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最弱英雄の転生戦記  作者: 小夏雅彦
黒猫は災厄と嗤う
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赤毛の侍は救い主なのか

 俺たちはモザイク模様の石畳を歩き、図書館から大教会まで移動した。教会の総本山と聞いていたが、ゴチャゴチャしていないのがいい。空間の余白を上手く使っているような気がした。小鳥が遊び、蝶が舞うこの光景は、楽園めいて俺たちの心を癒した。


「こりゃあ……スゴイな。デカイし、なんていうか……」


 俺たちの目に飛び込んできたのは、十メートルほどの高さがあるバロック調の教会だった。入口は巨人の入場でも想定しているのか、と言うほど大きく、下の方に小さな人間用の入り口が付いている。きっと神様というのは俺たちよりも大きいのだろう。

 入り口の左右を守るのは、武装した天使のような姿をした彫像。丸みを帯びた子供のような姿をしているが、背中に生えた身長よりも大きな翼と、身に纏ったピンポイントアーマー、そして神敵を滅ぼすために使うのであろう、大槍がアンバランスな印象を与えた。


「相当金を使っているようですね。まあ、行きましょうか」


 クロードさんは興味なさげに言って、中に入って行った。

 俺たちもそれに続いていく。


 中も相当豪奢な感じだった。五人掛けくらいの重厚な樫で作られた椅子が左右に並び、中央の通路にはレッドカーペットが敷かれている。波打つ円柱には黄金の燭台が設置されており、蝋燭の頼りない明かりが教会内を神秘的に照らしていた。

 壁面には巨大な額縁に収められた絵画が飾られており、神の洗礼を受ける十二人の勇者の絵、光に導かれ天上に昇る人々と、闇に囚われ地の底へ引きずり込まれて行く人々を描いた黙示録めいた絵など、荘厳な宗教画がいくつも掲げられていた。それ以外にも油絵や彫刻、背の高い壺や香台などがある。言葉では表現しきれない空間だった。


 室内の参拝客はまばらだ。とは言っても、時間が悪いのかもしれないが。僅かな信徒に向かって、司祭さんが説教をしている。基本的な内容は、俺たちの世界の宗教とそう変わらないように思えた。

 汝の隣人を、汝の如く愛せよ。隣人愛と、そこから繋がる同胞愛、常に神の御心が自分を照らしており、神に恥じないように生きろ、と言っている。


 だがその中にも、天十字教独自の教義があるように思えた。

 すなわち、現世利益の肯定。現世で利益を得た者は、天の国でも必ず報われる。あなたがこの世で利益を受けることはあなたのためだけではなく、神のためにもなることである、と説いていた。あまり宗教に詳しくはない俺だが、こうした積極的に『儲け』を肯定する教義は珍しいと感じた。


「常に神はあなたを見守っています。天の光の導きのままに」


 老司祭は一礼した。教徒たちの拍手が辺りを包んだ。

 俺たちもつられてそれに倣う。


「大変感動いたしました。やはり、神の御心を体現するお方のお話は心に染みますねぇ」


 退席していこうとする老司祭を、クロードさんは素早く呼び止めた。老司祭は嫌な顔一つせず、クロードさんの言葉に応じてくれた。


「ありがとうございます。未熟な身ですが、ご理解いただけたのならば幸いです」

「特に、『あなたの利を咎める者がいるのならば、それを愛しなさい。そしてあなたを咎める者にも、利をもたらすのです』という一文が素晴らしい。あなたに敵対するものをも取り込んで利益をもたらせ、というのですから。感服するとともに、非常に実感のこもった言葉であるように感じました。あなたも何か、ご商売をされていたのですか?」

「しがない商家の生まれでしたもので。子供の頃から天十字教に親しんで参りました」

「なるほど、隣人愛をただ説くのではなく、それがあなたにとっての利となる、ということを明確に、そして分かりやすくおっしゃっておられる理由が分かりました」


 クロードさんは老司祭を褒めちぎった。悪い気はしないのだろう、司祭さんの頬も少し緩んでいるような気がした。そこですかさず、クロードさんは本題を繰り出した。


「実は司祭様にお聞きしたいことがあります。呪いについて少し、伺いたいのですが」


 俺たちは奥の応接間まで通された。表でするには、デリケートな話題ということだろうか。応接室もまた豪華なもので、大振りなクリスタルテーブルと革張りのソファ、マホガニー製のチェスト、壮麗な宗教画が飾られている。どこか圧迫感さえ感じさせる。


