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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
黒猫は災厄と嗤う
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閑話休題:悪党たちの出陣

 三石明良は狭い通路を、珍しく上機嫌に歩いていた。この男が、感情を発露させることは稀だ。いつもはよく分からない笑みを浮かべながら、ただそこに佇んでいる。


「……珍しいな、あんた。なんかいいことでもあったのかい?」


 そんな様子を見た女が、三石に声をかけた。三石は彼女に向かって、ぱっと笑顔を向けた。花の咲くような、と言っても言い過ぎではなかったが、むしろ気味が悪かった。


「分かってくれますか、『女王(クイーン)』?

 フフ、実はプライベートでいいことがありましてね。もう二度と会えないと思っていた友達が、ここに来てくれたんですよ」

「そんないい友達だったなら、こっちに連れてくりゃあよかったのに。こっちの世界にいるってことは、《エクスグラスパー》なんだろ? だったら多少なりとも、こっちの役には立つんじゃあないのか?」


 女性はぶっきらぼうに言った。不機嫌に歪んだ眉と、鋭い眼光。これで煙草でも咥えていればヤクザの姐さんが一丁出来上がり、という風体だったが、残念ながら彼女は未成年だった。身に纏った特徴の少ないセーラー服が、逆に特徴的だった。長い金髪をツインテールにしてまとめており、動くたびにそれが触手めいて動き回った。


「うーん、どうでしょう。

 もしこっちに来てくれても、役に立ったかなぁ」

「んだよ、そんなにどうしようもねえ奴なのか?

 だったらやっちまえばよかったのに」

「ううん、そういうことじゃないんですよ。

 いい人です、力も、人柄も。でも、良すぎるかな。

 シドウくんはここの空気があんまり好きじゃないだろうし……」


 三石は嗤った。この世のすべてを嘲笑うような、昏い笑みを浮かべた。


「それに、シドウくんは味方になるより敵になった方が、僕の好みだからね」


 冷たい笑み。

 『女王』と呼ばれた女、(くすのき)羽山(はやま)は声をかけたことを後悔した。三石はそんなことを気にしていないのか、それとも認識していないのか、ゆったりとした歩みを続けた。ふと、三石は歩みを止め、楠に振り返った。


「そう言えば『女王』。計画の進捗の方ってどうなっているんですか?

 いやぁ、ドースキンからマーレンまで行ってで長いことここを空けていましたから分からなくて」

「ん、計画……『王』の奴が言っている、あの計画のことでいいんだよな?」

「そうそう、それですよ。楽しみです。とても面白そうだ」


 面白そう。この男に倫理観を期待しても無駄なのだろうな。

 楠は思いため息を吐いた。


「計画の進捗はあんたがいた頃とそんなに変っちゃいない。相変わらずレリック探索は進んじゃいないが、そっちはむしろおまけみたいなものだからな。現状こっちが確保しているレリックと《エクスグラスパー》、それから兵士で事足りると判断したようだ」

「ということは、計画の実行も目前まで迫っている、ということですね」

「ああ。近いうちに実行することになるだろうさ。デカい戦争になるぞ……」


 戦争。楠も、三石も、直接経験してはいない。彼らの生きる時代、世界は平和だった。少なくとも、彼らの半径十メートルでは大きな争いが起こることはなく、戦争はモニターの向こう側で行われることだった。おやつを食べながら『あら大変ね』、と言った具合で消費される、単なる情報に過ぎなかった。それでも、楠は恐れていた。戦争を経験した祖父が遺していった言葉が、彼女の心に重しめいてのしかかっていた。


 同じ世界から来た人間でも、三石の態度はまったく違っていた。期待に胸を震わせているようであり、惨禍に心を痛めているようであり、何も考えていないようでもあった。楠には、目の前にいる生物が本当に人間かどうかが分からなくなっていた。


