やめておく。
二人も、俺自身も辛い記憶だったからだ。
「きっとここから出ることが出来ますわ、シドウさん。あまり落ち込まないで下さい」
「参ったな、落ち込んでるよう見えたか。やっぱり? 隠し事下手だな、俺」
「こうなって落ち込んでいなかったら、逆に文句を言いたくなってきますわよ」
そう言うと、リンドはクスクスと笑った。
つられて、エリンも笑い出し、俺も笑った。
先行きも何も見えないが、こうして笑っていられるうちは大丈夫かもしれない。漠然と俺は、そんなことを考えていた。




