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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
黒猫は災厄と嗤う
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襲撃前のミーティング

 旅はおおむね順調に進んだ。

 おおむね、というのはたまに襲い掛かってくる山賊たちの対応に少しばかり時間を取られている、ということだ。とはいえ、ほとんど誤差だ。たまに少しばかり無理をしているからかもしれないが、予定通り俺たちは進んでいた。

 このままのペースで進めば、明日にはマーレンに辿り着くだろう。


「この辺りからは、慎重にした方がいいかもしれないね。歩哨がいるかもしれない」

「そう考えた方がいいですね。彼らは騎士を警戒しているでしょうからね」


 クロードさんは頷いた。しかし、果たしてそうだろうか?


「でも、銃を持っているんでしょう? なら、騎士団も問題にならないんじゃ……」

「いえいえ、彼らがいま一番警戒しているのは、組織的に自分たちを攻撃してくる存在ですよ。何故ならば、山賊たちは規模において決定的に劣っているんですからね」

「確かに銃は強力な武器だけど、それだけで騎士団を壊滅させられるような代物じゃない。ましてや、彼らは戦いの素人。騎士団は武器の質では劣っているけれど、集団戦や白兵戦においては彼らを遥かに凌駕する力を持っているだろう」

「あ、なるほど。集団が近距離で襲い掛かってくるようなことになれば……」


 山賊は成す術なくやられる。

 と、なるとどういう行動を取るだろうか。


「村を焼き捨てて目くらまし、その間に逃げるだろうね。多分」

「村を焼き捨てて、って……! そんな簡単に」

「フットワークの軽さが彼らの武器だ。いずれやることが、いまにずれただけさ」


 あくまで想像の上でしかない。だが、多分山賊はやるだろう、という確信を尾上さんは抱いていた。プロの兵士である彼が言うのならば、きっとそういうことなのだろう。尾上さんはエリンに合図をした。エリンは頷き、サードアイを展開した。


「上空からサードアイを先行させて、状況を観察させる。これで近場に歩哨がいるかどうかが分かるし、敵がどれほどの武装を持っているかもある程度分かる。この辺りで休めそうな場所も見つけられるだろう。いずれにしろ、村に入るのは明日になる」

「でしたら朝駆けがいいでしょう。日が昇る前、彼らの集中力は途切れるはずだ」


 とんとん拍子で襲撃プランは組まれて行く。トリシャさんや御神さんも加わり、静かな、しかし喧々諤々の議論が展開されて行った。こういう事は彼らの専門だ、俺の出る幕はない。俺の出る幕があるのかはまた別の話だが。


「彼方くん、危ないと思ったら下がっていてくれ。大丈夫、俺たちが何とかするさ」


 だから俺に出来ることは、年少組のフォローくらいのものだった。サードアイの方に集中しているエリンをそれとなく守るような位置に立ち、彼方くんに話しかけた。


「は、はい。それにしても、皆さん凄いですね。あんなふうに……」

「まあ、あの人は人を殴ったり撃ったりするプロフェッショナルだからな」


 俺にあれが出来るかと言われれば出来ないし、やりたいかと言われればやりたくないと答えるだろう。けれども、この世界においては誰よりも頼りになる人たちだった。


「あんなスゲエ人たちがいるんだ。必ず助け出せるさ、なあ?」


 彼方くんは微笑んだが、しかしリンドは考え込むような仕草をした。


「……? どうしたんだ、リンド? 何か気になることでもあるのか?」

「あっ、はい。旅の方々から聞いた話のこと、シドウさんは覚えてらっしゃいますか?」


 旅人から聞いた話か。実のところ、俺はほとんど覚えてはいなかった。

 順調に進んだ、というのは何も歩き旅のことばかりではない。順路にあった宿を取ることが出来て、なおかつその宿が山賊に襲われていなかった、ということも含めてだ。宿を取れたのは実際正解だった、このあたりの詳しい情報を仕入れることが出来たのだから。


