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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
黒猫は災厄と嗤う
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少年は剣を/紫炎のレイバーフォーム

 意識を失っていた。

 その事に気付いたのは、吹きすさぶ寒風に打たれた時だった。


 どれだけ気絶していた? そう考えようとした瞬間、全身を痛みが襲った。うんざりしたような心地で、俺は腹を見た。グラーディと戦った時と同じように、抉れた腹があった。しかも、今回はあの時よりも少し状態が悪いようだった。


「ハァッ……ハァッ……クソッタレ……! ふざけやがって……!」


 立ち上がりたかったが、しかし体に力が入らなかった。

 振り上げようとした腕が、力なく地面に落ちた。

 地面の冷たさすらも、よく分からなくなっていた。


(あの野郎、反則だろ……! あんなバカバカしい力に勝ち目なんてあるのか……!?)


 銃を生み出し、砲を生み出し、兵を生み出し、あまつさえ毒ガスさえ生み出す。《エクスグラスパー》の力というのは、あれほど常軌を逸したものだったのか。尾上さんが自分のことを『戦闘向きではない』と言っていたのもうなずける。桁が違い過ぎる。


(クロードさんでさえダメだったのに……俺が立ち上がって、何が出来る……?)


 諦めが全身を包む。体から力が失われて行く。

 意識が暗黒に落ちていく。


「……ざっけんじゃねえっての、クソッタレが……!」


 二度と屈指はしない。底なしの悪意なんてものが存在するなら、俺が全部ぶち壊してやる。そう決めた。この世界に来た時に。今度こそ悪意に勝ってみせると決めた……!


 指先に力を込める。すると、俺の手が何かをひっかいた。岩の感触ではなかった。


「これは……!」


 俺はそれを知っていた。

 いや、日本に住む人間なら誰でも知っているだろう。

 力を。


 俺は精一杯手を伸ばし、それを手に取った。

 なぜあるのかは分からない。しかし。


「ここにあるのもお導きだってんなら……力を貸してくれ、シルバスタ……!」


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 ケイオスによる過激な砲撃は、すでに森林地帯にまで及んでいた。霞の砲弾が大地を破砕し、森を焼いた。幸い、照準が甘い。尾上たちは森の中を駆け抜けた。


「まさかシドウくんまでやられてしまうとはね……クロードくんたちは!?」

「クロードさんには御神さんがついています! 隠れているみたいですけど……」


 それがいつまで保つかは分からない、ということか。

 尾上は諦めたように笑った。


「仕方がない、僕が奴の気を引きつける。トリシャくん、二人を頼んだよ」

「バカを言うな、あんな奴の前に一人で行くなんて、ただの自殺行為だろうが!」


 トリシャも頭では分かっていた。ケイオスの攻撃は広域殲滅を得意としている。誰かもう一人が救援に行ったところで、消し炭が一つ増えるだけだ。だが、それでも。


「安心したまえ、僕を誰だと思っている? 地獄の本土決戦を生き抜いたんだ……!」


 アサルトライフルのグリップを力強く握り締め、尾上は走り出した。トリシャが叫ぶ声が聞こえたが、尾上は聞こえないふりをした。聞けば恐れが蘇ってくるだろうから。


(まったく、生き残ったね。そんなハッタリをよく言えたものだよ、尾上雄大!)


 大樹に身を預け、深呼吸をした。尾上雄大は、本職の兵士ではない。正確に言うならば、前線でやり合うタイプの兵士ではなかった。

 後方支援狙撃を担当するスナイパーだ。しかもそれすら本職ではなく、物資運搬などを受け持つ兵站管理部門にいたところを、戦況の悪化から射撃訓練を受けさせられ、そこで才能を認められた、というだけだ。前線に立った経験はほんの数回、最後は砲弾で吹き飛ばされかけた。


(こりゃ死ぬな。死ぬだろ。確実に死ぬね。でもまあ……僕にだって意地はあるさ!)


 アサルトライフルに備え付けたスコープを覗き、ケイオスを狙った。ケイオスは銃砲を展開し射撃を行っている。だが、射撃と兵団召喚は決して両立出来ない。もし出来ているなら、先ほどシドウと戦った時にあれほど手こずってはいなかっただろう。


(逆に言えば、銃砲を展開している時は防御がおろそかになっている、ということだ。狙うならば、ここしかない……!)