「楽しいことになりますよ、『女王』。

 もっと現状を楽しみましょう。悩みは心の毒です」

「お前ほど、現状をお気楽にとらえられないってだけの話だよ」


 楠は吐き捨てるように言い、三石との会話を打ち切った。三石は苦笑し、彼女の後ろに続いて行った。結局のところ、それが出来ないのが彼女の弱さなのだ。


 遺跡の最奥は、この世界の常識から考えれば異様な空間だった。端的に言うならば、そこは近代的な工場だった。重厚な機械を稼働させるモーター音が、空間を満たした。機械の発する熱が、薄暗い部屋を過剰に温めた。長時間いれば汗ばんで来るほどだ。


「戻ったか、『兵士(ポーン)』。

 計画の進捗については、『女王』から聞いておるな?」

「はい。すべてを聞いております、『王』よ。

 いよいよ始まるのですね? 戦争が」


 しわがれた声の男、王は三石の放った言葉に頷き、そして勢いよく立ち上がった。彼の背負っていたマントがその動きを受けてはためいた。深紅のマントが。


「聞け、我が忠実なる(しもべ)たちよ!

 雌伏の時は終わった、時は満ちたり!」


 室内を包み込むモーター音に負けぬほどの声量で、老人は叫んだ。


「神より与えられし大地をいたずらに汚す、呪わしき世界に終わりを告げる時が来た!」


 思い思いに佇んでいた者たちが、演説を受けてゆっくりと立ち上がった。


「勇猛果敢な『騎士(ナイト)』たちよ!

 戦列を押し広げ、我が覇道を守れッ!」


 暗闇の中で五つの影が蠢く!

 ゴシックドレスを纏った長身の女!

 骸骨柄のシャツを纏った安い金髪の男!

 体を妖しくくねらせる中年の男!

 ジャックナイフを弄ぶ男!

 そして、体長二メートルを超す、金剛石めいた肉体をした巨漢!


「そして『戦車(ルーク)』たちよ、我に仇成すものを蹂躙せよ!」


 三つの影が、その言葉に呼応するように動いた。

 一切の気配を感じさせず、ただそこに佇む男!

 気配を隠し、そこに溶け込むように存在する老人!

 炎を纏う男!


「『僧正(ビショップ)』よ、その英知を持って我に進言せよ!」


 『王』の隣に一つの影。

 薄汚れた衣装を身に纏う狂気めいた雰囲気の男!


「『女王』よ、汝は天秤なり。我が行いを測るべし。

 すべては正義を成すために!」


 少女、楠羽山は、『王』の言葉に反応を返さない。

 正義とは、いったい何なのか。


「すべては正義なり!

 我が行いに、一片の悪なし!

 これは聖戦なり!

 正しき世界を取り返すため、神との契約を果たすため!

 聖戦にて死したるものは、神の国に迎えられるであろう!

 その身の罪は、正しき戦いによって禊がれるであろう!」


 室内を熱狂が包み込んだ!

 先ほど話題に上った高位者、『騎士』『戦車』『僧正』『女王』だけではない、その部屋にひしめいていた下位者『兵士(ポーン)』の叫びである! 救いを信じる者たちは、喉が張り裂けんほどに強く叫ぶ! 中には感極まって泣き出すものすらいる!

 『王』は彼らの叫びを片手で制した。


「我ら『真天十字会』こそが、真の救い主である!

 叫べ、その名を! 我が名を!」


 室内を『王』の叫びが包み込んだ!

 カルト宗教めいた危険な熱狂であり、そしてそれは間違っていない!

 なぜなら彼らの目的は既成権力を打倒し、『真天十字会』の統治する新世界を建立することにあるのだから!


 そんな熱狂を、冷ややかな目で見ている男が一人いる。

 三石明良、その人だ。


「『真天十字会』のもたらす新世界、か。シドウくん、キミはどうするんだい?

 彼らがもたらそうとしている理不尽に、どう抗う? まあ、でも……」


 三石明良の顔が、不気味に歪んだ。

 何を考えているのか、分からない。


「ま、このくらいのことは乗り越えてくれないと。ヒーローは辛いね、シドウくん」


 否。一つだけわかることがある。

 この男にとって、世界の行く末がどうでもいい、ということだけは。


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