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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
黒猫は災厄と嗤う
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エピローグ:零れる砂の一粒/守りたいと願ったもの

 目覚めた俺を出迎えたのは、朝日だった。

 ああ、こんなシチュエーション、前にもあったな。そう思い、俺は辺りを見回した。ベッドに突っ伏して眠っているのは、リンド。


「……ったく、優しい子だよ。キミは。俺のことなんて放っておけばいいのに……」


 動き出そうとした。だが、体は少しも動かない。

 焦燥感が俺を包む。


「動かないでください、シドウくん。キミ、全身撃ち抜かれていたんですから」


 部屋の片隅から声がした。

 そちらを見てみると、クロードさんがいた。


「キミの体を見た時は、今度こそ本当に死んだんじゃないかと思いましたよ。人体の重要な血管を除いて、万遍なく撃ち抜かれていた。両手足の腱が断裂していたから、もしかしたら動けなくなるかもしれない、と思ったのですが……」


 そこで、クロードさんは息を吐いた。

 彼からも、疲労の色が見て取れた。


「包帯を替えに来て驚きましたよ。手足に空いた穴が塞がっていたどころか、断裂した腱さえも凄まじいスピードで治癒していたのですから。後遺症が残るか、そこまでは分かりませんが、もしかしたらもう一度、その両足で立つことが出来るかもしれませんね」

「はぁ……また、俺の力に命を救われたってわけか。何日か経てば大丈夫かな……」

「調子に乗らないでください、シドウくん。今度こそ本当に死んでもおかしくはなかった。あの三石という男がキミを殺さなかったのは、単なる気まぐれです。重要な血管を外す技量があるなら当てる技量だってあったはずです。実質的には死んでいた」


 死。シンプルで重みのある言葉が、俺にのしかかって来た。


「……そうだ、エリンとリンドは、その、どうなったんですか? あれから?」


 その重みに耐え切れなくなり俺は話題を変えようとした。

 そう言えば、二人の安否は?


「安心して下さい、キミをこの宿に押し込んだ後、御神さんと一緒にマーレン山に昇りましたから。山賊たちがいなくなったので、事は簡単に進みましたよ」


 クロードさんは事のあらましを、かいつまんで俺に説明してくれた。


 すべてが終わった後、みんなでマーレン山に向かった。彼方くんと、その護衛を行っていたトリシャさんを連れて。マーレン山の山頂には滾々と湧き出る不可思議めいた泉があり、三日三晩御神さんは付きっ切りで儀式を行った。すると、これまた不可思議なことに二人の首筋に刻まれていた焼き印めいた傷が消え去ったのだという。