「この辺りで暮らしていた方々の証言によると……一月ほど前、流星がマーレン山に落ちてから、おかしなことが起こるようになったと言っておりましたわね」

「ああ、そう言えばそうだったな。四つの流星が飛んで行った、とか言ってたっけ」

「正確には四つではなく、四つともう一つの流星が、ですわ。四つの星が落ちてきた後、森に星が落ちて来たと言っていましたわね」


 一月の間に、いろいろなことが起こったという。まず、森の動物たちが次々と姿を消していったと言う。狼や狐といったものたちから、野鳥に至るまで、様々な動物が森には生息していたが、それらがめっきり姿を見せなくなったのだ。害獣としての側面もあるため、人々は妙だと思いつつもそれらを特に気に留めることもなかった。


 そのうち、変化は目に見えて分かるようになった。まず、一部の川の水が毒に変わった。それを飲んだ人は数日間苦しみ、名状し難い色の吐瀉物を吐き、死んだ。そのうち、足を踏み入れただけで人が死ぬ地域が出始めた。死に方はほとんど同じだった。迷信深い老人たちは精霊の怒りだと主張し、前時代的禊ぎ儀式の実行を提言した。


 そして、一週間ほど前から、ある村と連絡が取れなくなった。その村は農耕を主体とした食糧生産を行っている村であり、かなりの蓄えがあった。その村から早馬が出ているのを見た者もいる。何かが起こっていると、分かっていたが踏み込めなかったという。


「流星が落ちて来た……それが、今回のことの原因なのかな?」

「分かりませんわ。流星がおかしな病気や武器を運んで来たんですの? もしかしたら関係ないことかもしれませんけれど……ううん、分かりませんわね」


 俺がこの世界に来た時、星の瞬く不可思議な空間を見た気がする。だが、そんなことがいま関係あるとも思えなかった。尾上さんたちもそれを見たことはないようだった。


「その流星だったら、僕も見た気がします。確かに、この方角に落ちてきましたよ」

「落ちて来たって、まるで星が落ちて来たみたいな言い方をするんだな」

「山の手前辺りに飛んで行ったような……ごめんなさい、分からないですけど」

「いや、責めているわけじゃないさ。そう思っちゃったなら、ごめんな」


 俺たちがそんなことを言っていると、サードアイが戻って来た。サードアイが分解され、大気に戻って行くと、エリンが息を吐いた。うっすらと汗がにじんでいる。


「お待たせしました、尾上さん。この先にある村、偵察してきました」

「お疲れさま、エリンくん。近くに歩哨のような奴らはいなかったね?」

「はい。この辺りで動いている人は見当たらなかったです」

「ご苦労様。では、今日はこのあたりで休む事にしよう。少し早めだがね」


 確かに、日は落ち切っていないが明日のミーティングも含めるならばこれくらいの時間が丁度いいのだろう。俺たちはいつも通り、テントを張り野営の準備を始めた。この段になるとみんなもう手慣れたもので、すぐに準備は終わった。


「さて、エリンくん。村の様子はどんな感じだったか、教えてくれるかい?」


 尾上さんがそう言うと、エリンは緊張した感じで話し始めた。


「まず、村は高い木の柵で覆われています。それほど厚くありませんから、壊すことはできると思いますけれど、人の背よりも高いので飛び越えるのは難しいと思います」

「ふむふむ、なるほどね。それで、村の中はどんな感じだったんだい?」


 エリンははきはきと答えた。

 俺はやることがないので、スケッチブックを手に取った。


「村にある家屋は五軒。全てが柵の内側に入っています。

 西側に門のようなものがあって、門の隣に二軒民家があります。

 民家の間には道があって、それは広場に続いていますね。

 広場には背の高い鐘があります。多分、元からこの村にあったものでしょう。

 あとは、真ん中には村を二分する堀があります。いまは水が入っていないようです。

 それから広場を中心として北側と南側に民家があります。

 この四つはそれほど大きくないものなんですが、東側にとても大きなお屋敷があります。二階建てで、隣接する馬房があります。屋敷と同じくらいの大きさで、二つ合わせれば……『風の香り亭』の四倍は広いです」