「して……呪いというのは、そちらの少女にかけられているものでしょうか?」

「えっ、司祭さん。分かるんですか?」

「話の前後から推測したのでしょう。健康体の男性二人に連れられている少女が一人いる、となればどちらが呪われているのか、分かりそうなものではありませんか?」


 言われてみればその通りだ。司祭さんも頷いて見せる。


「状態が分からないことには何とも言えませんが、少し見せていただいても?」


 リンドはビクリと震えた。

 グラーディの下で行われた虐待の記憶か。


「大丈夫だ、リンド。この人はキミを傷つけたりはしない。そうですよね?」

「お約束いたしましょう。すぐに終わりますし、痛くも何ともありません」


 俺はリンドの顔を覗き込んだ。怯えは消えていないが、彼女はゆっくり頷いた。司祭さんは立ち上がり、リンドの頭に手を置いた。一瞬の静寂の後、彼は口を開いた。


「厄介な呪いを受けているようですね。それほど命は長くは保たない……」

「ッ……! そうなんです。だから、彼女を助けるための手段を探しているんです。天十字教の司祭様は、呪いを解くことが出来ると聞いて、それで……!」


 俺の言葉に、司祭さんはバツの悪そうな表情で顔を逸らした。


「確かに、我々は呪いを解く方法を知っています。ですが、すぐには出来ません」

「……!? なぜです、司祭様! 出来るんだったら、なんで!」


 予想していなかった言葉だ。出来るのならば、なぜやらない?


「解呪を求めてこの地に来る人は、何もあなた方ばかりではありません。順番を待つ人だけでも、百は下りません。それに、解呪にはお心付けをいただかなければ……」

「お心付けって……金取るんすか!? この子たちはここで苦しんでて、なのに!」

「およしなさい、シドウくん。利益を得ることを天十字教では禁止していない」


 クロードさんは目を閉じ、冷静に言った。

 反論しようとしたが、制された。


「我々にとっても、複数の司祭や従士たちが数日がかりで行う重大な儀式なのです。我々も、相応のリスクを背負ってこれを成しているということに、ご理解いただきたい」


 そんなバカな。こうして目の前で苦しんでいて、いまにも命を落としそうな子供がいるというのに……神というのは、それを見捨てて、それを良しとしているのか?


「そんなの……そんなのッ!」

「いやはや、何やらつまらぬことを言っているようでござるな」


 ……ござる? 背後から聞こえて来た予想外の単語に、俺の思考は瞬間固まった。俺が二の句を次げないでいるうちに、扉が開かれ一人の女性が入って来た。陣羽織めいた戦闘的な装飾を施した服を羽織った女性だ。ハチガネを止める帯が長く、太い。余った帯が腰のあたりまで伸びている。たなびく赤毛が鮮烈な印象として俺の頭に焼き付いた。


「御神神侍(しんじ)……! なぜこのようなところに? 御勤めはいかがなされた?」

「警備途中にドラゴンを一匹切って参った。これにて本日の御勤めは仕舞いだ」


 先ほど、俺たちが島に降りる前にあの炎を放ったのは、この女性なのだろうか? よく見て見ると、腰に帯びている刀の柄には深紅の宝石がつけられており、それはグラーディが持っていた杖の宝石と同じような、力を感じる光を放っていた。


「持ち合わせがない者を救うことは出来ぬ、とは天の教義にもとるのではあるまいか?」

「そのようなことは申し上げておりませぬ。ただ現実的ではない、と申した」

「ウソつけ! こっちの足元見て、心付けがどうだとか言ってただろうが!」


 司祭さんを前に俺は声を荒らげた。どの口で言いやがる、この野郎。司祭さんの方もさっきまで浮かべていた柔和な笑みを消し、老獪な本性が露わになった。


「儀式にかかる時間は、最短で三日。儀式を待つ者は、私の記憶では百七人いる。すなわち、最低でも三百二十一日はかかる、ということだ。司祭たちの往復と休息の時間を含めれば、更にそれは膨れ上がる。その子の命はそこまで保たぬ」


 三百日?

