弱き少年の願い事
さすがは異世界。
俺はこの世界に来て何度か感じた感想をまた抱いていた。街から出たら、即座に山賊とエンカウント。それも一度や二度ではない。一集団が小分けにして何度も襲ってきたのかもしれないが、そんなことは俺たちには分からない。その度に俺たちは山賊を返り討ちにしながら報奨金、という名の追いはぎをしていくのだった。《ナイトメアの軍勢》と出会わなかっただけ、俺たちはラッキーだったのかもしれない。
「ふぅ、そろそろ休息をとることにしましょう。さすがに疲れてきました」
クロードさんが疲れているようには見えなかったが、子供たちは疲労困憊だった。俺自身も太ももがパンパンになっていたし、これまでに負った傷がジクジクと痛んだ。
「そうだな、野営の準備を始めるとしよう。今宵の番は、誰が務める?」
「それでは、僕が担当しましょう。山賊との闘いでは楽をさせてもらいました」
みんなで協力し、野営の準備を整えた。当然ながら御神さんは非常に手際よく準備を進めて行った。意外にも、彼方くんも器用にテントを張ったりしていた。
「姉さんが『共和国』に行ってから、ずっと一人で生活していましたからね」
彼方くんはそう、寂しげに言った。あれだけ多くの人がいたのに、彼を助けてくれる人はいなかったのだろうか? それとも、これがこの世界の風習なのだろうか?
エリンとリンドは準備の間、ずっと休んでいた。と言うものの、ほとんど俺が休ませたようなものだ。彼女たちの顔色は、数日前と比べてずっと悪い。グラーディの仕掛けた呪いの術式が、彼女たちの命を蝕んでいることの証左だった。グラーディは三月と言っていた、だがそれすらも、絶望感を引き立てるための仕込みなのではないかと思えた。
いろいろなことが、俺の頭の中をぐるぐると回っていった。これからのこと、これまでのこと。エリンとリンドを助けられなかったら。もし助けられたとしても、これから彼女たちをどうさせるのがいいのか。
俺は、この世界でどう生きるべきなのか。
そんなことを考えていると、とても眠れなくなってしまった。星を見上げ、考えるが結局答えなんて一つもまとまらない。月のない世界の空はとても寂しげだ。
「眠れないようですね、シドウくん。何か考え事でもしているんですか?」
そんな俺を気遣ってか、あるいは話し相手が欲しかったのか。クロードさんが近づいて来た。その手には彼が持ち込んだステンテス製のマグカップが二つ、湯気を上げているものがあった。注がれているのは、舌が焼けるほど熱いお茶だろう。
「……これからのこと、考えてると。何だか眠れなくなっちゃいましてね」
「大丈夫ですよ。ナイトメアでさえ退けたんです、山賊程度どうということはない」
クロードさんは、俺がこれから行く村について悩んでいたのだと誤解したようだ。
「……そっすよね。ありがとうございます、クロードさん。おかげさまで……」
「まあ、キミがそんなことで悩んでいるのではないことは分かっていますけれどね?」
ですよね。クロードさんが鋭いのか、それとも俺が分かりやすい性格をしているのか。きっと両方だろうが、クロードさんは俺の悩みをキッチリ掴んでいるようだった。
「……俺が二人を助けたのは、本当に正しいことだったんでしょうか」
「そんなことを聞くなんて。キミらしくありませんね。どうしたんですか?」
「俺らしくない、って。クロードさん、語れるほど俺のことを分かっているんですか?」
厭らしい質問だ。自分で言っていて嫌になる。まるで僻んだガキの言い草ではないか。
「そうですねぇ、僕の知っている紫藤善一という少年は……とても弱い」
グサリと心に突き刺さる一言だ。
俺の弱点を的確に抉ってくる。
「明朗快活、と言えば聞こえはいいですが、考えていることが分かりやすい。そのくせして考えることを止めて、力のままに突っ込んで行ってしまう。飲み込みが悪い。人の話を聞かない。考えなしのくせに、こうしてグチグチと悩んで人を困らせる」
