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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
必然のボーイ・ミーツ・ガール
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謎の少女とお墓参りをしよう

 住宅街の裏路地なんかを駆使し、俺たちはものの十分もかからないくらいの時間で彼女が目指していた霊園に到着した。御影石めいた、光沢のある複雑な模様の石で作られた墓がいくつも立ち並んでいた。天十字の形、すなわち俺たちの世界の十字架の真ん中に日輪のようなパーツを付け足したような形の墓石が一番多いように思えた。

 空を見上げると、暗く厚い雲がいつの間にか張っていた。一雨来るのだろうか、と思った。さっきまでは、あんなに晴れ渡っていたのに。まあ、これもおあつらえ向きだ。


「それで、お前誰の墓参りに来たんだよ? 花も持ってこなかったけど……」

「あんなことにならなければ、途中で買ってくつもりだったんですよ。

 まーったく、あんたたちと一緒になってしまったせいで大変なことになっちまいましたよ」

「誘拐に遭ったのは私たちのせいではないと思うんですけど……」


 リンドが抗議めいた声を上げるが、アリカは涼しい顔でそれを受け流した。それにしても、あの誘拐犯たちは明らかにアリカに狙いを定めているように思えた。エリンのサードアイすら欺く誘拐犯。そしてわざとらしく目立つ行動をした奴ら。何となく不自然だ。まあ、そんなことを考えていても仕方があるまい。力ずくでも行けると判断したのだろう。


「お母様の墓前に立つんですから、あんたもあんまり失礼なこと言わないで下さいよ?」

「分かった、分かった。貝のように口をつぐんでおくよ。で、どこにいるんだい?」


 俺は参った、とでも言うように両手をひらひらと掲げた。アリカは俺のことを呆れたような目で見ながら、目的地を指さした。そして、それを見て俺は呆気にとられた。


 それは、豪華な教会だった。

 あそこに、彼女の母が安置されているというのか?


「……あー、手前にあるあれね。ああ、なるほどあれか。分かった分かった」

「何言ってんですか、奥にある建物ですよ。扉が開いてるといいんですけど」


 かすかな希望を振り絞るようにして放った言葉は、あっさりとアリカによって否定された。え、マジで? あそこに安置されているのならば、アリカはそれこそやんごとなき血脈の子孫ということになるだろう。エリンもリンドも、怯んだようだった。

 おっかなびっくりに歩みを進めていく。途中でアリカに変な顔で見られたが、これは仕方ないだろう。まさかこんなことになるとは欠片も思っていなかったのだ。せいぜい商人とか、貴族の娘さんとか、そんな感じだろうと思っていたのだ。だが、あれはまるで。


 建物の前まで、すぐに行くことが出来た。

 扉の横のプレートに文字が刻まれていた。


『皇帝墓標 許可なきものの立ち入りを禁ずる』


「ああ、やっぱりこういうことになるのかよぉぉぉぉ……!」


 俺は密かに頭を抱えた。皇帝の墓を目指すということは、この子は皇族の一員だってことになる。いままでやって来た行為が頭を掠めて。おれはどうなるんだ?


「ううん、やっぱり鍵がかかってる……どうしよう、ここまで来たのに……!」


 アリカの悔しげな声が聞こえて来る。彼女はノブを何度も回し、扉を力任せに引いた。もちろん、そんなことを許さないために掛けられているのが鍵であるわけで。


「残念だったな。今度は父ちゃんと一緒に来ればいいだろ。さすがに父ちゃんは鍵持ってんだろ? 母ちゃんと会うのはそれからでも遅くはない……」

「――父上がここに来るはずがありませんッ!」


 アリカは激しい口調で言った。それと同時に、図ったように雨が降って来た。彼女の小さな体を、石畳を、落涙のような雨が濡らした。実際彼女は泣いていたのかもしれない。

 彼女がなぜこれほど激しい感情を抱いているのか、分からなかった。皇帝は愛妻家ではなかったのかもしれない。それでも、彼女にとっては大事な母親だったのだ。


「……ちょっと待ってろ、アリカ。そこ、退け。ちょっとそこ見せてみろ」


 俺はアリカの体を優しく押し退け、鍵を見た。さすがに、こちらの世界で見られるような複雑な構造の鍵ではないようだった。シンプルな南京錠と、初歩的なシリンダータイプの鍵。これならば俺にもどうにかなるかもしれない。俺は自分の髪をいじった。


