突撃! 隣の山賊村
翌日、早朝。俺とクロードさんは街道を歩いていた。目的地となる村を目指して。
「……大丈夫っすかね、遠距離から俺たち、狙撃されたりしないっすかね?」
「村からは一キロ以上離れていますし、起伏に富んだ地形ですから心配はないと思います。それに、風も強い。素人がこの距離で当てることは不可能に近いでしょう」
確率論から言えばそうだろうが、しかし実際撃たれれば即死するのだ。クロードさんはなぜ、これほど豪胆になれるのだろうか? ライフル弾でも避けられるのだろうか?
「今更恐れても仕方がありませんよ、シドウくん。賽は投げられてしまったのですから」
「いや、それは分かってますけどね、クロードさん。怖いものは怖いでしょう?」
俺は素直な感情を吐露したが、クロードさんは笑った。とはいえ、それは俺を嘲笑うような色を含んでいるわけではない。妙な感じだが、朗らかな笑いだ。
「キミがそうして恐れてくれるから、勇気が出ますよ。とてもそうはいきませんから」
「クロードさんくらい強ければ、銃を持った山賊を恐れなくて済むんでしょうけど……」
心底彼の強さが羨ましい。容易に手に入るものではないと分かっていても。
「勇気を振り絞ってくれる人は大切ですよ。確かに、キミ一人で事態を解決する力はないのかもしれません。けれども、そういう人を応援したくなるんですよ。僕はね」
クロードさんはまた笑ったが、今度はどこか寂しげで、自嘲気味だ。
「長いことこんな業界に身を置いているとね。摩耗していくんですよ、心が。あるいは最初からそうなのかもしれませんけどね。世のため、人のため、なんて理想はすぐに枯れ果ててしまいます。リスクとメリットを計算して目の前で苦しんでいる人を天秤にかけられるようになってしまう。もちろん、そういう判断をしなければならない時もありますが」
彼は空を見上げた。
どこかで無くしてしまったものを、探すように。
「他人のためにならない損得勘定というのは、虚しいものですよ。シドウくん」
そう、なのだろうか? 俺はクロードさんの言っている言葉の意味が分からなかった。そんなことを言い合っているうちに、俺たちは門の前まで辿り着いた。
「結構、デカいっすね。実物を見てみると、かなり……」
「柵の高さはだいたい二メートル前後ってところですか。体操選手を呼んできましょう」
クロードさんは軽口を叩いた。確かに、記録保持者なら二メートルの柵を飛び越えられるだろうが、跳びえたところで蜂の巣にされるだろう。
甲高い発砲音。俺たちの足元に銃弾が撃ち込まれた。思わず身構える。映画なんかと違って、派手な火花が散ることはない。下が土だから、跳弾しないだけだろうが。
「ヘイヘイヘイヘイ! おめえらそこで止まりな! どこを通ってるか知ってるか!」
知るかボケ。口を突いて出そうになった言葉を飲み込み、俺は物見櫓を見上げた。確かに、すぐ昇り、すぐ降りられるようになっている。銃眼のようになった場所から、アサルトライフルの銃口が覗いている。あれなら弓矢程度なら防御出来るのだろう。
「穏やかではありませんね。僕たちはただの、旅人なのですが」
「そんな軽装な旅人がいるかぁー! 少しは考えてから物を言いやがれ、タコ!」
確かに旅人と言うには、少しリアリティのない格好だったかもしれないな、と俺は思った。銃撃でダメにされてはいけないからと、荷物はすべて置いて来たのだ。
「村に入らせていただきたいのですが、いけませんか?」
「いいぜ。どうせ金目のものは持ってなさそうだ。死体にして入れてやろうぜ!」
「ハッハッハ、そりゃいい! 村の連中を見せしめにする手間が省けるってもんだぜ!」
威圧的な銃口が、左右の銃眼から俺たちに向いた。
皮膚に不快な緊張が走る。
その時だ! 監視台にいた二人は、自分たちに向かってくる異様な存在を見た!
「なっ……なぁんだぁ!? あ、ありゃぁぁぁ!」
「ひ、火ィィッ!? な、何で、何で火がァーッ!」
巨大な炎の刃。ドラゴンを切り裂き、燃やし尽くすほどの破壊力を秘めた炎が、横合いから監視台を飲み込んで行ったのだ!
