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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
必然のボーイ・ミーツ・ガール
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パワーのインフレについて行けません

 かくして、俺たちは宿を発ち、『帝国』首都グランベルクへと進路を取った。数日の旅路の中、俺たちはいろいろなことを話した。事情の分かっていない御神さんと彼方くんに、俺たちがこれまで経験して来た戦いの話をした。悪の魔術師、グラーディとの戦いと、囚われていた二人を助け出したこと。

 さすがにナイトメアの話はしなかったが。


「ううむ、許せんな。グラーディとやら。そのような真似をするとは……」

「卑劣な人ですね。でも、シドウさんたちがいてよかったね、二人とも」

「ええ。こうして話が出来るのは、みんなシドウさんたちのおかげですからね」


 パーティ単位ではなく、俺のことを褒められているようで何だかむずがゆかった。


「……そう言えば、グラーディって奇妙なナリをしてたな。あいつって、人間なのか?」


 好奇心から口を突いて出た言葉で、空気が固まった。

 妙なことを言ったのか?


「……ああ、そう言えばシドウくんはまだ見たことがなかったね。亞人(デミ)のこと」

「デミ?」

「本人たちの前では言うなよ、殺される。獣相持ちと呼ばれる人たちのことだ。

 僕たち人間と同等の知能を持っている。ただ一点、獣のような特徴を体に持っているんだ」

「ほほう、つまりはケモっ子ってことですか?」

「その表現も大分人聞きが悪いような感じがするんだけど……グラーディはその中でも非常に特徴的で、忌避されがちな特徴を持ったデーモンと呼ばれる種族の人間なんだ」


 デーモン、すなわち悪魔。そして人間。

 何だか頭がこんがらがって来た。


「もちろん、デーモンっていうのは『普通の』人間がつけた蔑称さ。

 獣相持ちの人ってのは、『帝国』では差別される傾向にある。

 『獣とは人間に隷属する存在であり、獣相を持った人は獣である』

 という理屈でね。奴隷として売り買いされることも少なくない」

「奴隷って……! 『帝国』はそんなことをしてるってのか……!?」


 俺は歯を噛み鳴らした。

 社会科の教科書で見た奴隷船の絵が思い起こされる。


「それでも、デーモンの人々に比べればまだマシな待遇だったんだけどね。デーモンってのは、この世界で忌避される特徴を備えている。ねじくれた牙のような犬歯、頭部から突き出た角、緑色や紫色の肌。何かを思い出すとは思わないかい?」

「……もしかしてそれって、《ナイトメアの軍勢》……」

「そうさ。彼らは人であるにもかからわず《ナイトメアの眷属》として扱われてしまったんだ。ちょうど、いまキミがグラーディのことをそう思ったようにね」


 ……何ということだ。

 俺はいま、あってはならない間違いを犯してしまったのだ。


「予備知識もなかったんだ。誤解してしまうのも無理はないよ、シドウくん」

「でも、俺は……そんなことを考えちまうなんて……」

「間違いを犯した時、大切なのはそれを正そうと思えるかさ、シドウくん。それに、グラーディの出自に悲惨さがあったとはいえ、彼のしたことは決して許されることではなかった。そして、それしかサンプルがなかったのならば、誤解してしまって当然さ」


 尾上さんは俺を励ましてくれた。だが、本当にそうなのだろうか?