 スコープの向こうに、ケイオスの顔があった。緊張で手が震える。

 外せば死ぬ。


(ええい、ままよ! どうせ、このまま撃たなくたって死ぬのならばーッ!)


 尾上はトリガーを引いた。発射の瞬間、彼は冷静だった。

 ブレの一つすらなかった。


 だが、一つだけ計算外があったとすれば、ケイオスを守るものがあったことだろう。霞の兵士の頭が弾けた。ケイオスは無傷。


「私がスナイパーを警戒していないと思ったかね? 東では随分やられた……!」


 ケイオスの虚無的な顔が、喜悦に歪んだ気がした。尾上は反射的に走り出したが、しかし遅かった。銃弾と砲弾が殺到し、尾上の周辺を焼け野原に変えてしまったのだ。


「やはり戦争というものは虚しい……人の命が小枝のように失われて行く……」


 発砲音。ケイオスの放ったものではない。

 彼の肩に、弾痕が穿たれた。


 連続した発砲音が、煙の中からしてきた。だが、続く弾丸は彼を傷つけられない。生み出された霞の兵団が、放たれた弾丸をすべて受け止めたからだ。


「あーあー、まったく……僕って奴は、肝心なところで……」


 煙が晴れた先には、倒木によって身動きが取れなくなった尾上がいた。奇跡的に即死を免れたものの、これでは死を先延ばしにしただけだ。尾上はそう思った。


「き……貴様……貴様ぁ! この、高級士官の私に傷ォォォォッ!」


 ケイオスが激高した。いままでの虚無的な態度とは打って変わっていた。


「戦争とは悲劇的なものだ。自分の命が失われない限りは……なんてね」

「粉々に……砕け散るがいい! ゴミがぁーっ!」


 銃口が尾上に向いた。尾上はそれを受け入れた。

 もはや避けられはしない。重い炸裂音がいくつもした。

 だが、彼が予測していた終わりはいつまでも訪れなかった。


「……!? なっ、彼方くん!?」


 目を開いた尾上は、驚愕した。彼の前には彼方がいた。アポロの剣をケイオスに向けていた。常識的に考えれば、彼方と尾上が塵も残さず消え去って終わりのはずだった。

 だが、彼らに向けられた弾丸は、一つとして彼らに到達することはなかった。アポロの剣から放たれた、不可思議なバリアめいたフィールドによって弾かれ、辺りの地面を抉っていた。ケイオスは驚愕し、叫んだ。そこにいるのは、ただの恐れを抱いた中年だった。


「バカな!? 我が『リリーマルレーン』の力が、そんな棒切れに防がれるなど!」

「くうッ……! に、逃げてください……尾上さん……!」


 彼方は苦しげな表情を作った。

 その言葉通り、彼が放出したバリアフィールドはどんどん弱まっているようだった。このままではフィールドが砕け、二人は死ぬだろう。


「何を言っているんだ、彼方くん! キミこそ逃げろ! 僕のことは置いていけ!」

「そんなわけには、行きません……! 僕は、みんなを助けたいんだ……!」


 ところどころ、涙声になっていた。

 リリーマルレーンの圧力が、強まる。


「センチメンタリズムで戦争を生き残れると思うなよ、小僧! 我が民族の誇りすべてを乗せたこの陣形、貴様のような惰弱な存在に受け止めきれるはずもなし!」


 彼方がだんだんと押されて行く。それでも、彼方は踏み止まった。


「負けない……! お前なんかに負けない! お前を、倒して見せる!」

「彼方くん、逃げろ! キミがこんなところで死んでいいはずがないだろう!」

「僕は、死なない! 尾上さんも、見捨てない! 真の騎士は、仲間を見捨てない!」


 ゆっくりと、彼方は一歩を踏み出した。

 ケイオスの顔が恐怖に歪んだ。


「みんな、助けて……僕は! 僕は、英雄になるんだーッ!」


 ケイオスは恐怖の叫びをあげて、リリーマルレーンの出力を高めた。銃砲が倍々に増えていく。いかなレリックの力といえど、これほどの近代火器を受け切れるのか!?