 幼馴染から誕生日のプレゼントに渡されたヘアピン。それほど高くないものだったが、俺にとっては宝物だった。野球部の主将にもっと高いものを渡したと知った時には落胆したが、しかし俺が女の子から貰ったものであることに変わりはない。

 それに、これには髪を止める以外には使いようがある。俺は針金を軽く折り曲げた。


 そして、二つの細い金属の棒を南京錠に差し込んで見せた。格闘すること三十秒程度、カチリと音がして南京錠が外れた。呆然とする三人を尻目に、俺は扉の鍵を解除する作業に取り掛かった。こちらはもう少し複雑な構造をしていたが、一分ほどで解除出来た。


「……シドウさん、向こうの世界では泥棒か何かをしておられたんですか?」

「人聞きの悪いことを言うんじゃない。俺がこれで開けたことがあるのは家の鍵だけだ」


 初歩的なピッキング技能を手に入れたのは、いつ頃だったか。悪さをして家を閉め出されたことがあったが、確かその時が初めだった気がする。あの時の俺は反省するよりも先に、どうすればこの関門を乗り越えることが出来るのかを考えていた。そこでいろいろと調べ物をした。要するに、初歩的な鍵の構造なんかに関してだ。あの時ほど真面目に調べ物をした事は、向こうの世界ではなかったように思えた。

 もちろんそんな『努力』は評価されることなく、こっぴどく怒られることになったが。


「早く中に入ろうぜ。風邪ひいちまうぞ、ホレ」

「あっ……はい。分かりましたわ……」


 こんなこそ泥みたいな手段で墓が暴かれたことは、多少なりともショックなのだろう。アリカの顔には複雑な色が浮かんでいる。まあ、俺もいい気はしないだろうが。全員を墓室に招き入れ、俺は扉を閉めた。こちらに迫る影があった気がした。


 室内は大理石遺跡めいた厳かな空間であった。侵入防止の観点からか、視線の高さに窓がないため、閉塞感を強く感じる。縦十メートル、横五メートル、高さ四メートル程度の空間。その奥には、石棺のようなものと、石板のようなものが掲げられていた。

 石棺はシンプルな構造で、バスタブのような部分とそれを閉じる石蓋があるだけだった。蓋の天井部分には、当然のように天十字教のシンボルが描かれている。その周りを枯れない花、すなわち造花が彩っている。蝋燭や燭台もあるが、当然火は灯っていない。


 石板に書かれているのは、名前のようだった。長ったらしい人命の終わりには必ず『ヴィルカイト』と書かれているから、恐らくは皇族関係者の名前なのだろう。


「お母様、来るのが遅くなってしまい、申し訳ありません」


 アリカは目を閉じ、両手を握り、墓の前に跪いた。俺たちもそれに倣い、短い黙祷を行う。石蓋の上には高そうな額に納まった絵が描かれていた。アリカを少し大人びた感じにしたような、そんな女性だった。彼女は母親に似ているのだろう。


「花、買って来なくてよかったかもしれないな。枯れちまったんじゃ可哀想だ」


 定期的に手は入っているのだろうが、しかしここは物寂しげだ。生きている花はこの場所にはないし、水差しも、火すらもない。皇族の墓だから手を入れるにも手間がかかるのだろうが、しかしこれはあまりに寂しすぎるのではないだろうか。


「……お父様は、お母様のことが、お嫌いだったみたいですから」


 アリカはそう寂しげに言った。何とも見ていられない。彼女自身、父が母を嫌っていなかったと分かっているからこそ、そんなことを言っているように思えた。彼女はただの子供だ、良くも悪くも。父の態度に拗ねて、しかし聡さからその理由を理解し、それでも納得出来ないでいる。頭が良すぎるというのも、考えものだなと思った。