 罪も、罰も、しょせん人が定めたものだ。反撃の機会さえ与えられなかったグラーディが歪んでしまったのは、もしかしたら人が生み出した罪と罰によるものかもしれないのだ。


「……こんがらがってくるな。何が正しくて、間違ってるのか……はぁ」


 善と悪。光と闇。正義と不正。

 数千年に渡って、人間が考え続けてきた命題。そんなものを解くことは、この身には不可能なことなのかもしれない。それでも、考え続けた。


 数日間の旅路の中、何度か野営を行い、野の獣を追い立てて日々の糧とした。そこで分かったのが、意外にも彼方くんが狩猟を得意としている、ということだ。


「へへ……村のお爺さんたちから習ったんです。森を荒らす獣を狩る時にね」


 そう言って彼方くんははにかんだ。風下から獣を追い立て、音もなく仕留める。クロードさんも思わず称賛の声を上げるほど見事なものだった。ハンターとして食っていける。


「森で生きるのもいいけど……僕はやっぱり、騎士になりたいと思います」

「騎士かぁ……でも兵隊だぞ? 規則でがんじがらめだし、それに、もしかしたら……」


 人を殺すことになるかもしれない。そう言いかけたが、やめた。兵士の仕事は何も殺すことだけではない。災害などで窮地に陥った人々を助けるのも兵士の立派な仕事だ。人を殺す力を持った人々がすべて人殺しだ、などと考えることは彼らへの愚弄だ。


「憧れているんです。叙事詩に出てくるような、高貴な騎士。

 決して仲間を見捨てず、立てた誓いを破らず、誠実に、実直に、己に科せられた使命を果たす。そして……」

「その功績を認められ、立身出世を果たす、か。でも、とんでもなく大変な道だぞ?」


 もし本当に騎士になるのならば、きれいごとだけで済まないこともあるだろう。


「それでも、僕の夢なんです。父は立派だったって、それが母さんの口癖でしたから」


 母親の影響、そして見たこともない父親への憧憬。それが彼の心を形作っていた。母さんの口癖、か。なんだったかな。思い出してみたが、ロクなものがなかった。


「騎士になるってことは姉ちゃんの後を追っかけてくことになるんだな」

「あ、そう言えばそうですね。何となく考えから抜けてた……」


 特にまんざらではなさそうだ。別に姉のことを嫌っているわけでもないので、当たり前のことだが。しかし、この姉弟が同じ騎士団に属することになるのか。


 ……仕事になるのだろうか。特に、姉の方が。


「……まあいいか。それより彼方くん、今夜のトレーニングだ。体がなまって仕方ねえ」

「はい! シドウさんが寝ている間に、僕だって強くなったんですからね!」


 彼方くんは自信満々な様子で立ち上がり、俺に剣を向けて来た。真剣だが、しかし不思議なことに彼方くんが『切ろう』と思わない限り紙も切れないのだという。実際試してもらったが、不思議なものだ。しかも彼方くんにしかこの剣を使うことが出来ない。


「っし……ちょっくら体を動かしたら……乱取り行ってみるかぁ!」


 軽い準備運動の後、すぐに乱取りを始める。もはや旅の名物めいたものになっており、尾上さんやトリシャさんなど酒を飲みながら俺たちの鍛錬をはやし立てている。


「さて、シドウ。お前彼方に一発でも当てられるかなー?」

「へへへ、なまった体でも、その程度出来ないと思いなさんなァーッ!」


 俺は地を蹴り、彼方くんに向かって拳を繰り出した。

 彼方は反応出来ず拳を食ら――わなかった。

 俺の放った拳は、彼方の体にはまったく到達しなかったのだ。


「はぁ!? な、なんだこりゃ! インチキだぞ、オイ!」


 俺の拳は空中で制止していた。彼方くんが笑うのが見えた。

 剣を振りかぶり、大振りのなぎ払いを放つ。そんな隙だらけの攻撃を食らうわけにはいかない、バックステップで距離を取った。だが、刀身が光り輝き、剣から光の刃めいたものが放出された。俺の腹にぶち当たったそれは、華奢な体から放たれたとは思えないほど重かった。