もちろんこれは御神さんの斬撃だ!
「やりましたね。正面の監視台がなくなった。行きますよ、シドウくん!」
俺は変身しながら頷き、走り出した。銃声がしたが、しかしこちらに飛んでくる弾は一発としてなかった。位置関係上射線が切られている上、炎と煙で狙いがつけられぬためだ!俺とクロードさんは同時に跳んだ。煙を裂いて、村へと進入する。
着地した俺たちは、村のシンボルである鐘と、その前で狼狽し、立ち尽くす山賊たちを見た。手に持っているのはショットガン。着地音に素早く気付いた山賊二人は、俺たちに向けてショットガンを発砲した。俺は左に、クロードさんは右に飛び、散弾を避ける。地面が抉れるのが見えた。俺たちの姿が消えてもなお、発砲音は続いた。
「やはり、銃の扱いになれていないようです。正面の敵は僕が相手にしましょう」
最初に決めていたプラン通り、正面をクロードさんが掻き回し、俺が周りにいる山賊を倒す、という方向で動いた。本来なら対軍、対テロ戦のプロフェッショナルであるトリシャさんや尾上さんが俺の代わりを務めるべきなのだが、そうもいかない事情がある。
全身を装甲化した俺ならともかく、尾上さんやトリシャさんは一発食らったらアウトだ。替えも効かず、耐える余裕もない。だから二人には指揮に徹してもらう。
『シドウくん、キミの進行方向上、建物の影から一人出て来る。対処できるね?』
現在、尾上さんはエリンのサードアイと視界をリンクさせ、通信機による音声支援を行ってもらっている。サードアイの能力として、視界の上書きがあるのだという。
普通に戦っている時は使い物にならないかもしれないが、遠隔指揮を行うならこれ以上のものはあるまい。通信機も衛星などを必要としない直接通信タイプのもので、尾上さんがこの世界に持ち込んだものだ。現状、これを扱えるのは彼だけだ。
炎が辺りを照らす。人影が曲がり角に現れた。あと数歩の距離。俺は加速し、蹴りを放った。俺の放った蹴りは曲がり角から出てきた男の顔面に的中した。鼻を折る感触、飛び出してきた男はもんどりを打て倒れた。よし、これでいい。
だが、喜んでばかりもいられない。扉が開け放たれ、そこから武装した男が出来たからだ。手にはショットガン、俺の方を見て驚き、それを向けて来た。
ショットガンの銃口を払う。銃口は家の方を向くが、しかしトリガーを引く指を戻せない。放たれた弾丸は、木の壁を抉り醜い破壊痕を作り出した。こんなものの直撃を受ければ、ただでは済まない。逆の手で胸を打つ。男の呼吸が詰まり、苦しげな表情を浮かべた。俺はその場で一回転、勢いを乗せた後ろ回し蹴りを細い路地の中で放った。男の胸板に俺の足裏が、吸い込まれるようにして飛び込んでいく。男は吹き飛んだ。
「……お? おお? おお……!」
考える前に体が反応していた。いままでなら、もっと無様な戦いになっていただろう。銃を持つ相手にも勝てるようになるとは……俺、いま成長している!
感動に打ち震える暇もなく、壁に風穴が開いた。出て行った男がいきなり倒されたからだろう、内側から俺がいるであろう場所目掛けて銃を放ったのだ。ライフル弾が薄い合板の壁を抉り、俺を殺さんとして突っ込んで来る。幸いにして射線が通っていないため、俺に当たる弾はほとんどない。が、あまりにも痛いことには変わりがない。
俺は身を低くして、這うように走った。開け放たれた扉から見えた俺を追って、弾丸が放たれる。映画ヒーローのようなスピードで走ることが出来ていてよかったと思う。もし生身の足だったら、逃げる間もなく蜂の巣にされていただろうから。
コーナーで曲がり、壁を見る。窓があった。俺は更に走り窓の前に。俺の眼前ではクロードさんが屋根から飛び降り、正面にいた山賊たちを奇襲していた。
俺は跳び、窓を突き破り家屋の中に侵入した。飛び散ったガラス片やフレーム片が中にいた山賊たちの視界を、一瞬塞いだ。その一瞬、状況判断。平屋の家屋、ここはリビング。かつて団欒が行われていたであろう温かみのある部屋は、いまはもうない。転がった酒瓶や壁に刻まれた煙草の焦げ跡が退廃の跡を残している。
目の前には丸テーブル、イスが四脚。右側にはライフルを持った山賊が一人、すぐ左にはショットガンを持った山賊がいる。部屋の左奥にもショットガンを持った小男がいる。
しゃがみながらショットガンを掴み、引き寄せる。慌てて俺に銃を向けた小男は、しかしフレンドリーファイアを恐れて躊躇った。この一瞬のチャンスがあれば!