 しかし、そのような心配は無用だった。空を裂く音が聞こえて来た。空を見上げたものたちは、紫色の斬線を見た。リリーマルレーンの銃砲が、まとめて切断された。


「なっ……バカナァーッ!?」


 轟。凄まじい音とともに、それは落ちて来た。

 ケイオスと彼方たちの間に降り立った。


「なんだ、何なのだ! 貴様はいったい、何なのだァーッ!?」


 白銀のガントレット。白銀の具足。白銀の鎧。そして、鉄色の翼。ガントレットと具足は厚みを増している。先ほどまではなかった、鉄色のショルダーアーマーも付いている。


「俺が何だって? 知らねえのかよ、もぐりだな。あんた」


 それは、手に持った剣を向けた。

 刀身の長さは五十センチ程度、サーベルのようなグリップガードのついた得物だった。柄には鉄色の宝石が取り付けられており、全体的にメカニカルな印象を受ける。峰に当たる部分は通常の剣と同じく銀色だが、刃先と切っ先は輝く空色だ。全体的に、オモチャのような感覚を見る者に与える。胸部に取り付けられた鉄色の装甲から、熱蒸気が吐き出された。


「こいつの名前は……レイバーフォーム!」


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆


 ケイオスは呻き、霞の中から銃口を生み出した。それを、俺は切り裂いた。重厚な鉄で作られた砲身は、面白いように輪切りになった。ケイオスの間抜け面が現れる。


「なっ……! き、貴様、いったいどうやって!?」

「さあ、知らねえよ! 俺もなんでこんなになったのか分かってねえんだよ!」


 背中に意識を集中させると、メカニカルな翼が展開された。背中にエネルギーが収束、紫色の炎がそこに生まれる。俺はそれを解き放つ。炎がアフターバーナーのように吐き出され、俺の体を押し出した。

 一瞬にして肉薄した俺は、ケイオスの顔面に拳を繰り出した。反応すら出来ずに、ケイオスの顔に拳が突き刺さった。奴の体が吹き飛んで行く。


「し、シドウくん! その姿は、いったいどうしたっていうんだい!?」


 尾上さんは俺の変化に驚いているようだった。

 俺はサムズアップだけして、吹き飛んだケイオスを追った。

 仕方がない、正直何でこうなったのかワケが分からない。


 マーレン山で死にかけていた俺は、手元にあった剣を手に取った。それがかつて、俺の住んでいた街を、世界を救ったヒーロー(・・・・・・・・・・)、シルバスタの持っていた武器だと、俺は知っていた。俺はあの街でも数少ない、シルバスタに直接救われた人間だったからだ。


 彼の持っていた剣は、ネット上でフォトンレイバーと呼ばれていた。俺と同じように救われた人々が付けた名前だ。だが、それを使って変身していたのを見たのは俺一人だ。フォトンレイバーは特撮ドラマで登場するような、強化形態に変身するための道具なのだ。

 だが、俺がそれを持って、あまつさえ強化形態に変身するとは思ってもみなかった。


「クソ、なんだ! 何なのだ、貴様はいったいッ!」


 空間が霞む。再び銃砲が現れるのか、と思い俺は身構えたが、奴の足元から現れたのは古錆びたトラックだった。軍用カーキトラックの荷台に飛び込むと、車が発進。距離が一気に離れていく。このまま逃げようとでも言うのか。


「バカ野郎、逃がすかよ! こいつはその程度じゃ振り切れねえぞ!」


 翼にエネルギーが収束し、解き放たれる。

 紫色のブースター炎が、俺の体を加速させる。

 旧式トラック如きでは振り切れぬ、この圧倒的スピード!


「ええい、来るな! こっちに、来るんじゃあない!」


 ケイオスは恐怖か怒りか、あるいはそれ以外の感情によって顔を歪ませる。空間が霞み、そしてそこからいくつもの銃口が現れる。一斉に放たれた弾丸。俺はスピードを緩めない。肩口に意識を集中させる。すると、そこにも背中の翼に現れたような紫色の炎が生じた。噴き出た炎の圧力によって、俺の体が弾かれるように横に飛ぶ。肉体への負荷はかなり強いが、レイバーの力はこのような急制動を可能とする!


