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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
黒猫は災厄と嗤う
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黒猫は悪辣に嗤う

「クルセイド……スラッシャァァァァーッ!」


 俺は地を蹴った。文字通り爆発的な加速が、俺を吹き飛ばした。がむしゃらに剣を振るう。放たれた榴弾が、両断され、少し飛んだところで爆発した。

 そのまま勢いを減じず、戦車に肉薄した。剣をほぼ垂直に振り上げる。炎を纏った斬撃が戦車の装甲に突き刺さり、そしてブースターによって増強された俺のパワーが戦車を持ち上げた。そのまま振り抜く。戦車を両断! そのまま止まらず剣を返し、水平に剣をなぎ払う! 紫色の炎が装甲を焼き溶かす!

 空中に紫色の十字架が描かれた。


 ブースターと剣が輝きを失うのと同時に、俺は着地した。

 直後、戦車が爆発した。


「へっ……どうだ、俺だってやる時はやるんだよ!」


 上空から焼け焦げたケイオスが落ちて来た。俺の炎によって焼かれた結果だろう。ドサリ、と受け身すら取らずに落ちて来た。俺の装甲と同じように、能力によって作り出された兵団や戦車を倒されれば、奴自身にもダメージはいくのだろうか。


「どうやら、倒せたようですね。シドウくん」


 俺の装甲が風化していく。と、同時に全身を貫く様な痛みが戻って来た。先ほどまでは意思で痛みを紛らわせてきたが、緊張を解いた途端崩れ落ちそうになる。そんな俺の横合いからクロードさんと御神さんが現れた。ちゃんと二本の足で立っている。


「……あれ、毒ガスにやられてフラフラになってたと思うんすけど」

「綾花剣術の応用です。特殊な呼吸法を用いて、毒を体外に排出しました」


 もはや何でもアリだな、綾花剣術。

 そのうち時間操作とかするかもしれない。


「ッ、ぐうっ……こ、こんな……こんなところで、私が……!」


 ケイオスがふらつきながら立ち上がって来た。そこには、先ほどまで放っていた威圧感だとか、虚無感だとかはない。

 ただのオッサンがそこにはいた。


「まだ生きていましたか。そろそろ、終わらせた方がいいかもしれませんね」

「終わらせる、って……クロードさん、こいつのこと、殺す気なんですか?」


 ぞっとするほど冷たい声だった。

 そうすると言ったなら、確実にそうすると思えた。


「仲間も何もあったものではありません。慈悲深い方だと自分では思っていますが、こいつは死と退廃をもたらすだけだ。生きていても世界のためにはなりませんよ」

「で、でも……だからって殺すことはねえんじゃあねえですか!?」


 確かに、こいつに殺された人は数知れない。川を毒に変えたのも、村を襲ったのも、こうして仲間ごとこの地を更地にしたのもこいつだ。悪党であることに間違いはない。

 しかし、それでも……それでも、死なせていいのとは、違うと思う。


「ダメだ、クロードさん! そいつは頷けねえ! それだけはいけねえでしょう!」

「善人ですね、シドウくん」


 いかなる感情も込められていない、フラットな声。楽しんでいるわけではない。それなのに、なぜ。なぜそんなに平坦に、感情を込めずに、人を殺すなどと言える?


「おやおや。どうやら先回りされてしまったみたいですね」


 ケイオスの体がビクリと震えた。俺の体も、同じように震えた。

 いつの間にか、ケイオスの背後には男がいた。


 それは、ひどく凡庸な男だった。

 背丈に合わせた学ラン。短めの白い髪。すらりと伸びた手足。

 パーツパーツは特徴的でも、合わせれば凡庸な印象だった。


 だからこそ、そいつはこの場で誰よりも異常だった。消し炭となった村。まだ炎がくすぶっており、炎に焼かれた人々の死体がある、そんな場所で、そいつは、笑っていた。


「ペナルティですよ、ケイオスさん。武器を持ち出して、こんな……」


 返答を聞く前に、ケイオスは背後の空間に霞を出現させた。いくつもの銃砲が、そこにいた男をこの世界から消し去るために放たれた。だが、一つとして当たらない。悠然と歩くその男に。隙だらけとさえ思えるその歩みを、止めることは出来ない。霞の兵団が生み出され、武器を男に向かって振るった。だがそれらは、目前で雲散霧消した。