ショットガンに込める力を更に強め、男から銃を引き離す。単純なパワーとかスピードであれば、俺は成人男性より遥かに強い。これは容易だった。ショットガンに引かれるまま、男は転倒。奪い取ったショットガンを、小男に向かって投げつける。いきなり飛んで来たものを察知すら出来ず、小男はショットガンと激突。はずみでトリガーが引かれ、散弾が部屋の天井を傷つけた。
俺は側転を打った。アサルトライフルの男がしゃがんだ俺に向かって発砲したからだ。回転しながら立ち上がり、ステップ。男に肉薄し、銃口を打った。ライフル弾がむやみに放たれる。返す刀で男を打とうとしたが、しかし止める。
男はすでに、逆の手にナイフを握っていた。逆手に持ったそれを振り上げ、俺を切り裂こうとしている。その手首を、俺は握った。そして、男に密着する。酒臭い臭いがした。
ショットガンの小男は、相変わらずおろおろしている。俺を撃とうとすれば、仲間を撃つことになる。当然だ。密着した状態のまま俺は頭を振り、そして下ろした。ヘルムと奴の歯とがぶつかり合い、歯が負けた。痛みに怯んだ男の手を放し、殴りつける。男の体が漫画のように吹き飛んで行き、後ろにいた小男に激突した。
弾かれ倒れた小男に素早く接近、ショットガンを奪い取ると、銃身を持ってストックを振りかぶった。小男の顔が絶望に染まったのが見えた。俺はそのままフルスイングした。凄まじい衝撃を受けて、男が気絶。銃のストックもぶっ壊れた。
「バカめ、思い知ったか。俺はこの前までの俺じゃねえってこった」
山賊三人をスムーズに制圧し、俺は上機嫌になった。スタルト村へと向かう道中、遭遇した山賊にしこたま殴られ、倒される寸前になっていた時の俺ではもはやないのだ。
と、その時。奥の間に続く扉が勢いよく開け放たれた。潜んでいた山賊が飛び出して来たのだ。その手にはショットガン、俺は反射的に銃を振り上げ、トリガーを――
引けない。引けば相手が死ぬ。そんなことを考えている間に相手がトリガーを引いた。
耳をつんざく発砲音。俺のラバー装甲に、何発もの散弾が突き刺さる。グラーディが放った風の散弾とは威力が段違いだ。あまりにも、重く、痛い。だが、倒れない。
そのまま踏み込んだ。男が続けてトリガーを引いた。俺はガントレットを掲げて散弾を防御しようとした。広く拡散した弾丸を受け止めきることは出来なかったが、しかしそれでもかなりの衝撃を逃がすことに成功した。三発目を放とうと、グリップを引こうとするその腕を、俺は取った。そして締め上げる。痛みに男が呻いた。
「どうだ、痛いだろう! 俺はこの何倍も痛かったぞォーッ!」
男の顔面に頭突きを叩き込む。骨が折れる感触、生ぬるい血が俺にかかる。今日はこの程度で勘弁しておいてやる、と心の中で毒づき、鼻血を垂らしながら気絶した男を放してやった。重いずた袋のように、男は倒れ伏した。
呼吸を整え、そして銃を男たちから没収する。ライフルにスリングがついていたのは助かった。何本もたすき掛けにし、男たちが使っていたバッグに拳銃を詰める。ライフルやショットガンはともかく、こいつら拳銃を全員持っている。平和な日本に暮らしていたから実感はないが、こうした拳銃はスーパーマーケットでも容易に手に入るという。
(でも、これだけの数の銃と弾をどうやって仕入れたんだ……?)
尾上さんの能力でもない限り、この世界で銃弾を手に入れることは出来ないだろう。
そんなことを考えていると、外で一際大きな発砲音がした。
聞いたことのない銃声だ。まさか、クロードさんの身に何かがあったのではないか。俺は慌てて飛び出した。