「……言ってやれよ、父ちゃんに。お母さんの墓参りに行ってきました、ってさ。そしたらきっと喜んでくれるさ。いや、何で一人で行ったのかって怒られるかもしれないけど」

「まるで、分かったようなことを言うんですね。何も知らないくせに」

「知らねえけどさ。でも、本当に自分の妻を嫌っていたなら……その子供も憎むだろ」


 彼女の背負っているものなど、俺には分からない。皇族の辛さだとか、そんなものはもっての外だ。けれども、子供を憎まなければならない親の苦しみは、分かるつもりだ。


「俺の叔父さんは大層な愛妻家だった。正月に家族の集まりがありゃあ、色んなものをほっぽり出して奥さんの都合を優先させるような、そんな人だったんだ」

「なにいきなり語ってるんですか。あんたの話とか聞きたくねーんですけど」

「まあ聞け。見てるこっちが恥ずかしくなるくらい愛妻家だったんだよ、その人は。

 けど、ある事件が発覚した。奥さんが浮気をしていたんだ」


 言ってから、少しショッキング過ぎることだったかなと思い反省した。事実、アリカは怯んでいるし、エリンたちも少し困惑しているようだ。まあいい、続けよう。


「しかも、追い打ちをかけるようにもう一つの事実が発覚した。叔父さんの子供は、叔父さんの子供じゃなかった。実は、浮気相手が生ませた子供だったんだ。

 十年近く、叔父さんは他人の子供を自分の子供だと騙られて育てていたのさ。その事実を知った叔父さんは、自分ではスーッと、気持ちが覚めたって言ってたな。でも、それだけじゃなかった」


 言っていて辛くなってきた。叔父さんとは少なからず交流があったので、その時のことを嫌と言うほど詳しく知っているのだ。話し始めてから、俺自身も後悔し始めた。


 叔父さんは妻にも子供にも優しい、愛妻家で子煩悩な人だった。けれども、浮気の発覚でそれらの気持ちが一気に覚めて、そして反転した。妻を激しく憎悪し、その結果として生まれた子供も憎悪した。十年間、自分の子供として扱ってきた子を。人間は、そこまで他人に対して冷酷になれるのかと、俺はその時思い知らされたのだ。


「……あいつは、最後まで父親との関係修復を望んでいた。そりゃ当たり前だ、いきなり現れた本当の父親なんてのは父親の義務を放棄して自分を捨てたのと同じなんだ。あいつにとって、本当の父親ってのは叔父さんに他ならなかったんだ」

「それで、その子たちはいったい……どうなったんですの?」

「どうにもならなかった。父親は暴力を振るうようになり、母親は浮気相手の家に入り浸り……んで、それが発覚してから半月くらい経った時に、事件は起こったんだ」


 やけに空が暗いな、と思った。俺の家から歩いて三十分くらいの位置に、彼らの家はあった。定期的に訪問するようにはしていた。比較的年齢も近かった俺は、叔父さんとその子供とも関わりがあった。そして彼が暴力に晒されていることも知っていた。

 家に近付いてく度に、何だか妙だなと思った。辺りが騒がしく、熱い。空が暗いのではない、黒い煙が立ち上っているのだと気付くのに、かなりの時間を要した。俺は走り出した。目の前まで辿り着いた俺が目にしたのは、炎上する家屋だった。


「叔父さんが油を撒いて火をつけるのを、周辺の住民が目撃していた。

 止める間もなく火をつけたんだとさ。焼け跡からは叔父さんと、その子供の遺体が発見された。で、警察の調べによると子供の方は火をつけられる前に死んでいたんだとさ」


 心中。皮肉にも、最後の最後で一家は一つになってしまったのだろう。


「親ってのは子供を愛することも出来るけど、子供を憎むことだって出来るんだ。一番近くにいて、無関心なんて有り得ない。もし無関心だっていうんなら、それは憎悪と変わりなんてない。愛さないことが一番残酷なんだから」