「あれから一週間になります。キミが眠っている間で悪かったけれど、彼女たちはもう大丈夫ですよ。これで普通の人々と同じように生きることが出来るでしょう」


 一週間。その言葉がこれまた、俺に重くのしかかって来た。


「一週間……? 俺、そんなに寝てたんすか……?」

「だから言ったでしょう、シドウくん。今回、キミは死んでもおかしくなかった」


 クロードさんの言葉は厳しいものだが、正当なものだ。


「あの男のことになると、キミは冷静さを失いますね。スタルト村で言っていたことと、船の上で言っていたこと。それにあの男は関わっているのでしょう?」

「……やっぱり、クロードさんには分かっちまいますか。俺のことなんて……」

「キミの態度を見ていれば、誰だって類推できますよ。キミはあの男のことを知っている。そして、深い憎しみを抱いている。いったい何故なのです、シドウくん」


 クロードさんの詰問は、決してキツいものではなかった。

 けれども、俺は。


「……あいつは、俺の親友を殺したんです」


 口を突いて出たようだった。

 俺自身、なぜこんなことを言っているのか分からなかった。三石との因縁は俺のものであり、関係はない。分かっているはずなのに。


「あいつだけじゃない。色々な人が、あいつに殺された。死に追い込まれた。俺に関係ない人も、クラスメイトも、ただの知り合いも、友達も……あいつは奪って行った!」

「連続殺人鬼、ということですか。ですが、彼のキミに対しての態度は……」

「連続殺人鬼ってのとは、ちょっと違います。あいつは一人も殺していない……ってことに、きっと記録上はなっています。俺だってあいつを知る前はそう思っていた」


 あの男は、悪魔は、人間に擬態するのが得意だ。無害な存在だと、初めて奴を目にした者は全員が言うだろう。だが、一皮むけば人外がそこにはたたずんでいるのだ。


「あいつは、人間の善意を嘲笑う。自分の悪意がすべてを滅ぼすんだと嘯く。

 あいつに滅ぼされた人は、両手の指を合わせたって足りやしない。

 あいつは、俺が……」


 知らず、俺は手を握り締めていた。

 動かないはずの手が動いたのを、俺は感じた。


「あいつは俺が殺す。人間じゃねえ化け物を殺すために、俺はここにいる……!」


 憎悪。俺の全身を貫いたのは、シンプルな感情の奔流だった。


「……キミがそうしたいと言うならば、そうするのがいいのでしょうね」

「ありがとうございます、クロードさん。止めないでくれて……」

「止めるのが正しい大人の在り方、ってやつなんでしょうけど。あいにくと僕は切った張ったの殺し合いに身を投じていますからね。そんなことを言える立場にない」


 そこまで言って、クロードさんは柔和な笑みを作り、眠るリンドの姿を見た。


「やるならとことんやりなさい。そして、その子たちを悲しませないようにしなさい」

「えっ……それって、どういう」

「泣きながら、一日中寄り添っているんですよ。リンドさんも、エリンくんも。エリンくんなんかは泣き疲れて寝てしまいましたので、隣の部屋に移してあげましたよ」


 泣いて、くれたのか。

 俺を思って、涙を流してくれる人が、この世界にはいるのか。


「キミが、元の世界で何を経験したのかは知りません。あの三石という男が何をしたのかも分からない。復讐について肯定することも、否定することも出来ません。

 ですが、この世界でキミが助けたその子たちがいるということを、忘れないであげてください。元の世界で救いたいと願った人たちと同じように、その子たちも尊い存在なのですから」


 俺の両目から、自然と涙が溢れ出て来た気がした。


 ああ、そうか。何で、こんな苦しい思いをして戦っているのか、思い出した。あいつの否定した善意を、押し通すために。人を助けられると証明するために。戦っている。そして、それは。確実な『形』になって、ここにいてくれているんだということを。

 リンドがもぞもぞと動き、顔を上げた。

 俺も、体を持ち上げようとした。軋む体がもどかしい。リンドが立ち上がり、慌てて俺の体を支えてくれた。


「シドウさん、まだ寝ていなければいけませんわ。傷だって治り切って……」

「大丈夫。リンドが看ててくれたから。もう、大丈夫。俺は平気だよ」

「ウソおっしゃい! あんな、あんなふうになってまで守ってくれなんて、私……!」


 両眼には大粒の涙がたまっていた。ああ、まったく。俺ってやつは何度泣かせれば気が済むんだ。涙を拭いたかったが、そんな気の利いたことが出来る体ではなかった。


「そうだな。守ってくれなんて、頼まれちゃいない。守られる必要さえないのかもしれない。リンド、キミは強い子だからな。さすがは、エリンのお姉さんだよ」

「そうです……! 守られなくったって、そんな、ボロボロにならなくたって……!」

「けど、俺が守りたいと思った。みんなを守ってくれる優しい女の子を、俺自身が守りたいと思った。それじゃあ、ダメかな。少しでも、力になりたいんだよ、俺は」


 油の切れた機械人形のように、俺の手がぎこちなく上がった。その手を、リンドは取った。柔らかくて、温かな、小さな手。守りたいと、心から願えるもの。


(三石……手前の思い通りになんぞ、今度こそさせてたまるものか……!)


 あの男が何の意図を持って、この世界で活動しているのかは分からない。だが確実に分かることは、あの悪魔を放っておけばまた人が死ぬ、ということだ。不幸を撒き散らす存在を知りながら、放置しておくことなど俺には出来ない。


(手前の企みを今度こそ、砕いてやる。俺は手前には負けない……!)


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