 そんなに待ってはいられない。この子の命は長くても三月だ。


「例外を作るわけにはいかぬ。歪めれば、解呪を待つ者たちの命も危ういであろう」


 司祭さんの目には決意の色が浮かんでいる。他の解呪を待つ連中も、二人のように、明日をも知れぬ身なのか? それならば、それを歪めるということは……


「……どうにかならないのか、司祭さん。この子たちの期限はすぐそこまで来てるんだ」

「私の立ち位置は変わらぬ。例外を作れば、すべてが滅びるやも分からぬ」

「何だってするぞ! この子たちの命を救うためだったら、何だって!」


 テーブルを叩いて立ち上がったつもりだった。だが、手に力が入らない。絶望的な、しかし決して変えることの出来ない宣告。どうすればいい? 何をすればいい?


「まったく、つまらぬ話をしている。そんなことは簡単であろう?」


 赤髪の女性、御神と呼ばれた人が、俺の肩を掴み、引き寄せた。


「お主の手で、救えばよかろう。お主の手で、この子の呪いを解けばよかろう?」


 俺は勢い良く振り返った。

 燃えるような赤い瞳と、俺の目とが合った。


「出来るのか……!? 俺に、俺にこの子にかけられた呪いを解くことが……!」

「いや出来ぬだろうな。解呪というものは一朝一夕に出来るものではない」

「あんた……! あのなぁ、俺は下らねえこと言ってられるほど悠長じゃ……」

「だからこそ、拙者がお主の解呪行に同行してやろうと言っているのだ」


 また俺は間抜けな顔をした。

 事態がさっぱり飲み込めない。この人は何を言っている?


「御神神侍、またあなたは適当なことを! 少しは立場を考えなされ!」

「考えての結果でございますよ、リード司祭。拙者は神に仕え、神の御心のままに生きる者。神はおっしゃっている、『汝、汝の如く汝の隣人を愛せよ』と。なれば、この小さき同行者に祝福を授けることこそが、拙者が聖職者としてやるべきことにござる」


 リードと呼ばれた司祭さんは頭を抱えた。

 何かを言おうとして、そして止めた。


「……御神神侍、くれぐれも内密に。あなた方も、この件はぜひ内密にお願いする」

「ええ、存じ上げています司祭様。決して表沙汰にはしません、ご安心ください」


 いったい何を言っているのか、分からない。

 俺とリンドは顔を見合わせた。


「どうやら光明が見えたようですよ、シドウくん」


 光明が見えた。つまり、解呪の道筋が出来た。この女性によって。


「……やったぁ! よっしゃぁ! やったな、リンド! 助かるぞーッ!」

「え、ちょ、シドウさん! ちょ、やめてくださいなッ……!」


 俺はリンドの抗議の声も聞かずに彼女の体を持ち上げ、グルグルとその場で回った。彼女の脇腹に手を突っ込み、いわゆる『高い高い』の体勢で持ち上げたのだ。軽い彼女は何の抵抗も出来ずに俺に振り回される。顔を真っ赤にして抗議していた。


「まったく……キミは仕方のない人ですね、シドウくん」


 呆れたようにクロードさんがつぶやくのが聞こえた。クロードさんは御神さんの顔を、何か警戒するように睨み付けていた。一体、なぜ?