「何が……言いたいのよ。あんたは」


「分からねえ。けど、積極的に憎まれてねえなら、それはただ関わり方が分からないだけじゃないのか? 見たこともねえ他人のこと、悪しようには言えねえからさ」


 よく分からない。彼女と話していても、父親の姿があまり見えてこない。それは彼女が根本的なところを説明していないからかもしれないが、もしかしたら彼女も、父親に関して根本的なところを語れるだけの情報を持っていないからかもしれない。それは、親子という言葉とは不釣り合いなくらい悲しいことだと思えた。


「……用事は終わっただろ? 返ろうぜ。きっと親父さんだって心配してるさ」


 俺は扉を開こうとした。出来るだけ、早くここから立ち去りたかった。アリカは家に戻るだけでいいかもしれないが、俺にしてみれば鍵を元に戻す作業が残っている。南京錠の方はともかく、鍵をかけ直すのには相当難儀するだろう。


(……皇帝の墓所に入るのって、もしかしたら罪に問われたりするのかな?

 いや、するだろうなぁ。あいつらに見つかったら厄介なことになるかも……)


 今更になって自分がやったことの大きさを思い知り、身震いした。扉を開こうと、近付いた。だが、その扉は外側から開かれた。心臓が飛び跳ねるほど強く打った。


「……アリカ皇女。こんなところにおられたか。心配いたしました」


 丸眼鏡をかけ、髪を五分に分けた冷徹そうな男が、冷めた声でそう言った。白い軍服めいた詰襟の装束と、白いスラックスのようなものを履いている。肩には飾りのついたパットが着けられており、胸元には金色の十字勲章。かなりの高位者に見える。その後ろには騎士甲冑をまとったいかにもと言う感じの騎士が控えており、少なくとも彼らを指揮できる立場にあるということは分かった。

 マズい、これは非常にマズい。


「賊が現れたと聞いたが、このようなところに隠れているとは思わなかったぞ。何が目的だ? アリカ殿下を誘拐し……身代金を? あるいは下らぬ財宝伝説に惹かれたか?」

「いやぁ、この人がそんなに偉い人だなんてここに来るまで知らなかったんですけど」


 こんなユニークな意見を、こいつらが信じてくれるだろうか?

 多分信じてくれないだろう。信じてくれたとしても、皇女を引き連れて街を練り歩いたという事実がある。

 俺は両手を上げた。エリンとリンド、彼方くんもそれに倣う。丸眼鏡の男は、彼方くんの指にはめられた指輪を見て眉を吊り上げた気がした。しかし、すぐにそれは元に戻る。


「捕縛せよ。アリカ殿下のことは私に任せろ。こ奴らを連行するのだ」

「お待ちなさい、フェイバー! この者たちは賊ではありません、私のことを……」

「その辺りのことは、追々の取り調べで明らかになるでしょう。ご安心召されよ」

「そういうことではありません、フェイバー! 彼らは罪人では……」


 アリカが俺たちのことを擁護してくれるのは嬉しく思ったが、そんなことを聞いてくれるようなオッサンではないだろう。フェイバーの目はあくまで冷酷なものだ。


「はぁ……悪い、エリン。リンド。彼方くん。俺たちここまでかもしれねえな……」

「そんなことを言わないで下さい、シドウさん。きっと弁明のチャンスが……」

「やかましいぞ、お前たち! キリキリ歩かんか、コラ!」


 弁解のチャンスはあるだろうか? 多分ないだろうな、と俺は思った。あのパスタが俺たちにとっての最後の晩餐になってしまった、ということか。こんなことになるんなら、もうちょっといいものを食べさせてあげればよかったな、と思った。


 雨粒が俺たちを濡らした。それは彼女の流した涙だったのだろうか?

 それとも、いまの俺たちを濡らすために降ったものなのだろうか?

 よく分からなかった。


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