 ケイオスの眼前にあった空間が歪み、そこからジェット戦闘機が飛び出してくる。男は手刀を置いた、ように見えた。いつの間にか手がそこにあった。ジェット戦闘機の機首が吸い込まれるようにして男の手にぶつかり、そして飴のように裂かれて行った。重厚な金属装甲が断裂し、内蔵パーツが宙を舞った。


 そいつが何をしているのか、目で追うことすら出来ない。だが、何かをしているであろうことは確かだ。ゆっくりと、しかし確実に男はケイオスに歩み寄る。必死になって立ち上がり、そこからケイオスは逃れようとした。


 その表情に浮かぶのは、恐怖。

 もはやその姿には、哀れの感情すらも浮かんで来た。


「こんな大敗北を決するなんて。あなたには僕たちの仲間である資格さえない」


 不思議なことが起こった。ケイオスの後ろにいたはずの男が、いつの間にか前に立っていたのだ。ケイオスは苦悶の表情を浮かべた。直後、吐血。コンバットアーマーが一瞬にして赤く染まった。彼は、胸から大量に出血していた。


「……らしい、ですよ?」

「ウソ、だ。この、私が……こんな、ところで、死ぬ、はずが……」

「もういいですよ、ケイオスさん。死んでくださっても」

「た、す、け、て……」


 ボロ雑巾のようなケイオスの体が、地面に倒れ伏した。

 つい先ほどまで、あれに命が宿っていたとは思えない。

 あの男が、また、すべてを奪い去って行った。


「何者ですか、キミは。助けていただいたことには感謝しますが……!」

「僕が何者か……はて。キミは僕のことを紹介してくれていないのかなぁ?」


 変身し、駆け出した。

 そして、掛け値なしの本気の拳をそいつに向かって繰り出した。


「キミの友達は僕の友達だ。キミの友達を紹介してはくれないのかなぁ?」

「うるせぇ、死ね!」


 俺が放った全力の拳は、あっさり受け止められた。

 押そうとも、引こうとも、ビクともしない。

 それでも、俺は、こいつをこの世に存在させていちゃいけないんだ。


「ここがどこだろうが、手前はこの手で殺す! 三石(みついし)明良(あきよし)ィッ!」


 繰り出した右手はビクともしない。ならば左だ。俺はその場で腰を捻り、左ストレートを繰り出した。奴の顔面を砕くために。だが、俺の拳はあっさりと弾かれた。そして、胸に軽い衝撃。気取った仕草で三石は俺に掌打を繰り出した。トラックと正面衝突するような衝撃が、俺の胸に去来した。そのまま、俺は水平に吹き飛ばされて行った。


「頭に血が上りやすいところは変わってないんだね。安心したよ。いつものキミだ」

「気取ってッ! 言ってんじゃねえぞ、クソ野郎が!」


 地面を滑りながら着地。

 両手に拳大の炎を生み出し、三石に向かって繰り出した。


 右手から放たれた炎は、スウェーめいた動きで回避された。そのまま奴は走り、俺との距離を詰めようとする。すぐさま左の炎を投げた。奴は回避運動を取ろうとした。その瞬間、俺は左腕を握り締めた。俺の動きと連動するようにして、炎が爆ぜた。

 ほんの少しずつ、この力の使い方が分かって来た。強弱の付け方、飛投距離、そして放った後での微調整。どこまで行こうと俺はこの炎を操ることが出来る。


 だが、三石は俺が炸裂させた炎をスライディングで避けた。スピードは緩まっていない。さっきの掌打で十メートルほど離された距離が、一瞬にして詰められた。三石は両手を緩く握り、笑いながら俺に迫って来た。

 気に入らない笑顔。


 三石は再び俺に攻撃を仕掛けて来ようとしたが、中断し半歩下がった。横合いから飛び込んで来たクロードさんの攻撃を避けるためだ。クロードさんのタイミングに誤りはなかったはずだ、だが三石はあっさりと奇襲を避けた。やはりこの男、強い。


