閑話休題:男と女とゴブリンと
「ふぅむ、困りましたね。
ここはいったいどこなのでしょうか……?」
辺りを見回し、男はつぶやいた。丈の長いダスターコートを身に纏い、その下にはサスペンダーで吊るされた長ズボンとシャツ。取り立てて特徴のない姿だ。
男は顔を振った。丸いサングラスが彼の動きに合わせて光を反射させる。耳を隠すほど長い栗色の髪が風に凪いだ。それほど珍しいことではない。
だが、彼は腰に大小二本の刀を帯びていた。飾り気のない日本刀だ。
「参りましたねえ。
さっさと帰って、依頼料を全額突っ込んで来ないといけないのに」
はぁ、とため息を吐き、顔を落とした。しかし、彼はすぐに気配を感じ身を起こす。刀の柄に手をかけ、じっと当たりの様子を伺った。藪が動いた。
「お前は……クロード? 貴様が、なぜこんなところにいる?」
藪の中から現れたのは、女性だった。
流れるような銀の髪、端正な顔立ちと白い肌、燃えるような赤い瞳。それ以外はすべて黒で覆われていた。ナイロンめいた素材のロングコートも、女物のスーツとパンツも、被っている丸帽子も、すべてが黒だ。
スーツの下のシャツも黒、ネクタイも赤と黒のチェック柄という徹底ぶりだ。クロードと呼ばれた男と同じように、彼女も丸いサングラスを着けていた。
「いやぁ、僕はよく分からないうちにここに来てしまいましてね。
あなたはどうです?」
「……私も、なぜ私がここにいるかは判然としないな」
そう言って、彼女は手を下ろした。
その手に握られているのは、無骨なリボルバー。
「これが貴様の策略でないというのなら、いったいどういうことだ?」
「あのぅ、トリシャさん。僕はあなたの目から見て友人を罠に嵌めるような男だと?」
トリシャと呼ばれた女は鼻を鳴らした。自分で考えろ、とでも言いたげだ。
「少なくとも、ここは火星ではないようだな。地下世界でもなければ、だが」
「センター・オブ・ジ・アースってわけですか? ちょっと古典的過ぎるネタですね」
クロードは困ったように苦笑するが、しかしその目を突然細める。
「……トリシャさん、気を付けてください。何かがここにいます」
「何か、って……そりゃあ、何かはいるだろう。森なんだから、さ」
クロードは答えることなく、腕を一閃させた。
次の瞬間、彼の手には抜き放たれた刀が握られていた。濡れたような、と例えられる、青白い刀身。工芸品めいた美しさ。
クロードはそれを薙ぎし、飛びかかって来た緑色の生物を切り払った。
「……なんだ、そいつは。生物兵器か何かか……!?」
トリシャは狼狽えた。
そんな彼女に、クロードは冷静な声を投げかけた。
「さあ、何かは分かりませんが。
しかし、退屈はしなさそうだということは分かります」
刀を構え、二人を包囲したゴブリンを待ち構える。
刀身には傷一つついていなかった。