「それでは、拙者には準備があるゆえしばし失礼する。後ほど、宿に向かう」

「あ、そう言えば俺たちまだ宿を取ってなかったんです。どこに集合しよう……」

「みんな、図書館にいますからね。図書館に集合ではいかがでしょう、御神さん?」

「おお、それならそれで構わぬ。では、後ほど図書館で」


 部屋から出るなり、御神さんは颯爽と去って行った。

 惚れ惚れする後ろ姿。


「光明が現れたのはいいですが、ああいうタイプは組織にとって面倒な存在でしょうね」


 クロードさんは、歩きながらそんなことを言ってきた。


「そっすか? 俺はどっちかっていうと、司祭さんの態度の方が……」

「困っている子供を見捨てられない、というのはとても人道的で尊い判断だと思いますけどね。けれど、彼も言った通り教会に助けを求めに来る人は少なくありません」


 それは、確かにその通りだ。

 俺もさっきはその理屈で納得しかけた。俺たちが割り込んだことによって、救われない人が出てきてしまったなら?それを納得できないと感じるのは、それは俺がこの問題の当事者であるからに他ならないだろう。


「それに、一つを歪めれば他にもそうしたいと願う人が出て来るでしょう。そうなれば、もう秩序なんてあったもんじゃありません。救われたいと願うのは誰でも一緒ですし、救われるのは自分であった方がいいと誰もが思っていますからね」

「……だからクロードさんは、あの時司祭様に念を押したんですね」

「二人が救われたとしても、それでは教会に申し訳が立ちませんからね」

「……でも、聖職者なのに人を助けることが出来ないなんて、そんなの間違ってますよ」


 負け惜しみだ。自分が言っていることが自分でも正しいなどと、思ってはいない。


「聖職者なら命を投げ打ってでも他人を助けろ、という言葉には共感しますがね。ですが彼らが人を救わない聖職者である、というのならばともかく、実際人を救っているわけですから、多少の見返りがあったっていいでしょう。この教会を維持するためにも、この教会で働く人々を養っていくためにも、金や食糧は必要です。人を助けるのに理屈はいらない、という方もいますが、善意で動き感謝が見返りではいずれくたびれてしまいますよ」


 ぐうの音も出ないほどの正論だ。俺はもはや押し黙るしかなかった。


「まあ、どちらにしても当事者がいるということです。彼らにとって彼女はあまり好ましくない存在ですが、僕らにとってはまさに、救いの主ということですよ」

「そうですね。あの方がいらっしゃってくれて、本当に助かりましたわ」


 リンドは頷いた。

 しかし、クロードさんは何か、考え込むような仕草をした。


「……ですがあの御神さんという方、いったいどうしようというのでしょうか?」

「さて、解呪の儀式自体は彼女でも出来るらしいですが、どのようなものかは私たちには分かりませんからね……ところで、神侍とはいったいどのような役職なのでしょう?」


 クロードさんはリンドに質問した。


「神侍というのは天十字教に使える神の戦士、天十字騎士団の役職の一つですわね」

「へえ、宗教なのに兵士なんて持ってるのか?」

「宗教と兵力は切っても切れない関係にありますからね。信仰を守るためには、武力という後ろ盾が必要な時代があったんです。僕たちの世界でもありましたよ」


 日本でも寺が武装し、僧兵を持っていた時代もあったと習った気がした。


「その中でも、神侍は特殊な立ち位置にいたはずなんですの」

「特殊な立ち位置、ですか。それはいったい、どのようなものなのでしょうか?」

「神侍は神の敵を滅ぼすための尖兵です。ですので、独自判断での行動がある程度許容されていると聞いたことがありますわ。でなければこんな時間に出歩いていないでしょう」


 確かに、彼女のフットワークは軽そうだ。

 悪く言えば暇そうだった。


「独自の行動権を持った教会騎士、ですか。国はその存在を許容している、と?」

「天十字教の影響力は絶大ですもの。許さざるを得ない、というのが現状らしいです」


 小さな島の女将さんでさえ教徒として囲い込んでいるのだ。もし、天十字教に害するようなことを国がすれば、たちまち国内の教徒たちを敵に回してしまう、ということか。


「それほど絶大な権限を持った人が、僕たちに何をさせようとしているのでしょうね?」

「え……でも、あの人は俺たちのことを……」

「助けてくれる、と言ったのは事実でしょう。ですが彼女は、僕たちに金銭的、時間的なリソース以外のものを要求しているような、そんな気が僕にはするのです」


 それきり、クロードさんは口を閉ざした。立ち去る間際の、御神さんの様子を思い出そうとした。だが俺が思い出せるのは、あの人の快活な笑みと、炎のような髪だけだった。


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