 十五、十、五! トラックのスピードを超え、俺の体がケイオスに近付いてく。ケイオスは狂乱めいた叫びをあげ、霞の兵団を召喚する。虚ろな目をした、死体のような兵士たちが俺に向かってくる。それは彼らが奏でる、彼らのための哀歌か。

 俺はフォトンレイバーをなぎ払い、振り下ろし、振り上げた。兵士の肉体が両断され、元の霞へと変わっていく。レイバーフォームの強化は、単なる追加装備のみに留まらない。俺の体に対しても、好ましい変化をもたらしていた。


「おぉぉぉぉぉるぁぁぁぁぁぁっ!」


 乗り物を作っていたこと、そして俺の身体能力が奴の想像を超えて増強されていたこと。その二つが合わさり、俺はようやく奴に肉薄する。


 ケイオスは恐らく、最後の切り札であるガスを生成したのだろう。

 だが、問題にならない。俺はそのまま突き進む。


「バカな……なぜ、なぜ貴様にはガスが効かんのだァーッ!」

「全部守ってるからに決まってんだろうがァーッ!」


 低空滑空状態で、俺はケイオスに向かって膝蹴りを繰り出した。奴の胸を蹴り、そしてブースターを最大出力で点火。トラックが消滅し、ケイオスが俺に引きずられて飛んで行く。毒ガスの持つ効力の中でも危険なのが、皮膚からも吸入されるということだ。厚手の衣服やゴムを貫通するというのだから凄まじい。そのため、ガスを扱う際には特殊な防護服の装着が義務付けられているという。


 だが、俺の全身は俺の力が守っている。先ほどあれほど密着したというのに、ガスの影響を受けなかったのはそのためだろう。

 俺に切り札は通用しないのだ。


 俺とケイオスは飛びながら森を越える。

 膝に力を込め、ケイオスの体を押した。俺とケイオスとの間に、一メートルほどの隙間が出来上がった。それを俺は、逆の足で蹴り付けた。ケイオスの体が水平に吹き飛んで行き、家屋の残骸にぶつかって止まった。俺は両足、両肩のスラスターを使い減速、かつて村があった場所に着地した。


「バカな、私の……私の輝かしい経歴が、私のリリーマルレーンが、敗れるだと?」

「悪夢だな、オッサン。だが、俺の存在は夢じゃなくて現実のものだぞ」


 俺は刀身を撫でた。青い刃が怪しく輝き、紫色の炎めいて波打った。


「そんなバカなことがあるものか! 私の力は……祖国の誇りは砕けんのだぁっ!」


 霞がケイオスの体を覆い尽くす。そこから現れたのは……戦車。タイガーだか何だかという大仰な名前の、巨大で威圧的な力の塊。ケイオスの抱く、憧れの結晶。


「打ち砕いてやるよ。手前の誇りとやらも。手前の力も、まとめて全部ぶった切る!」


 フォトンレイバーに備えられたトリガーを引いた。剣に蓄えられた力が解き放たれ、俺の全身に行き渡っていくのを感じた。剣と背中の炎は勢いを増していった。戦車の砲塔が俺の方を向く。一瞬の静寂。大気を震わす戦車の咆哮。


「クルセイド……スラッシャァァァァーッ!」


 俺は地を蹴った。文字通り爆発的な加速が、俺を吹き飛ばした。がむしゃらに剣を振るう。放たれた榴弾が、両断され、少し飛んだところで爆発した。

 そのまま勢いを減じず、戦車に肉薄した。剣をほぼ垂直に振り上げる。炎を纏った斬撃が戦車の装甲に突き刺さり、そしてブースターによって増強された俺のパワーが戦車を持ち上げた。そのまま振り抜く。戦車を両断! そのまま止まらず剣を返し、水平に剣をなぎ払う! 紫色の炎が装甲を焼き溶かす! 空中に紫色の十字架が描かれた。


 ブースターと剣が輝きを失うのと同時に、俺は着地した。

 直後、戦車が爆発した。


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