「グエーッ!?」


 俺の体が浮き上がり、ふっ飛ばされた。幸い切れてはいない。切れてはいないが、痛いことに変わりはない。ゴロゴロと転がり衝撃を殺すと、立ち上がり抗議した。


「おい、彼方テメー! ビーム出すとか聞いてねえぞ! ってか使えるようになってるとか聞いてねえぞ! ノーカンだ、ノーカン!」

「え、ええ……? そう言われても、出るものは仕方ないじゃないですか」

「だいたいなんだよそれ! バリア張るわビームだすわ、反則だろそれ!」


 彼方くんの手にもたらされたレリック『アポロの剣』。神代の代物だとは聞いていたが、まさかここまで使いこなせるようになっているとは予想外だった。こういうパワーは、もうちょっと段階を置いて覚醒するものではないのだろうか。


「ケイオスとの戦いの時に開眼したそうですよ、あのバリアは」


 横からクロードさんがやめ、とでも言うように割って入って来た。彼方くんは納刀し、一礼した。その仕草の一つ一つから余裕や、自信が現れているように見えた。


「ケイオスの銃撃でも、傷一つつかなかったからねぇ。とんでもない力だよ、本当に」

「けど、あんなバリアに頼ってたんじゃあ、強くなれないんじゃあないっすかねぇ?」


 思わず不貞腐れたことを言ってしまう。尾上さんは苦笑した。


「まあまあ。現状あれを破れる存在ってのも、そうそう考えられないしねぇ」

「そうだな。こっちでも試してみたが、大半の攻撃が無力化されたからな。防御能力には定評があるし、あのビームで遠隔攻撃も可能だ。現状、無敵に近い存在だぞ?」


 マジか。俺が眠っている間にパーティのパワーバランスがここまで変わっていたとは。


「まあ、完全に無力化出来るわけではありませんからね。ちょっと構えて下さいな」


 クロードさんは彼方くんを促し、剣を構えさせた。

 と、同時に踏み込んだ。体当ての要領でバリアに突っ込んでく。不可視の障壁を、クロードさんの体が突破していく。振り下ろされた剣をいともたやすく避け、クロードさんは彼方くんの体を掴み、投げた。ほとんど水平に飛んで行った体が、俺に向かって飛んでくる。慌てて受け止めた。


「……と、このように。無敵の防御なんて存在しないんですから、しっかり対策を立てておくことが大切です。特に、バリアを破られるということは攻撃が自分に向かってきているということなのですから、リカバリーをちゃんとしなければやられてしまいますよ?」


 彼方くんは目を回しながらクロードさんの言葉に頷いた。

 強力なバリアを持っている分だけ、破られた時の被害も大きくなる、ということか。確かにその通りだろう。


「……結局のところ、基礎が大切になるんですね。どれだけ動けるかが……」

「並んでヨーイドン、のスポーツなら身体能力や、才能の有無が勝敗を分けることもあるのでしょうがね。戦闘なんてのは不確定要素の塊みたいなものです。万全に準備を整えて来たとしても、些細な偶然、相手の気まぐれに酔って無効化されてしまうなんてのはよくある話です。対策を立てるのは構いませんが、外れた時の立て直しこそ重要なんです」


 現状、俺には他を圧倒する能力も、才能も欠片とて存在していないように思えた。だからこそ、鍛錬は他の誰よりも、俺にとって重要なものだ。立ち上がり、構えを取る。


「……倒れてなんかいられねえ、ってことっすね。クロードさん」

「そういうことです。もう一本行きますか、シドウくん?」

「ったり前っすよ! 今度こそあんたに一太刀いれて見せますよ!」


 俺は構えを取り、即座に踏み込んだ。

 先手必勝、それに試したいこともある。


 そうだ、こんなところで負けてなんかいられない。倒れてなんかいられない。俺が目指す頂は遥か遠く、険しい。三石明良の常軌を逸し力を前に、俺は二度も倒れ伏した。そんなのはもう、二度と御免だ。強くなる。強くなって、あいつを必ずぶち殺す。


 結局、クロードさんに一太刀も入れることは出来なかった。だが、収穫はあった。少なくとも、そう信じていたい。


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