「すいません、言っといてなんですけどその攻撃は俺に効くので止めてください」
「ですが僕は、不思議とシドウくんのことが嫌いではありません」
きっと俺は間抜けな顔をしていただろう。
予想していなかった一言に。
「無鉄砲で無茶をしますが、徹頭徹尾自分のためじゃなく他人のために動いていますからね。他人のために血まみれになれるあなたのことを、嫌いにはなれませんよ」
「……そんな綺麗なもんじゃ、ないっす。俺は、ずっと俺のために、ここで……」
「自分のために、ゴブリンの群れに突っ込んで行けません。利益を求めて、少女のためには怒れません。欲望のために、痛みと流血の中に飛び込んではいけません。キミはずっと人のために戦って、人のために傷ついて、人のために死にかけて来た。いまもこうして、縁もゆかりもない少女のために危険な旅をしている。真似出来ません。そういう意味で、キミは強い」
そこでクロードさんは一度言葉を切り、茶を飲んだ。俺も飲んだ。爽やかな苦みが俺の体を満たしていった。腹の底から暖かくなっていくような、そんな気がした。
「僕一人だったのならば、二人を見捨てて先に進むことだってあったでしょう」
「そんなこと……俺のことだって助けてくれたんだ。それなのに……」
「本当ですよ。人間、自分の知らない人に対しては驚くほど残酷になれますからね」
本当に、そうなのだろうか? 結構長いこと一緒にいると思うが、俺はやはり……クロード=クイントスという人について、いまいち判断しかねている。
「むしろ、僕はキミのことが分かりませんよ。シドウくん?」
「……俺?」
「なぜ、そこまでひとのために命を賭けられるのです? それも、見知った人間のためではない。見ず知らずの他人のために、命を投げ出すことが出来るのです?」
そう言われて、俺は言葉に詰まった。
どういえばいいのか、よく分からなかった。
「『人が人を助けられることを証明したい』。キミは、スタルト村で僕にそう言いました。どうして……そんなことを考えるようになったのでしょうか?」
あの時、俺は意識をほとんど飛ばしていた。だから、そんなことを口走ったのか。どう答えていいか、俺は迷った。一口、茶を飲んで、それから慎重に言葉を選んで話した。
「俺の周りで、色んな人が亡くなったことがあったんです。それは、俺の友達だったり、知り合いだったり、全然知らない人だったり……いろいろな人がいました。それが、俺の中で鮮烈な印象に残っているんです……」
「他人を死なせたくない、殺したくない。そう、キミは思っていると?」
「そんな大それたものじゃないんです。ただ、俺は……」
何を言おうとしているのか。分からなかった。
けれども、言わなければならない。
「俺は証明したい。善意は、人を助けることが出来るって。そうじゃなきゃ……こうして、ここで生きている意味もないって。そう、思うんです」
あいまいな、しかし俺の全てを込めた言葉だった。
クロードさんは、それに頷いた。
「キミが抱えているものは、これっぽっちも分からないかもしれませんが……」
「すいません、クロードさん。長々と付き合ってもらったのに、こんな」
「いえ、いいんです。キミが善人だと分かっただけでも、大きな収穫ですよ」
善人。それをクロードさんは、どういう意味で言ったのだろうか?
俺がそれを訪ねる暇もなく、クロードさんは立ち上がり、俺に向かって手を差し伸べた。
「僕も、少しもやもやしています。少しばかり、付き合ってもらえませんか?」
「……喜んで。俺も眠れなくて困ってたところですから」
それから俺たちは、少しばかり稽古をした。あいも変わらず、俺の攻撃はクロードさんに掠りもしない。それでも、少しばかりこの胸に抱えていたもやもやは晴れた気がした。