 俺たちが最初に泊まった宿だ。あれ四つ分とは、どれだけデカいんだ。


「あと、村の四方には見張り台があります。

 柵の内側から昇れるようになっているようで、すぐ降りられるようにスロープのようなものも付いています。あとは、状況を知らせるための鐘もついていました。村の四方をカバーしているので、あそこから見下ろされないようにして村に近付くのは、難しいように感じました」

「ふぅん、なるほど。話を総合してみると、これから行く村はこんな感じなのか?」


 俺はスケッチブックに走らせた絵をみんなに見せた。


「あ、ちょうどこんな感じです。シドウさん。絵が上手なんですねぇ」

「コンクールとか狙える感じじゃ全然ねえけどな。こういうのは昔から好きなんだ」

「いやはや、人には意外な特技があるものですねえ。正直、驚きましたよ」


 意外とは何だ、意外とは。失敬な。

 これでも豊かなインテリジェンスに定評がある。


「おっと、そうだエリン。見張りの奴らがどんな武器を持っていたか、分かるか?」

「そうですね……これから思い出しながら特徴を言うので、書いてもらえますか?」


 了解。そう短く言うと、エリンは見える限り、敵が持っていた武器の特徴を語った。その話を総合すると、彼らが持っているのは俺でも知っている有名な武器ばかりだった。


「見張り台の山賊が持っているのはアサルトライフル。

 村の中を巡回している山賊が持っているのはショットガン。

 それから、腰に四十五口径のハンドガン、と……」

「凄いね。武器の博物館だ。マニアに見せたら泣いて喜ぶだろうさ」

「俺が知っている限り、これらの武器は現役で使われているはずなんですけど」


 まあ、さすがに二百年も同じ武器を使っているはずはないだろう。


「拙者はこれらについて知らぬが、どれほど強力な武器なのだ?」


 銃についての知識に乏しい御神さんが質問して来た。俺も含めて、銃と戦うのは初めての人間がほとんどだ。持っている知識を動員して、俺は質問に答えた。


「見張りが持っているのはアサルトライフルって呼ばれるタイプの銃で、連続して銃弾を発射出来るタイプの銃です。射程が長くて、百メートル以上……あー、そうだな。この村なら、見張り台の端から端まで撃っても余裕で相手を殺せる武器です」

「装甲貫通力は比較的低いが、それでもこの世界の鎧なら余裕で破壊できる。あと、これに使われている弾なら衝撃もかなりのものになるだろうね」


 尾上さんからのフォローがあるのはありがたい。

 俺も素人の一人なのだから。


「巡回の山賊が持っているのは散弾銃。細かい弾をいくつも同時に発射する銃です。距離が広がれば避けにくくなるし、距離が近いと酷い手傷を負う。あとは……スラッグ弾って言って、広がらない弾を撃つことも出来ます。どっちを使うかは、分からないですけど」

「拡散範囲に関してはチョークを絞れば狭めることも出来るからね。どっちにしろ、人間の体なら余裕で貫通する。距離が開いた状態で、鎧を着れば致命傷は免れるかもね」


 この世界の常識が通用しない武器。

 御神さんにとってはやりにくい相手だろう。

「そう言えば、尾上さん。防弾チョッキみたいなものは持っていないんですか?」

「かさばるものだからね。それに、僕の時代だと防弾チョッキは個人用にカスタマイズされているんだ。いまも着ているんだけど、シドウくんも分からないでしょ?」


 尾上さんはジャケットを掴んで言った。

 なるほど、衣服自体がもう防弾性なのか。


「やりにくいな。こちらの防御が通用しない相手となると……」

「市街戦ですから、射線を切ってしまえば着弾率は大幅に下がります。もっとも、薄い家屋の合板くらいならば弾丸が貫通しますから、確実とは言えませんけれど」


 事前に状況が分かったのはありがたいが、敵が連射火器を持っているとは。こっちにいるのは銃火器の扱いに精通しているのが二人、こちらの世界の技術で作られた遠隔攻撃手が二人、あとは三人の剣術使いと、役に立つかも分からない変身使い。圧倒的不利。


「さて、どうしようかね。クロードくん」


 クロードさんは少し考え込むような仕草をしたが。


「……とは言っても、ねえ。こちらはいつも通り、やるしかないと思いますよ」


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