「おっと、初めまして! 僕の名前は三石明良、よろしくね!」

「ええ、よろしくするかどうかは置いておいて、名前くらいは覚えておくことにします」


 クロードさんも自分の攻撃を容易く避けた三石に対して警戒を厳にしているようだ。その態度にはいつも纏っている余裕が感じられない。俺はクロードさんの頭上を飛び越え、三石に向かって蹴りを繰り出した。バック転を打ちつつ、三石は俺の蹴りを避ける。蹴り足が地面を抉り、土を散弾めいて辺りに撒き散らした。当たっていれば。


「シドウくん、落ち着てください! 彼は強敵だ、闇雲に攻めていては勝てません!」

「こいつは、俺が殺さなきゃいけねえんだよォーッ!」


 両手足に炎を纏わせ、三石に向かって連打を繰り出す。さすがにこの攻撃を受け止めることは出来ないようで、三石はステップを踏みながら俺の攻撃を回避する。


「カッコイイね、シドウくん。それがこの世界に来てキミが手に入れた力なのかな?」

「この力で手前を殺せるってんなら、これ以上の僥倖はねえ!」


 バックステップを打ちながら、三石が俺の攻撃を避け続ける。 

 一発として、奴の体に掠るものすらない。もう一歩、もう一歩踏み出すことさえ出来れば、こいつを殴り殺せるのに!一歩、踏み出そうとするが、しかし叶わない。三石が踏み込もうとした左足を踏み押さえていたからだ。ガクン、と体が崩れそうになる。それが無理矢理持ち上げられた。


 はたくように繰り出された、三石の打撃だと気付いたのは俺の体が持ち上げられた時だった、一瞬にして数発の打撃が俺に叩き込まれる。俺の拳よりも、遥かに速い。思わずたたらを踏んでしまった時には、もう奴のペース。連打が俺の体を苛んだ。ご丁寧にも俺が押して来たのと同じルートで、三石は俺の体を押し返して来た。

 一打一打ごとに俺の体に抉られるような痛みが生じる。胸部の装甲が一撃を受け木っ端微塵に砕けた。


「楽しいね、シドウくん! こうしてキミとやり合える幸運に感謝したいくらいだ!」


 三石が四本の指を固めたのが見えた。それはさながら槍めいていて、そして実際それと同等かそれ以上の破壊力が存在するのだろう。

 やられる。そう思ったが三石はいきなりそれを解き、腕を振るった。奴の手には小石が握られていた。クシャリとそれは潰される。


「飛礫というやつか、やるねあなた」


 恐らく背後にいたクロードさんが投げたのだろう。初めて三石が防御らしい防御をしたのを見た。やはり、あの人は頼りになる。倒れそうになる体を何とか引き戻した。


「貴様の相手は……そいつだけではないぞ!」


 炎を纏った刀を振るい、御神さんが躍り出た。右の剣『日輪』を彼女は薙いだ。剣の軌道上に炎が舞った。三石はしゃがんでそれを避けるが、しかし立ち上がれない。炎はまだそこにあったのだから。逃げ道を塞いだ御神さんは左の『熾天』を振り上げた。

 三石はその場で倒れ込んだ。しゃがんだ三石の胴を狙った斬撃は、あっさりと狙いを外し、自らが生み出した炎を薙いだ。三石は更に、自らの足を御神さんの足に絡ませ、思い切り引いだ。関節を極められ、御神さんがあっさりと転倒した。


 三石はウィンドミル回転を繰り出し、防御と同時に反動を利用し立ち上がる。傷一つつかないその体に、クロードさんは飛礫を投げ続ける。俺も拳を振り上げ、三石に迫る。


 直線的な行動を取った俺にカウンターを仕掛けようとした三石だが、その動きを発砲音が止めた。拘束から脱した尾上さんが放った攻撃だ。攻撃を中断し、身を捻り銃弾を避ける。あれも避けるのか。

 だが、致命的な隙が発生した。


 俺は止まらず拳を振り抜く。三石はそれさえも避けようとするが、しかし俺のスピードが勝る。正確には、レイバーフォームの力が。


 逆手に握ったフォトンレイバーから力が流れて来る。

 装甲がアップグレードされ、筋力が増強される。

 脆弱な肉体に力が漲る。


 寸前で加速した攻撃に三石は対応することが出来なかった。スパイクのついたガントレットが防御をすり抜け、奴の頬に突き刺さった。三石の体が五メートルほど吹き飛んだ。


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